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中国四国農政局

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    那賀川農地防災事業所

    コラム―岩脇の水神社

    江戸時代の1674年、現在の阿南(あなん)市(旧羽ノ浦町岩脇(はのうらちょういわわき))に築かれた大井手堰(おおいでぜき)は、那賀川(なかがわ)の北岸一帯へ水を配る大規模な堰でした。しかし、台風の通り道でもある那賀川の一帯は、日本有数の多雨地域で、洪水の被害が絶えず、大井手堰の堰や水路も、その度に決壊や流失を繰り返していました。

    現在の阿南市(旧羽ノ浦町中庄(はのうらちょうなかしょう))の庄屋であった佐藤良左衛門(さとうりょうざえもん)は、この堰の修築工事の指揮を任されますが、当時の堰は木の杭に石を詰めるといった簡単なもので、作業には危険も多く、工事は困難を極めました。その様子を見た良左衛門の娘、お秀は、苦しむ父親や村の人々を助けるため、自分が人柱となって水の神を鎮めることを申し出ます。

    あまりのことに、人々はお秀を止めますが、お秀の決心は固く、自分が犠牲となることで村の被害が減るのならばと、棺(ひつぎ)へと身を横たえたといいます。いよいよ棺が穴の中へと埋められようとした時、藩主からの使者が駆けつけ、これを止めました。使者の持つ書状には、娘の代わりにこれを埋めるようにとの藩主の言葉とともに、仏像が添えられており、人々はこのありがたい言葉に涙を流して喜びました。

    藩主の命の通り、娘の代わりに仏像が埋められることとなり、僧侶や農民たち大勢は、祈りを込めて石に梵字(ぼんじ:古代インドの文字で、日本では仏典や護符(ごふ)・墓標(ぼひょう)などに用いられる)を刻み、ともに埋めました。石の数は1,080個にも及んだといいます。

    現在、その場所には、岩脇の水神社が建てられ、毎年、お盆の8月16日には、お祭りが行われています。

    【写真】岩脇の水神社

    【写真】岩脇の水神社

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    那賀川農地防災事業所
    〒774-0013
    徳島県阿南市日開野町西居内456
    TEL 0884-23-3833
    FAX 0884-21-0178