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日本人の味覚と嗜好

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日本には、ご飯と汁物、香の物をベースに、煮ものや魚の料理を組み合わせる伝統的な食の形式があり、この基本は今日も生きている。味の薄いご飯を中心とした日本の食は、どのような副食も無理なく受け入れることができる。伝統の食材だけでなく様々な国の料理や食材を取り込むのに適している。様々な料理が副食の形でご飯とともに日本の食卓に登場する。今日の日本の家庭やレストランでは、伝統的な料理をはじめ外来のものなど、時代や地域を越えた様々な料理が供される。使われる食材も国産だけでなく世界中から輸入され、現代日本は世界各国の料理や食材が集まる「るつぼ」となっている。

輸入された料理は、時間とともに日本的な味わいへと変容する。新しく登場しては消えてゆくものも多い。その変化の中で、日本の食嗜好として認められる料理や食材の現状、ならびに底に流れる日本人の食嗜好の不易について、味覚と嗜好の観点からの把握を試みたい。

 

I 日本の食嗜好の現状

日本人の食嗜好を把握する目的で行われたいくつかの調査がある。全国規模で最も大規模なものは、2000年9月に味の素社によって実施された日本人の食嗜好調査である。全国250地点で層化二段無作為抽出した15~79才の男女5,000人が対象となった。食材80品目、メニュー120品目に対する嗜好、食感への嗜好、味、味付け、風味への嗜好、食材やメニューの知名度などが調査された(表1)。

同社マーケティング担当として実施に参加した朝倉の検証によると、2000年の時点でも、日本人が好む主食は明らかに白米のご飯であり、地域、年齢、性別を問わず、約8割の人が好んでいる。第二位の握り寿司もそれに近い評価を得ている。主食のなかでは、ご飯もののメニューに対する人気は強く、炊き込みご飯、おにぎり、ちらし寿司、カレーライスなどが上位10メニューのなかにランクされている。白米のご飯以外では、4位にラーメン、8位のうどん、9位の日本そばが入るにすぎない。

米の摂取量は低下傾向にあり、1960年代にくらべて国民1人あたりの年間消費量は半分にまで落ち込んでいるが、日本人の米飯好きは揺るぎがないことが明らかである。この調査からは、日本人がご飯離れしているとは言えない。むしろ、主食と副食の量的な比率が大きく変化したために、ご飯の消費が減っていると解釈できる。

日本の主食は、依然としてご飯である。副食が多様化することで相対的にご飯の消費量が減っているのが、現代日本の食の状況である。

 

表1 好きな主食ベスト10

1位

ご飯(白米)

2位

にぎりずし

3位

炊き込みご飯(混ぜご飯、かやくごはん)

4位

ラーメン

5位

おにぎり(おむすび)

6位

ちらし寿司(五目寿司、混ぜ寿司)

7位

カレーライス

8位

うどん

9位

そば

10位

チャーハン

味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変

 

麺類への嗜好に絞ると、伝統的なうどんとそばがどの年代にも好まれているのに対し、若い世代ではラーメンが好まれている。しかし、現代日本のラーメンは中国のラーメンとは異なり、若い世代を中心としたラーメンブームの中でつゆの味や麺の腰や固さなどに対する高い要求レベルにさらされ、日本独自の味わいの料理にまで進化している。日本のラーメンは上海をはじめ世界の大都市に進出し、日本の文化として現地の人の好評を得ている。ラーメンに限らず、海外から来た料理をヒントにして日本風にアレンジするのが日本の伝統であり、近年ではそれが新しい感覚の料理として海外に逆に輸出され、好評を得るケースが目立ってきている。 

日本人の好きなおかずの筆頭は刺身である。上位には、焼き肉、すき焼き、ギョーザ、やき鳥から10位のステーキまで肉類を主体とする「おかず」が並ぶ。寿司やカレーライス、ラーメンは主食に分類されているのでこの中には含まれない。全般的には料理としては魚系のおかずは肉系に押されているが、その中で刺身などの生魚の料理だけは特別であり年齢を問わず非常に好まれている。

一方、好きなおかずの中には、煮ものが少ない。肉じゃがが9位にランクされるだけである。野菜の煮物には料理名がついていないことが多いのでアンケート結果に表れない可能性もある。京都府下の中髙年主婦を対象とした最近の夕食調査でも、野菜などの煮ものが供される頻度は1週間に1回以下と高くない(「食に関する聞き取り調査」京都食の創生事業(京都市観光局)2008より)。野菜類は、家庭では、サラダ、漬け物、汁物、和え物、酢の物、おひたし、などに広く分散して食されていると思われる。

 

表2 好きなおかずベスト10

1位

刺身

2位

焼き肉・鉄板焼き

3位

すき焼き

4位

ギョーザ

5位

焼き鳥

6位

魚の塩焼き

7位

鶏の唐揚げ(フライドチキンを含む)

8位

エビフライ

9位

肉じゃが

10位

ビーフステーキ

味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変

 

これらの「おかず」はいわば、料理メニューであり、アンケート調査に応えて外食時に注文する料理をイメージして回答している傾向がある。これに対して必ずしも料理ではない「食材」段階の嗜好としては、肉類よりも魚介類が好まれている傾向があった。魚介類の中でも特にカニとエビが全国的に上位を占める。ホタテ貝、ウニ、タイなどは容易に入手しやすい地域で上位にランクされた。肉類では牛肉、豚肉が上位にある。

魚介類は日本人が最も好む食材と言えるものであり、その中でも「カニ、エビ、まぐろ」などへの嗜好性が特に高く、「贅沢な食材」と捉えられているようである。

 

表3 好きな魚介類ベスト10(特に好きと好きの合計から)

1位

かに

2位

えび

3位

まぐろ

4位

さんま

5位

いか

6位

うなぎ

7位

ほたて貝

8位

あさり

9位

明太子

10位

牡蠣(かき)

味の素「嗜好調査」2000、朝倉寛「味覚と嗜好」ドメス出版2006年より一部改変

 

1 現代日本の食材と料理はどのように把握できるか

現代の日本の食は多様であり、食材やメニューの数も極めて多数である。特に、新しく広まってきた料理や食材は、伝統的な料理のカテゴリーでは捉えきれない部分が多い。

そこで、料理や食材をいくつかのグループに分類して把握する試みがなされている。前出の、味の素「嗜好調査」では調査対象とした80種類の食材と120品目メニューに対する嗜好データについて多変量解析を用いて因子分析を行い、嗜好性の面から料理間の距離を整理し、いくつかのグループに分類している。材料や調理法による分類ではなくて、嗜好の特徴からグループ分けした結果である。その分類は日本の日常食の種類の大まかな把握を可能にしている。

 

表4 食材の分類

グループ

分類される食材(因子の大きな順)

野菜・キノコ

キャベツ、ゴボウ、ほうれん草、タマネギ、だいこん、れんこん、なす、生シイタケ

果物

いちご、ぶどう、みかん、さくらんぼ、なし、バナナ、グレープフルーツ、柿

いわし、アジ、サンマ、カツオ、ブリ、はまち、生サケ、アジの干物、たら、しらす

魚以外の魚介

ホタテ貝、うに、かに、えび、牡蠣、たらこ、いくら、あさり、いか、タコ

肉・卵

豚肉、牛肉、鶏肉、鶏卵

 

表5 メニューの分類

グループ

分類される食材(因子の大きな順)

軽食

たこ焼き、お好み焼き、ピザ、肉まん、ハンバーガー、カップ麺、コーンフレーク、サンドイッチ等

一皿主食

焼きそば、チャーハン、ラーメン、カレーライス、スパゲティーミートソース、オムライスなど

クリームソースメニュー

クリームシチュー、グラタン、ポタージュスープ、コーンスープなど

肉メニュー

とんかつ、焼き肉・鉄板焼き、ビーフステーキ、カツ丼、すき焼き、牛丼、焼き鳥、鶏から揚げ、天丼、天ぷらなど

野菜・豆

ひじきの煮物、きんぴら、ほうれん草のおひたし、野菜サラダ、酢のもの、煮豆、肉じゃが、豆腐

和風ご飯メニュー

のり巻き、ちらし寿司、炊き込みご飯(かやくごはん)、にぎり寿司、おにぎり

魚メニュー

煮魚、照り焼き、味噌煮、塩焼き、バター焼き

汁物

わかめスープ、吸い物、すまし汁、コンソメスープ、みそ汁、中華スープ、けんちん汁、おかゆ、雑炊など

水産練り製品

ちくわ、かまぼこ、さつま揚げ、油揚げ、厚揚げ、ハム

菓子・菓子パン

和菓子(ようかん・もなか)洋生菓子(ケーキ・シュークリーム)チョコレート、アイスクリーム、菓子パン、せんべい、おかき、など

味の素「嗜好調査」2000、より

 

味の素の調査は2000年のものであり、そこには世代間の嗜好の違いが顕著に表れている。しかし、この違いは単なる世代間の違いのみならず、戦後50年の時代の推移の影響も混じっている可能性がある。当時の50才台の嗜好は、時代背景の異なる今の50才代の嗜好と同じかどうかは後年再検討される必要がある。

 

2 最近の変化

食の変化は激しい。流行の料理や食品もたちまち他のものに取って代わられる。2000年調査から約10年後にあたるごく最近のデータとして、朝日新聞が2009年に読者アンケート(アスパラクラブ会員対象)によってカレーライスとラーメンに対する嗜好を特集した(2009年10月17日土曜版be)ものがある。両者は今では国民食の双璧であることが浮き彫りにされたが、その比較の際に、同紙面ではこれら以外の好きな料理も調べている。「カレーライスとラーメン以外ならば」として回答者があげた国民食は、

1位 寿司、

2位 そば、

3位 うどん、

4位 おにぎり、

5位 みそ汁、

6位 コロッケ、

7位 ハンバーグ、

であった(回答者数7,253人)。味の素の調査とはメニューの分類法が異なるので同列に比較することはできないが、国民の嗜好の全体像は、味の素の5000人調査から10年たった今も大きくは変わっていないと言えよう。

  

朝日新聞の読者調査で2位3位にランクされたそばとうどんに関しては、川口らの調査によると、札幌から静岡まではそば屋が多く、名古屋から福岡まではうどん屋が多いことが明らかになっている。(川口真規子:うどんだしと具材—日本の東西による違い、おいしさの科学2009年 10-17頁)うどん屋とそば屋の店の数の比は東京区部1.09で蕎麦屋が多い。川崎で1.13、仙台1.16、千葉1,12、静岡1.10でいずれも蕎麦屋が多いが、名古屋では逆転して0.91、京都0.96、大阪0.86、神戸0.88、広島0.82、北九州0.93といずれもうどん屋の方が多い。(同論文のデータから計算した) 

 

II 日本の日常の食事と味わいの特徴

日本には、伝統的とも言える各種の食素材や調味料があり、それらに対する嗜好には根強いものがある。日本の味覚として特徴的と考えられるいくつかの食材や調味料あるいは「コク」に代表される嗜好の表現などについて概説する。

 

1 出汁の味わい

日本の料理の味わいとして最も重要なのは出汁(ダシ)である。ダシは吸い物のベースとしてだけでなく、煮ものなど様々な日本の料理の下地として使われる。日本の伝統的な料理店では、店の基本的なスープとして毎日ダシを引き、これを各種の料理に使用する。店の味を決める要素であるため、ダシは極めて重要視される。

日本で最も一般的に使われるダシの材料はカツオと昆布である。地方によって多様な魚介類やその干したものからうま味が抽出される。肉類、骨、内臓、茸、野菜を煮込むことによって得られるうま味液もダシである。

昆布やカツオ節など乾燥させた素材から水や湯を使って出汁を抽出する。溶け出てきたアミノ酸、ペプチド、有機酸、糖類、さらに揮発性の無数の成分などがダシの味わいの主体となる。

ダシの味の主成分は、うま味と塩味である。うま味は昆布から溶け出てくるグルタミン酸ナトリウムやアスパラギン酸ナトリウムなどのアミノ酸類と、カツオ節のイノシン酸、シイタケのグアニル酸など核酸類から得られる。食材中のイノシン酸は細胞のエネルギー源であるATPの分解産物であり、イノシン酸とよく似た構造のグアニル酸は細胞の遺伝情報伝達を司るRNAの分解産物である。アミノ酸とこれらの核酸が合わさると相乗的にうま味が強化される。日本のダシは、昆布と鰹節を使うことによって、うま味を相乗的に強化したものである。

日本だけでなく、世界中の料理がこのようなうま味の抽出物を基本の味として利用している。グルタミン酸の多いトマトや核酸に富むアンチョビソースやキノコのスープなどもダシの味わいと共通部分がある。

うま味は甘味、塩味、酸味、苦味、と同じ基本的な味であり、他の味の組み合わせによっては作り出せない。うま味が基本味として世界中に認知されるようになったのは最近のことである。それまでは、うま味という言葉は世界にはなかった。日本では、昆布のダシを昔から味わっていたので、この味がうま味であるという100年前の池田菊苗の発見は比較的容易に受け入れられたが海外の研究者や料理人たちの反応は長い間冷淡であった。日本人を中心とする研究が進められ、うま味の認知を高める活動も積極的に行われた。

この間、うま味が他の味では合成できない独立した味であることが実証され、その後、舌の表面にうま味をキャッチする機構が存在することやうま味だけを伝える味覚神経があることなどが発見され、独立した味としてのうま味の認識が世界中に広まってきた。

砂糖の甘味は舌の甘味受容体によって感じられる。味の受容体というのは味成分をキャッチして神経に信号を伝えるシステムの入り口にあるたんぱく質のことである。同様に、舌の表面にある「うま味受容体たんぱく質」にアミノ酸や核酸などの食品成分が結合してうま味が感じられる。グルタミン酸などのうま味を受容する受容体の候補として最初に見つかったのはmGluR4と呼ばれたタンパク質であった。グルタミン酸やアスパラギン酸と結合して神経に刺激を与える可能性がある。少し後に、もう一つのうま味受容体候補として、T1R1/T1R3が発見された。それぞれに関する研究は現在も進められており、どちらかまたは両者が共にうま味の受容に関与しているのは確かであると言える。

 

2 うま味の相乗効果、塩分の重要性

昆布ダシと鰹ダシが出会うとうま味の相乗効果が生じ、うま味が著しく強くなる。この現象は、アミノ酸と核酸によるうま味の相乗効果として科学的に実証されている。グルタミン酸等のアミノ酸類と主にイノシン酸などの核酸類との相乗効果によってうま味が飛躍的に高まることが1950年代にヤマサ研究所の国中明によって発見された。味の素の山口静子の実験では、5 mMのイノシン酸の添加によって、グルタミン酸ナトリウムの閾値(味を感じる最小限の濃度)は100分の1にまで低下した。味を感じないほどの微量のアミノ酸でも、鰹節のイノシン酸や干しシイタケのうま味成分であるグアニル酸によってうま味が感じられるようになる。

昆布のような海草類や野菜類にはグルタミン酸のうま味が強く、カツオダシや動物性の食材、あるいはシイタケは核酸のうま味が強い。両者が共存するとうま味は相乗的に増加する。昆布にシイタケも相乗効果がある。グルタミン酸が豊富なイタリアのトマトと、地中海の魚介類やポルチーニなどのキノコの組み合わせもうま味の相乗効果を生む。カツオと昆布は相乗効果の代表であるが、鯛やヒラメをこぶで包んだ昆布〆も同様のテクニックである。

相乗効果に加えて、塩分がうま味を強める作用も重要である。グルタミン酸やイノシン酸などのうま味は適度の塩分によって増強される。イヌの舌の味神経の応答を調べた栗原らのグループの実験によると、適度な塩味によってうま味に対する味覚神経の応答が大きくなる。食塩濃度が高すぎるとこのような増強効果は弱くなるという。人でも同様な現象がある。

塩加減がぴたりと決まるというのは、塩によってうま味の強さがピークの頂点付近を示した状態である。塩によるうま味の増強と同じく、ほとんど全てのアミノ酸の味も塩によって増強される。カニの味のようなアミノ酸の混合した複合的な味わいも塩分なしでは非常に弱々しいが、塩分によってはっきりと強められる。(栗原堅三、グルタミン酸の化学、講談社サイエンティフク2000年)ダシのうま味も、適度の塩味があってはじめておいしいのである。

 

3 原料となる昆布とカツオ

カツオ節の材料には、カツオ以外には、サバ節やイワシ節、ソウダ節、ムロ節なども使われ、雑節と呼ばれる。マグロ節もこの仲間で、高級ダシの材料である。マグロ節のダシは色が淡く上品であるがインパクトは強くない。サバやイワシなどの雑節は雑味も多いが味わいが濃い。食材や料理によってダシが使い分けられる。エビや鶏ガラ干しシイタケ、野菜などもダシとして使われる。魚の内臓もダシの素になる。ハモや鱸、鯛など淡白な白身魚のあら(頭や骨)がコクのあるダシを産む。骨を焼いてから煮出すと生臭みも消え香ばしいダシが得られる。

カツオ節は表面にカビ付けを行う。微生物の力を借りた発酵食品ととらえることもできる。実際にカビの菌糸は表面だけでなく、堅いカツオのかなり深部にまで達している。しかし原料の姿や形が無くなるほど発酵が進んだ醤油や味噌とは違う。カツオ節は魚の特有の風味を活かしている。洗練された発酵食品の形態といえる。

カツオの製造工程でカビ付けは三度四度と繰り返される。そのたびに水分が減って堅くなる。まろやかさは増し雑味が消えてゆく。水分含量によって繁殖するカビの種類が異なり、一般に、4回のカビ付けを経て本枯れ節と呼ぶ。

鰹節の風味は薫製の香りであるフェノール類と焙煎香であるピラジン類が優勢である。鰹を煙でいぶすことによって生じる香り成分は古くから精力的に分析されてきた。燻煙中の成分は500種類ほどあるという。そのうち300から400種類くらいの成分が同定されている。多成分の微妙なバランスで鰹の香りが成立している。さらに、肉質的な香りや魚の生臭い香りなどの集まりであると推定されている。最近の研究によると、実際の鰹出汁の匂い成分は200種類以上が同定できており、そのうち半分以上を天然の存在比の通りに混合して再構成したものが得られている。この人工的な混合物は、天然の鰹だしと非常に似た風味を持っているという。

 

カビ付けによってカツオ節の水分は著しく減少し堅くなる。もともと、カツオ節には脂肪の少ないものが用いられる。和風のダシでは脂が濁りの原因になるからである。カビ菌の作用でさらに脂肪分解がおこり、ダシを引いたときに濁らないカツオ節ができる。また、抽出された脂肪の球がダシに混ざらないようにする技術や器具も工夫されてきた。ダシの洗練の技術的な基盤として興味深い。

関西ではカビ付けをしない荒本節もよく使われる。カツオよりも風味のおとなしいマグロ節を使うところもある。マグロ節は繊細で上品である。荒節と枯れ節を併用して味と香りのバランスやインパクトの調節を図る。

カツオダシは、植物性の食材を動物性の味わいに変えてくれる。野菜のおひたしにダシをかけると、おいしさが一変する。うま味を濃縮させた干し魚から抽出したエキスなので、濃厚な魚の味と風味を備えている。カツオダシによって野菜が動物の筋肉のうま味に早変わりすると表現できる。

動物の肉がほとんど食べられなかった時代には、カツオや他の魚のダシが肉質の風味を与え、満足感を高めたのである。肉が手に入らない昔の日本でダシの文化が花開いたのは、動物性の味が必要だったと考えられる。

 

昆布(コンブ目、コンブ科、昆布亜科、コンブ属)もだしの味を支えてくれる大事な原料である。日本の料理店で使われる昆布の約95%は北海道の沿岸で採取されるものであり、残りは青森・岩手・宮城の東北3県で生産される。2年ものの昆布が通常は夏から秋にかけて採取され、ダシ昆布に使われる。海域によって、真昆布、利尻、日高、羅臼など名前が異なり、形状や味わいにもそれぞれはっきりした特徴がある。さらに葉の形や光沢などから6段階の等級が付けられる。

採取・乾燥してから数年間保存すると味わいがさらによくなるという。この間に熟成が起こる。熟成過程は複雑な化学反応の複合であり、化学的に十分説明できないことが多い。熟成中には微生物による発酵が進むことも考えられる。一般には熟成中に多くの成分が相互作用して新しい成分を作り出す。あるいは、匂いなどに特定の成分濃度が高すぎる場合に、それが分解して穏やかな味わいになる場合もある。

新しい昆布そのものには薬臭いような特殊なにおいがある。野山の緑の匂いに含まれるヘキセノールやノネナールが特徴的である。森のにおいに加えて海洋のにおいを連想させるオーシャン臭成分も豊富に存在する。一般の食品に含まれる匂いではない。外国では、昆布の匂いを好まない人が多いが、鰹と合わせることによるうま味の相乗効果が非常に強いので、日本では伝統的に昆布を使い続けてきたのであろう。

 

4 日本人はダシに対して強い嗜好を持っている。

ほとんどの日本人が昆布とカツオのダシの味と風味をおいしく感じる。しかし、日本以外の国の人々は余り好まない傾向がある。昆布の海洋臭やカツオの魚臭は、欧米では嫌われやすい風味である。昆布鰹だしが世界に広まらない理由はこの風味に対する違和感にある。

ダシのうま味は動物に先天的に好まれる味であり、世界中の人々が好む味と言える。一方、ダシの風味は嗅覚であり、風味の好き嫌いは食体験によって後天的に決まる。

日本の昆布・鰹ダシの味わいは、世界中で好まれるグローバルなうま味と、日本人が好むカツオと昆布の匂いが合体したものである。匂いを好きになるためには、幼児期からの繰り返しの摂取が重要であることが明らかになっている。

食品の味わいの中には、ほとんどの人がおいしいと感じるほど強いインパクトを持つものがある。油脂や砂糖がその代表である。日本の鰹ダシにも同じ様なやみつきにさせる作用がある。薬理学的な検討から、脂肪や砂糖に対するやみつきと、ダシ溶液に対するやみつきとはメカニズムが同じであった。油脂の場合と同じく、香りの豊かなダシに対しては、おいしさに関わる脳内報酬系の快感が働いているものと推定できる。

うま味と香りの豊かなダシに対して、動物が強い嗜好性を持つことが明らかになっている。動物行動科学実験では食用油脂や砂糖の報酬効果(強化効果)が示唆されている。同じ実験方法で、「鰹ダシの風味を添加したデンプン溶液」で検討したところマウスは鰹だしの風味にやみつきになった。うま味単体に対しては、動物はやみつきにならないが、ダシの匂いのような嗅覚の共存が嗜好性を高めるようである。動物はおそらく、食体験の記憶の影響が人間ほど絶対的ではなく、ダシの匂いに対する違和感が弱いと思われる。一方、日本人は後天的な匂いの学習によって伝統的なダシの味わいを好きになるのであろう。

 

5 魚の生食:別格とも言える刺身の嗜好

日本の代表的な料理に魚介類の刺身がある。味の素「嗜好調査」の結果からも、刺身はどの世代の国民にとっても最も好ましい別格とも言える食材である。

日本人は魚を生で食べると世界中に紹介されるが、その表現は正確ではない。魚介類を生で食するのは非常に限られた鮮度条件のもとでのみ行われる。刺身には非常に新鮮な食材だけが厳選されて用いられるため、刺身として食することができる食材というのは市場でも特別な価値を有し珍重される。刺身にできる魚介類は、かつては漁港周辺の地域でしか手に入らなかった。現在でも、鮮度を維持するための特殊な流通を介さねば入手は容易ではない。鮮度が低下した魚介類は刺身には使われない。それ故、刺身として使える魚は一般に高値で取引される。

刺身の味わいは、生肉特有の風味と、歯ごたえが重要である。新鮮な魚介類には調理した魚に特有の臭みがほとんど感じられない。

最も新鮮なものは、まだ魚が生きている状態または死後間もないものを食べる「活け造り」である。魚の筋肉は反射によって動くことが多い。蛸やイカ、エビ、貝なども生きた状態で調理されることがある。

6 刺身の味と風味

刺身は、食材を自然のまま、素材のまま生で味わう料理の代表格と捉えられている。そのため、刺身のおいしさ表現には歯ごたえ等の食感がしばしば使われる。醤油とわさびで食べられることが多く、味や風味についての表現は豊富ではない。川端晶子「文学作品・エッセイに見られる“魚介のおいしさ表現”(食の科学2005)によると、文学作品中でも刺身のおいしさには食感に触れた表現が多い。しかしながら、刺身の味わいには、醤油やわさびでは失われない、生の魚の独特の匂い、油の旨味、新鮮な魚肉固有のうま味などが豊かである。吉田健一「舌鼓ところどころ」では瀬戸内の鯛を刺身にした味を「無限に複雑なもの、或いは豊富なものが感じられる」(川端、食の科学から引用)という表現がある。

刺身の味わいは、魚ではグルタミン酸、ヒスチジンなどのアミノ酸類にイノシン酸などの核酸のうま味が加わったものである。カニや貝類などでは核酸の一種であるアデニル酸のうま味が重要である。刺身の味わいには塩分や醤油が必要である。塩分は旨味を非常に強化する作用があり、塩分なしでは旨味が弱くいため、醤油や塩なしで刺身が食されることは通常はない。カニなども塩分がないとカニらしい独特の味わいが感じられない。

魚のうま味のうち、アミノ酸類は死後も安定であり濃度が大きく変化することはない。むしろ、イノシン酸の濃度が死後に変動することでうま味の強さが変わる。

活け造りなど鮮度の良い魚では、食感はよいがうま味が弱いとされる。そのため、鯛やヒラメ、などの白い肉質の魚は死後しばらく低温で放置されることがある。この間にイノシン酸の量が増す。さらに肉に滲出してきた液によってうま味が増す。

しかし、死後、時間がたちすぎると、後述する食感の好ましさが低下し、魚特有の好ましくない風味(匂い)が増すので、魚によって適当な時間が選ばれる。一般的にはヒラメやタイは死後10−12時間後がうま味と食感のバランスがよいとされる。ただし、最適時間は貯蔵温度や致死の状況によって変化する。代表的な刺身の魚であるマグロも、死後直後の堅い肉よりも、やや柔らかくなった頃が好ましいとされる。うま味それを含む浸出液の増加によるものである。

 

7 刺身の食感

刺身は鮮度が重要と考えられている。魚の鮮度は食感に最も影響する。新鮮な魚は歯ごたえが強い。しかし、魚の肉の固さと魚体の硬直とは一致しないので注意が必要である。一般に死後しばらくの間は魚体は柔らかいが、肉には弾力がある。氷蔵すると8時間程度で死後硬直が現れて魚体は非常に固くなるが肉の歯ごたえは逆に低下する。日本人が好む新鮮な魚の肉の弾力は、死後硬直期に入った魚ではなくて、それ以前の魚体がまだ柔らかい頃である。人間の歯ごたえに近い弾力の物理指標である破断強度は、死後硬直以前の魚体が柔らかい間の魚肉で最も大きい値を示す。時間がたって魚体が硬直すると後肉の破断強度の数値はむしろ低下し、歯ごたえも低下する。筋肉繊維を支えるコラーゲンの分解によって歯ごたえが失われるためである。

(参考文献 坂口守彦;とびきり新鮮な刺身は本当においしいか「旨さ極める」かもがわ出版 14-32頁 2002年)

新鮮な魚は非常に価値が高い。魚の鮮度維持に関して多大な努力が払われているからである。例えば、京料理で多用されるアカアマダイ(若狭ぐじ)は美味であるが鮮度が低下しやすい魚である。アカアマダイの貯蔵・輸送中の鮮度についての研究から、50時間後も極めて髙鮮度と評価できるのは0度で貯蔵されたときのみで、10度になると20時間で鮮度は一段下の「良鮮度」のランクに低下する。15度の貯蔵では20時間で良鮮度とも呼べなくなる。この時、イノシン酸が分解してうま味のないヒポキサンチンが生じ、旨さも著しく低下する。

鮮度が低下しやすい魚では、船上でのしめ方(殺し方)が重要になる。魚が死ぬとやがて死後硬直が始まり鮮度低下が始まる。死に至るまでに、脳だけが働きながらも全身の活動が低下した状態をできるだけ長く維持することが鮮度を保つために重要と考えられる。脳と末梢の境界部位にある延髄を壊し、活きたまま全身を麻痺させる「活けしめ」の実施や氷水に5分間ほど投入して仮死させるなど、死後硬直開始時間を遅延させることで、味や食感に影響する鮮度が保てる。(赤羽義章 京の魚おいしさの秘密をさぐる、おいしさの科学 2009年33-42頁)

 

8 活け魚介のブランド化

豊後水道の愛媛県佐多岬半島と大分県関町を結ぶ流れの速い海域で一本釣りされたサバは「関もの」として古くから珍重されてきたが、昭和の終わりから「関の魚」としてのブランド化の試みが行われた。平成8年には「関さば」の商標登録が認可された。尾にはブランドを表すシールが貼られている。JAS法による魚介類の名称ではないが、水産庁の「魚介類のブランド名のガイドライン」ではブランド名を魚介類の商品名として任意に表示することは差し支えがないとしている。現在では全国でブランドの魚介類が登録され、ときさば、萩の瀬つきあじ、越前ガニ、明石タコを始め多くのブランドが生まれ、他の海域の魚介との差別化が図られている。

 

9 焼き魚・煮魚

日本の料理では、鮮度の高い魚介類を生で食するばかりでなく、鮮度がそれほど高くない魚介類でも焼く・煮るなどの加熱や調理加工によって最大限に利用する技術が蓄積されてきた。魚の種類や鮮度によって様々な調理法の選択枝がある。また、生食よりも加熱した方が好まれる魚もあり、季節や地域によって多様な魚介料理がなされている。味噌や酒粕などに漬けて鮮度低下の影響を弱める技術もある。

刺身ほどではないにしても、焼き魚でも魚の鮮度は重要である。焼き魚のうま味も鮮度に影響される。鮮度の良いうちに加熱した魚にはイノシン酸が多く残る。死後長時間経過した魚はイノシン酸が減少している。そのような魚を加熱すると魚特有の匂いが強いばかりでなく、うま味も低下している。いわゆる血合い肉は鮮度低下による匂いの発生が強い。一方、食感は鮮度の影響をあまり受けない。

新鮮な魚を、天火や機械で軽く乾燥させてうま味や脂を濃縮する加工法もある。干物と呼ばれ、魚の保存法の一つでもある。一般に干物は焼いて食される。
 

10 漬け物

日本の食を考えるとき、漬け物の存在を無視することはできない。ご飯と汁と漬け物は伝統的な日本の食の基本であり、これに副菜が加われば立派な和食となる。漬け物は、主に冬場の野菜の保存法として、塩漬けや発酵が利用されてきたものであり、日本の各地方には独自の漬け物文化がある。

小川敏夫は「漬け物と日本人」(NHKブックス1996年)のなかで、「漬け物の味覚的な意義は、生野菜の風味や栄養を余り損なわずに、食べにくいアクも抜け、しかも自己分解、発酵、調味などによって、なまのときよりもさらにおいしく食べられるーこれが漬け物である。」としている。

野菜をおいしく食べる方法として、発酵過程での微生物におよるアミノ酸や核酸成分の増加がうま味の利いた味わいに寄与してきた。日本人のうま味に対する嗜好の高さが生んだ発酵食品の代表である。

大正9年大分県衛生課が県下の師範学校および中学校寄宿舎を対象に栄養調査をした結果、総ての学校の生徒が食事には漬けもののたくあんまたは菜漬けを必ず食べていたという(小川敏夫、NHKブックス1996年)。古くから漬け物は国民食であり、ご飯を食べるための塩味とうま味を与える貴重な味覚であった。

しかし、近年では、発酵過程で生じる特有の匂いに対する抵抗感を持つ人が増えた。また、米の消費量の低下もあって、ご飯を食べるためのおかずの必要性という観念が薄れてきた。そのため、塩分が強く、発酵が進んだ従来の漬け物よりも、発酵を用いないで旨味溶液に漬けただけの漬け物やごく短時間だけ漬けた浅漬けが生野菜や野菜サラダの一種として人気が高いという。

漬け物は野菜の保存法の一種であるが、低温流通の確立と、家庭での冷蔵保存法が行き渡った現代日本では、保存法としての重要性は薄れ、むしろ野菜を食べる調理法として重要である。国土全体に低温流通が確立している日本では、漬け物の保存性にこだわらない「低塩度冷蔵法」による製造が増えている。これは、10%以下の低い塩分濃度で漬け込み、保存性を補うために5度以下の温度で長期間貯蔵して腐敗を避けるものである。保存中の野菜からの脱水が少ないため原形を保ち野菜の風味が保持される利点がある。さらに脱塩工程が必要でないため風味の流出が防げる。

このような食品保存の技術革新によって、漬け物の意義が大きく変化した。保存食品として高い塩分濃度と長期間の発酵により郷土食の強い独自の風味を持っていた日本の漬け物は、発酵による匂いが弱く、塩分濃度が低く、新鮮な野菜の味わいとうま味の強い、保存性は高いとは言えない新しいジャンルの食品になってきている。

 

III 日本の調味料・香辛料

1 味噌と醤油

醤油や味噌は、どちらも発酵で生じた豊富なアミノ酸と核酸のうま味ならびに熟成によって生じた複雑な風味を持つ。味噌は、蒸煮した大豆に麹と食塩を混ぜて発酵熟成させたペースト状の調味料である。原材料によって、米味噌、麦味噌、豆味噌、等に分類される。また食塩の量によって白味噌、甘味噌、中辛、辛味噌に分けられる。白味噌は米麹の割合を増やし大豆を減らして着色を避ける。白味噌には独特の甘味や風味があり、塩分濃度も様々なものがある。概して塩分濃度は低いので保存性は高くない。豆味噌は、蒸し大豆に麹を足して味噌玉麹を作り塩を加えて発酵熟成させる。名古屋味噌、八丁味噌などがこれに含まれる。そのほか各地に独自の味噌が作られている。

醤油は、蒸煮大豆に小麦を混ぜて作った麹に食塩水を加えたもろみを発酵熟成させた後、搾ったものである。熟成工程で塩分濃度を高めることと搾る前に甘酒を添加し、やや低温で火入れしすることで着色を抑制したものが薄口醤油であり、塩分濃度は濃い口醤油よりも高い。薄い色の煮ものを好む京料理に重用される。

味噌も醤油も、原料の大豆や小麦の発酵による複雑なうま味がある。発酵・熟成過程中のアミノカルボニル反応(褐変反応)によってメラノイジンができる過程で、アルデヒド類やアルコール類を中心としたさまざまな風味の化合物が生まれる。それらは醤油の色だけでなく特有の風味と深い味わいを醸し出す。

味噌汁や煮ものでは、基本となるダシに味噌や醤油を足す場合が多い。醤油は刺身や焼き魚、冷たい豆腐、煮もの、炒め物など非常に多くの料理に使われる。味噌もさまざまな料理に使われる。味噌や醤油は、煮ものに添加されたときの香りの他に、高温の加熱に生よって生じる特有の焦げ香も日本人に好まれる。

東南アジアの魚醤には、アンモニア臭、チーズ臭、腐敗肉臭がするものが多いと言われるが、大豆や麦を原料とする日本の醤油には感じられない。近年、フランス料理などでは、醤油を隠し味として添加することがかなり一般的になってきている。日本の醤油の加熱臭にはグローバルに好まれる部分がある。日本国内のフランス・イタリア料理でも、醤油や味噌、ダシなどを使用する料理人が増えてきており、これらの調味料は料理の国境を取り払う方向に向かっている。

 

2 香辛料

日本で大量に使われる香辛料は非常に限られている。東南アジアの食がさまざまな香辛料を料理に用いるのに対して、日本では山椒、胡椒、トウガラシ、わさび、和からし、ショウガ、しそ、にんにくがよく使われるに過ぎない。

使用量は多くはないが、日本独特の伝統的な調味料は少なくない。柚子はその代表であり、日本料理の吸い物には欠かせない。柚子の皮を少量吸い物に入れるだけで、味が引き立ち、締まる。海外の評価も高まってきている。最近、長谷川香料フレーバー研究所は柚子の香気成分の研究結果より、新規柚子フレーバーYUZUNONを開発した。YUZUNONは((6Z,8E)-undeca-6,8,10-trien-3-one)の構造を持ち、柚子に含まれる独特の香気に大きく寄与するフレッシュなピール感の再現に成功している。

七味トウガラシは山椒とトウガラシを中心に香辛料を店によって独自に調合したもので調合によって味のバリエーションは大きい。一般的には、トウガラシ、山椒の実、ゴマ、青のり、麻の実、陳皮、ケシの実が混合される。伝統的な香辛料の中でも特異な存在と言える
 

3 独自の発展を遂げたウスターソース

ソースといえばウスターソースを指すほど、日本ではウスターソースはポピュラーである。ウスターソースは英国のウスターシャー州で最初つくられたアンチョビーとタマリンドやエシャロット、にんにくなどを原料とした魚醤とされる。インドのソースを英国風に再現したと言われる。英国の植民地であったインドのソースを真似したものが日本で大きく進化した点では、日本のカレーと共通の部分がある。日本では明治時代に製造が始められたが、日本で製造・販売されてきたウスターソースは、英国の魚醤的なソースとは異なる。日本のソースは果実と野菜、砂糖、食酢、カラメル、スパイス類が主原料であり、日本独自の味わいである。

日本のソースには、いわゆる日本産のウスターソースの他に、デンプンなどで粘度を高めたトンカツソースや、さらに粘度や味付けを変えてお好み焼きやソース焼きそば用に改良された濃厚ソースが多数あり、独自の食材のジャンルを形成している。

 

4 カレー風味・カレー粉

ウスターソースと同じく、日本のカレーも植民地インドの料理を宗主国英国が再現した点でよく似た生い立ちを持っている。インドのカレーは主に油脂をベースに特定の香辛料を添加して香辛料の風味をさまざまに楽しむ。一方、日本のカレーは、数十種類の香辛料を調合して出来上がったある種の混合物の風味を楽しむものである。インドのカレーと異なり多種類の香辛料がほぼ一定の割合で調合された狭い範囲の香辛料混合物であるところに、インドなどとは異なる特徴がある。日本では主にカレールーとして食品会社が製造販売している。トウガラシ、胡椒、生姜、芥子、シナモン、キャラウェイ、コリアンダー、ディル、クローブ、ナツメグ、メース、オールスパイス、カルダモン、ウコンなどの基本的な香辛料の調合に、製品ごとに独自の香辛料を足して作り上げ、突出した風味を避けるのが一般的である。ウコンなどいくつかの香辛料の色によって黄褐色をしている。

同様の香辛料を配合した黄褐色の粉末を「カレー粉」としてさまざまな料理の調味に使う場合もある。カレー粉はカレーライスに用いられてきたが、そこからドライカレーや、カレーうどん、スープカレーなどが派生している。日本のカレーの特徴的な風味は現代日本人が最も好む風味の一つであり、2009年の朝日新聞の読者調査(前出)でも、ラーメンとならぶ代表的な国民食として紹介されている。 

 

IV 日本の食の特徴:たべものの「こく」

「コク」という言葉は日本では非常によく使われる。「コク」は日本の食嗜好を理解するための最も重要なキーワードの1つである。特定の成分や物質ではなくて複合的な味わいである。食べ物の味わいに「厚みがある」「ボディ感がある」「濃厚である」などがやや近い表現である。「コクのある」という形容詞は、熟成、豊富な経験、豊潤、円熟などからもたらされる複雑な深みと浅薄でない魅力のようなものをイメージして使われる。「コクがある」というのは料理を褒める言葉である。曖昧ではあるが、おおよそのニュアンスを国民が共有している。

一般的にコクがあるという場合、多くの成分が複雑に絡み合って、味わいの厚みをもたらしている場合を指すことが多い。単独の味が強く感じられてしまうとコクでは無くなる。酸味を加えると食べ物はさっぱりすると言うが、酸味の突出でコクが消えるとも言える。

コクがあると認められている食材や料理はいくらでもある。フォアグラ、あんこうの肝等の内臓、、生クリーム、チーズ、バターなどの乳製品、生ウニ、キャビアやからすみ、イクラなどの魚卵。味噌や醤油、カレー粉、マヨネーズなどの調味料、霜降り牛肉、鮪のトロなどの動物脂、日本で流行しているラーメンの複合的なダシや背脂など無数にある。

 

コクの特徴に、時間的および空間的な拡がりがある。空間的な拡がりは、口のなかの多くの部位や神経経路で味わいが感じられていることで説明できる。食品を口にしたときに、舌の先ですぐに感じられる甘味や塩味は鼓索神経を介した味覚、舌の奥やその両側で感じるうま味や油脂のおいしさは舌咽神経で伝えられる味である。舌触りには舌だけでなく歯茎なども動員される。味わいの感覚や部位が総動員されることが、コクにとって重要のようである。

コクには時間的な拡がりも大切である。口を近づけるだけで香る匂いから始まり、舌の前半部分で瞬時に立つシャープな味わいと、一呼吸おいてから舌の奥で感じられる味わい。さらには口のなかに留めている間にじわりと顔を出す味わい。飲み込んでからも続く余韻のような心地よい味わい。時間をかけて得られる味わいが十分に納得させられると、コクがあると強く感じる。

 

日本人の使うコクという言葉には様々な対象やニュアンスがあるが、整理すると三層の構造をしていると著者は考えている。中心部はエネルギーに富む油脂や砂糖の甘味。栄養素そのものの味で、動物ならば誰でもうまいと感じる。実際に、食品開発の立場から見ると、砂糖と油脂は食品にコクを与える切り札である。したがって、コクの本義は生きてゆく上で生理的に大事な栄養の味わいであると言える。動物はこれらにやみつきになる。いわゆる脳の報酬系を刺激する物質である。

その外側に第2層のコクとして、粘度、魅力的な香り、重厚感、うま味、濃厚な色調などが、栄養素のリッチな分厚い感じを想起させるコクとして存在する。それ自体は「中心のコク」のように強いコクではないが、人間の食体験によってコクを強める作用がある。いわば、学習によって濃厚さを連想する仮想的なコクである。

最も外側の第3層には、実体を離れた比喩的なコクが位置する。コクのある演技とかコクのある表情とか、コクのある生き方などである。感性に依存する抽象の世界であり、極度に洗練された吸い物の風味のコクなどは第2層と第3層にまたがるのかも知れない。

ラーメンやカレーや焼き肉などは中心部のコクを有する。誰にでもわかりやすい濃厚さである。一方、日本の伝統的な料理のコクは香りや食感、色合いなどが関わる第2層に集中している。第2層や第3層のコクは外側に行くほど実体が薄れる。極限まで削ぎ落として無駄なものがなくなったなかに残る豊かな味わいを高い品位として日本の料理は重視してきた。誰にでもわかるような濃厚なコクを高く評価してこなかった点は欧米の料理と大きく異なる。日本の料理が「引き算の味わい」であるという言葉はここから生まれる。 

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