3 国民生活と漁業地域

 漁業や水産加工業が展開されている漁業地域は,国民に対する水産物の供給基地としての役割を果たしている。また,漁業地域は,国民の健全なレクリエーションの場となっているほか,漁業者をはじめとして住民が居住し,漁業生産活動が継続的に行われることを通じ,沿海地域の環境保全や防災等の役割を果たしている。

 近年,こうした漁業地域の活力が低下しつつある中で,地域資源の活用や都市との交流の促進等により地域の活性化を図る取組が行われている。

(1) 水産物の供給基地としての漁業地域

 我が国の沿海地域には,2,943か所の漁港が点在しており(平成10年末現在),漁港を中心に水揚げされた魚介類は,漁港を起点としてさまざまな流通経路を経て全国各地に供給されている。また,漁港の周辺には水産加工業等の関連産業が発達し,漁港を中心に形成される漁業地域は国民への水産物の供給基地になっている。

 なかでも,水揚量の多い漁港等は,水産物供給の拠点となっており,例えば,大中型まき網漁業や大型いか釣漁業,遠洋まぐろはえ縄漁業等大型漁船漁業の水揚地となっている銚子,八戸,焼津等10港の水揚量の合計は我が国漁業生産量の4分の1に達している( 図I-3-1 )。

(2) 沿海地域の基幹産業としての水産業

 漁業は,第二次産業等の立地が少ない辺地,離島,半島等を含めた沿海地域における重要な就業の場として,地域の所得確保,地域社会の維持等に大きく寄与している。特に,離島では,漁業の生産額が第一次産業の生産額の6割を占めているように,漁業が基幹産業となっている( 表I-3-1 , ダウンロード )。

 また,漁港の周辺に水産加工業等の漁業関連産業が立地し,漁業を基盤として地域経済が支えられている地域がある。北海道釧路市では,漁業及び関連産業の生産額が全産業生産額の2割を占めている( 表I-3-2 , ダウンロード )。

 また,漁業関連産業のうち水産加工業は,地元で水揚げされた魚介類を主な原料として発展してきたことから地域への密着性が強く,かつ,労働集約型の産業であることから,漁業地域に重要な雇用の場を創出している。我が国の水産加工業の従業者数は20万人程度であり,漁業地域における重要な就業機会となっている。

(3) 国民の豊かで安全な生活を支える漁業地域

ア 健全なレクリエーションの場の提供

 我が国では,釣り,潮干狩り等の遊漁に加え,近年ではヨット,水上オートバイ,ダイビング等の海洋性レクリエーションもさかんになってきている。平成10年において,釣りをはじめとする遊漁者の漁業地域への入込数は,延べ3,868万人となっている。また,漁業地域内の海水浴場,マリンスポーツ場,キャンプ場等の施設を利用する都市住民等は増加しており,漁業地域は,国民の健全なレクリエーションの場を提供している( 図I-3-2 )。

イ 沿岸域の環境保全

 漁業は,自然環境や生態系と調和してはじめてその発展を期することができる産業であることから,海浜の清掃や漁網に混入したごみの処理等の環境保全活動が日常的に行われており,沿岸域の自然環境を保全する役割を果たしている。特に,海難事故等に伴う流出原油の除去や海浜に漂着したゴミ等の回収は,漁業者をはじめとする地域住民の協力により行われており,例えば10年8月に,中国における洪水が原因と考えられる多量のごみが九州南西海岸に漂着した際,鹿児島県阿久根漁港では,約680名の漁業関係者等により,約200トンのごみが回収されている。

ウ 海難救助への貢献

 我が国沿岸には,海で遭難した人や船舶等の救助をボランティアで行うために,民間海難救助団体の救難所が全国に581か所設けられており,9年の救助実績は,400名,109隻にのぼる。これらの救助を行う救助員は,全国で約3万5千人が登録されているが,このうち約9割を漁業者が占めている。漁業者は,地先海域で周年操業しており,海域の様子を熟知していることに加え,昼夜を問わず直ちに漁船で救助に出動できることから,海難救助において不可欠な存在となっている。

エ 防災,国境の監視

 漁港は,漁業生産活動の拠点であるが,防波堤等の漁港施設や海岸保全施設は,漁業者のみならず地域住民を高潮,津波等の自然災害から防護する役割を担うとともに,漁船以外の船舶の緊急避難の場としても役立っている。

 また,沿岸域において日常的に漁業生産活動が行われていることを通じ,密入国や領海侵犯の防止等国境域の監視の役割を果たしており,国民の安全な暮らしを支えている。

オ 固有の文化の継承

 地域の実態を踏まえた特色ある漁業生産活動が継続されることを通じ,漁業地域には特徴ある漁法や漁労用具,地域色豊かな魚食文化,季節の伝統行事等が継承されている。

 漁業にかかわる文化財等として,各地で漁労用具や漁船,浜小屋等が重要有形民俗文化財として指定されているほか,北海道函館市の元町末広町,長崎県長崎市の東山手等8地区の港町が,伝統的な景観を有する集落・町並みとして重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている。また,全国のほとんどの漁業地域では,漁業にゆかりのある祭り等の行事が行われており,このような漁業地域に残る伝統文化は,国民の観光の対象にもなっている。

コラム:古代から受け継がれる魚食文化

 福井県の鳥浜貝塚や青森県の三内丸山遺跡などの調査によれば,今から2500年から1万年以上もさかのぼる縄文時代に,日本人の祖先はすでに船を持ち,網などの高度な漁具を使ってさまざまな魚を捕っていたことが明らかになっています。当時,魚は主要な食物で,生はもちろん,煮魚などにして食べたようです。縄文人が捕らえていたのは,まぐろ,かつお,さば,いわし,まだいなどの海産魚,こい,ふな,なまず,うなぎなどの淡水魚のほか,いるか,くじらなどの海産ほ乳類,貝類,かに類などで現在私たちが食べているものとほとんど変わりません。

 その後,大陸から稲作が伝わり,弥生時代には,米,あわ,ひえなどの穀物と魚が主な食物となりました。平安時代の文献には,朝廷や貴族階級の食事として,なます,なれずし,あつもの,焼き物,あえもの,塩漬け,酢漬けなど,現在に通じるさまざまな魚の調理法が記録されています。室町時代には,米の収穫量が増加し,米を主食に,魚を主な副食にする食事が,庶民にも浸透しました。わさびとしょう油がつくられ,現在のような刺身料理が普及し始めたのもこのころです。

(4) 漁村の現状と漁業地域の活性化に向けた取組

ア 漁村の現状

(生活関連施設等の整備が後れている漁村)

 漁村は,概して,前面が海,背後が山といった狭隘な土地に立地しており,特に,家屋が密集していることから,地震,火災,高潮等の災害に対してぜい弱な面を有している。11年9月の台風18号による高潮に際し,熊本県不知火町等においては,人命,家屋等に甚大な被害が発生した。

 また,漁村は,都市と比較して道路,下水道,廃棄物処理施設,文化施設等の生活関連公共施設の整備が立ち後れている。し尿処理を水洗で行っている漁村は,全体の3割しかなく,自動車が通行できない道路の割合が高い漁村も多い。また,文化施設が立地している漁村は1割にも満たない状況となっている( 表I-3-3 , ダウンロード )。

(人口の減少,高齢化が進む漁村)

 漁業就業者の減少等により漁業世帯数,世帯員数ともに減少傾向で推移している。また,漁業世帯員の3割が60歳以上となっており,漁村の高齢化が進んでいる( 図I-3-3 )。

 こうした中で,荷捌き場における防風・防暑施設の整備,岸壁や歩道等の段差の解消等高齢者に配慮した就労・生活両面にわたる環境の整備が進められている。

イ 漁業地域の活性化への取組

(地域資源の活用)

 漁業地域においては,近年,地域の資源を見直し,地域の活性化に結びつけようとする動きがみられるようになっている( 表I-3-4 )。

 例えば,地先で漁獲されたばかりの魚介類を漁港等における朝市で提供することにより,多数の都市住民等が来訪するようになり,地域の活性化に成功している例がある。島根県浜田市では,「しまねお魚センター」の新設により,地域への周年の観光客の入込みを確保しており,おさかなセンターの入込数は,浜田市における総観光客数の1/3を占めるに至っている( 表I-3-5 , ダウンロード )。

 漁港等における定期市・朝市や地域特産品の即売等のイベントは全国で活発に行われており,定期市は,漁業地域の約2割で実施されている( 図I-3-4 )。水産物直販店等についても,新鮮な魚介類の購入等の国民のニーズを反映し,10年には全国の漁業地域内に370の施設が設置されている。

 また,漁業地域では,従来から漁業者等により遊漁の案内が行われてきたが,近年は,ホエールウォッチングやダイビング等の案内も行われるようになっている( 表I-3-6 )。

(都市との交流の促進)

 また,近年,漁業地域では,体験学習の場の提供等による都市住民との交流により,地域の活性化を図ろうとする取組も行われている。

 全国には,農林漁業体験民宿として,11年6月末現在752軒が登録されており,そのうち約4割の民宿では地引き網体験,水産加工品の製造等漁業に関する体験ができるようになっている。また,国土庁・水産庁が行ったアンケート結果では,8割の沿海市町村が体験学習活動に積極的に取り組んでおり,地域資源を活用した漁村滞在型余暇活動(ブルー・ツーリズム)への取組も増加してきている( 図I-3-5 )。

 このような漁業地域における都市住民との活発な交流の推進は,地域の活性化だけでなく,広く国民一般が,漁業や漁業地域に対する理解を深めることにも役立っている。

(漁業活動と国民の余暇活動の共存に向けた取組)

 漁業地域における国民の余暇活動の増加に伴い,漁業者との間に「船の係留をめぐるトラブル」や「漁場の競合」,「漁港内外での不法駐車」,「ごみの投棄」等の多様なトラブルが発生しており,漁業活動と国民の余暇活動の共存に向けた取組を促進することが求められている( 図I-3-6 )。

 富山県黒部市では,地先海域を利用している遊漁者団体と漁業協同組合の間で,遊漁禁止区域の設定,遊漁時間の設定,漁法の制限等を定めた協定を結び,トラブルを回避している。また,各地でダイビング事業者が,地元の漁業協同組合との間で潜水区域の設定や,潜水時間の取決め等を行っている。

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