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1種事務系採用情報

1種技術系採用情報

採用パンフレット 2002年度版

I種事務系

巻頭言

農林水産行政の最前線から(各局庁の業務紹介)

世界を舞台に(在外勤務)

地域に根ざして(地方自治体への出向)

霞が関の一員として(他省庁への出向)

人材を育む(留学・研修)

一年生の声

 

コンテンツ

「新たな政策の時代」 

大臣官房企画評価課調査官
牧元 幸司(昭和60年入省)

昨年は食品をめぐる事件が続発し、食品の安全性についての消費者の関心は極めて大きなものとなっています。今ほど「食」のあり方、未来が問われていることはないと言っても良いのではないでしょうか。

皆さんは「農林水産省」というと、どのような行政を想像しますか。「農林水産業」に関する行政を行っていることはもちろんですが、その領域は、「食」、「産業」(農林水産業に加えて食品産業、外食産業など)、「地域」(農山漁村、中山間地域など)に係る行政にわたっています。

ここ数年来、農林水産行政は「大変革期」にあります。
昭和30年代に構築された、農林水産業の「近代化」を図ることを中心とした施策体系から、国民全体の視点に立って「食料の安定供給の確保」を図ることを第1に掲げた政策への転換が進められています。
また、森林・農地等のもつ環境への貢献などの役割(「多面的機能」と呼ばれ、金銭に換算すると年間70兆円の価値があると言われています)をどう維持し、次の世代に継承していくかも重要な政策として位置付けられました。

このような中、従来の政策手法では対応できなくなっている分野も多く、「食料・農業・農村基本法」「森林・林業基本法」「水産基本法」といった基本法やこれに基づく基本計画の策定に続き、各種法律・制度、予算等の見直しが進められています。

私が官庁訪問で農林水産省を訪問した際、ある先輩から聞いた「意気に感ずる仕事が多い」職場であるとの言葉が強く印象に残っています。私自身この言葉を実感しながら、十数年間この仕事をやってきました。(現在は、行政の透明化、効率化を目指す省全体の「政策評価」を担当しています。)
また、昨年発生したBSE(狂牛病)問題では、農林水産行政は危機管理意識の甘さなど厳しい批判を受けています。このような批判を真摯に受け止め、一層の改革に取り組まなくてはならないことを痛感しています。

官庁訪問は、学生の皆さんにとって中央省庁の仕事の内容について直接話を聞くことのできる貴重な機会です。一人でも多くの皆さんが農林水産行政について関心を持ち、また農林水産行政を志すことを期待しています。

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「美しい地球を残すために私たちができること」 

総合食料局食品環境対策室企画官
長野 麻子(平成6年入省)

20世紀は、石油など有限な地下資源を使った、大量生産・大量消費・大量廃棄の時代と言われています。その代償として、地球温暖化、ゴミ問題など地球環境を悪化する事態が懸念されています。21世紀は、この「地下資源使い捨て社会」から脱却し、リサイクルに代表されるような資源を循環利用する「循環型社会」、バイオマス資源(生物由来資源)により石油資源を代替する「脱石油社会」へ移行していくことが求められています。

農林水産業は、本来的に、太陽・水・土という自然の恵みを利用して、持続的に農林水産物を生産する営みです。これにより生産される農林水産物、その副産物である家畜排せつ物や間伐材、消費に伴う生ゴミなどは、21世紀にその活躍が期待されるバイオマス資源です。地下資源は乏しいわが国ですが、このバイオマス資源では「アラブもうらやむ資源大国」。これを有効活用し、地球環境の保全に貢献するという課題が、今後、農林水産省として力を入れていくべきものとなっています。
例えば、年間約2000万トン排出されている生ゴミは、そのほとんどが焼却・埋立されています。最近、食べ物を残すことに関して「もったいない」という言葉が聞かれなくなりましたが、そのライフスタイルを改めることをまず第1にしなければならないのは言うまでもありません。しかし、実際に捨てられているゴミの中には、下の写真(編注:略)にあるように、人が食べても全く問題がないにもかかわらず、形が悪い、作りすぎたなどの理由で捨てられているものが、残念ながら多くあります。この「ゴミ」を「資源」として捉え、例えば、豚の飼料や有機たい肥として利用したり、メタン発酵させてバイオマスエネルギーとして利用する試みが各地で始まっています。

これはほんの一例で、美しい地球を次世代に残していくために、今、私たちがしなければならないことが、まだまだたくさんあると思っています。誰しも無関係ではない環境問題は、多くの関係者と議論を重ね、少しずつ前に進んで行くもので、非常に刺激的でおもしろい前向きな仕事です。それだけにこれまで農林水産省がやってきた行政の手法や範囲をはみだすこともあります。だからお手本はありません。ただ、これからの地球のためにできること、それは若い世代の皆さんが主体的に新たな感覚で考えていくべきものだと思っています。是非、一度、農林水産省の門をくぐって、美しい地球を残すために、一緒に考えてみませんか。

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「野菜農業の構造改革!?」 

生産局野菜課課長補佐
遠山 知秀(平成5年入省)

農林水産省には野菜に関することを所管する部署として「野菜課」という組織が一課あるだけである。野菜は米や畜産と並んで農業生産額の約4分の1を占める基幹的な部門となっているにもかかわらずである。極論すれば、農業全体の4分の1の問題が野菜課に集中するわけである。それだけに責任は重たい。野菜の生産、流通、消費にわたって、現状の把握・分析、政策の立案・実行といった野菜に関する一連の政策プロセスのすべてがここにある。

その中に、昨年ほぼ一年にわたり世間の耳目を集めたセーフガードの発動問題もある。経済のグローバリゼーションは輸入野菜の増加という形で野菜農業の世界を揺るがしている。しかし、SG(セーフガード)は所詮、水際措置であり、しかも永遠のものではない。大事なのは国内野菜農業の体質強化、筋力強化である。そこで、国際競争力強化のための新たな野菜政策を構築し、いかに野菜農業の構造改革を断行していくかがカギとる。

その新たな野菜政策の企画立案をするのが今の私の仕事と言えよう。具体的には、野菜の構造改革対策の一環として、野菜生産出荷安定法の改正作業を任されている。しかし...野菜農業の構造改革とは一体何なのか。「構造改革なくして日本の再生と発展はない・・・痛みを恐れず、既得権益の壁にひるまず、過去の経験にとらわれず、・・・二十一世紀にふさわしい経済・社会システムを確立」というのは、小泉総理の所信表明演説の一節である。ならば、野菜農業にとっての「痛み」とは?「既得権益の壁」とは?「過去の経験」とは?何だろう。これをよく考えれば自ずと答えが出てくる。それが新しい政策へと昇華していき、法律改正につながっていった。

今回の法律改正では、様々な痛み、既得権益の壁、過去の経験(詳細は農林水産省を訪問してくれれば直接説明します。)を乗り越え、生産者と実需者との契約取引を推進するためのまったく新しい制度を創設した。何もないところに新しいものを作るというのは大変な大作業だったが、構想段階から新制度の枠組みの検討、法律の制定までの一部始終をメインプレイヤーとして行動してきたので、その充実感は何とも表現しようがないほど大きなものだ。

このメインプレイヤー感というのは重要で、局長や課長は脇役で自分こそが主役と思うことこそが仕事を面白くさせる。そして、明日の日本を憂いこの国を改革しようという志を一層奮い立たせてくれる。食料・農業の問題に限らず、日本が希望に満ち溢れた未来を創造できるか否かは、君たち一人ひとりの改革に立ち向かう主体性と志にかかっている。民間企業であっても、中央官庁であっても、さらにどこの省庁であってもいい、君たちが最終的に選ぶフィールドにおいて、それぞれが高邁な志の下で主体的に行動していくことが未来の世界に光を与える。志は信念となって、信念は決意となって、決意は行動となって結晶するのだから。

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「企業的農業経営の展開について」 

経営局構造改善課課長補佐
栗原 秀忠(平成2年入省)

「昨年3月の農地法改正によって、株式会社が農地を取得して稲作などの農業の世界に参入できるようになりました。」
と言っても、皆さんは「何それ?」「今までできなかったの?」という感じではないでしょうか。そもそも農業は、自然を相手に生命のプロセスを追いかける産業であり、直接の生産手段である農地と永続的に関わっていかなければならないため、諸外国でもそうであるように、家族経営が主流となっています。
しかし、農業の将来の発展性を考えた場合、農業経営の法人化、とりわけ経営と所有の分離した株式会社という形態は様々な可能性を秘めています。資本調達手段の多様化や取引信用力の向上のほか、農業以外の民間企業や消費者の参画も得やすくなります。これからの農業は、単に作るだけでなく、それを加工し販売するなど経営の多角化が必要ですが、自分で売るとなると、マーケティングや消費者ニーズの把握などが必要となるので、そうした分野については民間企業のノウハウを活用した方がうまくいくと考えられます。

そこで、株式会社についても、一定の要件の下で、農地を取得して農業を営むことができるよう、法律改正が行われました。
新たな制度はスタートしたばかりですが、現に、有限会社から株式会社に組織変更したり、農産物販売会社等が農業生産に参入する事例が増えてきています。しかし、まだ新制度が十分に浸透しているとは言えません。せっかくの法律改正も、それに応じて実態がダイナミックに変化していかないと意味がないのです。制度を「つくる」「変える」というのも役所の重要な仕事ですが、何よりも制度を「活かす」ことが重要と考えます。
そこで今私たちが取り組んでいるのは、農村現場で農業経営の選択肢としての株式会社のメリットをいかに理解してもらうか、また、農業以外の民間企業や消費者の方々にも農業に眼を向けていただき、いかにこれらの方々との連携を強めていくかということです。

意欲的に企業的農業経営に取り組む人を“アグリ・チャレンジャー”と呼んで様々な支援を実施しているところです。行政においても、斬新なアイデアを持ち、チャレンジャー精神にあふれる人材が求められています。そんな皆さんの来訪を是非お待ちしています。

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「田舎へ行こう!」 

農村振興局地域振興課課長補佐
(現・大臣官房文書課課長補佐)
渡邊 毅(昭和63年入省)

今、田舎が静かなブームである。田舎暮らしや農業体験をしてみようといった雑誌や本を、書店で良く目にすることが多いのではないか。電車のつり広告でもこの手のものを探すは簡単だ。某放送局では「ザ!鉄腕!DASH!!」という番組の中で農業体験を人気タレントが行うコーナーが人気を博している。
田舎には、都会の人が忘れた生活のゆとりや自然とのふれあいといったものが残されていて、それへの憧れが、田舎への再評価につながっているのだろう。

だが、このブームは、都市と農山漁村との関係が、今までと変わってきたということを意味するものではない。すなわち、都市は都市、農山漁村は農山漁村で別世界を構成しているという考え方がこのブームの底には潜んでいるのである。これでは、田舎への憧れは一過性のものに終わってしまう。
農林水産省は、いま、この都市と農山漁村との間の関係の考え方を根本的に転換すべく、取組をはじめている。つまり、『都市と農山漁村とは、互いに互いを支え合って成り立っているという共生の関係にあり、「人・もの・情報」が、都市と農山漁村との間を頻繁に行き来する関係(対流)にならなければならい』との考え方の下に、地域振興政策を推進していくこととしているのだ。

この新しい地域振興策の中で注目されているものの中にグリーン・ツーリズムがある。
グリーン・ツーリズムというのは、田舎で、農林漁業体験を楽しみながら、休暇を楽しむというもので、ヨーロッパでは、もう半世紀ほどの積み重ねがある。ヨーロッパでは、子供に動物とのふれあいを体験させようと、小さな子供を連れた家族連れが、2週間ほど同じ場所に滞在して、のんびりと過ごす場合が多い。このため、ヨーロッパの人たちは、子供の頃から、農林水産業、農山漁村とふれあう機会に恵まれ、都会に住んでいても、農山漁村を体で理解している人たちは多い。また、都会からやってくる人たちを、グリーン・ツーリズムという形で農家民宿が受け止めることにより、農山漁家の収入の道が増えるという一面もある。ヨーロッパでは、グリーン・ツーリズムを通じて、都市と農山漁村の共生・対流という関係が構築されているのである。日本でこのグリーン・ツーリズムが国民の間に浸透するには、日本人のライフスタイルそのものが変わっていく必要があるのだが・・・。

このように、我が地域振興課では、日夜、一見、農村の地域振興という、極めてドメスティックと思われがちな政策課題を、欧米の例を参考に、日本人のライフスタイルをどう変えていくかといったグローバルで、かつ、文明論的な観点からも議論している。日本人のライフスタイルをどのように変えていくかといった広い視点に立った政策議論を、書生的な議論に終わらせず、地に足のついた議論にするためには、開かれた議論ができ、かつ、地域の実情にも目配りすることができる場と、日本の現状を何か変えられないかという情熱を持った人が必要である。農林水産省という組織は、その点で、全く問題のない組織だと思うが、真贋の程は、是非、当省を訪れ、自らの目で確かめて欲しい。

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「21世紀は生命科学の時代」 

農林水産技術会議事務局技術安全課課長補佐
(現・水産庁漁政部加工流通課課長補佐)
志知 雄一(平成2年入省)

遺伝子組換え、クローンといった言葉を、最近テレビや新聞でよくみかけると思います。みなさんは、そのような言葉にどんな印象をお持ちでしょうか。マスコミなどで使われるときには、このような先端技術がもたらすベネフィットへの期待と今まで知らなかった危険へのおそれといった二つの意味が込められていることが多いと思います。

20世紀後半からは、物理化学を中心とする科学技術は、人類に明るい将来をもたらすだけでなく、その反面として危険性も伴うものだという考えが広がってきました。
生命科学(生物学)は、19世紀のメンデルの法則以来、地味な分野とされており、伝統的な交配による品種改良による農業等での利用ぐらいしか実用には供されていませんでした。しかし、遺伝子発見に始まる研究の進展により生物の性質がどう決定されていくかが明らかになった結果、今まで考えられなかった画期的な農作物や医薬品などを生み出す方途がでてきました。このような生命科学の実用化は、世界的な食料問題への貢献をはじめ、難病の治療、健康への寄与、環境問題の解決など今後の人類にとって大きな可能性を持っています。そのことをアメリカのクリントン大統領は「21世紀は生命科学の世紀」といい、IT技術などとともにアメリカが今後技術開発すべき最重要分野と位置づけています。

さて、遺伝子組換え技術には、これまで述べたような輝かしい可能性の裏側に、今まで知られていないリスクを持っている可能性があります。よく知られているのは「今までなかった作物を食べても本当に大丈夫だろうか」という食品としての安全性でしょうが、もう一つ世界的な議論の的となっているのは、「遺伝子組換え生物は環境に悪影響を与えないのか」ということです。みなさん、こう言われても「?」かもしれませんが、例えば、砂漠や海水でも生育する遺伝子組換え作物ができたときのことを考えてみましょう。世界の食料供給に大きく貢献するでしょうが、同時に、砂漠や海での今までの生態系を変化させ、そこで暮らしていた生物や人の暮らしを脅かすかも知れません。私のいる技術安全課の大きな仕事は、組換え作物の環境に対して悪影響を与えないかのチェックです。

遺伝子組換え生物による環境に対する影響といっても、今までのところ、悪影響が実証された例は世界的にもありません。しかし、遺伝子組換え生物がそのようなリスクを持つ可能性は認められており、先進国では、国による審査をパスしなければ外に出せないこととしています。ただし、その遺伝子組換え生物に対する考え方は国によっても異なり、大きくいってアメリカやカナダでは許容している人が多いですが、ヨーロッパでは懐疑的な人が多いようです。しかし、どの国でも遺伝子組換え生物の持つ大きな将来性を考え、安全性のために努力する一方で、自国の将来のため、研究開発を強力に進めています。我々も、これからの生命科学の時代に我が国が乗り遅れることがないよう、研究開発の推進、安全性の確保、国民理解の促進を三つの大きな柱として施策を進めているところです。

21世紀の産業の礎を一緒に築いてみようと思う方の訪問を大いに期待しています。

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「30年ぶりの改正について」 

食糧庁計画流通部計画課生産調整推進第1係長
森下 興(平成7年入省)

「減反」という言葉を御存知ですか。遠い記憶を辿れば、小学校や中学校で、日本では、米余りが大問題となっており、それを解決するために、水田を使った米作りを制限しているということを勉強したなあ・・・と懐かしく振り返る方も多いでしょう。この減反(今は、「生産調整」という言葉が一般的です)は、昭和46年に開始されて以降、約30年間の歴史を重ねてきているのですが、今でもしっかりと残っているばかりではなく、むしろ、強化の一途を辿ってきています。つまり、日本の米については、供給能力が需要を圧倒的に上回る構造が続いており、今でも、その構造は解消されていないということなのです。昨年の夏、「青刈り」という措置が行われましたが、この聞き慣れない言葉を新聞紙上などで見つけた方もおられると思います。これは、豊作が予想され、米余りが心配される際に、収穫の前に刈取りを行う生産調整の一つの手法なのですが、このように、今でも、ありとあらゆる装置を用いて、米余りという大問題と対峙しているのです。

「生産調整は、もう、限界ではないか」といった声がよく聞かれます。生産調整は、米を作らない水田の面積は全国で○○haといった方式で行われているのですが、その面積が増加されていく中で、農業者からすれば、米を自由に作ることができず、悲鳴を上げているのも事実です。また、毎年毎年、地域・集落内を回り、生産調整を渋る農業者の説得などに膨大なエネルギーを費やしている現場の市町村や農協の担当者にしても同じ思いかもしれません。更には、政策を遂行してきた側からしても、生産調整をいくら強化しても米の需給と価格の安定が図られず、政策の手法そのものに欠陥があるのではないか、という一種の限界感を感じており、確かに、日本の米作関係者がそれぞれ大きな壁にぶちあたっているのです。

こうした行き詰まりから脱却するために、現在、「生産調整に関する研究会」が立ち上げられ、新しい米の生産調整のあり方について議論されています。30年間に蓄積した歪みや疲労感は相当なものがあります(私自身も、生産調整の開始年に生まれたことを考えると、その歴史の長さを実感します)。また、生産調整は、一人たりとも非協力者を出さないよう、地域・集落が一体となって取り組むといった伝統的な農村構造としっかりと結びついた形で行われてきましたが、最近よく登場する「担い手」育成の考え方となじむのかなど、日本の農業・農村に関する他の政策とどのように折り合いをつければよいのか難しい面も見られます。どこから手を付ければよいのか、わからない所もありますし、重い車輪を皆が「うーん」といって押してもビクともしない場面も見られますが、押し続ければ、いつか、導火線に火がつくように一気に突破する可能性も秘めています。そんな日を夢見て、皆さんもこの輪の中に入ってみませんか。

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「緑の砂漠に立ち向かう」 

林野庁林政部企画課課長補佐
杉中 淳(平成2年入省)

日本の国土の約70%は森に覆われています。森林は、木材の供給源となるだけでなく、人間の生命に不可欠な水の源であり、また土砂崩れを防止するなどの様々な機能を有しています。また、近年では森林浴など心身の癒しの場として利用されたり、二酸化炭素の吸収源として地球温暖化の防止に果たす役割が注目されています。

このように森林はきわめて重要な役割を果たしていますが、今、日本の森林は病んでいるのをみなさんご存じでしょうか。
戦後の日本の林業政策は、経済成長に伴い増加を続ける木材需要に答えるため、奥地の天然林や里山林などを伐採し、スギやヒノキなどの人工林を積極的につくってきました。しかしながら、外材の輸入増加により木材の価格が下落し、経済的価値が減少した森林は、間伐などの手入れがなされないまま放置されようとしています。

手入れがされない森林は、もやしのような木しか育たないほか、日光が十分にはいらず下草が生えないため、表土が流出し、災害に非常に弱くなってしまいます。今まさに、我が国の森林は、緑の砂漠となる危機に直面しているのです。

このような状況を背景に、昨年、森林・林業政策の憲法とでもいうべき「林業基本法」が37年ぶりに改正され、「森林・林業基本法」となりました。
これまでの基本法が、林業という森林の持つ経済的な側面のみに着目していたことから大きく転換し、森林の持つ環境的側面も重視し、森林の多面的機能を十分に発揮していくことを第1の目的に政策を推進していくこととしたのです。

このように森林・林業政策の進むべき基本的な方向は決定しましたが、そのためにどのような政策を講じていくのかは今後の課題となっています。どのように国民の求める森林を維持造成していくのか、林業・木材産業の構造改革をどのように進めるのか、京都議定書にも掲げられた温暖化ガスの排出削減目標を達成するためどのような吸収源対策を講じていくかなど課題を掲げればキリがありません。

このように課題が山積していますが、その分やりがいのある職場です。私たちと一緒に、このような問題に立ち向かっていただける方の訪問をお待ちしています。

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「森は海の恋人、港は?」 

水産庁漁港漁場整備部計画課課長補佐
(現・鹿児島県農政課長)
松本 平(平成4年入省)

私は、現在、農・林・水のうち、水を担当する水産庁に勤務しております。
とは言うものの、我々の省は、農・林・水が別々の体系で施策を実施しているわけではないと私は考えています。つまり、地上「山」に降った水が森林を巡り、各種の栄養を蓄え、田畑や川を通り、海に流れ出します。この一連の流れの中で、『林産物、コメ、野菜、果実、畜産物、そして水産物』といった食料が安定的に供給されること、農業・林業・水産業といった産業が元気であることや山村、農村、漁村といった地域の活性化といった取組が行われてこそ、はじめて効果的な施策としてアウトカムされることとなると考えています。

このような中、私は読んで字の如く「漁港と漁場を整備すること」を通じ、政策をアウトカムすることが仕事としております。
漁業という1次産業、水揚げし加工に移す2次産業が元気であるためには、産業基地としての漁港、産業が立地する漁業集落では、生活環境・産業基盤としてその活力が十分に発揮されるように整備をし、また、目の前に広がる漁場という社会資本・産業資本をいかに整備していくかが課題となっております。(日本の海岸線は3.3万kmあり、漁業の集落がその5kmごと、漁港が12kmごとに立地しているので、我が国の外郭地帯における産業政策、地域政策を担っているとも言い換えられるのではないでしょうか。)

新たな公共事業への試み

漁港と漁場、そして漁村の生活環境整備は、その政策手段としては公共事業を通じて行っているものが大半です。皆さんも『公共事業』という言葉を耳にされると、まず「無駄だ!」「いつも事業をダラダラやってる」といった意見や感想を持たれている方も少なくないと思います。かくいう私も、これに近い考えを持っており、これらのマイナス要素を改善するため、この4月から制度を改め、徹底した情報公開と地方分権を柱としたものへの大転換を図ることとしました。これに併せ、漁業・漁村の活性化に本気で取り組む地域に対して重点的に投資をしていくシステムとし、行政としては実施した事業の効果を厳密に評価することとしております。この新たな取り組みがどのような成果をあげていくのか今から期待しております。

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「一衣帯水の彼方から」 

在大韓民国日本大使館一等書記官
相本 浩志(平成元年入省)

韓国の首都、ソウルの街中では、今ではほとんど農地を見ることができない。1960年代以降の経済成長により人口が膨れあがり、今や全人口(約47百万人)の4分の1がソウルに集中してしまったためである。 しかし、ひとたび街を離れれば、様相は一変する。ソウルから南、プサンまで4時間半で到着する国鉄セマウル号で1時間ほども走れば、窓の外には一面の田園風景が広がる。日本の農村地帯を走っているのではないかと思わず錯覚するほど、よく似た風景である。ヨーロッパのものでも、アメリカのものでもない風景がそこにある。
実際、日本と韓国の農業をめぐる状況をみれば、多くの共通点があることに気が付く。ともに、狭い国土に多くの人間が住むため人口密度が高く、農家の平均経営規模は零細である。また、降水量が多く、夏場の気温が高いため、昔から稲作農業が発達してきた。韓国でも、食生活の洋風化が進み、米の消費量は減ってきているが、依然として米が主要な食糧であることに変わりはない(実際、韓国人は日本人よりも多くの米を食べているが(注1)、米に対する意識は日本人とは違う面があるようである。筆者は、複数の韓国人に、どのような銘柄の米を買っているが尋ねたが、「多分、○○(地名)の米だと思うけど・・・。」という返事が返って来るばかりで、日本人のように、ササニシキ・コシヒカリといった米のブランドにこだわる意識は希薄であるところが面白い。)。

また、国際化の進展による影響も強まって来ている。先のガットUR交渉では、韓国は、いわゆるミニマムアクセスの受け入れにより、国内米消費量の最大4%を輸入することを約束させられた。また、韓国人の食生活に欠かせないにんにくやキムチの材料となる白菜までもが、安価な中国産の輸出の脅威にさらされている。一方で、食糧自給率は、日本以上に低い水準から抜け出せないでいる(注2)。
もちろん、自然的、地理的、経済的な面で近い環境にあるということは、同時にそれが対立の原因になり得ると言うことでもある。昨年は、日本と中国との間で、ネギ等農産物3品目のセーフガード発動を巡り大きな論争が起きたが、韓国でも近年ミニトマト、パプリカといったハウス野菜の生産が増えた結果、日本向けの輸出が急激に伸びてきている。また、昨年、歴史教科書、靖国に加え、韓国サンマ漁船の北方領土水域操業問題が、日韓間の大きな外交問題に発展したのは記憶に新しい。

一方で、昨年の11月にカタール・ドーハにおいて新たなWTOラウンド交渉の開始が合意されたが、これにより、農業分野における交渉も本格的に進められることとなる。WTO交渉のように多くの国が参加する交渉においては、言うまでもなく、共通の利害を持つ国を多く味方に付けることが重要な作戦となる。今後、農林水産業の分野において、日韓が互いの課題を乗り越えて、共通の利益のために協力しあえるために、少しでも役に立てれば、と考えている。

(注1)年間コメ消費量 韓国96.9kg/人、日本65.1kg/人(99年度)
(注2)食糧自給率 韓国29.4%、日本40.0%(99年度)

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「高原の首都から」 

在オーストラリア大使館 参事官
玉井 哲也(昭和60年入省)

オーストラリアにとって日本は最大の貿易相手です。主要な輸出品は地下資源に農林水産物(小麦、砂糖、牛肉、チーズ、パルプチップ、ロブスター等々)、そして自動車を始め日本の工業製品が普及しています。日本に対する関心は高く日本語学習も盛んです。

私が勤務するキャンベラは、標高600m前後の山の中に造られた計画都市で、緑も多く、自然公園も多数あります。もっともそれは市街地の話。周囲は数十キロにわたり殆ど人の住まない乾いた土地が広がっています。

オーストラリアは世界一乾燥した大陸なのです。そこで行われる農業は規模も方法も日本とはかけ離れており、また、農業による塩害など環境問題が生じています。農業をすることが環境保全になるというWTO農業交渉での日本の主張は、こうした農業を行っている人には理解しにくいだろうと感じます。農産物輸出国は、農産物貿易をもっと自由化するよう求めますが、日本としても簡単に応じらるわけではありません。大使館での仕事には、このような日本の国際交渉での立場を外国政府に説明・意見交換するという、いわゆる外交活動があります。

また、外国の制度・政策を調べることも、大使館の役割の一つであり、日本の国内の仕事と密接に関連しています。日本国内で政策などを検討する際に外国の例を参考にすることがあります。日本には古くから先進国の事情を熱心に調べてきた伝統がある上、様々な面で外国との関係が不可避になっている現代では他国との整合性にも配慮が必要ですし、輸入品などを通じて外国の制度が国内に直接的な影響を及ぼすこともあります。そこで、外国の例、私の場合はオーストラリアの例を調べて日本の同僚の側面支援をすることになります。ちなみに、オーストラリアの政府の仕組みは日本とかなり異なり、日本での常識が通じないことがしばしば。外交を除く内政面では州政府の権限が強く、中央政府に聞いてもわからないことが珍しくありません。外国で仕事、生活をしていると折に触れて日本との違いを発見することがあり、それはそれで興味深いものです。

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「ロス・アンゼルスで思うこと」 

在ロス・アンゼルス領事館 領事
永井 春信(平成3年入省)

ロス・アンゼルスというと皆さんは何を思い浮かべますか。ディズニーランド、ユニバーサル・スタジオ、サンタモニカ、ハリウッドなどでしょうか。その周辺に広大な農業地帯が広がっていることを知っている人はあまり多くはないでしょう。
ロス・アンジェルスを含むカリフォルニア州は、全米第1位の農業生産高を誇る農業州となっています。このため僕は農林水産省から在ロス・アンジェルス日本国総領事館に出向してきているわけですが、米国の農業は日本の農業とは全く違うものとなっています。
あるイチゴ農家は収穫期には500人ほどのメキシコからの移民者を雇い、年商は日本円にして10億円に達しています。我々日本農業はこのような農業と競争していく必要があるわけです。
そうすると、日本は農業を放棄して農地は皆住宅に変えてしまった方が良いのではないかという議論が出てくるわけですが、そのようなとき僕はこう話しています。そのような国に本当にあなたは住みたいのですか。例えば日本の東北道を走っていてずっと住宅地が続くような国をあなたは魅力的と感じるのですかと。

僕は、自然が好きだし、農村の人々が好きです。そう感じる人は決して少なくないと思っています。
米国に赴任していて思うのは、日本にはみずみずしくきれいな自然・農村がたくさんあるということです。僕は、緑・水豊かで、温かい心をもった人々を育む農村とともに、美しく魅力的な日本を作っていきたいと思っています。
100年後日本の人口は半減するとも言われている中、日本の美しい農村・自然を今失わってしまわないよう全力を尽くしていきたいと思っています。

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「課長、朝ご飯、食べてっかっす?」 

山形県農政課長
(現・農村振興局農村政策課課長補佐)
安東 隆(平成元年入省) 

と聞かれると、一瞬答えに詰まる。炊飯器もってないんだよなー。ここは米どころ山形、おっちゃんの目がイタイ。 そんな私も山形3年生。東京での生活と大きく変わった点、違う点多数。

  • かなりの早起きに。山形で暮らしているからというよりも、老化現象?
  • ソバ星人に(200軒以上のソバ屋を制覇。)。
  • 温泉星人に(県内全ての市町村で温泉に入る。秘湯や農水省補助事業温泉も。)。
  • ゴルフ場やスキー場が近く、結構通う(特にスキー)が、上達せず(特にゴルフ)。
  • 雪と友達に。冬は雪が降り積もる中、長靴で出勤(徒歩25分)。土日は車の雪かきも。
  • 地元FMラジオで、半年間、週1のコーナーを持ち、農産物についてしゃべる。
  • TVの地元ニュースに度々登場。数人からTVに映った時の着席態度を注意される。
  • 酒を飲む機会、飛躍的に増加。肝臓も財布も痛む。
  • 出張回数、爆発的に増加。現場へ、現場へ。
  • 人前で話す機会、色んな人と話す機会、衝撃的に増加。

色んな集まりに呼ばれて話しをさせられたり、現場を回って農業者の方達と夜の場も含めて意見交換したり、県議会で様々な質問に答弁したり。相手は、こっちを「農林水産省代表」とみて、国の施策も含め農政全般についての意見、不満をぶつけてくる。こっちも「農林水産省代表」のような顔をして、個人的な考えを大いに含めながら、随分と率直な気持ちをぶつけさせてもらっている。言い過ぎて?某県会議員の怒りを買ったこともあったっけ。

そんな日常の中、田園風景のあふれる、ここ山形でさえ、生産サイドと消費サイドの距離、食と農の距離が遠くなっていることに驚き、悪戦苦闘もしている。「だべ」「だべ」、「んだ」「んだ」言いながら・・・

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「天皇・皇后両陛下、つのだ☆ひろ、パパイヤ鈴木、日本丸!」 

静岡県焼津市経済部長
(現・農林水産技術会議事務局技術安全課課長補佐)
松村 孝典(平成4年入省)

  1. 全国豊かな海づくり大会。天皇・皇后両陛下が焼津へ!
    焼津市では平成13年10月に市制50周年を記念して「全国豊かな海づくり大会」を開催しました。この大会の目玉は、天皇・皇后両陛下に御出席いただけることです。大会を担当できる喜びと緊張の中、市民の両陛下を熱烈歓迎したい思いをしっかり受け止め無事故で開催することを目標に業務に取り組みました。今回、そのいくつかを少し紹介します。
  2. 焼津の新しい踊り「みなと群舞」!
    大会の誘致を契機に、「よさこいソーラン」の高知市のような“踊りを通じたまちづくり”にチャレンジすることになりました。市民有志と2年間、約15回にわたる会議で議論を重ね創作したのが「みなと群舞」という踊りです。歌はメリージェーンで有名なつのだ☆ひろさん、振付は「おやじダンサーズ」で有名なパパイヤ鈴木さんにお願いしました。
    ダンスコンテストやテレビの特集などを通じ、この「みなと群舞」の踊りの輪が市内に広がり、今では運動会や地域のお祭りで踊る方々、初日の出を見ながら踊る方々、振付を簡単にして敬老会で高齢者の方に踊りを披露する方々等々いろいろおられます。もちろん私も踊っています。「踊りの自信を得るには、部長の踊りを見るに限る」と言われつつ。
  3. 帆船日本丸が寄港!
    海づくり大会に併せ、帆船日本丸に寄港してもらいました(漁港への寄港は焼津が初めてとのこと)。寄港に当たっては、港の水深の問題、他の寄港地との兼ね合い等いろいろ難題があった分、焼津に日本丸の姿が見えた時は大変感慨深いものがありました。帆を張った日本丸の姿、富士山と重なりそれは美しい光景でした。市民も大勢見に来てくれました。中には、涙ぐむ市民もおられ、スタッフでよろこびを分かち合ったものです。
  4. 農林水産省は、いろいろ経験できる省庁です!
    焼津市では、いろいろな分野の方とお会いできたこと、議会対応(議事録が残る発言は緊張するもののいい経験)などを通じ政治と行政の関係を経験できたこと、自分の考えを政策に反映できる充実感など、人生のいい経験を積むことができました。

農林水産省でも、故郷兵庫県で発生した阪神大震災への復興業務(現場にも行きました)や、養殖関係の新法作成など思い出深い仕事の機会をいただきました。入省して10年。役所のフィールドの広さを改めて実感しています。
皆さんも農林水産省でいろいろな人生経験を積んでみませんか!

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「田園の中にありて」 

徳島県阿南市産業部耕地課事務主任
渡邉 泰輔(平成11年入省)

 

それは、平成13年3月中旬のことでありました。水産庁管理課のタコ部屋(法律改正の検討室の通称)にいた私は、漁政課長から呼び出され、内示を受けました。「徳島県阿南市に行ってもらう」。それまで徳島県と全く縁のなかった私には、「とくしま県?あなん市??」。更に、「耕地課に配属になる」と漁政課長の一言。今まで全く触れたことのない農業公共事業、しかも市役所といえばバリバリの現場仕事。こうして、入省以来2年かけてやっと水産のさわりを理解した(つもり)だけの私は、「農業土木技官と間違えられているのだろうか」などとちょっとずれた(?)感想を持ちつつ、阿南市に赴任したのでした。

阿南市は徳島県の南東部に位置し、面積252.1平方km(市を横断するのに車で1時間かかる)、人口5万8千人、第1次産業就業者の割合が15.7%と農漁業の盛んなまちです。

耕地課で私は、県営、団体営(市営や土地改良区営等)の土地改良事業の採択までの調査や地元説明、県との調整を担当しています。ほ場整備(田んぼの区画整理)や農道、用排水路等の新設、改廃の必要な個所を調査し、補助事業の採択基準をクリアできるか検討し、採択にこぎつけるのが主な内容です。昼は市内を走り回って事業の必要な個所を調査し、夜は地元説明会で農家の方々に事業の必要性、内容を説明するという毎日から、農村の現状が見えてきます。

軽自動車が何とか一台通れるだけの幅しかない道。両側は、何枚にも細かく分かれた不整形な田んぼ。田んぼ1枚の面積はわずか10~20アールに過ぎず、水路も所々石垣が崩れかけている。こんなところをうねうねと走りながら、ほ場整備事業の説明会に行きます。やっとたどり着いた集会所で始まる説明会の参加者は、平均年齢60~70歳台。50歳台では「若い衆」の部類です。乏しい農業収入とかさむ機械代で生活が苦しく、専業でやるのはかなり困難。たとえ兼業でやるにしても、区画整理も水路の改修もなされていない土地では農業にとられる労力が大きすぎて、本業が成り立たない。自然、農業は老年世代に任されてしまい、若年層が都市部へ流出してしまうのです。

このように、マイナス面が目立つ今の農村です。しかし一方で、農家は自分達の作物の質に自信を持っています。食料供給は重要な課題であり、自分達がその担い手だと自覚しています。農地が管理されず、山や川、更には平地までもが荒廃するのを懸念しています(一年休耕しただけで田んぼは雑草がぼうぼうになります)。子孫に管理のしやすいきれいな田んぼを残し、伝統あるむらを維持したいという思いがあります。そのためには、枚数の少ない広区画の農地でリースの機械を使う、集約化低コスト化農業へ転換し農業収入を上げていく。そうすれば若い人がむらに戻る、産業としての活気も出てくる。ここに日本農業の活路があるといえます。

食料安全保障、国土保全、良好な景観の形成、農村文化の伝承等、農業について国に課された責任には重いものがあります。これらの諸課題を達成していくために、実際にこの国の農業を支えている現場、足元をよく眺めてみることは大切なのではないでしょうか。そして、皆さんにも地方に出てよく農業の現場を眺めていただきたい、そう思うのです。

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「農産物輸入と農林水産省」 

経済産業省貿易経済協力局貿易審査課課長補佐
川野 豊(平成4年入省)

私は今、経済産業省に出向し、特殊関税等調査チームに勤務しています。「特殊関税等」とは、セーフガード、繊維セーフガード、アンチ・ダンピング、相殺関税、それから、中国のWTO加盟に伴って創設された対中国経過的セーフガード等の貿易救済措置(一時的に関税引き上げや輸入数量制限により国内産業の被害を防ぐ措置)のことであり、それらが発動できるかどうかWTO協定等に基づき調査を行うチームです。

最近では、ねぎ、生しいたけ、畳表のセーフガード調査を行いましたし、タオルの繊維セーフガード調査やポリエステル短繊維(ふとんの詰め綿など)のアンチ・ダンピング調査を行っているところです。

ここ数年、様々な産品の輸入が急増し、様々な業界からこれらの措置の発動を求める声があがっています。その意見の多くは、安い外国製品の輸入によりシェアが奪われ、国産品価格も低下して被害が出ているというものです。そのような事態の背景としては、諸外国の安価なコストなどがあげられますが、日本の何分の1のコストしかかからない諸外国と競争せざるを得ないなど、我が国の国内産業を取り巻く状況は厳しくなっており、ますます、貿易救済措置に対するニーズが高まることも予想されます。

しかし、貿易救済措置は一時的な麻酔のようなもので、いつまでも頼りつづけるわけにはいきません。したがって、輸入品との差別化等により国内産業に競争力をつけるための取り組みが大変重要で、国内産業の自助努力は勿論のこと、行政の支援方策も不可欠です。
諸外国からの農産物輸入が増加している状況、日本農業を取り巻く状況からすれば、今後農林水産省の担うべき役割はますます重要になり、また、担うべき施策も生産、流通、消費など幅広いものがあります。皆さんにとって活躍の場をたくさん提供してくれる職場ではないでしょうか。

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「先端を最(再)先端に」~revitalization of peninsular areas~ 

国土交通省都市・地域整備局
特別地域振興課半島振興室課長補佐
玉置 賢(平成6年入省)

  1. 半島のイメージは?
    あなたとって「半島」はどんなイメージですか?“最果て”“遠い”“行き止まり”それも「半島」の一面。でも、それゆえに“非日常性”の地でもある。また、そこは、海、山、花、空、陽、“色”と“光”の競演の地でもある。
    半島地域は様々な顔を持っていると言えます。でもきっとデメリット面が強調されるのではないでしょうか。確かに、ある一面からみると、三方を海に囲まれ、平地に恵まれず、水資源が乏しいなどの元来有する「自然的制約」に加え、高速道路、空港、新幹線等の国土幹線交通体系から離れているといった「社会的制約」から、産業基盤や生活環境の整備等も他の地域に比べ依然として後れている地域と言うこともできます(半島振興法の規定でもあります)。
    しかしながら、真にこれらはデメリットである、であったのでしょうか。都市(京の都)から見た半島地域、また半島地域の住民生活はどうだったのでしょうか。確かに、交通手段が徒歩や馬の時代、能登半島が流刑の地であったように、都市から遠く離れた土地であったのでしょう。それから交通手段のメインが大量輸送も可能な「船舶」になると、今ではデメリットと感じる“三方を海に囲まれている”ことが、実は大いなるメリットとなったのです。
  2. 半島は恵まれた地?
    「海」は食料である魚や塩の生産の場であり、他地域との交流の道(海道)でもあり、半島地域が有する優れた資源でありました。また、平地に恵まれず、水資源に乏しいことから、水田農業も困難で貧しい地域との印象があるかもしれませんが、知恵によりそのデメリットを克服し、海道を利用して魚や塩を他の食料と交換する商人が現れるなど活気を呈していたようであり、大げさかもしれませんが、半島地域は資本主義の発生の地という見解を持つ人もいます。
    近現代となり、移動手段が船舶から鉄道や自動車(陸)、航空機(空)に移り、また、産業の重心が第一次から第三次に移り、これらの整備が都市地域や都市からみた効率性を重視して進められることで、また、半島地域は条件不利地と言われる状況になっています。
  3. 私の仕事
    国では、このような半島地域について、昭和60年に制定された「半島振興法」に基づき、半島を一周する半島循環道路等の交通体系の整備、新規企業立地の促進等を地方公共団体とともに進め、地域の振興、地域住民の生活の向上等を図っています。
    特に、私の仕事は、デメリットの改善・克服をメインとするハード事業をより効果的で実効あるものにするため、都市地域と半島地域との連携・交流の促進、地域における観光振興、伝統文化資源の活用等の取組への支援といったソフト事業を実施しています。
    半島地域を違う一面から見ると、優れた漁場等の海洋資源(黒潮等)、森林等の自然資源、歴史・文化等の観光資源に恵まれており、国民への水産物の安定供給や保健・休養の場(グリーン+ブルー・ツーリズム等)の提供など、我が国の国土の中で、国民経済や国民福祉、自然環境保全上重要な役割を有する地域と言うこともできます。これらの資源は半島地域が有するメリットではないでしょうか。また、農業、林業、水産業のフィールドでもあり、これらの活動により支えられてきた貴重な資源でもあります。このようなメリット伸ばしをすることが私の主な仕事です。
  4. 地域の支えとして
    新たな世紀を迎え、経済社会の構造改革が必要とされる中で、今、地方においては「個性ある地域の発展」が求められております。地方分権が叫ばれる時代、個性ある地域の発展はやはり地域のがんばりによるところが大きいでしょう。その中で、国は、地域住民が主体となった、効率性だけでは実施が困難な国民にとってメリットのある活動やこれまでの歴史を通じて獲得され、未来に残すべき資源(自然、文化、技術等)の保存・伝承等の活動に対し、滋養強壮剤のように支援していくことが役割と考えています。
    今、半島地域では、再び活力を取り戻すため、知恵と工夫を活かした地域住民による意欲的な取組が多く見られてきています。これらは地域のみならず、国民・国土にとって貴重な宝物です。
    私も、農林水産省に入省し、半島地域の産業の核であり、半島地域の活性化には欠くことのできない農林水産業の行政に携わってきた者として、また、半島地域に魅力を感じる都市住民として、半島地域の宝物にさらに磨きがかかるよう知恵を出していかなければと思います。
    さあ、あなたも、宝物捜しに「半島」に出かけてみませんか。

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「海外で知る和食のチカラと重要性」 

ペンシルバニア大学ロースクール
(現:林野庁林政課総務係長)
川本 登(平成8年入省)

農林水産省から2年間の留学という機会を与えられ、世界各国から集まる弁護士や、アメリカ人の学生と共に改めて法律を勉強しています。最初は回りが何を言っているのか分からないという程度の英語力で不安な留学生活をスタートさせた私ですが、バックグラウンドの全く異なるクラスメート達との交流は、食事やお酒を一緒に、お互いの国の料理を紹介したりすることで深まっていきました。農林水産省で鍛えた飲酒の成果もさることながら、妻がつくった和食に興味を持ってもらうことで、日本の文化を伝えられることができ(お陰で和食を紹介する妻との会話の方が弾む友人もいて、私は蚊帳の外になることもあるのですが・・・)、食事が生活を豊かにし、同時にその国の文化を伝えるものであることを改めて感じさせられ、日本の食事を守っていく重要性を痛感します。

さて、私が住むフィラデルフィアは全米第5位の都市でありながら、郊外には田園地帯が広がっており、農林水産業が都市の暮らしと一体になっているという側面もあります。農林水産業が都市に食料及び憩いの場を提供するとともに環境を保全している、一見理想的な姿に見えますが、アメリカにおいても農林水産業が抱える問題は日本と同じです。そして、農業の貿易問題、自然資源法等の勉強の中で気づくのは、アメリカのみならず各国政府が解決を模索しているものの、農林水産分野における行政課題は山積しているのは世界共通ということです。

皆さんは農林水産省について、国内マターばかり、国際交渉においては常に「守る側」、そういうイメージを持っていませんか。確かに派手な分野ではありませんが、行政改革や地方分権により、国の行政が果たす役割が小さくなる流れの中、(幸か不幸か)農林水産分野はこれからの行政課題が残されたフロンティアとは言えるのではないでしょうか。各国の精鋭たちが未だ解決していない問題に取り組むには、21世紀の担い手である皆さんのクリエイティビティが必要です。世界のモデルとなるような農林水産政策を一緒につくっていきませんか。

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「カナダの豊かな自然に囲まれて」 

カナダ・ブリティッシュコロンビア大学
小島裕章(平成8年入省)

皆さんはカナダと聞いて何を想像しますか。カナディアン・ロッキーの雄大な景色、オーロラ、アイスホッケーをこよなく愛するカナダ人、赤毛のアンのプリンスエドワード島など色々あると思いますが、カナダは広大な国土と豊富な資源を利用して農業、木材生産が盛んで、食料品や木材の貿易相手国としても日本と非常に密接な関係があります。

意外に知られていないこのカナダという大国についてもっと知りたいと思い、私は現在、長期在外研修制度を利用してバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学(UBC)に留学しています。海に囲まれたきれいなキャンパスで、食料資源経済学(「グローバル・フードマーケットの分析」、「持続可能な資源活用と林業・水産業」といった内容)を専攻していますが、久し振りにアカデミックな世界に戻るのも新鮮な感じです。

UBCには世界中から留学生が来てますが、バンクーバーがアジアへの玄関口となっているせいか、アジア諸国の留学生比率が高いのが特徴です。彼らとともに約半年間授業を受けて一番印象的なのは、日本の学生と比べて授業中とてもアグレッシブだということです。どう思うかと教授に聞かれて長々と演説を始めるような人が多く、彼らのプレゼンテーション能力の高さには感心させられます。将来の国際交渉の前哨戦と勝手に思って対抗しようとしてますが、現在のところ英語力で圧倒的な差があり、苦戦している毎日です。

これからの日本農業を考えるにあたって、食料安全保障、WTO農業交渉、遺伝子組換え作物の問題など、グローバルなものの考え方や知識を必要とする問題が今まで以上に重要になってきています。このような時期に海外から日本を客観的に眺める機会が与えられたことは本当に有益なことだと感じています。このカナダでの体験をもとに、皆さんとグローバルな視点から食料問題を議論する日を楽しみにしています。

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「農林水産省の国際貢献」 

政策研究大学院大学
井上 計(平成6年入省)

学生の皆さんこんにちは。私も今は皆さんと同じように学生として、レポートや試験に追われる毎日を過ごしています。農林水産省の能力開発(人材育成)制度のおかげで、数年の実務経験の後に再び大学で学べる機会をいただいているのです。政策研究大学院大学とは、学生の半数が国や県の公務員、半数が海外の公務員というユニークな構成で、私は国際開発(途上国開発についての経済学を中心とした政策研究)を日本に居ながら英語で学んでいます。(海外に留学させてもらえる語学レベルにはまったく達しなかった私でしたが、駅前留学を続けた努力が報われたのだと思っています。)今は、実務を離れ、理論を身につける機会と思って自己研鑚しているところです。もう一つのユニークな点は、このコースにはインターンシップとして国際機関(FAO(国連食糧農業機関)、世界銀行など)での実務を経験する機会があることです。農林水産省の数ある研修制度の中でもかなり充実したコースだと思います。

さて、皆さんの中には、「なぜ国際開発を学ぶのか?」と思われた方がいるかも知れません。農業面での国際貢献は農林水産省の重要な仕事の一つなのです。世界の栄養不足人口は8億人と言われます。多くの食料を輸入している日本の食料安定供給のためには、世界の食料安定供給は大変重要です。「緑の革命」に代表されるような先進国から途上国への技術移転は世界の食料安定供給に大いに貢献することは明らかで、この分野における日本の役割は大変大きいのです。正直に言えば、私自身、環境問題への強い関心と、自然と最も調和した産業である農業への親しみから農林水産省に入ったので、「国際貢献」という分野についてはほとんど知りませんでした。このような「幅広いフィールド」を持っていることも農林水産省の特徴の一つではないでしょうか。

最後になりますが、就職は人生の大きな転機です。皆さんもこの転機において、できる限り多くの社会人の話を聞き、疑問をぶつけ、世界を広げてください。

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「南の果てからこの国を見つめて」 

食糧庁消費改善課
(現・沖縄総合事務局農林水産部農政課)
金野 憲哉(平成12年入省)

  1. 想像もつかない場所
    青い海。窓の外を眺めると、緑の島が鮮やかに目に飛び込んでくる。胸が踊った。沖縄県石垣島。私の研修先である。研修先であるマンゴー農家のご主人と電話でお話した時、石垣島の印象を問われ、毎日朝から深夜まで職場に浸かりきりであった私は、率直に「想像もつきません」と答えて笑われた。
  2. 世界最高の生産空間
    「農村派遣研修」とは、入省2年目の農林水産省の職員が、8~10月のうち1ヶ月間、農家(漁家)に泊り込んで実際に農作業(漁業)を体験する制度である。派遣先については、事前に希望を出すことができる。私は、農業が行政の手厚い保護を受けていると言われる中で、今後の農政においては自立した農家の育成が大事になると考え、独創性豊かな経営を自らの力で切り拓いている農家について勉強させてもらいたいという希望を出していた。
    「石垣島は世界最高の生産空間だ。」到着してすぐの私に、農家の方が自信をもってこう言った。しかし、私には言葉の意味がわからなかった。たしかに気候はいい。でも、東京から約1000キロも離れたここ石垣島が、なぜ「世界最高の生産空間」なのか?
    答えは、だんだんとわかってきた。石垣島は次のような特徴を有していた。

    [1]台湾、マレーシアとほぼ同緯度にあり、酸味と甘味がマッチした熱帯果樹の生産に最適な気候。
    [2]東京などの大消費地には、輸送上1、2日のタイムラグが生じるが、完熟マンゴーは、摘果から3日ほど熟成させて食べ頃となるため、ハンディーとならない。
    [3]台湾、フィリピン等の競争産地においては害虫がいるが、石垣島は孤島であることを利用し、主要な害虫を根絶している。このため、「世界最高の1億人」市場に、検疫、消毒なしにアクセスでき、競争産地に比べ、安全面、ブランド面、出荷コスト面で有利。

    なるほど。石垣島はマンゴー栽培にとって、「世界最高の生産空間」であった。私がお世話になった農家は、自らを取り巻く環境を正確に把握し、ビジネスチャンスを活かす作物を自ら選択し、工夫を重ねて栽培してきたのである。ご主人が私に自分の農業を語ってくれるとき、本当に楽しそうな顔をしている訳が帰る頃には、わかった気がした。
    一方で、石垣島のある若い農業者はこう語ってくれた。「マンゴーは裁培が難しいし、失敗した時に行政は何もしてくれない。しかし、価格支持や助成があるサトウキビなら、収益は低いが安定しているだから、マンゴーに踏み込む勇気が持てない。」
    はたして、国が果たすべき役割は何か。私は今でも、毎日の仕事の中で、時に電話でお世話になった農家の方とお話する中で、この問いに対するこたえを探し続けている。
  3. おわりに
    一つの農家を見つめることで、その先の農政を考える。みなさんにもこの素晴らしい体験をしていただき、この国の将来について共に語りあえることを楽しみにしている。

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「未来を担う筈の者として」  

総合食料局食品産業企画課
土師 紗智子(平成13年入省)

日々の作業に追われる生活。
自分が世の中のどこにいて、何をやっているのか。わからなくなる。私がやっていることは一体どこで何につながっていて、どういう意味をもっているのか。

ふらふらと昼食から帰る道すがら、路傍の木を眺めながら、そんなことを考えていた。

明治14年に農商務省として設置されてから121年、度重なる組織改編を経て、現在の農林水産省がある。
膨大な歴史を背負っている。時に、それが重すぎることもある。

この100有余年、日本の農村、日本人の食は大きく変化してきた。
戦中、戦後は国民の食糧確保が国家として最大の課題の一つであり、食糧増産のために、様々な政策がとられた。機械化あり、品種改良あり、農地整備あり。そうした努力の結果として、私たちが食べていくのに足る食糧が生産されるようになった。他方日本は高度経済成長期を迎え、食の多様化が進み、海外からの食べ物の輸入が増加し、国産農産物に余剰が出始めた。私たちの胃は(物理的には)満たされた。
生理的欲求(食欲)が自然に任せていては満たされなかった時代には、それを満たす政策は明らかに「正」だった。食べられない人間を、食べられるようにする政策。そこにはかすかな疑念もなかったはずだ。
日本は豊かになった。生理的欲求が満たされ、そのためだけの政策が必要でなくなった今日、行政は何をなすことができるだろうか。どういう付加価値を国民生活につけ加えることができるだろうか。 食の変化。農の変化。二者の間で、行政はどこを向いて、何をなしていくのだろう。

田舎を旅していると、多くの耕作放棄地が目に留まる。やはり淋しさを感じもするが、それが現実だという認識もある。一方、急斜面に石垣を作り、防風林を植えて作物を育てているところがある。小さな島の、ほんの猫の額ばかりの平地(又は緩傾斜地)に密集して家を建て、漁業を営んでいる村がある。そうまでして営む産業としての価値があったからこそ、そのような決して住む環境として有利とは言えない場所に、集落が形成された。

私は、人の営みのある風景が好きだ。大自然より、人の音や匂いのする場所が好きだ。おじいさんが港の片隅で漁の網を繕っている。おばあさんが段々畑に腰をかけてしばしの休憩。子供の小さなパンツと、おじいちゃんのももひきが並べて干してある庭先。ただの懐古主義かもしれないけれど、「そんな風景がずっと続いていてほしい」それがちょうど二年前、私がここを選んだときの漠とした想いだった。

この一年で、総務課で局の取りまとめをやり、原課に異動になって課内の取りまとめをやり、さらに法改正のプロジェクトチームに配置されることとなった。ミクロな業務へと変わっていく中で、自分がどこで何をやっているのか、少し見えてきた気もする。

本当に、もう、一年である。嘘のような勢いで過ぎた。
入省当初、周りがばたばたしているのに何もできない自分にとてもいらいらした。一年たって、少なくとも周りと一緒にばたばたすることくらいはできているだろうか。まだそれもできていないのだろうか。

「心を亡くす」=「忙しい」という。この職場は確かに忙しい。(場合が多い。)
ここで、心を失わないようにしつつ、何事かをなしていけたらいいな、と思う。

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「『原課』での1年間」 

経営局金融調整課
三上 善之(平成13年入省)

農林水産省に入省して早くも1年が経とうとしています。社会人になるんだという昂揚感と、自分に果たしてこの仕事が勤まるのかという不安感が入り混じっていた入省式が、まだ昨日のことのように思い出されるのに、本当に1年というのは早いものです。 私は去年の4月に経営局総務課に配属となり、そこで、国会業務や予算業務の一端を経験した後、すぐに人事院主催の初任行政研修に派遣されました。そこで印象に残った経験として、地方行政研修で青森県の碇ヶ関村というところに派遣された際に、炭焼きを体験したことが挙げられます。文字通り業火の中の作業で、重労働ではありましたが、農林水産業とそれまで縁のなかった私にとっては貴重な体験でした。

8月に研修から帰ってくると、すぐに金融調整課への異動を命じられました。農業に金融なんて関係あるの?と思われるかもしれませんが、農業機械や施設などの大規模な資本投下が必要な農業にとって、金融の役割はとても重要です。農協や農林中央金庫、農林漁業金融公庫など農林水産業を資金面でバックアップする諸金融機関の監督業務を担う当課は所管する法律・政令も多く、法令改正に奔走する日々が続きました。現在国会で審議されている、通称「農業金融2法案」は、その中でも中心を占めるもので、法制局審査段階から作業に関わることができました。苦しいと感じることもありましたが、携わっている法令が何らかの形で農政に貢献すると思えば、苦労も報われるというものです。その点、法令改正等の作業に最初から最後まで関わることができ、その分仕事を成し遂げたという充実感と達成感を得られるところが、原課の魅力とも言えるでしょう。

最後になりますが、農林水産省に興味を持っている方は、ぜひ一度、足を運んで職員の話を聞いてみてください。どの人も様々なバックグラウンドを持っていて、その都度新たな発見があるはずです。そして、就職先を決めるときに悩んだら、そのときの話を思い出してみて下さい。悩んで、それでやりたい仕事が農林水産省にあると思ったら、門をたたいて下さい。我々は大歓迎であなたをお待ちしています。

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「一年間で得たもの」 

生産局総務課
鈴木 大造(平成13年入省)

皆さんは「農水省」という言葉から何を連想しますか。その答は人それぞれでしょうが、「BSE(牛海綿状脳症)」の事が思い浮かんだ方も多いかと思います。
私が入省後配属された生産局では、まさにこのBSE問題に取り組んでいます。もちろん、入省した一年前の時点では今のように話題にはなっていませんでしたが、9月に国内でBSEの発生が確認されると、それまでにも増して目の廻るような忙しさになりました。総務課(局内のとりまとめをする部署)で主に国会関係業務の補助をする私は、2ヶ月余りの研修から戻るやいなや、右も左も分からないまま、ただ指示に従って毎日省内を走り回っていました。時には翌日の国会の準備のために徹夜になることもあり、仕事がきつくしょうがない時期もありました。
ただ、この間、肉体的な疲労もさることながら、より強く感じていたのは、自分の携わっている仕事が社会へ与える影響力の大きさでした。例を挙げれば、自分がコピーした書類の内容や手伝いに行った会議での決定事項が、翌日の新聞の紙面を飾ったり、国会の議題になったりもしました。決して楽ではなかった一年間を何とか乗り切れたのも、「(非常に間接的ではあるものの)自分の仕事が社会に還元されている」という充足感が得られていたからだと思っています。

ここでは最も印象的だったBSEを例に挙げましたが、生産局にはその他にも、セーフガードや農薬、環境など私たちの生活に密接に結びついている課題が目白押しです。このことは他局庁でも同様ですし、更に言えば、農水省に留まらず霞が関の仕事全体がまさに社会と直結していると言えるかも知れません。しかしながら、よく自分が官庁訪問をしていた頃にも耳にした「国民のために仕事をする」というフレーズは、以前の私には、その意味を概念的・抽象的にしか受け止めることしかできませんでした。その意味で、今回のBSE問題を通じて、その漠然としたイメージが非常に具体的かつ刺激的なものとして実感できたことは、とても幸運だったと感じています。

私たちの仕事は非常に多岐に渡り、その興味深さをこのパンフレットで全て伝え尽くすのは困難です。今回、紙面の都合上、「自分のやっている仕事がどれほど面白いか」を説明する機会を得られず残念に思っている多くの職員のためにも、是非、一度話を聞きに農水省の門を叩いてみてください。心よりお待ちしています。 

 

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お問い合わせ先

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ダイヤルイン:03-6744-2001
FAX:03-3592-7696

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