第3節 世界の農産物需給と農産物貿易交渉の動向

 近年、経済のグローバル化の進展や開発途上国の経済発展等に伴い、農産物貿易は年々拡大している。一方、世界の食料需給には、中長期的にみて多くの不安定要因があるとともに、経済発展が続く中国、インド、ブラジルが世界の食料需給や農産物貿易に与える影響が強まっている。WTO*2農業交渉においては、2005年12月に香港で開催された第6回WTO閣僚会議を経て、2006年中のドーハ・ラウンド終結に向け、交渉が行われている。また、経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)*3については、我が国を含め世界各地で締結の取組が加速化している。

 本節では、世界の食料需給の動向、中国、インド、ブラジルの農産物貿易等の動向等について分析する。また、WTO農業交渉やEPA/FTA交渉における我が国の取組の概要と基本的な考え方等を明らかにする。

*1〜3 [用語の解説]を参照。

(1)世界の農産物需給と農産物貿易の動向

ア 世界の農産物需給の動向

(生産を上回る消費の増大がみられる近年の穀物需給)

 近年の穀物等の国際価格の動向をみると、2001年までは低水準で推移したが、2002年、2003年の異常気象の多発等の影響から上昇し、特に大豆は、中国の輸入の増大等により高騰した*1。その後、2004年に米国を中心とした生産量の増加等により下落し、現在は低水準で推移している。

 世界の穀物の生産量、単収等の長期的な推移をみると、1977〜2005年の間に人口が1.5倍に増加し、収穫面積が減少するなかで、単収は増加してきたが、2000年以降をみると、生産量は、良好な気象条件等により豊作となった2004年を除いては、増加傾向にある消費量を下回って推移している(図I−40)。

 また、穀物の期末在庫率は、32%であった1998年以降、低下傾向にあり、2005年は19%と低い水準となっている。

*1 ロイター・ES=時事

(多くの不安定要因をかかえる中長期的な食料需給)

 世界の食料需給に大きな影響を与える人口は、2030年には82億人に達すると予想されている*1。一方、食料供給面では、水資源の不足、塩害や砂漠化、さらには地球温暖化による影響等、中長期的にみて多くの不安定要因が存在する。

 水資源について、最近40年間の世界の総取水量をみると、約2千km3から約4千km3と2倍に増加している(図I−41)。また、産業分野別にみると、工業利用や生活利用は、農業利用の伸びを上回り、総取水量に占める農業利用の割合はこれらとの競合により低下している。今後、世界人口の増大や開発途上国の経済発展等に伴い、総取水量の増加や産業分野間の競合はさらに強まるものとみられる。また、既に水資源の不足に直面する国・地域もあり、乾燥地域においては地下水位の低下が生じるなど、水資源の不足が食料生産上の制約要因となる可能性を有している。

 地球温暖化について、気候変動に関する政府間パネル(IPCC*2)が2001年に発表した第三次評価報告書によると、このまま二酸化炭素の排出量が改善されない場合、2100年には地球の平均地上気温が1.4〜5.8℃上がり、特に北半球の高緯度地域でその傾向が顕著に現れると予想されている。このように、地球温暖化が進行した場合、気温、地温、降水量の変化等による農作物等の生育環境への影響が考えられ、その結果、収量の変化、産地の移動など世界の食料生産は大きく影響を受けることが考えられる。

 今後、これら多くの不安定要因が、顕在化し影響を強めれば、世界の食料需給は中長期的にひっ迫する可能性もあると考えられる。

 また、世界の栄養不足人口は、開発途上国を中心に約8億人以上にも及んでおり、世界の食料需給の安定を図るうえで、開発途上国における農業生産性の向上や持続可能な農業の実現に向けた取組が重要となっている。このため、我が国は、農業分野の国際協力において、5億4千万ドル(2004年)*3を拠出するなど、政府開発援助(ODA*4)を積極的に実施している。さらに、我が国の技術・技能・知識の開発途上国等への移転を通じた国際貢献の一環として、外国人研修・技能実習制度により、2000〜2004年度の5か年において、農業分野で約1万6千人の研修生等の受入れを実施している*5。

*1 国連「World Population Prospects」

*2 IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change

*3 外務省「政府開発援助(ODA)白書(2005年版)」二国間、約束額ベース、林業、漁業を含む。

*4 ODA:Official Development Assistance

*5 農林水産省調べ。実務研修を含む研修生等の概数である。

イ 中国、インド、ブラジルの農産物貿易の動向

(中国、インド、ブラジルの経済発展と食料消費の変化)

 近年、開発途上国のなかでも、特に中国、インド、ブラジルの経済成長が著しく、世界的にも注目を集めている*1。これらの国をあわせると、世界の国土面積の14%、総人口の40%を占め*2、鉄鉱石や石油等豊富な資源を有しているなど、世界経済に与える影響を強めつつある。

 これらの国々における近年の名目GDPの成長率をみると、特に中国では、約10%の成長率が続き、名目額では、米国に次ぎ世界第2位の規模となっている*3。インド、ブラジルについても、先進7か国*4の平均よりも高い成長率で推移しており、名目GDPでも世界の上位に位置付けられている。

 経済発展に伴うこれら国々の食生活の変化について、食料の総供給熱量と副食物供給熱量の変化をみると、中国、インドでは、総供給熱量の増加はもとより、副食物供給熱量も大きく増加しており、特に中国では、植物油脂や肉類の大幅な増加により、副食物供給熱量が著しく増加している(図I−42)。

 このように、中国、インドでは、経済発展に伴い、食料消費の内容が大きく変化してきている。また、ブラジルにおいても、近年、大豆等を中心に農業生産、農産物輸出が著しく拡大していること等から、これら国々の食料の生産や消費、農産物貿易の動向は、その規模の大きさ等から、世界の食料需給や農産物貿易に大きく影響を及ぼす要因となり得ると考えられる。

*1 これら3か国にロシアを加えた4か国は、各国それぞれの頭文字(ブラジル:Brazil、ロシア:Russia、インド:India、中国:China)を取ってBRICsと呼ばれている。

*2 米国中央情報局(CIA)「World Fact Book 2005」

*3 IMF「World Economic Outlook Database」。各国の物価水準の違いを考慮した購買力平価ベース。

*4 日本、米国、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダの7か国。

(中国の農産物貿易構造の変化)

 中国は、世界最大の人口をかかえており、近年の著しい経済発展に伴う食生活の変化等により、食料需要が大幅に増加し、農産物純輸入国へと変貌している。

 中国の穀物等の需給動向をみると、消費量は人口の増加や経済発展に伴い、増加傾向で推移しているが、生産量は、農地転用の増加等による耕地面積の減少、穀物価格の下落による作付面積の減少、価格の面で有利な野菜等の商品作物への作付転換等の影響から、2000年以降大幅に減少し、現在は消費量を下回って推移している(図I−43)。このような動きを背景に、農産物輸入額は大幅に増加し、2004年には329億ドルに達しており、農産物純輸入額は156億ドルで世界第2位の農産物純輸入国となっている*1。

 農産物輸入額について、輸入先を地域別・品目別にみると、米国やブラジル等を中心とした北米、南米からの大豆等の油糧種子や植物油脂、アジアからの植物油脂が大部分を占めている(図I−44)。特に南米からの輸入割合は、1994年の21%から2004年の33%へと大幅に上昇し、最大の農産物輸入先となっている。このような変化は、経済発展に伴う食生活の変化により油脂類の需要が大幅に増加したこと、2001年の中国のWTO加盟に伴い低関税で価格の安い穀物等の輸入が可能となったこと、国営企業以外の民間企業も輸入ができる仕組みに変更されたこと等が影響しているとみられる。

 さらに、今後、経済発展に伴う食生活の変化や需要の増加が進行すれば、大豆等以外にもとうもろこし等の飼料用穀物の輸入拡大の可能性も指摘されており、中国の食料消費の動向や農産物輸入の動向が世界の農産物需給に与える影響は、一層強まることが考えられる。

*1 図I−30参照。

(中国の農業・農村をめぐる情勢)

 中国では、総就業者人口の約50%が農業に従事しているが、農家1戸当たりの経営耕地面積は約0.5haとなっているなど、小規模で、生産性が低い農業構造となっている*1。

 中国の就業者1人当たりの年間生産額を産業別にみると、第一次産業は、4,680元(2003年)で、第二次産業の12%、第三次産業の26%にとどまっており、その格差も拡大する傾向にある(図I−45)。また、このような背景のもと、農村部1人当たりの純収入は2,936元(2004年)となっており、都市部1人当たりの可処分所得の31%にとどまっている*2。このように、近年、発展が著しい第二次・第三次産業と第一次産業や、都市部と農村部との間で、生産性や所得の格差が広がる傾向がみられ、中国の社会において、基本的な課題となっている。

 また、農村部では、都市部と比べ、社会生活基盤や教育環境の整備の遅れ等も課題となっている。

 このような農業・農村・農民に関する問題は、世界最大の人口をかかえ、農村に過剰な労働人口が集中している中国にとって、持続的な経済発展を図るうえでも大きな問題となっており、現在、その問題解決に向けた様々な取組が進められている。

*1、2 中国国家統計局「中国統計年鑑」

(世界有数の穀物生産国のインド)

 インドはIT産業を中心に、中国同様、高い経済成長を続けているが、インドの農業は、米国に次いで世界第2位の規模である1億6,052万haという広大な耕地面積を有し*1、国内総生産(GDP)に占める割合は、22%(2004年)を占め*2、さらに、農村人口は7億4千万人と総人口の72%を占めるなど*3、インド経済において、重要な位置付けにある。

 インドは、世界の米の21%、小麦の12%を生産する世界有数の穀物生産国であるが*4、過去に発生した飢きん等を背景に、1960年代半ばの「緑の革命」による高収量品種の導入や1980年代のかんがい面積の拡大による国内生産の増大を通じて、国内生産で需要を賄う生産体制を構築してきた。

 しかしながら、1990年代初頭に、政府の穀物買付価格が引き上げられたことにより、生産量の増加傾向が強まった反面、政府の穀物配給価格も引き上げられたことに伴い消費量は減少した。これらを背景に、穀物の余剰在庫が発生し、2001年以降、米を中心とした在庫の放出による農産物輸出が急増した(図I−46)。

 現在では、2002年の大規模な干ばつの発生に伴い、生産量が大きく減少したため、輸出は抑制されているが、その一方で、農村部の貧困・雇用対策として、農産物輸出地域(AEZ*5)の指定や税金の優遇措置等の導入を行うなど、農村部の発展をねらいとする農産物の輸出振興施策等の拡充を図っている。

*1 FAO「FAOSTAT」

*2 世界銀行「World Development Indicators」

*3 インド内政省「Census Of India 2001」

*4 米国農務省「Production, Supply & Distribution (PS&D)」

*5 AEZ:Agri Export Zones

(インドの農産物需給の変動要因)

 このように、インドは、食料自給政策を基本とし、最近では輸出振興施策等を取り入れた政策の展開を図りつつあるが、今後の農産物需給を見通した場合、需要、生産の両面において、いくつかの変動要因をかかえている。

 需要面では、経済発展による所得の向上に伴い、今後、穀物等の消費量が増大する可能性を有している。

 インドの1人当たりの穀物消費量は、161kgと低い水準にあるが(2005年)、1人当たりの米・小麦の直接消費量を所得階層別にみると、人口の大部分を占める農村部においては、所得の高い階層ほど、消費量が多くなる傾向がみられる(図I−47)。このことから、インドの農村部においては、米・小麦に対する潜在的な需要が依然として大きく、今後の所得の向上等に伴い、米・小麦等の消費が増加する可能性もあると考えられる。

 また、国連によると、現在11億人のインドの人口が2030年には14億5千万人と、中国を抜いて世界最大となると予測されており、今後、穀物等の需要は、人口増加に伴い一層増加することが見込まれる。

 一方、生産面では、生産技術の向上や農業生産基盤の整備など増産に向けた課題に加えて、水資源の不足、土壌侵食や塩害の問題等の制約要因も内在している。

 インドの穀物の単収は、2,367kg/ha(2005年)と、アジア地域の平均単収の3,315kg/haに比べ低い水準にあるが*1、今後、かんがい等の農業生産基盤の整備や高収量品種の導入等により増加する可能性を有している。しかしながら、インドにおける国民1人当たりの水資源量は1,840m3(2001年)で、世界平均の8,870m3と比べてきわめて少なく、水資源量に占める取水量の割合は、34%に達するなど*2、農業生産の拡大を図るうえで水資源の問題が大きな制約要因となることも考えられる。

 このように、インドの農産物需給をめぐっては、いくつかの変動要因が存在しており、今後、その動向について注視していくことが必要である。

*1 FAO「FAOSTAT」。ビール麦を除く穀物の単収。

*2 世界自然保護基金「Living Planet Report 2004」。水資源量のうち取水量が占める割合が20〜40%以上を超えると深刻な状態であるといわれている。

(大豆を中心に世界の農産物貿易への影響を強めるブラジル)

 ブラジルは、中西部のセラード地帯等を中心に世界第5位の規模を誇る5,900万haの耕地面積を有している(2003年)*1。また、牛肉、大豆、砂糖など上位10品目でブラジルの農業生産額の8割近くを占めるなど、特定品目に特化した大規模な農業生産が行われている。

 ブラジルの農産物輸出額は、特に大豆を中心に拡大し、2002年には世界最大の農産物純輸出国となり、農産物純輸出額は236億ドルにまで拡大し(2004年)*2、世界の農産物市場に与える影響は強まっている。

 農産物の輸出拡大のけん引役である大豆の生産量、輸出量を1995年と2005年で比較すると、生産量は2.4倍、輸出量は6.9倍に増加している(図I−48)。このような農産物の生産と輸出の拡大の背景には、変動相場制への移行に伴うブラジル通貨の下落や生産資材、農業機械の製造、農産物の加工・流通業等を含む農業関連産業の発展が大きくかかわっている。特に大豆等の主要輸出品目については、農業関連産業への外資系企業の参入や経営の統合等により、生産、流通、加工に至る大企業の寡占化が進行し、セラード地域を中心とした大規模生産と輸出拡大等に大きな影響を及ぼすに至っている。

 一方、ブラジルの農産物輸入の特徴をみると、近隣諸国で構成される南米南部共同市場*3(以下、「メルコスール」という。)との関係が強まっていることがうかがわれる。総輸出額に占めるメルコスールの割合は1割未満であるが、総輸入額に占める割合は、小麦等を中心に50%以上を占めており、メルコスールとの間の農産物貿易収支は16億3千万ドル(2004年)の輸入超過となっている(図I−49)。

 このように、ブラジルの農産物貿易は、大豆等を日本や中国等、海外に広く輸出する一方で、小麦等は近隣諸国から輸入する構造となっている。

*1 FAO「FAOSTAT」

*2 図I−30参照。

*3 MERCOSUR:Mercado Comudel Sur 。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの4か国からなる関税同盟。

(大規模層と小規模層が併存する農業生産構造)

 ブラジルは、熱帯、亜熱帯から温帯地帯にまたがる広大な国土のもとで、農業開発の進展に伴い、地域の特性に応じた多様な農業構造が形成されている。

 最近の経営規模別の農業経営体数(1995年)をみると、10ha未満の小規模農家は、全体の50%を占めているが、1千ha以上の大規模農家は1%となっている(図I−50)。一方、全面積に占める経営規模別の所有面積の割合(1995年)をみると、10ha未満の小規模農家は2%にすぎないが、1千ha以上の大規模農家は45%を占めている。

 また、経営規模別の農業経営体数を地域別にみると、10ha未満の小規模農家は、東北部が68%と最も高くなっているが、セラード地帯が広がる中西部では、大規模な農業開発による大豆等の生産拡大を背景に、200ha以上の中・大規模農家の割合が高くなっており、小規模農家は13%と最も低くなっている*1。さらに、中西部では、安価な大豆かす等の飼料供給が可能となったこと等により、近年、豚や鶏等の飼養頭羽数の割合が高まっている*2。

 このように、ブラジルの農業生産構造は、中西部を中心に、輸出志向型の大規模な農業開発による大豆等の生産拡大等に伴う変化がみられるが、その一方で、小規模農家層を中心とする家族経営の競争力の強化や大規模な穀物栽培の収入変動の緩和、流通基盤の整備、アマゾン地帯やセラード地帯等における持続可能な農業生産の確立等の課題もかかえている。

*1 ブラジル地理統計院「Censo Agropecuario de 1995-1996」

*2 ブラジル地理統計院「Sistema IBGE de Recuperaco Automatica」

(世界の農産物貿易に及ぼす中国、インド、ブラジルの影響の拡大)

 近年、経済のグローバル化の進展や開発途上国の経済発展等に伴い、農産物需要の増加・多様化が進行している。このようななか、農産物貿易の規模は年々拡大してきており、その額は7,831億ドルに達している(2004年)*1。

 中国、インド、ブラジルの農産物貿易の動向も、それぞれの国がおかれた経済的条件、食料消費や農業生産構造の違い等を反映しながら、大きく変化してきており、世界の食料需給に与える影響も徐々に増してきている。

 世界の食料需給について、中長期的にいくつかの不安定要因があるなかで、これら人口、生産、消費等の規模が大きい国々の動向等を注視していくことは、食料の多くを輸入に依存する我が国としても重要となっている。

*1 WTO「International Trade Statistics」。総輸出額ベース。

(2)農産物貿易交渉の動向

 我が国の食料、農業をめぐる動向は、国際的な経済社会の動きと密接に結び付いている。経済社会のグローバル化が進展するなかで、WTO農業交渉やEPA/FTA交渉等の国際交渉に積極的に取り組むとともに、国内農業の持続的な発展や農業のもつ多面的機能の発揮を図るため、国際規律の強化や中長期的な貿易自由化の流れにも対応し得るよう、基本計画に基づいて、農業の構造改革を通じた競争力の強化等を図ることが重要となっている。

ア WTO農業交渉の動向

(ウルグアイ・ラウンド農業合意と我が国の農政改革への取組)

 世界経済は、第二次世界大戦後、ガット(関税及び貿易に関する一般協定)及び1995年にガットの成果を発展的に継承したWTOの体制のもとで、経済の持続的な発展を目指してきている。

 ウルグアイ・ラウンドは、ガット体制のもとでの最後のラウンド(多角的貿易交渉)となり、1993年に実質的に終結した。同ラウンドの農業合意では、1995〜2000年の6年間の実施期間中に、国境措置(関税、輸入数量制限)、国内支持及び輸出競争(輸出補助金)*1の3分野の保護水準を引き下げていくこととされた。このうち、国境措置については、原則としてすべての輸入数量制限等を関税化したうえで、既存の関税とともに削減することとされた。また、国内支持については、すべての国内支持を貿易わい曲的なものであるかどうかの判断基準に則して、「緑」の政策、「青」の政策、「黄」の政策に分類することとされた。「緑」の政策は、貿易や生産に対する影響がないか、その影響が最小限となる政策である。「青」の政策は、生産調整を伴う直接支払いのうち特定の要件を満たす政策であり、「緑」の政策とともに、削減の対象外とされた。「黄」の政策は、貿易や生産に影響を及ぼす政策であり、生産関連の補助金や品目ごとの価格支持政策が該当するが、これは削減対象とされ、その助成合計量(AMS)*2の20%を実施期間中に削減することとされた。

 我が国では、この合意を踏まえ、麦、乳製品、でんぷん等が関税化された。米については、関税化の特例措置を適用し、その代償として、通常の数量に加重された最低輸入量が設定された。平成11年には、関税化の特例措置を通常の関税措置に切り換えることによって、それ以降の最低輸入量の増加が半分に抑えられること等の理由から、関税化が行われた。その一方、国内対策として、10年に市場実勢をより反映した価格形成の促進に伴う価格変動の影響を緩和するため、「青」の政策に該当する稲作経営安定対策が導入された。また、米以外の麦、大豆等の品目についても価格制度の見直し等が行われ、価格形成への市場原理の導入とともに、品目ごとに経営安定を図る対策が導入された。さらに、12年には、中山間地域等における農業生産条件の不利を直接的に補正するため、「緑」の政策に該当する中山間地域等直接支払制度が創設された。

 これら国内の農政改革の取組を通じ、我が国はAMSを約束水準の18%まで削減した(2002年)。一方、他の先進諸国においても、近年の農政改革のなかで、政府の市場に対する様々な介入措置を見直すとともに、貿易の取引をゆがめたり生産を刺激することがないように、直接支払制度等を導入するなど、農業経営に着目した政策や農村地域政策への転換等が図られている。ただし、米国やEUのAMSの削減はそれぞれ約束水準の75%、64%にとどまっている(2001年)。

*1、2 [用語の解説]を参照。

(WTO交渉の枠組み合意の成立)

 2000年3月からは、WTO農業協定に基づき、他の交渉分野に先行する形で農業交渉が開始された。2001年11月にカタールのドーハで開催された第4回WTO閣僚会議において、ドーハ開発アジェンダ(いわゆるドーハ・ラウンド)*11が立ち上げられ、2005年1月1日までに農業分野も含めて全交渉分野について一括して合意をすることが宣言された。ドーハ・ラウンドにおける中間合意を目指した2003年9月の第5回WTO閣僚会議(カンクン)は、先進国と途上国の対立等を背景に決裂したが、2004年3月に交渉が再開され、同年7月には農業分野を含め、ドーハ・ラウンド交渉の枠組み合意が成立した(図I−51)。

 市場アクセス*2では、関税削減方式として階層方式*3が採用される一方、各国がかかえる重要品目は別の取扱いとされ、その品目数は今後の交渉事項とされた。また、上限関税*4の設定については、まずその役割を評価したうえで、その是非を検討していくこととなった。国内支持については、貿易わい曲的な補助金等の総額が多い国ほど大幅に削減することなどが合意された。輸出競争については、すべての形態の輸出補助金を、期日を設けて撤廃することとされた。

 この枠組み合意の成立後、2005年7月末までにモダリティ*5のたたき台を得るべく交渉が進められたものの、当初考えられていたような進展を得ることが困難な状況となり、たたき台の提示は見送られた。

*1 ガット体制下では多角的貿易交渉はすべて「ラウンド」と呼ばれてきたが、旧来型のラウンドの開始に強く反対していた一部の開発途上国に配慮し、「開発」の視点を全面に打ち出して「ドーハ開発アジェンダ」と呼ばれている。なお、慣例でドーハ・ラウンドと呼ばれることも多い。

*2、4、5 [用語の解説]を参照。

*3 関税率の高いグループ、中位のグループ、低いグループ等、関税率の水準に応じていくつかのグループに分け、高い関税が高い階層に属するものほど大幅な関税削減を行う方式。

(第6回WTO閣僚会議(香港)に向けての主要国の動き)

 2005年9月に入ると、新たに就任したWTO事務局長と農業交渉議長のもとで議論が進められ、10月には、我が国を含む食料輸入国で構成されるG10、ブラジルやインド等の途上国で構成されるG20、EU、米国等から、関税削減率等の数字を含む具体的な提案がなされた(図I−5253)。

 市場アクセスに関しては、G20が提案していた階層ごとに削減率を一定とする関税削減方式を出発点として議論が行われたが、G10は、交渉を前進させるため、輸入国と輸出国の間で対立する要素を組み合わせて、バランスのとれた複数の選択肢を各国が選択できる仕組みを提案した。また、上限関税については、各国の生産条件の違いを無視し、一部の輸入国に過剰な負担を押し付けるものであることから、その設定に強く反対した。一方、輸出国は、柔軟性がなく大幅な削減率を有する関税削減方式や上限関税の設定等を含む提案を行った。また、輸出競争に関して、G10は、輸出補助金と同等の効果を有するすべての輸出措置(輸出信用、輸出国家貿易、食料援助)を並行的に撤廃すべきとの観点から、それらの規律の強化を主張した。

 このような状況のなか、2005年11月に、WTO事務局長より香港閣僚宣言の一次案が提示された。農業交渉分野では、重要な論点について各国の間に多くの意見の差が存在したことから、議論の状況についての農業交渉議長による報告が付属書として添付された。

(我が国による「開発イニシアティブ」の提案)

 ドーハ・ラウンドにおいては、途上国の開発が中心的なテーマの一つとなっていることから、第6回WTO閣僚会議(香港)に向け、我が国としての具体的な貢献を行っていくため、途上国の開発のための包括的な支援策である「開発イニシアティブ」(「開発と自由貿易の好循環を目指して」)を閣僚会議に先立ち2005年12月上旬に策定し、公表した。これは、WTO交渉を通じて途上国の開発を進め、途上国が自由貿易体制からさらなる利益を得られるようにするため、「生産」、「流通・販売」、「購入」の3つの局面において、それぞれ「知識・技術」、「資金」、「人」、「制度」にわたる支援を行うものである。具体的には、後発開発途上国(LDC)への無税無枠*1の市場アクセスの供与や資金協力、技術協力等を内容とするものである。

*1 開発の観点から、後発開発途上国からの産品について、関税0%で輸入上限枠を課することなく輸入を認める制度。

(第6回WTO閣僚会議の成果)

 2005年12月に香港で開催された第6回WTO閣僚会議では、2006年中のドーハ・ラウンド終結に向け、香港閣僚宣言が採択された(図I−54)。

 農業部分については、国内支持、輸出競争、市場アクセスの3分野について、モダリティ確立に向けて基礎となるべき構造的要素のうち、意見の収れんのみられた内容について整理されるとともに、2006年4月末までにモダリティを確立し、同年7月末までに各国が譲許表案を提出することが合意された。このうち、国内支持に関しては、総合AMS及び貿易わい曲的国内支持全体の削減階層におけるEU、日本、米国の位置付けが盛り込まれた。また、輸出競争に関しては、輸出補助金の撤廃期日(2013年)や、輸出信用、輸出国家貿易、食料援助についての規律の考え方や規律完成の期限が盛り込まれた。一方、市場アクセスに関しては、関税削減方式における階層の数(4階層)や、関連するすべての要素を考慮に入れて重要品目の扱いに合意する必要性が記述されたものの、他の2分野に比べれば、議論がやや遅れている面がみられた。また、途上国の開発問題については、すべての後発開発途上国の原産である全産品(以下、「LDC産品」という。)について、2008年まで、または、今次ラウンドの実施期間の開始より遅れることなく、原則として無税無枠のアクセスを供与することとされるとともに、途上国の能力向上への支援が盛り込まれた。また、交渉の過程において、我が国の提唱した「開発イニシアティブ」は、同会議でも高く評価された。今後、我が国は、後発開発途上国をはじめとする途上国のニーズにこたえられるよう、原則としてLDC産品の市場アクセスの無税無枠化や経済技術協力等を的確に実行していくこととしている。

(2006年4月末のモダリティ確立の期限までの動き)

 香港閣僚宣言が採択された後、2006年1月にスイスのダボスで開催されたWTO非公式閣僚会合では、4月末のモダリティ合意等に向けて各国が協調して努力することが確認されるとともに、同年1月から4月にかけて、モダリティ合意に向けた交渉が精力的に続けられた。我が国としても、主要国の議論の場であるG6や農業交渉会合等において積極的な議論を行った。このなかで、我が国を含むG10としても交渉に貢献するため、市場アクセス分野における重要品目の取扱いや国内支持に関する新たな考え方を示した。しかし、米国が国内支持、EUが農業の市場アクセス、ブラジル、インド等のG20が非農産品の市場アクセスについて防御を行いながら、一方で相互に他の分野を攻撃しあうといった、いわば三すくみの状況が続き、各国の意見の収れんはみられなかったため、モダリティの合意には至らなかった(図I−55)。今後については、モダリティの新たな確立期限は設けず、その早期確立に向けて交渉プロセスを加速化することとなった。

(WTO農業交渉に向けた今後の取組)

 2000年から開始されたWTO農業交渉において、我が国は、「多様な農業の共存」を基本理念とし、農業のもつ多面的機能、食料安全保障の確保等の非貿易的関心事項が十分に配慮され、輸出国と輸入国のバランスがとれた現実的な貿易ルールの確立を目指しているところである。

 我が国としては、世界最大の食料純輸入国として、農業交渉の主要課題について、我が国の主張がドーハ・ラウンドの成果に最大限反映されるよう、引き続き、積極的に交渉に取り組む考えである。

イ EPA/FTA交渉の動向

(世界的に増加するEPA/FTAの取組)

 世界経済は、WTOを中心とする多角的貿易体制のもとで、発展を遂げてきた。しかし近年では、経済のグローバル化が進行するなかで、WTOの加盟国がふえ、先進国と途上国の意見が対立することが多く、WTOにおける合意形成に時間を要するようになっている。このような状況のもとで、特定の国・地域間のみで関税撤廃等を行う経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)の取組が増加しており、特に1990年代以降の増加が顕著である(図I−56)。そのなかでも、途上国と先進国、途上国同士の間での締結が多くを占めている。

 EPA/FTAは、本来であればWTOの最恵国待遇*1の原則に反するが、構成国間の実質上のすべての貿易について関税等を廃止することを条件として、その貿易自由化に伴う効果を踏まえ、例外的に認められている。EPA/FTAの締結については、農林水産業分野では、我が国の農林水産物・食品の輸出促進や消費者の購買時における選択肢の多様化等の効果を発揮し得るものである。

 その一方で、EPA/FTAの締結に当たっては、我が国の食料安全保障の確保、農林水産業のもつ多面的機能への配慮、我が国農林水産業の構造改革等に悪影響を与えないよう、十分留意する必要がある。

*1 関税等に関して、ある締約国が他の国に与える最も有利な条件は他のすべての締約国にも同様に与えること。

(「みどりのアジアEPA推進戦略」に沿ってマレーシアとのEPAに署名し、タイとのEPAも大筋合意)

 我が国は、WTOを中心とする多角的貿易体制の維持・強化を基本としつつ、これを補完するものとして、EPA/FTAを積極的に推進している。特に、FTAの要素である物やサービスの貿易の自由化に加え、人の移動や投資、協力、知的財産権でのルールづくり等も含む、より幅の広い協定であるEPAの締結を推進しており、既にシンガポール、メキシコとのEPAが発効している(図I−57)。

 また、2004年11月には、アジア各国とのEPA交渉に積極的に臨む農林水産省の方針として、「農林水産分野におけるアジア諸国とのEPA推進について(みどりのアジアEPA推進戦略)」が策定され、この戦略に沿って、各国との協定締結に向けた取組が進められている。

 フィリピンとは、産学官共同研究会を経て、2004年2月から政府間交渉が開始され、同年11月に大筋合意に達した。

 マレーシアとは、産学官共同研究会を経て、2004年1月から政府間交渉が開始され、2005年5月に大筋合意に達し、同年12月には協定への署名が行われた。農林水産分野については、小規模農家が生産の大宗を占めるバナナの関税割当て*1や、熱帯果実等の関税撤廃が措置されるとともに、農業副産物の家畜飼料への活用等の農林水産業協力の効果的な実施や、動植物検疫措置についての両国政府関係者による小委員会の設置等の措置が盛り込まれた。さらに、我が国の「攻めの農政」の推進の観点から、りんご、なし等の我が国の輸出関心品目について、マレーシア側の関税の即時撤廃等が実現された。また、協定署名とあわせて、地球環境保全の観点から、違法伐採木材の貿易問題に関し、持続可能な森林経営の実施等に両国が協力して取り組むことを内容とした共同声明が発出された。

 タイとは、産学官共同研究会を経て、2004年2月から政府間交渉が開始され、2005年9月に大筋合意に達した。農林水産分野については、関税撤廃等の市場アクセスの改善と農林水産業協力を二本柱として積極的に交渉に取り組んだ結果、鶏肉・鶏肉調製品や熱帯果実をはじめとする農林水産物のアクセス改善が措置されるとともに、タイ側の最大の関心事項であったタイ食品の衛生水準の向上や、両国の農協間の一層の連携強化による人材育成、一村一品運動の促進等の措置が盛り込まれた(図I−58)。さらに、「攻めの農政」の推進の観点から、りんご、なし等の我が国からの輸出関心品目について、タイ側の関税の即時撤廃等が合意された。

*1 [用語の解説]を参照。

(韓国、ASEAN、インドネシア等とのEPA/FTA締結に向けた取組)

 現在、我が国は、韓国、ASEAN*1全体、インドネシア等と政府間で交渉を行っている。このうち、我が国との貿易額が大きい韓国とは、2003年12月から交渉が開始されたが、2004年11月の6回目の交渉以降、譲許品目のリストの交換について合意が得られないまま中断している。このため、我が国は、日韓EPAの実現に向け、早期に交渉が再開できるよう、引き続き働きかけていくこととしている。

 ASEAN全体とは、2003年10月に「日・ASEAN包括的経済連携の枠組み」に署名し、2005年4月から交渉が開始され、2年以内の可能な限り早期の交渉の終了に努めることとされている。農林水産物を含む物品の貿易やサービス・投資の分野については、これまで我が国との間でEPA交渉を行ってこなかった国のうち、ミャンマー、ラオス、カンボジアとは、包括的経済連携協定交渉のなかで個別に協議を実施している。また、ベトナム及びブルネイとは、今後の二国間EPA交渉の立ち上げに向けた準備協議を行っている。インドネシアとは、2005年1月からの共同検討グループ会合を経て、同年7月から政府間交渉が開始されている。さらに、チリとは産学官共同研究会を経て、2005年11月に政府間交渉の開始に合意し、2006年2月から政府間で交渉が開始されているほか、GCC諸国*2とは、物品貿易及びサービス貿易の分野を対象とするFTA交渉の開始に合意している。

 このほか、インド、スイス、オーストラリアと共同研究会や政府間共同研究が実施されている。インドとは2005年7月から産学官共同研究会が立ち上げられ、EPA/FTAの可能性を含め、経済関係強化のあり方について包括的に協議することとされている。さらに、スイス、オーストラリアとは政府間共同研究が開始されている。特にオーストラリアについては、農業のような非常に難しい問題があるとの両国首脳間の共通認識を踏まえ、FTAのメリット・デメリットを含め、様々な方策を幅広く検討することとされている。

*1 ASEAN:Association of Southeast Asian Nations(東南アジア諸国連合)。インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、カンボジア、ラオス、シンガポール、ブルネイの10か国が加盟。

*2 GCC:Gulf Cooperation Council(湾岸協力理事会)。バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の6か国が加盟。

(EPA/FTA締結に向けた今後の進め方)

 このように、我が国は、「みどりのアジアEPA推進戦略」等に沿って、我が国と交渉相手国における農林水産業や食品産業の共存・共栄が図られるよう積極的に交渉に取り組み、マレーシアとの協定署名やタイとの大筋合意をはじめとして、成果をあげてきている。

 今後とも、「守るところは守り、譲るところは譲る、攻めるところは攻める」との考え方のもと、相手国における知的財産権の保護や食の安全の確保等を含む総合的な質の高いEPAの実現を目指し、戦略的かつ前向きに対応するとともに、相手国との経済関係に応じて、経済連携強化のための方策を幅広く柔軟に検討していく必要がある。