4 海洋環境の保全

(1) 漁業と環境とのかかわり

 漁業は,海洋及び内水面の生態系を構成する生物の一部を利用する産業であり,環境及び生態系を良好な状態に保全していくことは,漁業の健全かつ持続的な発展を図り,安全な水産物の生産と供給を行っていく上で極めて重要な課題である。

 近年,産業活動の活発化,人口増加等に伴い,二酸化炭素等の温室効果ガスの増加による地球温暖化,フロン等によるオゾン層の破壊,熱帯林の減少等が深刻化する中で,これらの解決に向けて,国際社会において活発に議論が重ねられている。特に,オゾン層の破壊による紫外線照射量の増大,地球温暖化による海水温や海面の上昇等は,漁業にも直接影響を及ぼす問題であり,今後,温室効果ガス等の排出削減に取り組むことが一層必要となっている。

 また,近年,野生生物の種の減少が地球環境問題の大きな側面として関心を集めており,漁業活動に関連し,漁獲対象生物のみならず混獲される野生生物の種の存続に及ぼす影響等に関する議論が活発化してきている。特に,ワシントン条約の締約国会議においては,海産魚類を同条約の対象として国際取引を規制しようとする動きが活発であるほか,一部の環境保護団体は,はえ縄漁業等による海鳥やさめ類の混獲等を漁業攻撃の材料としている状況にある。

 世界人口が増加を続ける中で,食料供給における漁業の役割は以前にも増して重要なものとなっている。我が国としては,引き続き,科学的根拠に基づく水産資源の適切な保存・管理措置に立脚した持続可能な漁業を,野生生物の種の保存や生息環境の保全にも配慮しながら推進することにより,漁業に対する正当な理解が国際的に得られるよう努めていく必要がある。また,諸外国等に対して積極的に我が国の立場・主張を伝え,その浸透に努めることが必要である。

 なお,エネルギーや資源が無駄なく有効に活用され,環境負荷の少ないいわゆる「資源循環型社会」の実現が重要な課題となっているが,再生産可能な水産資源を利用する漁業は,こうした社会の形成に大きく寄与するものである。

(2) 海洋環境の現状

ア 藻場・干潟等

 藻場・干潟は,重要な漁場であるばかりではなく,水産生物の産卵,幼稚魚の成育等の資源生産の場としての機能や,有機物の分解,窒素・りん等栄養塩の取り込みによる水質の浄化等のさまざまな機能を有しており,特に,近年,その重要性が見直されている。

 また,砂浜や岩礁等も,水産生物の生息,生育の場として漁業生産を支えている。

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 こうした,藻場・干潟,砂浜,岩礁等自然状態を保持した海岸は,高度経済成長期において,工業用地の造成のための埋立等により急激に減少し,その後減少傾向は鈍化したものの依然として減少を続けている( 図II-4-1 )。また,砂浜については,陸域からの土砂供給量の減少等により侵食も進んでいる。

 現存する天然の藻場・干潟等の維持・保全は,漁業のみならず,生態系の保全や沿岸域の水質保全等にとっても重要であることから,藻場・干潟の開発の検討に当たっては,代替案の十分な検討や,従来にも増して入念な影響調査を行うことが重要である。また,開発行為の影響を最小限に抑えるための技術開発と実用化を推進していくことが必要である。

イ 有害化学物質

 有機スズ化合物については,かつて漁網防汚剤や船底塗料等として広く使用されていたが,魚介類中への残留による人の健康への影響が懸念されたこと等から,「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」に基づいて,製造,輸入等が規制されている。また,漁業関係団体に対し有機スズ化合物を含む漁網防汚剤及び船底塗料の使用を自粛するよう指導がなされるとともに,漁業関係団体では,有機スズ化合物を含まない漁網防汚剤等の安全性が確認された資材の普及に取り組んでいる。しかしながら,現在もなお環境中に広範囲に残留していることから,その汚染レベルの改善が課題である。

 ダイオキシン類については,化学物質の合成過程,燃焼過程で意図せず生成されるものであるが,強い急性毒性を有すること等から人の健康に影響を及ぼすことが懸念されている。このため,平成11年3月に「ダイオキシン対策推進基本指針」が策定されるとともに,7月には「ダイオキシン類対策特別措置法」が成立し,現在,関係省庁の連携により,各種の発生源対策が進められている。今後,食品中のダイオキシン類濃度を効果的に低減させていくためにも,魚介類を含めた食品中にダイオキシン類が蓄積されるメカニズム等に関する調査・研究の強化が必要である。

 さらに,近年,環境中の化学物質が生物に取り込まれ,体内で分泌されるホルモンと類似に作用して人の健康や生態系にさまざまな影響を生じる可能性があることが報告され,社会的に大きな関心を呼んでいる。これらの物質は内分泌かく乱物質(環境ホルモン)と呼ばれ,トリブチルスズ(TBT)等67種類の物質がこれにあたるものとして疑われている。水産生物においては,有機スズ化合物が,いぼにし等の巻貝類の雌に雄の生殖器官を形成させ,輸卵管を閉塞させる等の生殖機能への影響が報告されており,その他にも何らかの異常が生じている可能性が示唆されている。しかしながら,内分泌かく乱物質による影響については,内分泌かく乱作用を有する物質の種類,生態系等に対する影響の実態,作用機構等,未だ不明な点が多い。

 このため,11年度から,内分泌かく乱物質の水産生物に対する影響等を把握するための調査が開始されており,今後は,蓄積機構の解明等の調査研究や発生源対策を充実・強化していく必要がある。

ウ 赤潮・貝毒

(赤潮)

 近年,赤潮は,発生域が広域化するとともに原因プランクトンの種類も多様化している。特に,二枚貝に有害なプランクトンであるヘテロカプサ *1 が,西日本で分布域を拡大し,赤潮の発生が頻発しているほか,ギムノディニウム伊万里型のように,これまで赤潮の原因となっていなかったプランクトンによる赤潮も発生するようになっている。

 10年度の赤潮による漁業被害は,前年に比べ10件増加し,29件となった( 図II-4-2 )。漁業被害額は,ヘテロカプサによって広島湾一帯のまがき養殖等に甚大な被害(被害金額およそ38億8千万円)が発生したことから,金額が判明している14件の合計で39億1千万円と,前年度の約6倍に達している。

 このような赤潮による漁業被害の防止に向けて,プランクトン等の定期的な調査による赤潮発生の的確な把握や,赤潮発生予察及び漁業被害の軽減策の確立に関する研究が行われているところであり,今後,特に,ヘテロカプサ等最近被害を拡大している種類についての対策を強化することが必要となっている。

 また,赤潮発生の原因のひとつである海域の富栄養化の要因として,生活排水の影響が大きいものと見られており,産業系排水と併せて家庭排水による負荷の抑制が一層重要となっている。

(貝毒)

 ほたてがい,かき等の二枚貝等は,麻ひ性又は下痢性の毒成分を産出する植物プランクトンを摂取して,毒化する場合がある。我が国では,貝毒の発生は,昭和50年代前半から確認されるようになり,当初は主に北海道や東北地方の太平洋側に限られていた。しかし,近年,麻ひ性貝毒,下痢性貝毒とも発生海域が拡大する傾向にあり,瀬戸内海や九州地方でも発生している。また,毒化する貝の種類も増加している( 図II-4-3 )。

 毒化した貝類等の流通とそれによる中毒事故を未然に防ぐため,二枚貝の生産海域において貝毒モニタリング調査を行い,規制値を超えた場合には出荷自主規制等の対策が講じられている。さらに,より合理的な出荷自主規制方法を開発するため,毒化機構の解明やモニタリング技術の高度化等の調査研究が行われている。

*1 へテロカプサの一種(Heterocapsa circularisquama)をいう。

エ 漁場油濁

 タンカー事故等により引き起こされる油濁による被害は,平成10年度においては,件数は15件,判明している被害金額は1億9百万円であり,それぞれ前年度より減少した( 図II-4-2 )。しかし,このうち,原因者不明の油濁被害は,依然として後を絶たない状況にあり,被害金額はここ数年横ばい傾向にある。

 今後とも,関係者との連携を強化しつつ,油濁事故の防止対策と併せて,事故に対する迅速な対応,漁業者等への的確な情報提供を行うための体制整備を進めるとともに,十分な被害防止対策,安全で効率的な防除技術の開発・研究に努めていく必要がある。なお,水産資源及び生態系への影響について,今後も,段階的・継続的な調査・監視を実施していく必要がある。

オ 海洋廃棄物

 日常生活から排出されたプラスチック類,缶,びん類等が海洋へ流出したものや,人為的に海洋に投棄された廃棄物,流出した漁網・かご,根がかりした釣り糸等が海洋廃棄物となり,生物への被害,漁網への混入による漁獲効率の低下,船舶運航上の被害等の原因となっている。

 これら廃棄物については,一般・産業廃棄物等の不法投棄によるものも増加しており,海上保安庁の調査によると,平成10年の不法投棄量は8,500トンとなっている。今後,漁業者はもとより広く国民に対して,海洋環境の保全の重要性についての普及・啓発を行う一方,不法投棄等の取締りを強化していく必要がある。

 なお,漁具・漁網,沿岸小型漁船を中心とするFRP(強化プラスチック)廃漁船,養殖貝類の貝殻等の漁業系廃棄物については,事業者たる漁業者自らの責任において処理すべきものであるが,国としても漁業団体と協力し,地域事情に応じた計画的かつ適正な処理を推進するため,再資源化を含む実用的な処理技術,実現可能な処理体制等の確立に努めることが必要である。

コラム:干潟の魚類成育場としての機能

 干潟の持つ重要な機能のひとつに,水産生物の幼稚魚の成育場としての機能があります。干潟は,水温変化が大きいなど環境が厳しいものの,捕食者が少なく,餌生物にも恵まれていることから,外海域に比べて稚魚等の密度が高く,成長や生き残りが良いとされてきました。しかし,実際にどれくらい役に立っているのかはよくわかっていませんでした。

 水産庁東北区水産研究所が,仙台湾の沖合で漁獲されたいしかれい42個体について,魚類の耳石に取り込まれたストロンチウムとカルシウムの比を分析する方法によって,これらのかれいが外海の砂浜域と,内湾の干潟域のどちらで成育したかを調べたところ,約半数の23個体が干潟で成育したことが明らかになりました。これは,外海砂浜域の数%程度の面積しかない干潟において,いしかれい資源の約半分が生産されているという可能性を示唆しており,干潟の成育場としての重要性が改めて注目されています。

 我が国周辺の水産資源が減少し,その回復を図ることが緊急な課題となっている中,魚類の成育に関してこのように大きな役割を果たしている干潟を保全していくことは,極めて重要なことと考えられます。

(3) 海洋環境の保全に向けた取組

 四面を海に囲まれた我が国にとって,海や渚の環境を保全し,海洋生物資源を適切に保護・利用していくことは,漁業関係者にとどまらず国民全体の課題である。

 近年,海洋汚染や水生生物の保護等に関する国民の関心が高まる中で,社団法人海と渚環境美化推進機構(マリンブルー21)や漁協系統団体等の取組により,海浜清掃活動も積極的に行われるようになっている。全国一斉の海浜清掃活動の参加者は,近年,100万人規模となるなど,漁業関係者のみならず一般国民にも浸透しつつある。

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 また,近年,森林の有する水源のかん養,土砂の流出防止,栄養分の供給等の機能が,海域の生物の生育環境や生態系を保全する効果を有することが認識されるようになり,海域の生物資源を陸域の環境と一体的に管理しようとする試みとして,漁業者による植林活動等も活発になっている。現在,漁業者による植林活動は,地元の森林組合等の協力を得つつ,流域における都道府県,市町村との連携等により,広域的に展開されている。

 今後,海洋環境の保全に取り組んでいくためには,漁業者はもとより広く国民の海洋環境の保全に対する意識の高揚を図るとともに,国民的かつ組織的な運動として推進していくことが重要となっており,そのための指導者の育成等に対する支援が一層重要となっている。