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更新日:平成21年4月1日

地域の歴史

亀田郷地区とは~亀田郷地区の昔・今~

水との闘い

亀田郷、白根郷、新津郷・・・・・。郷のつく地区は排水に苦労してきた土地と言われます。昔、亀田郷一帯は人々から「芦沼」と呼ばれ、常習的湛水地帯でした。農民達は潟・湖の泥土を船で運搬し、水面下の田に客土し、胸までつかりながら田植えや稲刈りを行いました。亀田郷の歴史は水との闘いといわれています。

みのり豊かな都市融合型田園地帯へ

悪条件の地を乾田化し、安定した農業生産の基盤へと変えたのが土地改良事業でした。昭和23年、栗の木排水機場が完成し、亀田郷地区の排水は飛躍的に進展しました。震災後、昭和43年には、栗の木排水機場に代わり、親松排水機場が建設されました。

いま、かつて「芦沼」と称されていた亀田郷地区には、豊かな穀倉地帯が広がっています。みのり豊かな都市融合型田園地帯「亀田郷」として・・・。

写真で見る亀田郷地区の歴史 

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かつて亀田郷地区一帯は芦沼と称されていた
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排水のため、黙々と水車踏みが続けられていた
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人々は泥にまみれて荒れ地に挑んだ
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収穫作業は水のなかだった
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刈り取ったイネは船で運んでいた
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水の中での作業のため、
多くの人が胃痛や神経痛に悩まされていた
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昭和23年4月、栗の木排水場が完成した
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排水能力40立方メートル/秒。
10台のポンプが郷内の湛水をはき始めた
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湛水が解消され、土地改良事業が始まった
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生まれ変わる農地に、みな、夢をふくらませた
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女性も必死でクワをふるった
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安定した農業生産の基盤が築かれた
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昭和39年の新潟地震を期に栗の木排水場は廃止され、
昭和43年、新たに親松排水機場が築造された
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機械化による田植え
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梨園
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白鳥の飛来
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いま、かつて『芦沼』と称されていた地区には、
豊かな穀倉地帯が広がっている
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みのり豊かな都市融合型田園地帯『亀田郷』として…

*  参考:北陸の農業農村整備の歴史(“新潟”であるために・十章)

お問い合わせ先

整備部水利整備課 
ダイヤルイン:076-232-4724
FAX:076-234-8051

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