3 漁業と環境とのかかわり

(1) 環境保護と漁業

 世界人口の急激な増加,産業活動の活発化等に伴い,地球温暖化,オゾン層の破壊,酸性雨,熱帯林の減少,地球規模での海洋汚染等人類が環境に与える影響が全地球的に顕在化しつつある。これらの大規模な環境の変化は,野生生物の種の減少等生態系に深刻な影響を及ぼすおそれがあり,このため,近年,野生生物の種の保存に対する関心が全世界的に高まっている。

 このような状況を背景にして,漁獲対象以外の野生生物の混獲がこうした生物種の存続に影響を及ぼすとの意見や漁業活動そのものが漁獲対象生物の存続に影響を与えるとの意見が一部にみられるなど,最近,漁業についてもその環境に及ぼす影響についての議論が活発化している。

 漁業は,本来,生物の持つ再生産機能を有効に利用することによって成立している産業である。したがって,漁獲対象となる生物が生存する海洋環境を良好に保全していくことは,漁業の健全な発展を図る上からも極めて重要である。現在,全世界で約7,000万トンの魚介類が食用として利用されているが,世界的に人口の急増が続いている今日,世界の水産資源を適正な管理の下に将来にわたって計画的に利用し続けることは,食料確保の面からも人類にとって極めて有意義かつ重要である。また,このような考え方は,UNCEDにおいて採択された「環境と開発に関するリオ宣言」においても,「資源の持続的開発」として盛り込まれている。

 一方,世界的に野生生物の種の減少が危倶される中で,UNCEDにおいては野生生物の保護の問題も重要な課題として取り上げられており,21世紀に向けて世界各国が環境と開発について採るべき行動の規範として採択された「アジェンダ21」においても,持続可能な開発とともに生物多様性の保全に取り組むことの必要性が指摘されている。漁業は野生生物を水産資源として直接利用する産業であることから,漁業活動により野生生物を利用しようとする場合には,漁獲対象生物のみならず混獲される生物をも含めた水生生物の保存やその生息環境の保全に特に積極的に取り組んでいく必要がある。

 したがって,今後は,科学的知見に基づき水産資源の適切な保存管理とその合理的な利用を図ることはもちろん,海洋等生態系全般にわたる科学的知見を蓄積し,環境と調和した漁業を実践していくことによって,国際的に漁業に対する正しい理解が得られるよう努めていくことが重要である。そのためには,稀少な野生生物種を積極的に保護し生物の多様性の維持が図られるように努めることも重要であり,こうした観点から,5年4月に「野生水産動植物の保護に関する基本方針」を策定し,同方針に基づき,ひめうみがめ等6種類の稀少生物の保存の徹底を図ったところである。また,資源が著しく減少している水産動植物については,「水産資源保護法」に基づく保護水面が指定され,その保護,増殖が図られている。さらに,海洋生物の産卵場や幼稚仔の生育場であると同時に海域の水質浄化にも大きな役割を果たしている藻場や干潟の保全等に努めることも重要である。

(2) 漁場環境の保全

 200海里体制が国際的に定着する中で,我が国周辺水域の重要性はますます高まっており,その環境を保全し,漁業生産力の向上を図ることが重要な課題となっている。また,安全な水産物を生産,供給するという観点からも漁場環境の保全は重要となっている。

〔有害化学物質による魚介類の汚染〕

 水銀,PCB等については,かつてそれらの物質による魚介類の汚染が大きな問題となったため,食品としての安全性を確保する観点から暫定的規制値が設定されており,これら暫定的規制値を超える魚介類が採捕される水域については,漁獲の自主規制がなされている。また,国も,こうした水域を中心に魚介類の汚染状況の監視を継続している。

 有機すず化合物による魚介類の汚染については,直ちに人体に危険なレベルではないものの,汚染の進行を防止し,改善を図る観点から,「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」に基づき各種有機すず化合物の製造・輸入等について所要の規制がなされているほか,原則として有機すず化合物を含む漁網防汚剤及び船底塗料の使用を取りやめるよう漁業関係団体への指導がなされている。

 また,ダイオキシン類による魚介類の汚染についても,汚染状況に関する調査が進められており,現時点では人の健康に被害を及ぼすレベルにはないと考えられる。なお,環境汚染の未然防止のため,できるだけダイオキシン類の発生と環境中の濃度を低減させていく必要があることから,4年3月には,関係業界に対し,紙パルプ製造工場に係るダイオキシン類対策を一層推進するよう要請が行われた。

〔水質汚濁に起因する漁業被害〕

 4年度における海域,河川及び湖沼の水質の状況をみると,有機物による汚濁の代表的な指標であるBOD(生物化学的酸素要求量)又はCOD(化学的酸素要求量)に係る環境基準の達成率は,全体では75.2%で,前年度(75.0%)を上回った。これを水域別にみると,海域80.9%,河川75.4%,湖沼44.6%となっており,閉鎖性水域において達成率が低くなっている。

 これら閉鎖性水域を中心として,生活排水,産業排水等に含まれる窒素,燐などの栄養塩類の流入による富栄養化により赤潮や貧酸素水塊が発生し,漁業被害が生じている。4年度の赤潮の被害は,発生件数では31件で前年度とほぼ同数であったが,被害額では大規模な被害が発生しなかったため前年度の約4分の1に減少した( 図IV-3-1 )。5年10月から,「水質汚濁防止法」に基づき,新たに1日の平均的な排出水の量が50m2以上の特定事業場から閉鎖性海域(88海域)へ排出される排出水に対し,窒素及び燐の排水基準が設定されたものの,富栄養化の要因としてはこれらによる汚濁負荷のみならず生活系の排水による汚濁負荷の割合も少なくないとみられており,今後は家庭等からの汚濁負荷の抑制が一層重要である。

 赤潮とともに水質汚濁による突発的漁業被害の大きな原因の一つとなっている油濁による被害についてみると,4年度の被害は,件数では前年度より大幅に増え58件発生し,判明している被害金額は約2億円であった。その中で原因者不明の油濁被害も依然として跡を絶たない状況にある。これらの事故については,十分な防止対策とともに,流出時の迅速な対応策の研究が今後とも必要である。

〔各種開発事業に伴う漁業影響〕

 近年,ウォーターフロント開発,マリンリゾート開発等沿岸域において各種開発事業が盛んに計画・推進されている。

 このような開発は,埋立部分の漁場喪失のほか,土砂の流出,海岸形状や流況の変化,埋立部分及び後背地における都市活動や産業活動による新たな汚濁負荷の増大等周辺の漁場環境に広範な影響を及ぼすことが懸念されている。したがって,今後とも事前に十分な環境影響調査を実施して水産資源に与える影響を最小限にし,又は環境を修復するための諸方策を講じていくことが重要である。

 また,沿岸域に立地している原子力・火力発電所では,冷却用水として大量の海水を取水し,これを温排水として周辺海域に放出しているため,特に内湾・浅海域に立地する発電所等を対象に,こうした取放水に伴う魚介類の卵稚仔の取込みや周辺海域の水温の上昇が漁業に及ぼす影響について調査研究が行われている。

 さらに,近年,河川において親水性,漁場環境等に配慮した施設の整備が進められており,これらの施設による内水面漁業への効果等を評価し,より望ましい漁場環境の維持・改善の方向を明らかにするための調査が行われている。

〔廃棄物問題〕

 流出した漁網,根がかりした釣り糸,その他日常生活に伴い排出されるプラスチック類等が海洋に投棄・排出されることにより海洋生物への悪影響が問題となっている。

 このため,この問題についての啓発,取締りの強化及び船上,陸上での処理施設の開発,整備により,不法投棄の防止が図られているほか,沿岸域に堆積,浮遊するプラスチック類等の廃棄物については,その除去の事業が実施されている。また,微生物により自然環境中で分解されるプラスチックを利用した漁具の実用化研究も行われている。

 また,漁網,FRP漁船,貝殻等の漁業系廃棄物について,漁協系統組織が中心となり,地方公共団体,メーカー,廃棄物処理業界等との話合いを行い,これら関係者の協力を得て,再利用・再資源化等の考え方を踏まえた組織的・計画的な処理体制づくりを行っている。

 なお,5年4月,ロシアが放射性廃棄物を日本海,オホーツク海等に投棄し続けてきたことを公表したことから,日本海において海洋環境中の放射能レベルが緊急に調査された。その結果,当該海域における環境放射能レベルに特段の異常は認められず,8月には,これまでの調査では国民の健康に対する影響は及んでいないと判断したところである。

 一方,ロシア側に対しては,海洋投棄の即時停止を要請するとともに,5月にはモスクワで放射性廃棄物の海洋投棄問題に関する第1回日口合同作業部会が開催され,共同海洋調査の実施について原則的に合意が得られたところである。しかしながら,ロシアは10月,液体放射性廃棄物の日本海への投棄を再度行ったため,厳重な抗議と投棄の即時停止を改めて申し入れるとともに,日本海における海洋環境中の放射能レベル調査が再度実施された。この結果,異常な値は検出されておらず,今回の海洋投棄による影響は認められないことが確認された。なお,ロシアは我が国等の抗議を踏まえ,予定されていた2回目の投棄を中止している。また,11月には,「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約)」第16回締約国協議会議が開催され,免除レベル以上のレベルの放射性廃棄物の海洋投棄を禁止すること等を内容とする条約附属書の改正案が採択された。

〔海と渚の環境美化運動等〕

 地球環境問題についての内外の関心の高まりの下で,全国各地の海や渚などで環境美化活動が自主的に展開されているが,四方を海に囲まれた我が国の貴重な財産である海や渚の環境を保全していくことは,漁業関係者にとどまらず国民的な課題となっており,全国各地の自主的な活動を全国民的かつ組織的な運動として推進していくことが重要となっている。

 このため,4年7月には,水産関係者が中心となって「社団法人海と渚環境美化推進機構(マリンブルー21)」が設立され,同機構を中心に,浜辺のごみ回収などの環境美化活動や野生水生生物の保護活動,干潟,藻場の定点観測などの海洋・海岸環境の保全整備活動等が開始されている。

 なお,近年の生態系の保全に対する世論の高まりの中で,水生生物資源を恒常的に維持増大していくためには水面のみならず陸上の環境も一体として管理する必要があるとの認識が高まり,漁業者が自ら植林を行い生態系の保全に努めている例が,北海道を始めとして全国的に増える傾向にある。

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〔地球環境問題への取組〕

 地球温暖化,酸性雨,地球規模の海洋汚染等のいわゆる地球環境問題については,今のところ,我が国漁業に対しては,これに起因する明確な影響は認められていないが,今後の事態の推移によっては,酸性雨による内水面漁業資源の悪化,地球的規模での海洋汚染の進行による水産物の食品としての安全性への懸念等の問題が考えられるほか,将来的には,地球温暖化による海洋生態系の変化の漁業資源への影響も懸念されるところである。

 工場や自動車から排出される窒素酸化物や硫黄酸化物などが原因となって生じる酸性雨については,ヨーロッパや北米大陸で内水面漁業に大きな被害をもたらしているが,現在のところ我が国においては問題が顕在化していない。しかしながら,我が国においても諸外国と同程度のpH(水素イオン濃度)の酸性雨が既に確認されており,今後,湖沼の水質が酸性化することが懸念されることから,湖沼の酸性化による内水面漁業への影響等に関する調査・研究が行われている。

 このほか,海洋廃棄物が海洋生物に与える影響等の調査を始め,地球規模の海洋汚染の実態を解明するため,広く世界に展開する我が国漁船を活用して,海水や大気等の試料を採取し,有機塩素化合物,油塊,プラスチック片等による海洋汚染の状況や集積機構等を明らかにするための調査も行われている。

 さらに,地球温暖化や海産ほ乳動物を含む野生動物の保護といった問題に対応しつつ食料の安定供給に寄与する観点から,海洋生態系を構成する多様な生物相互の関係解明のための研究や環境変化の生態系への影響の解明のための研究が行われているが,今後,地球温暖化と漁場環境及び水産資源との関係,海洋生態系の保全と調和のとれた水産資源利用の在り方等について,引き続き,調査・研究を充実させていくことが重要である。