このページの本文へ移動

中国四国農政局

    文字サイズ
    標準
    大きく
    メニュー

    那賀川農地防災事業所

    コラム―佐藤良左衛門(さとうりょうざえもん)

    佐藤良左衛門は二人います。一人は「大井出堰(おおいでぜき)」を造った良左衛門(「岩脇(いわわき)の水神社」参照)。

    もう一人は、二代目の佐藤良左衛門です。佐藤家は、中世の郷士の家系であり、蜂須賀(はちすか)時代になっても名字帯刀(みょうじたいとう)を許された豪農であったと言われています。

    地元の言い伝えでは、二代目良左衛門が外出した折に家が出火し、預かっていた公金(藩からの金)を焼失したので田畑を売って弁償にあてたものの金額には及ばす、切腹をしようとしたところ、村人が金を集めて立て替えたそうです。それに感激した良左衛門は、大井出堰で水の及ばなかった中庄(なかしょう)地区に水を引くことを決意し、水路の開削(かいさく)にとりかかります。

    この用水は藩の許可を得ないまま1772年に着工し、水路の通り道となる上流農民の迫害を受けながらも、1790年、長さ30丁(約3キロメートル)、幅員(ふくいん)2間(3.6メートル)、灌漑(かんがい)面積150ヘクタールの広瀬用水を完成させました。

    しかし、藩の許可なく造ったために、良左衛門以下10数名が牢屋(ろうや)に入れられてしまいます。良左衛門は無許可工事を20年近く黙認していた郡奉行に災いが及ぶのを避け、責任を一身に背負って獄中で服毒自殺したと伝えられています。

    なお、別の資料によれば、獄中自殺したのは兄の理右衛門(りえもん)であるとされ、地元では犯罪人を敬うわけにもいかず、兄と協力して水路開削を指導した良左衛門が功労者として伝わり、後に兄の獄死が良左衛門の悲話として脚色されたのだろうとも言われています。

    【写真】良左衛門が造った旧大井手堰

    【写真】良左衛門が造った旧大井手堰

    お問合せ先

    那賀川農地防災事業所
    〒774-0013
    徳島県阿南市日開野町西居内456
    TEL 0884-23-3833
    FAX 0884-21-0178