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「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」【近畿ブロック】

「和食;日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産への登録申請をきっかけに、私たち国民一人一人が「和食」文化について改めて認識を深め、次の世代に日本全国の「和食」文化を維持・継承していくことの大切さについて考えることを目的として、「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」【近畿ブロック】を開催しました。

1.冒頭挨拶   

 挨拶する小栗近畿農政局長  シンポジウムの様子

挨拶する小栗近畿農政局長

シンポジウムの様子 

 

2.基調講演

『日本の伝統的食文化としての和食』

熊倉 功夫 氏 (静岡文化芸術大学学長、「和食」文化の保護・継承国民会議会長) 

 熊倉氏

 

3.事例発表

的場 輝佳 氏 (奈良の食文化研究会理事、関西福祉科学大学客員教授)

村田 吉弘 氏 (株式会社菊乃井代表取締役、日本料理アカデミー理事長)

笹井 良隆 氏 (「浪速魚菜の会」代表理事)

 的場氏  村田氏  笹井氏

事例発表される的場 氏

村田 氏

笹井 氏

 

4.パネルディスカッション

「和食」文化の魅力

  • コーディネーター
  • 熊倉 功夫 氏 (静岡文化芸術大学学長、「和食」文化の保護・継承国民会議会長)

  • パネリスト  
  • 的場 輝佳 氏 (奈良の食文化研究会理事、関西福祉科学大学教員教授)

    村田 吉弘 氏 (株式会社菊乃井代表取締役、日本料理アカデミー理事長)

    笹井 良隆 氏 (「浪速魚菜の会」代表理事)

     阪中 舞 氏 (梅花女子大学 食文化学部 食文化学科)

    シンポジウム  阪中氏
     

     阪中 氏

     

    5.議事録

    1.開会

    〇司会

    皆様、こんにちは。本日はお忙しい中、「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」へご参加くださいまして、誠にありがとうございます。

    本シンポジウムは、日本人の伝統的な食文化である和食のユネスコ無形文化遺産登録申請をきっかけに、私たち一人ひとりが和食文化について改めて認識を深め、次の世代に日本全国の和食の文化を維持・継承していくことの大切さについて考えることを目的に、ここ近畿ブロックの大阪会場を初め、全国9ブロックにて開催してまいります。日本人にとってかけがえのない財産である日本の食文化、和食について、皆様とともに考えて参りたいと思います。

    申し遅れましたが、私、本日司会を務めます、辻岡美智子と申します。よろしくお願い申し上げます。それでは、開会に当たりまして、近畿農政局長、小栗邦夫よりご挨拶申し上げます。小栗近畿農政局長、よろしくお願いいたします。

     

    2.挨拶

    〇小栗近畿農政局長

    皆さん、こんにちは。農林水産省で近畿農政局長を務めております小栗と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。本日はお忙しい中、多くの皆様方にご参加いただきまして、ありがとうございます。

    また、ちょうど昨日は台風が通過いたしまして、記録的な豪雨ということで、この近畿管内におきましても、河川の氾濫の被害が多くの地域で発生しているところでございます。被災された皆様方におかれましては、心よりお見舞いを申し上げるところでございます。

    このシンポジウムでございますが、先ほど司会の方からお話がございましたように、我が国の食文化、和食についてユネスコの無形文化遺産登録を申請し、それを何とか盛り上げていこうということで、各ブロックごとに開催しております。

    この近畿ブロックは改めて申すまでもなく、日本の伝統文化の中心でございます。奈良、大阪、京都、近畿、畿内というところから、長い歴史の文化があるわけでございまして、それと合わせまして食べ物、食文化につきましても非常に深いものがあるのだというふうに思っております。本日はちょうどいい機会でございますので、こういった近畿の食文化につきまして、再考ということで、改めて学び直し、考え直し、新たな知見を得ていただいて、今後の運動の展開にしていただければと思うわけでございます。

    まず、基調講演は、静岡文化芸術大学の熊倉先生にお願いをするわけでございますが、先生は日本の伝統文化につきまして非常に造詣が深いということです。ちょうど先だっての東京オリンピックの招致決定で、日本全国大きく盛り上がっているわけでございますが、その招致活動の遊説におきましても、日本の文化、おもてなしというものが非常に注目されておるわけでございます。ご覧になった方もあるかもしれませんが、NHKのニュースにおきまして、熊倉先生は日本文化のおもてなしというものについても解説をしていただけるということで、非常にこの分野の第一人者の方でございます。

    その後、事例発表につきましては、的場先生、村田先生、笹井先生とそれぞれ古都の奈良、京都、それから浪速、近畿の代表的な地域におきまして、現場で実践され、研究され、それぞれの分野におきまして第一人者でございますので、それぞれの地域の文化の真髄に触れることが出来るのではないかと。私も京都に単身赴任して2年経っており、いろいろ勉強しておりますが、今日は特に楽しみに参りましたので、皆様方も大いに学んでいただいて、今後の無形文化遺産登録に向けて皆様方もご協力していただくということをお願いいたしまして、簡単ではございますが、開会の挨拶といたします。

    本日はどうぞよろしくお願いいたします。

    〇司会

    近畿農政局長、小栗邦夫よりご挨拶申し上げました。

     

    3.基調講演

    〇司会

    続きまして基調講演のご紹介をさせていただきます。本日は静岡文化芸術大学学長、「和食」文化の保護・継承国民会議会長、熊倉功夫先生より、「日本の伝統的食文化としての和食」と題しまして、ご講演いただきます。

    熊倉先生は、日本文化史・茶道史を専門とされた歴史学者、文学博士でいらっしゃいます。そして、京都の食文化を発信するなど、日本の伝統的な食文化の保護・継承についての活動を行っていらっしゃいます。

    それでは、熊倉先生、お願いいたします。

    〇熊倉氏

    ご紹介いただきました熊倉でございます。今日は、この後、事例と申しますか、具体的な体験に基づいた和食の話がいろいろ出て参りますので、私はむしろ、なぜ、今、ユネスコに登録申請したのか、その経緯のあたりから、ちょっとお話をさせていただこうと思っております。

    2年ほど前でございましたけれども、ひとつ日本の食文化というものをユネスコの無形文化遺産に登録しようでないか、こういう機運が盛り上がってまいりました。きっかけはいろいろございますけれども、一つは京都府が、今日もご参加いただいています、村田さんが理事長しておられます日本料理アカデミー、発案されましてから、これが京都府を通じての意見書として政府に出された。これを受けまして、農水省の方で検討会を始めようと、こういうことになったのが2011年7月でございました。

    そのときに、ユネスコというのは何かと。あんまり我々はユネスコそのものをよく知らないところがございます。最近でこそ、富士山が世界文化遺産に登録がなりましたので、ユネスコの文化遺産とか、自然遺産とか、いろいろな遺産があるのですけれども、にわかに今どなたもそういうことについてご存じの方が増えてきた。

    ところが、今まではどちらかといいますと、有形、形のあるものです。ですから、自然遺産にしましても、文化遺産にしましても、形のあるものを登録して、それを保護していこうと。つまり、人類がこの100万年の間にさまざまな文化を作って参りました。殊にいろいろな地域の自然環境の中で、あるいは歴史的環境の中で、独自の文化を作ってきたわけでございます。そうしますと、我々がお互いに知らないような、非常に素晴らしい文化が、世界中に埋もれていく。放っておきますと、それが消えてしまうということが問題でございます。

    つまり、そういうふうな、放っておいたら消えてしまうような人類の創り上げたすばらしい文化はこの際、保護条約の一覧表の中に記載しておいて、こういうものがあったんだと。また、そこに記録としてきちんとしたものを残していく。それだけではなくて、これを機会に世界の人類が、それぞれ自分の責任を持ってその作り上げてきた文化を守っていこう、こういうふうな思いで保護条約というものが出来ているわけでございます。その保護条約の中に既に、有形の文化遺産でありますとか、自然遺産、産業遺産、いろいろそういうものが入っているわけでありますが、無形文化遺産というのがございます。要するに、形を持たない。しかし、その技術でありますとか、あるいは振る舞い方でありますとか、時間とともに消えてしまうものでありますけれども、1つの形式を持っている。こういうふうな無形文化遺産というものがございまして、これをユネスコの保護条約の中にやはり記載する条約が、これは最近なんですけれども、7~8年前にそれが出来たわけでございます。

    その中でまず取り上げられましたのは、何と申しましてもパフォーミングアーツといいますか、芸能でございます。ですから、日本で申しますと、文楽でありますとか、能でありますとか、歌舞伎でありますとか、こういったものが早速無形文化遺産に登録されております。

    もう一つは、お祭りなんですね。この日本人だけでなく、世界の人々が祭礼という中に、非常におもしろい祭礼をたくさん作ってきているわけです。そういう祭礼に伴う様々な衣装でありますとか、あるいは行事のやり方でありますとか、そこでの振る舞い方でありますとか、そういうものをやはり無形遺産として登録していこう。日本でいいますと、祇園祭でありますとか、甑島のトシドンでありますとか、いろいろなものが全部で21件、もう既に登録されております。ところが、実際に登録されているものについて皆さん、ほとんどご存じない。

    例えば、この近くで申しますと、奈良県の都祁(つげ)というところに題目立(だいもくたて)という芸能がございます。恐らく皆さんの中で、この題目立を実際にご覧になった方はほとんどいらっしゃらないと思います。非常に地味な、10月の中ごろでございますけれども、あの辺、大和高原と申しますか、奈良の高いところですので大変寒いんですね。その寒い夜空、私も一度だけ見たんですが、夜中中、煌々と月が照り輝く中で、18歳くらいだったと思いますけれども、若者が延々と源平盛衰記みたいなものを唱える。ただそれだけの芸能なんですが、でもこれは、いわゆる日本の芸能としては、歴史的に見ると非常におもしろい。つまり、語り物というものが生まれてくる前身を示しているような、そういう芸能でございます。これが、世界のユネスコの無形文化遺産にもう既に登録されている。

    というふうに、非常に特異な、ほとんど人の目に触れないような、しかしそれは、それなりに非常に価値のある、放っておいたら消えてしまう。それを何とかこの際、登録して残して、今後も次の世代、次の次の世代に継承していこうということがユネスコの保護条約の思想でございます。

    ところが、それがにわかに食の文化に広がってきたわけです。まず、2010の年にフランス料理と地中海料理と、それからメキシコ料理、この3つのお料理が世界の無形文化遺産に登録されました。これが、今までの例にないことなんですね。つまり、食という、食べたら消えてしまうようなものが、果たして無形文化遺産になるのかと、こういうふうな疑問が当然起こります。そういう今までの文化の概念をもう一つ広げて、食を文化として、それぞれの民族が作り上げてきた独特の価値のある文化であると、こういうふうな見方が新たにユネスコの中に生まれている。そして、そのもとにフランスとか、地中海とか、あるいはメキシコの料理が登録されたと。こういう経緯があって、いよいよ日本が、それならば日本もひとつやろうじゃないかと、こういうことが2011年に起こったわけでございます。

    ちょうどその頃、韓国の宮廷料理が、遺産登録の提案をユネスコに送っておりました。韓国がやるんだったらうちだってやろうじゃないかと、こういうふうなところがございました。それで、日本は世界中で大いに広がっている、日本料理といいますか、会席料理というものを無形文化遺産に登録しようじゃないかと、こういう機運が高まったのは、先ほど申した通りでございます。7月に第1回の検討会が始まって、それから一生懸命、集中的に3回ほど検討会をやり、そして、委員の何人かの方にパリまで行っていただいて、ユネスコの状況もいろいろ聞いてくるというような、そういう積極的なこともございました。

    検討会を進めているうちに、だんだんいろいろな事情が分かって参りました。一番大事なことは何かといいますと、このユネスコの保護条約のリストに記載にするということが、商業主義的な思惑を生むことをユネスコは非常に嫌っている。ですから、この登録をすることによって、誰かが儲かる、誰かが得をするというようなことが出てくると、それだけで提案は却下されます。ここが大事なことであります。商業主義的なもくろみが、この提案の中にあってはいけない。ということを非常に強く、関係者からも、あるいはユネスコの本部からもそういう声が聞こえて参りました。

    そこで我々は困ってしまったんですね。当然、この登録をすることで、やはり、日本の食文化というのが世界に大いに羽ばたいてほしい、出来れば外国の日本料理のレストランにたくさんお客さんが来てほしい。外国からは観光客が来て、日本の料理を食べてほしい。我々も大いに美味しいものを食べようじゃないかと、こういうふうなことがあります。そうするとそこに、農水省としては、この際、日本の農作物が輸出されるんじゃないか、輸出が伸びるだろう。こういう思惑があるわけであります。こういう思惑は一切言ってはいけない。そういうふうな商業主義的なことを考えてはいけない。

    そこで我々は、何を考えたか。もっと自分たちの問題として、このユネスコ登録というものを考えないといけないんじゃないか。今日は日本料理アカデミーの理事長の村田さんが見えています。村田さんはご存じの通り、今や日本で一番人気のある料理の大家でございます。そうすると、菊乃井という料理屋が儲かるんじゃないかと、こういうことになるといかんですね。ですから、なるべく村田さんは日本料理アカデミーの理事長で、菊乃井の主人として出席いただいているわけじゃない。確かに日本人は日本料理が一番自慢なわけです。外国へ行ったって日本料理は大変な人気ですよね。そういう日本料理をここで大いにぶち上げたいんですけれども、それをやると、これは何だ、料理屋のためにやっているんじゃないか。こういうふうな反応をユネスコの方で持つと、これはいけない。そうじゃないんだと。我々はもっと日本人の食文化そのものを大事にしていくんだと。こういうふうな考え方に切り替えて参りました。

    そうすると、翻って考えてみますと、実は我々の周りの食文化が今、大変な変化の時代にあるということに改めて我々は危機感を募らせて参りました。ご存じの通り、今、食料の自給率というものが40%を割ってしまった。今から40年ぐらい前は60%くらいあった自給率が、それが今こんなに下がってきている。つまり、日本人が日本のものを食べなくなってきている。こういうふうなことが危機の1つでございます。

    それだけではありません。今、岩本暢子さんという方が、『変わる家庭・変わる食卓』本を書かれたわけでありますが、家庭で何が起こっているか。家庭で家庭料理というものが消えているんですね。お母さん、お母さんというと今問題がありますけれども、お父さんでもいいのですけれども、要するに、家で料理を作って、その作った料理を家族が一緒にテーブルを囲んで食べるということ自体が今、ほとんど崩壊状態になってきている。お父さんは時間になっても帰ってこない。子供は塾に行って、いない。それぞれが帰ってきた段階でそれぞれ食べるものを用意しなければいけない。そうすると、お母さんはお母さんで、仮にお母さんだとすると、お母さんが子供たちに何を食べさせるか。今、子供たちに嫌われるのがお母さんは一番怖いんですね。そうすると、「〇〇ちゃん、何食べたい」と言うわけです。「私、パスタ」と言うと、「そうか、パスタ。分かったわ」。チン、パスタが出てくる。次の子に、「〇〇ちゃん、何が食べたい」「僕、豚まん」「あ、そう」。チン、豚まんが出てくる。「お父さん、何食べます」「いや、途中でうまいラーメンがあったから食べてきたよ」。こういうふうな、かつて個食という話がある。ご飯を作っても自分の部屋に持っていって、1人ずつ勝手に食べているというのが、個食の話です。今、個食ではない。「ばらばら食い」って言うんだそうです。みんなそれぞれが、自分の好きなものを好きな時間に好きなように食べている。こういうふうな状況が異常であるというふうに皆さんお思いだと思いますけれども、この異常な状態が今や日常化しつつある。これは大変なことです。

    家庭の食というものが崩壊してしまったら、日本の食文化は崩壊する。やはり我々は、家族の中の食をもう一度考え直していく必要があるだろう。そのときに何を基本にするかということでございます。それは、やはり日本人の食文化が、世界でこれだけ人気があり、実際食べたら美味しい。美味しいだけではなくて、何よりも体にいいということです。

    これは、お聞きになったこともあるかと思いますが、1977年に、マクガバンというアメリカの上院議員が中心になりまして報告書を作りました。アメリカ人に成人病がどんどんどんどん増えているわけですね。成人病がどんどんふえますと、これは国家予算の中で医療費がどんどんどんどん高くなってくる。国家的損失だと。これはアメリカの発想ですね。ですから、何とか、成人病がこんなに多発しないように、アメリカ人の食生活指針を作って、そしてそれをもとに新しい食の改善運動をしようと。こういうふうなことで、いかなる形の食生活がいいか、アメリカ人の食生活はかくあるべしというふうなレポート(報告書)を作ったんですね。これが、有名な「マクガバン・レポート」というレポートでございます。これが1977年に発表されました。

    そして、それが日本に伝わってきた。そうしてみたら、当時のアメリカ人が考えていたPFCバランス、たんぱく質と脂肪と炭水化物のバランスです。大体、たんぱく質が15%前後、脂肪が20%前後、そして炭水化物が65%前後で、このカロリーが2,000キロカロリー、ないしは2,200~2,300キロカロリー、こういうふうな食というものが、実は日本人がふだん食べている食だということに、我々日本人が気が付いた。

    そこで出来たのが、「日本型食生活」という言葉でございます。これは農水省が作ったわけでありますが、実は日本人が今やっている食生活が世界で一番いい、理想的な食生活なんだ。こういうことを改めて認識いたしました。認識したのはいいんですけれども、これは、いってみれば瞬間風速みたいなものだったんですね。つまり何かといいますと、それまでの日本人は栄養失調だったんです。ところが、戦後、食生活がどんどんどんどんよくなってきて、カロリーも十分になり、脂肪も十分とるようになった。たんぱく質も十分とるようになった。それまでの炭水化物過重な、塩分過剰な、そういうカロリー不足での栄養が偏っていた食生活が、1970年代から80年代にかけて急速に改善されてきたわけです。この間に日本人の肉の摂取量でありますとかなんかは、急激に伸びています。大体、1970年代の後半でピークに達します。そういうふうに食生活がよくなってきた。

    一方で、日本人の伝統的な食の構造というものが守られている。日本人の伝統的な食の構造とは何かといいますと、ご飯とみそ汁とお菜と漬物です。「4点構造」と私は言っておりますが、この4つが、膳立て、つまりメニュー、献立の中にきちんと生きているわけですね。ですから、どこのお家もちゃんとご飯を炊いて、みそ汁を作って、そして、お菜。そのお菜がかつての一汁三菜ではちょっと栄養失調だったんですね。その一汁三菜の「三菜」の部分が急速に向上してきた。よくなってきた。そうすると、そこにはたっぷりした脂肪もたんぱく質も含まれた、しかも内容の豊かなお菜が出来る。しかし、ご飯という主食、みそ汁という基本的な構造はきちんと家庭で守られている。これが、実は1970年代の終わりから80年代のいわゆる日本型食生活であったのです。

    これが、その後どうなったかというと、これが急速にまた変質してくるわけです。ご存じの通りその後の変化は、皆さん身をもって体験している通りです。つまり、台所が外在化してしまう。おうちの中から台所がなくなってしまう。なくなったとは言えませんが、出来たものを取り込んでくる。あるいは、食材も国内の地元の自分たちの作っている身の回りのものではなくて、遠くのはるばる海外から運んできたものが中心になってくる。あるいは、今申しましたようにご飯を食べなくなってくるわけですね。ご飯の食べられる量が、1980年ごろから急激に減ってきます。そして、みそ汁もなかなか作らなくなる。また後でお話が出ると思いますが、みそ汁だとか、ああいう日本の食というものを支えているようなうまみですね。このうまみというものに対する関心が薄れてくる。こういうようなことが、その後の急激な日本の食文化のある意味変質をもたらす。

    この変質の結果、そのご飯とみそ汁を中心にしました、4点構造と申しましたが、そういう日本の食の伝統的な姿というものが、だんだんだんだん消えつつある。こういう危機感を今、我々は持つ必要があるだろうと。我々はいつの間にかそういうものに鈍感になっています。もう成り行きで、どんどん食なんていうのは変わっていっていいものだと、こう思いがちです。しかし、ご飯を中心にした大事な日本の食の伝統をこのまま消してしまっていいんだろうか、ということが、改めてこの検討委員会の中でクローズアップされてまいりました。

    その結果、日本料理というとどちらかいえば、お料理屋さんの立派なお料理、こういう感じがします。むしろ、我々がふだん食べている、ご飯とみそ汁、焼き魚、そんな感じでいいますと和食という言葉の方がいいんじゃないかというので、「和食」という言葉にそこで新たに切りかえまして、「和食;日本人の伝統的な食文化」というタイトルでユネスコに提案をすることに決まったわけでございます。

    では、和食とは何か。これは大問題です。検討委員会では、和食ってわけが分からん。こういう議論がたくさん出て参りました。ひとつひとつの料理をこれは和食だ、これは和食じゃないと切り分ける必要は全然ないので、日本人が今食べている、我々がふだん食べているご飯を中心にした食文化、こういうふうにお考えいただければ。ご飯と合うようなお菜であれば、それがハンバーグステーキであれ、豚カツであれ構わないと私は思っておるんですが、要はそのときに大事なことは、箸とお椀ということです。この、箸というものがある。これは何かといいますと、日本の食文化には、ナイフとフォークがないわけです。ナイフとフォークがないということは、箸で全部ちぎれる柔らかさ、あるいは箸でつまめる大きさに既にきちんと食材、お料理が整えられているということですね。ご飯と一緒に箸で食べられる。これが非常に大事なポイント、食べ方です。ですから、食の中身もさることながら、食べ方というものをひとつここで考える必要がある。

    そうすると、もう一つ大事なことは、お椀です。これは、この間、和食の国民会議というのを立ち上げたときに、いろいろな方が来てくださいました。その中に京都大学の学生が2人来ておりました。その1人は韓国の学生でした。その韓国の学生が日本料理というけれども、韓国の食文化とどこが違うんだと、こういう質問がございました。そのときに農水省の方が、「いや、我々はよそと違うということで今、登録申請しているんじゃない。我々が日本の食というのはこういうふうな形ですよということを登録しているんだから、違いということを今、問題にしていないんだ」と、こうお話しになった。これも確かに1つの考え方ですね。

    けれども、私は違うと思うんです。韓国と決定的に違う。どこが違うかというと、韓国の食器は金属のものがあります。金属の食器であるということは、熱いものを入れたら、熱くて持てない。日本の食器は、木製です。漆がかかっています。あるいは陶器です。ということは熱いものでも持てるんですね。逆に申しますと、日本の食べ方というのは、食器を持って食べるということです。韓国の料理の場合は、食器はテーブルの上に置いて食べなければいけない。食器を手に持ってスプーンで食べたら怒られます。不作法です。日本人の場合は逆に茶碗を置いたまま、そこで箸でご飯をつまんだら不作法ですね。必ず茶碗は手に持つ。みそ汁のお椀も手に持つ。そして直接、みそ汁であれば、唇にお椀を付けるわけです。それはなぜ付けられるかというと、お椀は熱伝導が悪いから、熱いものをすするときでも、唇を付けてもやけどしないわけです。ところが、これはアメリカ人にあの熱いみそ汁を飲ませたら大変なことになります。彼らは、音を立ててはいけないというマナーがあるわけです。音を立ててはいけないから、あのみそ汁の熱いのをそのままおとなしく、すっと飲もうとする。口中やけどしちゃうわけです。日本人は、あのまま飲んだら熱いということは分かっていますから、子供のときから訓練させられるんですね。何て言うかというと、子供のときに「ふーふーして飲みなさい」と言うでしょう。あのふーふーというのは何かというと、その熱い熱い汁を唇のところで空気とまぜ合わせまして、温度を下げて飲むということを子供のときからちゃんと訓練している。分かっているわけです。ですから、日本人はみそ汁をすするにしても、熱いものをすするときでも、唇のところでちゃんと吸いながら、空気とまぜながら飲むから音が出るんです。ですから、日本人はずるずると音を立てることが許されている。外国ではいけませんね。

    つまり、その日本人独特の食器、あるいはその独特の食べ方というものが、これも含めてやはり日本の食の伝統的な文化なんです。さらに言えば、韓国の例えばご飯を考えてください。あれ、全部具が上に乗っている。その具をどうするか。全部きれいにかきまぜて、まぜまぜにして食べるわけでしょう。日本人はあんなことを絶対しませんね。日本人の場合は、口の中でまぜまぜにするわけです。こういうふうな食べ方、そういうものも含めて、日本人の伝統的食文化というものが今、大事にしないとどんどん消えていってしまう。ということが、我々の危機感であります。その危機感をばねにして、我々はもう一度日本人の作ってきた食文化に対する誇りを持つ。

    恐らく、我々の一汁三菜なんていう食文化は、私は1000年の歴史があると思いますね。あるいは、だしの文化にしても800年の歴史がある。そういうふうな日本人がこだわってきたものを今日我々がもっと自信を持って、我々自身が日々の生活の中に取り入れていく。あるいは、それを次の世代につないでいくということが、今、非常に大事なことになってきているのではないか。これが、今回ユネスコの無形遺産に登録する大きな目的でございます。日本人は、地道にこの日本の食文化というものをきちんと捉え直していく必要がある。

    これは今、既に登録されているものをちょっと挙げたわけでありますけれども、この中に一番下のところに、トルコのケシケキというのがございます。これは、麦のおかゆみたいなものですね。祭礼の中で、お祭りの中で、必ずこれを作って食べるんだそうでありますけれども、映像資料で、このケシケキを作って食べているところを見ましたけれども、とても食べたいと思うような代物じゃありません。

    つまり、こういうような非常に特殊な、特異な、ほかの地域ではちょっと見られないような食文化を登録するならば、簡単にとは申しませんけれども、比較的通りやすい。ところが、それでは我々はせっかくこの和食、日本人が食というものを考え直すのに、それでは利益が出ません。むしろ我々が、日本人全体が、ああ、そうかというふうな納得出来る、そういう日本人の伝統的食文化というものをこの際登録し、これが認められるかどうか非常に問題がございますけれども、今そういう努力をしているわけです。

    スケジュール的なことを申しますと、現在、専門委員会の審査がもう既に済んだのではないかと思います。こういうことは一切情報が出てきませんので、我々は何とも見当がつかないのでありますが、やがて11月の段階で、その専門委員会の報告が公表されます。この前、富士山のときに、富士山はいいけれども、三保の松原はだめと、こういうふうな意見書が出てくるわけですね。そのときに、この我々の提案が認められるか、あるいは条件付きになるか、あるいは全くだめになるか、分かりません。分かりませんけれども、そこでがっかりすることはないのでありまして、あと1カ月、12月の初めまで1カ月間、これは外務省あたりに頑張ってもらいまして、今度はいろいろ巻き返し、この間のオリンピックの招致と一緒ですよね。個別に、政府代表と個別交渉して、何とかやってもらいたい。万一そうなってもやってもらいたい。こういうふうに思っております。もしそこで決定されれば、来年の2月、ないしは3月の段階で、正式に登録。

    そこで万々歳ではないんです。万々歳じゃない。それからが我々の正念場でございます。つまり、いくら和食がいいと言ったって、若い人がこれを食べてくれなければしようがない。若い人たちが、次の世代の人たちがこれに対して、やはり自分たちの文化だというふうに感じてくれなきゃいかん。あるいは、身をもってそれを実践してくれなきゃしようがない。つまり、どうやったら次の世代にそれをつないでいくことが出来るのか。和食が何たるかということについては、この後いろいろお話がありますので、そこで考えていただきながら、これをどうやったら次の世代につないでいくことが出来るのか。これが今日の大きなテーマでございます。

    よく言うことでありますけれども、水飲み場に馬を引っ張っていくことは出来ても、馬に水を飲ませるわけにいきません。幾ら美味しいよ、美味しいよって、これが大事だ、これが大事だと言ったって、子供たちは興味がなければ食べません。どうやったら食べること、食べるチャンスがあるか。どうやったら食べて、ああ、美味しいというふうに彼らが発見するか。そして、それをやるためには、我々自身がどういうふうに自分たちの食生活を作っていくか。ここら辺が我々の覚悟というものが必要になってくるところだというふうに思います。

    具体的な事例が、これからお話がいろいろ出てきます。そういう中で、ひとつ今日は皆さんにじっくり考えていただいて、そして、明日から皆様方の普段の生活の中の1つの活動にこういうものを取り入れていっていただけたら、そんな思いで今日は基調講演ということでさせていただきました。どうぞ、今日一日いろいろなお話が出ると思いますので、どうぞ、お楽しみいただきながら、またひとつお考えいただけたらというふうに思いまして、私の話を終わらせていただきます。どうも失礼いたしました。

    〇司会

    熊倉先生、ありがとうございました。熊倉先生には、この後のパネルディスカッションでも、コーディネーターとして和食の魅力についてご発言をいただきたいと思います。ありがとうございました。

     

    4.事例発表

    〇司会

    続きまして、事例発表をご紹介いたします。本日は3名の方にお願いしております。初めに奈良の食文化研究会理事、関西福祉科学大学客員教授の的場輝佳様より、「奈良の食文化の源流~平城遷都から郷土料理まで」と題しましての事例発表を行っていただきます。

    的場様は、奈良を元気にすることは食文化を育てることをモットーに、平城京の昔より食文化発祥の地と言われる奈良の食文化をひもとき、紹介する活動を奈良の食文化研究会を通じて行っていらっしゃいます。

    それでは、的場先生、お願いいたします。

    〇的場氏

    こんにちは。ご紹介いただきました、的場でございます。どの程度お話し出来るか、奈良の食というのは、本当に日本の食の原点なんだろうかということを探っていきたいと思います。

    奈良は日本酒のふるさとです。ご存じですか。実は、飛鳥・奈良時代には大陸の醸造技術が入ってまいりまして、宮中(平城京)で、造酒司(みきのつかさ)の管理の下で官営の酒造りが始まりました。大三輪神社は有名なお酒の神様で、この写真のように酒林(さかばやし)を神社からいただき、造り酒屋の軒下に新酒が出来たことを告げる習慣が今日も続いています。かつて、90年間ほど奈良に都がありまして、794年に平安遷都いたしました。遷都後、酒造りは、政府(平城京)から寺院に移って、寺院で僧坊酒として酒造りが継続されていきます。江戸時代初期までは日本酒の製造の中心的地位は奈良であったのです。

    特に室町時代に天理の近くにあります正暦寺という寺で、現在の酒づくりの基本になる、いわゆる並行発酵、並行複発酵、二段仕込み、三段仕込みと呼ばれる、現在の日本酒の醸造技術が確立されて、以来、奈良の酒は、南都諸白(なんともろはく)という高品質の最高級の日本酒として評価を受けておりました。その後、江戸時代になって、政治の中心が江戸に移ってから、消費地が江戸の方で拡大されて、奈良から陸路の輸送は難しいことから、酒造りの中心も奈良から灘、西宮、伏見に、海上輸送に有利な地域へと変わったのです。

    日本の食べ物の中で、1つの根幹をなす酒造りは奈良から始まって、奈良から全国に伝えられたのです。日本酒の発祥地は間違いなく奈良です。

    ところで、奈良時代に一体何を食べていたのでしょうか。昔の食べ物は遺物として残っていませんので、いろいろなことから想像するより仕方がないのです。このスライドは、奈良時代の食生活を研究されている奥村彪生先生がまとめられたものであります。ご覧のように、これは魚介類、現在の魚はほとんどあります。これらの多くは伊勢、大阪、若狭などから入ってきたものでしょう。また、穀類は今あるものは全部あって、大豆や小豆などの豆類も食べています。それから、野菜類は、カリフラワーやブロッコリーのような洋野菜はありませんが、今日、スーパーで見られるほとんどの日本の野菜は、ほぼあります。果物もこの通り。海藻も昆布、ワカメも食べています。

    このように、現在私たちが手に入る食材というのは、この時代から既にあったということです。これらの野菜の多くは、恐らく、渡来人が持ち込んだものです。当時奈良の都は、朝鮮半島や中国大陸からのいろいろな文化・文明の影響を受けております。勿論、遣唐使などで大陸に渡航し、日本人が持ち帰ったものもあるでしょう。当時の奈良は、海外から多くのものを手に入れて発展させ、日本独自の土壌になじんだ食材を作っていたのかと思います。

    こういうことからいたしますと、一体、奈良時代にどんな料理を食べていたのでしょうか。このスライドは東大寺に現在でも残っています結解料理(けっけりょうり)という、行事のときに食べる伝統的な料理です。これが現在復元された1つの料理です。見てみますと初献、壱献、弐献、参献と出てきます。これは、ぼた餅であります。これは油揚げで、豆腐を揚げたものです。これはお浸しです。これはそうめんに色んな具材が入ったもの、などなどです。スイーツのようなものもありました。これらはお惣菜の原点で、現在日本全国で食されている伝統的なお惣菜の原点というものは、もうこの時代から既にあったと思います。また、東大寺修二会(お水取り)には、野菜のてんぷらを含めて精進風のお惣菜が提供されています。また、薬師寺の花会式の料理にも高野豆腐や干瓢を使ったものがあります。

    奈良県(奈良盆地、山間部)で昔から食べられています伝統料理は、いつのころか分かりませんが、恐らく100年以上前には定着していたと思います。このスライドは、ある地方の祭りのときのハレの料理です。これはサバです。野菜を含めて干物が多いですね。それから、ぼた餅、お汁(みそ汁)、これは小豆、コンニャク、ごぼう、山菜、干瓢、小芋、切り干し大根、高野豆腐などの煮ものです。また、茶がゆなどいろいろな飯物が出てきます。奈良には茶飯が昔からあって、クルミ、大豆などを入れたもの、いろいろなもの。あるいは、奈良では昔から炊き込みご飯を色ご飯といいまして、ごぼう、にんじん、油揚げなどをご飯の具にするという習慣があります。日常的には、「つり大根」と申しまして、ダイコン1本その干して切り干し大根のように切って高野豆腐と炊く。あるいは干瓢と小芋と組み合せるなど精進風の煮物がありました。私はこのような煮物が大好きで、子供のころから慣れ親しんでいる故郷の味、おふくろの味です。

    次に、“出汁(だし)”についてですが、私の知る限り、奈良県のほとんどの出汁は煮干しから取っていたと思います。昆布とかつお節でだしを取るということはまずなくて、かつお節は非常に貴重品で、むしろおかずであったという時代がありました。私の子供の頃はそうです。

    以上の述べましたことからいたしますと、先ほどの東大寺の料理で示しましたように、奈良時代の昔から調理されていましたお惣菜の原点になるようなものは、奈良に既に昔からあったのではないかというふうに考えています。

    奈良盆地は昔から大変農業が盛んなところでありまして、弥生時代の大規模な環濠集落である唐古遺跡は奈良盆地にあり、農業が盛んであったことを示す多数の農機具が出土しています。このように、大昔から奈良盆地は農業が盛んであったことが判ります。

    時代が進んで、明治時代の初期に、奈良盆地の米づくりが日本で1位になったことがあります。それは一反当たりの収穫量でありますが、このように昔から奈良盆地を中心に奈良の地域は農業が大変盛んで、そして、いろいろな技術革新をして、大規模でなく技術水準の高い集約農業が盛んであったのです。

    最近の全国的な傾向で、奈良県も京野菜に負けじというわけではないと思いますが、大和野菜の良さを見直そうと県民にアピールしています。皆さんのお配りいたしましたパンフレットには、県が認証する“大和の伝統野菜”が紹介されています。これらの野菜は、全国ブランドにしようとの取り組みではなく、もともと昔から奈良のある地域で、美味しいという理由でずっと栽培され続けられてきた野菜です。地場野菜を大切にすることによって、先ほど熊倉先生のお話にありましたように、日本料理を残す1つのきっかけになればと思っています。

    このうちの幾つか紹介いたします。珍しいもので“宇陀金ごぼう”があります。宇陀地方で採れるごぼうで、金ごぼうというのは、そこの土壌に雲母が混じっていてキラキラ光るので金ごぼうと呼んでいます。少し太めの柔らかい大変美味しいごぼうです。

    これは“ひもとうがらし”。これも奈良のある地域固有のとうがらしで、最近、辛み成分の中に健康にいいというのが見つかって、健康をキャッチフレーズにしようとしているものです。

    最後にもう一つ紹介したいのが“大和まな”です。これは小松菜、京都の壬生菜と同じ仲間の野菜です。これは古事記の時代の昔からあったと言われる大和のまぼろしの野菜です。これまで、個々の農家で栽培されていたのですが、雑種になって品質が揃わず成長が遅いもの、黄色くなるなどの欠点があり、栽培が衰退傾向にありました。しかし、これを何とか復元しようと、大学、種苗会社、県の農業総合センターが一体となって、遺伝子解析等をして新種のF1ハイブリット種子を作ることに成功。品質の良い大和まなが栽培することが可能になりました。癖がなくて柔らかくて美味しい野菜です。これを何とか、全国展開をしようと動きも始まっています。F1ハイブリットの大和まなは、地域の人々の理解があって、地域の食堂やレストランなどの料理に使われています。これは、スペイン風フランス料理のレストランの一品です。和風のお惣菜だけでなく、欧風料理対しても癖がなくて使いやすいと好評を得ています。これは、私たちの奈良の食文化会が考えた料理で、吉野地方の山林を荒らしている鹿を利用した、ジビエ鹿肉と大和まなのすき焼です。

    ほかに奈良の果物といえば皆さんご存知のように、柿、イチゴがあります。柿は昔から栽培されていていますが、品種改良も活発に行っています。これは戦後、天理の刃根さんが見つけた、刀根早生(とねわせ)という平核無柿(ひらたねなしがき)の枝変わり(突然変異)として発見された早生の柿で、柿農家の経営安定に寄与しています。これから作ったあんぽ柿(干し柿)も美味しい。それから県の農業総合センターでは、以前に開発したイチゴ、“あすかルビー”は大変有名ですが、最近、古都華(ことか)という新しいイチゴも開発され、大変人気があります。また、奈良盆地は昔から大和スイカの名産地でしたが、最近ではほとんど栽培されていません。しかし。現在、日本各地で栽培されているスイカの80%は、奈良盆地で採取された大和スイカの種苗です。

    地域の食べ物を見てみますと、半夏生(はげっしょう)、いもぼた、これらは地域で今も食されています。また、茶飯、のっぺい汁、これらは全国であります。特に茶飯は江戸時代川崎で大変有名になったものでありますが、これらの原点は奈良にあったと思われます。このように、日本各地にあるお惣菜の多くは、もともと奈良に都で生まれたものが原点となって全国に広がったと思われます。

    奈良県の行政の取り組みについてです。新しいセンターを設置して、県内の農産物を使った料理教室などを開いて、地域に特化した食育活動を行おうとする動きもあります。注目したいと思っております。

    最後に、私たちの「奈良の食文化研究会」の取り組みを紹介します。『奈良新聞』に「出会い大和の味」というものを連載して奈良の伝統料理を紹介いたしました。これをまとめて、冊子にいたしました。『出会い大和の味』(奈良の食文化研究会・著、奈良新聞発行、2007年)です。現在では、昔のものだけでなく、新しい食生活にも注目して、新シリーズ「新・大和の食模様」を連載しています。

    以上のことから、日本の食の原点は、奈良にあると考えております。以上です。

    〇司会

    的場先生、ありがとうございました。的場先生にもこの後のパネルディスカッションにご出席いただきたいと思います。

    続きまして、株式会社菊乃井代表取締役、日本料理アカデミー理事長の村田吉弘様より、「日本料理を正しく世界へ発信する」と題しましての事例発表を行っていただきます。村田様は京都・祇園の老舗料亭菊乃井のご主人でいらっしゃいます。シンガポールエアラインの機内食や、医療機関や学校への食育に関する講師活動を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動を行っていらっしゃいます。ご自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」取り組みを続けていらっしゃいます。

    それでは、村田様、お願いいたします。

    〇村田氏

    どうも皆さん、こんにちは。こういうふうな場所に来はるのもいいんですけれども、京都まで来て、菊乃井に来はるのが一番よう分かります。熊倉先生、的場先生、お二方とも日本料理アカデミーの理事の先生方でございます。日本料理アカデミーはいろいろな事業をやっておりますけれども、世界へ日本料理を正しく発信するという世界的なこともやっておりますし、次世代の子どもたちにちゃんと日本料理を伝えるというような仕事もしております。

    これは、学校で食育をやっているところでございます。京都市と一緒にやっております。今まで食育指導員制度という制度を作りまして、僕らだけでは180校、京都市内の全部の小学校を回れませんので、手を挙げていただきまして、本来はアカデミーとしましては、食育というのは、その家庭のお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんがするものやと。そやから、その学区内でその子供を育てないとだめ。学区の中で手を挙げてくださいと言うて、食育指導員というのを、昔の体育指導員みたいものを京都市では作っています。それをカリュキュラムに落とし込む。それから教育要項を作ると。京都市内全域に食育を隅々まで行うということをやっております。

    教育の目的は、いろいろでしょうけれども、そんなにたくさんいろいろ出来ませんので、京都の場合は、京都の第一次産業のものがいかに美味しいか子供らに知らせる。それと、和出汁のおいしさを子供らに知らせる。ということを中心にやっております。

    京都府にはアカデミーから嘆願書、意見書、しょっちゅう出しますので、嘆願書の1つの中に無形文化遺産登録があったわけで、それと並行して京都に無形文化財、人間国宝ですね。京都府無形文化財を、それから日本料理を文化として認めてほしいというのやったら、国内でも何とかそれを文化として。僕ら、まだ風営法の中に入っているんですわ。そやから、講習受けるのもキャバクラの経営者らと一緒に受けるんですよ。国はまだ食を文化として認めていない。それやのに文化遺産登録するというのはおかしいやないかということから、京都市でも文化遺産にしてくれと。京都府ですね。それで、熊倉先生も僕も何回でも研究会に呼び出されまして、いろいろなことを聞かれまして、やっと一人目、瓢亭の14代高橋英一さんが、初めて府の無形文化財になられました。本人はあんまり喜んでないんですけれども、賞状1枚しかくれはらへんから。

    それで、京都市の方は、市民が守りたい文化遺産ということで、市民が守りたい文化遺産というのは、どういうもんやと言いますと、京都やったら地蔵盆ですね。それから、京都のおばんざいもそうですね。そういうものを京都市民が認める文化遺産にしていこうと。京都市ではしていこうという。それから、大阪もなにわ料理、なにわ野菜、立派な食の文化の町ですから、これらはやはり次の時代にも残しておく必要がある。

    次は、これは日本料理コンペティションです。日本中を6つのブロックに分けてコンペティションをやっています。それで、急に京料理の何代目というのが出てきて、花道で見得を切るようなことをしたら、誰も後が、自分らは御曹司と違うからあかんわという話になるでしょう。そやから、日本中を6つのブロックに分けて、地区地区で地区予選をやって全部の店を回りました。それで今年は、京都府の命によって国際日本料理コンペティションにせえということなので、世界中に回しましたら、世界中から来たんですけれども、韓国がすごく優秀で12人も資料で通りましたので、韓国予選を10月2日にソウルでやります。というようなことをして、それでこの優勝者は大きく発表されるし、地区地区での地区優勝はもう潰れかけていて、自分1人でこそこそやっていた店が一挙に地域の有名店になるというようなことでございます。そやけど、日本中それぞれに有名店を作っていかないと、日本料理の正常な発展はないというふうに考えております。

    これは、日本料理フェローシップ。写っていますのは、フランスの三ツ星のパスカル・バルボ、これはセバスチャン・ブラス、これも三ツ星ですけれども、彼ら、世界中のトップシェフを呼んで、この今写っていますのは、レネ。隣で男前なのが私です。「ノーマ」という、ワールド・ベスト・レストラン50の中の1位のデンマークの店のシェフです。彼らを呼んで、うまみとは何か、日本料理とはどういう料理なのかということを彼らに。もう一人、この人はアレックス・アタラ、これは南米から来ています。こういう人らに全部日本料理のよさを見てもらいました。京都に1週間滞在してもらって、いろいろなところを見せて、それから、各厨房に入ってもらって、研修もしてもろうて、日本料理のよさを伝える。彼らは、自分らの国へ帰ると非常に影響力のある料理長、料理人ですから、もうみずからの言葉で「うまみ」「うまみ」と言うんです。種も持って帰りよったんで、フランスの三ツ星、今、京野菜だらけ。大変ええことやと思うてるんですけれども。

    それで、海外での普通の日本料理普及活動もこんなふうにしてやっております。フランス、アメリカ、ロシア、ブラジル、タイ、カンボジア。タイ、カンボジア。色黒いでしょう。これカンボジア焼けですねん。カンボジアのプノンペン大学というところで、うちらの理事の伏木先生という先生と、うまみと日本料理についての講義をやってきたということですね。世界中にこうやって広めております。

    これは日本料理ラボラトリー。京大の農科学、脳とちゃいまっせ、農業の「農」です。農科学の方で厨房を作っています。厨房と実験室と会議室を作って、そこで月に2回ぐらいラボやってます。そやから、それをこれは発表している場ですね。こっちのやつはね。学会で発表しています。料理人が学会で出られるというのは、まあ、ありがたい話です。

    それで、このラボラトリーで、アカデミーからも3人、農科学の大学院に行っています。もう料理屋の若主人ですけれども。その文化遺産登録するに当たって、それらの文化の研究者はいるか、それらの文化を維持し継承するシステムがあるかということを問われていますので、熊倉先生を中心に京都府立大学の中に高等教育機関を設立すべく今動いています。もうじきしたら、学部は無理でも日本料理学科というのが出来ると思います。これは、2年制の調理師学校を出てきた子が編入して入ってくるとか、また一から4年制で入ってくるとかいう子らが、大学院を作りますので、研究者となって、いずれ日本料理を牽引していくであろうということでございます。

    それから、そのあれは日本の食文化を無形文化遺産に登録するための活動でありますし、日本料理を学ぶ外国人を対象にした、京都に総合特区を設立しました。これは、2年間給料がもらえて日本料理をアカデミーのメンバーのところで学べるというシステムですね。そやけど、向こうで料理人をやってないといかんですね、だから、日本に2年間観光に行こう言うて来はったらぐあい悪いので、向こうでちゃんと料理人をやっていた、それでまた帰ったら料理人をやるという人を受け入れるように。市長に言うたら、市長は「特区設立、得意なんや」って言うてたんで、「得意なんやったらやって」って言うて、こういうふうに市長と一緒にやりました。

    今、日本料理にはちゃんとした英語の書籍がないので、アカデミーとしましては、日本語、英語、等の5カ国語で作るべきだと思います。フランスにはちゃんとした、エスコフィエという人が集大成しはった本があるんです。それさえやっていれば、どこでもフランス料理が出来るんです。というような本をアカデミーで今作っております。それから、もうちょっと、これは僕がずっとしゃべっていたら先生より長うなるんで、一応活動報告としては、こういうことをアカデミーはやっております。どうもありがとうございます。

    〇司会

    村田様ありがとうございました。村田様にもこの後のパネルディスカッションにご出席いただきたいと思います。

    続きまして、「浪速魚菜の会」代表理事の笹井良隆様に、「なにわに美食あり。大阪の豊かな食文化」と題しましての事例発表を行っていただきます。笹井様は大阪で良質な食材づくりに励む生産者を支援し、大阪ならではの食と食文化を考える団体「浪速魚菜の会」代表でいらっしゃいます。また、大阪食文化専門誌『浮瀬』編集長も務めていらっしゃいます。大阪産(おおさかもん)を使ったさまざまな試食会や勉強会の企画開催や『大阪食文化大全』編さんなどを行っていらっしゃいます。

    それでは、笹井様、よろしくお願いいたします。

    〇笹井氏

    どうもこんにちは、笹井でございます。よろしくお願いします。

    タイトルは、大阪うまいもんありということで、私が決めたわけじゃなく、いただいたお題でございまして、「なにわに美食あり」というのは、もう全国いろいろな方にお会いしますと、「大阪は、やはり美味しいもんがありますよね」と、皆さん、まだ今もおっしゃっていただけるのですが、これは恐らく昭和の初めからずっと続いて戦後30年くらい、40年ぐらいまでの話だったんだろうと思います。今の大阪が果たしてそうなのかどうかということになると、少し疑問は残るのですが。皆さん、今日、一口で私は短い時間の中で大阪の食の全てを語るわけではないので、レジュメを少し用意させていただいて、皆さんに読んでいただきましたら、決して大阪の食というのは、難しいものでも何でもないけど、また非常に多種多彩なものがあるということをその文面から読んでいただけるのではないかなと思います。

    簡単に説明させていただきますと、大阪はほかのエリアと少し違いまして、西に向いて、関東でしたら、東京湾ですぐ外洋につながっていますね。外海です。ところが、大阪は湾を出ましても瀬戸内海につながっております。ですから、おのずと白身の魚とかがたくさんとれて、関東でしたらどうしてもマグロとか赤身の魚になるんですが、そういった部分でやはり食材的なものがまず違っていた。

    あとそれともう一つ、先ほどお二人の先生方がおっしゃられた京都、奈良という文化圏がございますね。そのところに対して、食材を供給してきたという過去の歴史もございます。歴史の好きな方でしたら、纏向遺跡の中からタイとかサバとかというようなことが本には出てきているんですが、これは、間違いなく大阪から運ばれたものだろうというふうに思います。また、こうやって大和川水系を使った食材を運ぶということと、あともう一つは、淀川水系を使って京都に食材を運んでいたという歴史もあります。こんな中で何が出来てきたかというと、市場です。市場が非常に発達したということでございます。皆さん、よくご存じのような三大市場が形成されたということですね。雑喉場の魚市です。米を扱った堂島の米市です。それとあと、天満に青物市場というのが出来ましたね。この三大市場というものが、それぞれ形成され、奈良や京都に食材を送ってきたということです。

    そんな中で大阪人が、やはり商都でございましたので、昔から、今もかなりそうなんですが、9割近くは商人でございまして、そんな中で、私もこれは思っていますのは、やはり大阪は独特な食に関する価値観というものが昔から形成されてきたように思います。これは何かというと、一口にいうと、値打ちのあるものを食べるというのが、これは大阪のポリシーというか、精神だと思いますね。値打ちのあるものを食べるというのは、どういうことかというと、結果的に値段の高いものを買っても全て食べ尽くすことが出来る。そういったものは非常に値打ちがあるわけですね。ところが、幾ら安くても使えないものであれば、これは少しも値打ちがあるとは言えないんですね。こういったものはやはり、非常によく象徴するものとして、例えばサクラダイであったり、要するにたくさん出て、非常に値段が落ちて、一番美味しいときにそれが食べられるというのは、大阪の食の基本に置いていたんじゃないかなと思います。その正反対にあるのは、関東の初ガツオとか、そういったものがあると思いますね。この辺はやはり食に対する価値観の違いだろうというふうに思います。

    そんな中で、大阪は独自の価値観を築いてきたんですけれども、先ほど私が冒頭に申し上げたように、そういったものをどこまで維持出来てきたかというと、私は非常に難しい問題だとは思いますが、1つに戦争があったということが、やはり私は大阪の食が途絶えてしまった大きな理由の1つなのではないかなというふうに思います。その中で、大阪で例えば、それまでの大阪人の料理に対する考え方というのは、何か1つの哲学的なものが形成されてきたように私は感じます。

    昔、古い話になりますが、江戸時代に『貞丈雑記』というような本がございまして、その中で料理に対することが書かれております。料理とは何か。はかり納めるというふうに書いていますね。はかり納めるというのは、これは料理するということじゃなしに、人の心を気持ちまでもはかって納めるんだということが非常に大事なことである。

    あともう一つ、同じこの料理の本を紹介されている方が、大阪に関して、大阪の方なんですけれども、この方は料理というのは、包丁するの義であるということを書いておられます。大阪では特に瀬戸内が、前に湾があったことから、非常に新鮮な魚がたくさん入ってきた。それで、包丁を使って生で食べる。しかも生をそのまま食べないで、昔はしょうゆがありませんでしたから、酢の物、酢をつけて食べるわけですね。これで「なます」という言葉が出来たというふうに言われています。月へんの膾(なます)もあれば、魚へんの鱠(なます)もあるんですけれども。

    こういった中で、料理は庖丁をもってして初めて料理なんだというようなことを言っている方が大阪には随分いらっしゃいます。ところが、先ほど熊倉先生がおっしゃったように家庭で料理をしなくなった。包丁を持たなくなったということは、やはり家庭から料理がなくなっていった1つの理由なんじゃないかなと思います。

    あともう一つ、時間がないのであれですが、大阪料理、先ほど村田さんはなにわ料理とおっしゃいましたが、私たちは大阪料理会というのを作って、大阪料理の料理人ばかり集まって研鑽しているんですが、大阪料理というのは昔からあって、文献にも出てきております。昔の古い本にも大阪料理という書き方をされておるんですが、この大阪料理というのも気質を表わしているものだというふうに私は考えます。

    これは昭和初年なんですが、料理雑誌の中で、京都の辻留の辻嘉一さんと吉兆を作られた湯木貞一さんが対談をされているところのものが載っております。その中で、辻留さんが吉兆さんに対して、「大阪料理とは何ですか」ということを質問されているわけですね。それに対して、湯木貞一さんは「うーん」と言って、「ゲンカイなというのが大阪料理なんや」というふうにおっしゃっておられますね。「ゲンカイな」というのは、今、大阪人でもなかなか知っている人が少ないと思うんですが、牧村史陽という『大阪方言事典』を作られた方なんですが、この方の話だと「ゲンカイな」というのは、要するに荒いということですね、粋なんだけど荒っぽいということです。要するに料理をそんなに飾らないけれども、食べて美味しい、実質本位。パッと見た感じは荒っぽい感じがする。それが大阪料理なんだよということを湯木貞一さんはおっしゃっておられます。私は非常におもしろいなというふうに思います。大阪は商都でありましたので、昔から仕出し屋がたくさんございました。仕出し屋さんから料亭になったところも随分たくさんございます。

    そんな中で、大阪では仕出し屋さん、要するに料理屋さんとお客さん、料理の作り手と食べ手が、1つになって料理を育んできたというのが、大阪の食の文化の根本にあるんだと思います。それがまた、美味しい食の都を作ってきたんだろうというふうに思います。

    私たちの大阪、「浪速魚菜の会」の発起人であります上野修三さんは、いつも私に酒を飲んだときによく言われるのですが、「料理屋というのは芝居やねん。我々のやっていることは要するにお芝居や」っていつもおっしゃるわけですね。これはどういうことかというと、要するに、確かに料理に過剰な演出をしたり、空間を作ったりする。これはお芝居ですね。ところが、このお芝居というのはとても大事なわけですね。私たちは日常の中でちょっと芝居は忘れてしまって、芝居を見ることによって、その形という、心というものは、その芝居から感じとって、それをまた家庭の食の中に生かしてきたということやと私は思います。

    ところが最近は、家庭の食がすっかりなくなってしまって、お芝居ばっかり見に行くようになりまして、テレビでずっとやっていますから。最近は「水戸黄門」も終わりましたけれども。そういう意味で、食が全て料理屋さんの方に移り過ぎているのではないかという、非常に懸念をいたしております。

    そこで、そういったことをもう一度何とか原点に戻そうじゃないかということで、大阪の人は幾つか頑張っている団体がございます。1981年には「日本の伝統食を考える会」というのが、大阪で発足いたしております。これは伝統食、郷土食を見直そうということで、宮本智恵子さんという方が作られた会ですけれども、現在も活動をなさっておられます。

    それから10数年後に上野修三氏が「浪速魚菜の会」の前身になる会を作られました。これがもともとあるのは、食材の見直しからスタートして、そこから料理の見直し、それとあと家庭料理の見直しという形での展開を今行っております。それを民の私たちがやると同時に今、大阪府が進めていますのが、先ほど私が料理屋のところで言いました、大阪を発祥とする割烹であります。これは、正しくはカウンター割烹なんですが、この割烹料理を全国に発信しようことを今、大阪府が進めております。恐らくこの秋ぐらいには本格的にそれが進んでいくだろうと。恐らく松井知事がコメントするときに後ろに割烹のポスターが張られているんじゃないかなと思いますが、そういったものが進めてあるんじゃないかなと思います。この割烹というところの中に、大阪のよさの全てを凝縮しようというような狙いなのではないかと思います。

    もともと割烹ということも、本来は料理ということの意味であったわけでございます。それが進んで、今は広義な意味での料理屋さんであった。家庭の料理もそうですが、いろいろな意味での割烹というものが今、全国に散らばっているのですが、広く今回の取り組みのように、日本の食文化ということを考えたときに、割烹は何々割烹、何々割烹という料亭とか割烹とかいうことではなしに、トータルで日本の食文化を「割烹」と考えてよいと思います。「割」は包丁を使って割く、「烹」は煮るということなんですが、この割烹ということを食文化の基本に据えてやっていこうじゃないというようなことを今、大阪では取り組んでおります。

    時間が来ましたので、まだまだ言いたいことはあるんですけれども、また後ほどお話ししたいと思います。ありがとうございます。

    〇司会

    笹井様、ありがとうございました。笹井様にもこの後のパネルディスカッションにご出席いただきたいと思います。

    ではここで、休憩に入らせていただきます。シンポジウム再開は、午後2時30分からとなりますので、それまでにご着席いただきますよう、お願い申し上げます。また、ここでお帰りになる場合は、アンケート調査票を資料に挟んでございますので、ご協力くださいますようお願いいたします。なお、お手洗いにつきましては、講堂を出られまして左手にございます。それでは、午後2時30分のシンポジウム再開までご休憩をお願いいたします。

    (休憩)

    5.パネルディスカッション

    〇司会

    お待たせいたしました。シンポジウムを再開させていただきます。これよりは、パネルディスカッションとして、「和食文化の魅力」をテーマにディスカッションを行っていただきます。それでは、コーディネーター及びパネリストの皆様をご紹介させていただきます。

    皆様から向かいまして、左側からコーディネーターの熊倉功夫様。パネリストの的場輝佳様。村田吉弘様。笹井良隆様でございます。そして、若い世代として、梅花女子大学食文化学部食文化学科、阪中舞さんにもご参加いただきます。

    それではパネルディスカッションに先立ちまして、全体の概要を私よりご説明させていただきます。

    本日のパネルディスカッションテーマは「和食文化の魅力」です。和食文化を特徴づけるキーワードとして、多様で新鮮な食材と、その持ち味を引き出す工夫、一汁三菜を基本としたバランスよく健康的な食生活があります。さらには美しく盛りつける表現方法や食器の使用などにより、自然の美しさや季節の移ろいを表現し、年中行事にも密接なかかわりがあります。本日は、そんな和食文化の魅力についてディスカッションを行ってまいります。また、先ほどもご紹介いたしましたが、本日のディスカッションには地元の大学生の方にも参加して頂いております。ディスカッションの中では、和食文化を次世代へ継承してもらうために、若い世代から見た意見もお伺いして参ります。

    それでは、ここからの進行はコーディネーターの熊倉功夫先生にお願いしたいと思います。

    それでは、熊倉先生、よろしくお願いいたします。

    〇熊倉氏

    それでは、これからパネルディスカッション、皆さんも既に先ほどから事例報告ということでお聞きになっておられる通り、皆さん、言いたい放題の方ばっかりでございます。どうぞ、これはこの際、忌憚のないご意見がますます出てくると思います。もし、時間が許しましたら、後ほど皆様からもこの際、こういうことは聞いておきたいというようなご質問があれば、また頂戴したいと思います。

    まず最初に、先ほどもお話しいただきましたお三方は別といたしまして、今回から初めて参加していただきました、梅花女子大学の阪中舞さん、いらっしゃいますので、ちょっと自己紹介を兼ねてどんなことをしておられるか、お話しください。

    〇阪中氏

    ただいまご紹介にあずかりました、梅花女子大学食文化学部2回生の阪中舞と申します。このたびは、このような貴重な場に登壇させていただく機会に恵まれまして、大変光栄です。私の所属しております食文化学部は、調理師を取得出来る初めての4年制大学です。技術だけでなく、国内外の食文化について考える授業も数多く開講されているのですが、授業を通して、私も和食文化の奥深さに最近は興味が湧き始めています。

    今日のシンポジウムが、世界に発信出来る和食の魅力について話し合うすてきな機会になればと感じております。とにかく今、とても緊張しておりますが、本日は何とぞよろしくお願いいたします。

    〇熊倉氏

    どうぞ、あまり緊張しないで、楽しんでください。

    まず最初に、先程、それぞれ本当に限られた時間で十分なお話も出来なかった、言いたいことがまだまだたくさんおありだと思うんですが、ちょっと一言ずつ、言い漏らしたことがございましたら伺いたいと思います。

    その前に、的場さん、どうでしょう。さっき、村田さんの方からもお話がありましたが、日本の食文化というものを、今度のユネスコの提案書にも書いたことですけれども、うまみという、日本人独特のこの感覚ですね。また、これは科学的にもそういう味わいがあるということも証明されてきているわけですけれども、その辺の日本食文化におけるうまみについて一言お話しいただけませんか。

    〇的場氏

    そうですね。出汁というのは、日本料理独特のものだと思います。海外には、湯(タン)、フォン、ブイヨンがありますが、これらは動物を、生のままで取ったものですで、非常にしつこく、かつスパイスをきかせた濃厚な風味がして食材と競い合う料理に仕上がります。日本の“出汁”というのは、昆布、かつお節だけではありませんが、植物や動物を一旦乾燥させて、あくや雑味、嫌なにおいを除いて、非常に淡泊な風味に仕上がったものです。塩、しょう油、お酒を少々入れて、それだけで食材を生かした料理になります。このように食材の持ち味を生かして料理に仕上がる出汁は、日本料理にしかないと思います。

    〇村田氏

    日本料理というのは、非常に変わった料理です。世界で見ても非常に奇異な料理。僕らみたいな大型の霊長類は1日30種類ぐらいのものを食べるんです。リンゴだけを食べていると、リンゴという種自体が絶滅するので、そやから、いろいろなものを食べるんですけれども、生まれたての赤ちゃんはお母さんのおっぱいを3カ月間は飲み続けますよね。それで、お母さんのおっぱいの中には、脳の中の快感中枢を刺激して、ドーパミンというホルモンが出てくる物質があるんです。それから、牛乳にはうまみ成分はないんですけれども、お母さんのおっぱいの中には糖質、脂質、うまみ成分、この3つが入っているわけです。

    その中で世界の料理は、みんな油脂を中心に料理を構成しています。唯一世界で1カ国だけ、うまみを中心に料理を構成した、それが日本料理です。それから、出汁というのは、カロリーがゼロです。だしを添加して物をおいしくしていくという技術が日本料理ですね。西洋の料理は1cc、9キロカロリー、油のカロリーですね。だから、油を添加するとカロリーがふえる。フランス料理、イタリア料理の2,500キロカロリーに比べて、日本料理の懐石は1,000キロカロリーという世界が出てくるわけですね。

    〇熊倉氏

    出汁というのは、本当に西洋の、つまり肉のうまみを中心に訓練されてきた舌で、かつお節だとか、昆布のだしというのは、どの程度感動を与えるのですか。

    〇村田氏

    嫌がられます。というのは、彼らは最初に飲んだときに、僕らがタイ料理を食べて、ナンプラーとかニョクマムが使ってあると、美味しいなあと思いますけれども、それが3日も4日も続くと嫌になるでしょう。あれと同じように、非常にスモーキーでフィッシーな感じがずっとあるわけです。そやから、グルタミン酸とイノシン酸を相乗させれば、カロリーはゼロでだしが出来るわけです。フォンとか湯(タン)とかいいますのは、ゼラチン質と油脂分が入っているから非常に高いカロリーがあるので、あれは出汁と違うと僕らは言うわけですね。

    〇熊倉氏

    出汁というのは、ものすごい文化だと思うんです。結局、本体を捨てて本当のうまみだけを抽出するわけですよね。だから、「出汁にされた」というもの言いがあるわけで、要するにいいところだけとられちゃう。でも、そこまで食文化を高めたという日本人のうまみに対する執着といいますか。

    〇村田氏

    そうですね。世界では、まだうまみというのがはっきり認知されていなくて、この10年ぐらいの間に世界中、世界用語になりましたね、「うまみ」という言葉自体が。それから、僕らはずっとうまみというのをちゃんと理解させないと日本料理が広がりませんので、うまみを広げる活動をずっとしてきましたけれども、グルタミン酸であり、イノシン酸であり、グアニール酸であり、コハク酸でありというのは、あるもんですから、概念ではないんです。2002年に舌の中にうまみの受容体が発見されましたから、受容体があって、物があるということは、これは第5番目の味であるということが立証されたわけですね。

    〇熊倉氏

    こういう従来の味は、甘い、苦い、酸っぱい、それから塩辛い。この4つの味で、唐辛子のピリ辛は痛点で感じますので、あれは味ではないんですね。そうすると、4つの味に対しまして、第5の味に日本人がもう何百年も前から気がついて、それを追求してきた。結果として、うま味の元がグルタミン酸であることをつきとめ、その第5の味を酵素を使って大量生産した日本人の食に対する、うまみに対する執念というものが世界を席巻する文化になったわけですけれども、このごろ聞いていると、ヨーロッパでは、鹿節というのがあるそうですね。鹿の肉でかつお節みたいなのを作る。

    〇村田氏

    先ほど出ていました、デンマークのノーマというところのレネ、日本でスタジエしていましたけれども、レッドベニスンですから、トナカイですね。トナカイの足で節を作って、デンマーク大学と一緒にデンマークの海でグルタミン酸が抽出出来るものを選んで、昆布と同じように乾燥して、その2つからだしを引いていますね。

    〇熊倉氏

    やはり、けもの臭いんですか。

    〇村田氏

    いや、僕らにしてみるとカツオとはちょっと違う臭いがしますけれども、彼らはそれの方が慣れているから、多分美味しいんでしょうね。

    〇熊倉氏

    なるほどね。今ちょっとうまみの方へ入り込み過ぎちゃいましたけれども、日本も鹿がたくさん余っていて、今、鹿の害が盛んに問題になっていますから、鹿節を作って、将来外国へ輸出したらいいんじゃないかというふうにも思いますけれども。

    〇村田氏

    別にカツオで節を作らなあかんということはないわけですから、要は、イノシン酸を抽出出来ればいいということですから、獣類でも魚でも何でもいいんです。

    〇熊倉氏

    さっき、笹井さん、大阪はじゃこだというお話がありましたね。

    〇笹井氏

    大阪は、古くからかつお節にしても、昆布にしても、問屋が形成されたところなんですが、これは大阪に限ってですよ、ちょっとしようもない話を言って時間がもったいないかも分かりませんが、大阪の人はうまみに対する捉え方が、私は独特だと思うんですよ。これは捉え方の問題だと思います。大阪に昭和の初年に実はおもしろい牧師の方がおられまして、この方が説教のときにどう言ったかというと、「皆さん、どうしてうどんを食べるときに唐辛子を入れるんですか」と、こう問いかけるわけですね。確かに言われてみたら、きつねうどんとか、うどんを食べるときに唐辛子を私らぱらぱらと振るんですけれども、あれは唐辛子の辛みの中にうまみを確認しているんだと。唐辛子があればこそ、人はうまみを感じることが出来ると、こういうふうにおっしゃるわけです。確かにそうやなと私は思います。そうでなければ、例えば先ほど出た五味の話がありますね。5つの味があるんですが、子供にしてみても、もともと苦い味とか、酸っぱい味なんて必要ないわけですね。けれども、それがなければ、うまみを感じられないという。やはり私は、それはうまみに対する捉え方に問題があるのではないかというふうに思いますね。

    〇熊倉氏

    ありがとうございました。本当に地域によってうまみというものは、それぞれ独特の、また風土性といいますか、そういうものがあって、それをトータルに今、次の世代に伝えていかなければいけないとも思うんです。

    そういう中で、地域の特色といいますか、大阪は昔からやはり食の都であった。今、お隣の京料理にお株を奪われていますけれども、京都というところは、そもそも食はあんまり得意なところではなくて、食い倒れといえば、大阪か江戸の話で、京都は着倒れで、あまりろくな食が足らなかったはずのところが、今や日本一になっちゃって、ちょっと大阪は負けてて悔しいんじゃありませんか。

    〇笹井氏

    ちょっと調べましたら、3年ぐらい前の総務省の統計なんですけれども、日本料理店がどれだけあるかということですけれども、今、東京で8,200軒ぐらいですね。次にどこが多いかというと、これは大阪なんですね。3,065軒ぐらいあって、次はどこやって京都なんですね。1,200軒ぐらい。ちなみに奈良は300軒ぐらいなんですけれども、意外に、実は日本料理店やから京都の方が多いんじゃないのって思うかも分からないですけれども、そうではなしに日本料理店が大阪にこれだけあるというのは、やはりそれだけ頑張っている。先ほど申しました、割烹を含めた料理店というのはまだまだ私は健在であるというふうに、そう思いたいですが。

    〇熊倉氏

    いや、さっきちょっとご紹介になったけれども、吉兆を創られた湯木さんが、大阪の料理について、荒っぽいという。何という言葉でしたっけ。

    〇笹井氏

    ゲンカイ。

    〇熊倉氏

    ゲンカイ。要するに、我々、湯木さんの対談か何かを読んでいると、ざっくりしているというようなことを言っておられました。要するに、そういう少し荒々しいような、ざっくりした味わいというものが大阪風で、京都はやはり繊細で京都に負けるんだ。そこら辺が実に京都は上手だということを湯木さんがおっしゃって、そこから学んで、新しい日本料理を作ろうとしたのかなと思うんですが、やはり大阪は大阪のそのよさを今も持っておられる。

    〇笹井氏

    大阪はやはり、食い味というのは今、大阪の1つのキーワードとしてあるんじゃないかなと思いますね。これはやはりおいしさ本位で、どなたが食べてもというよりも、より多くの人が美味しいと思う味を作っていこうという、これは大阪ならではの考え方やと思うんですけれども、今どちらかというと、これは京都にお株をとられると。違いますか。

    〇村田氏

    大阪の料理の方が分かりやすいです。京都の料理は分かりにくいんです。京都の料理が求めているものは、残心のおいしさ。残心って、心が残る。それから、いっぱいいっぱい味つけんと、ちょっと手前に控えといて、3日ほどたってから、あれうまかったなという味がいい。

    〇熊倉氏

    余情残心ですね。

    〇村田氏

    そうそう。それから、僕らは、うちの先代には、「お前の料理はあかん」って。「うま過ぎてあかん。残心が全くない」って、よう言われたんですけれども、食べてすぐ美味しい方がええがなという。それから、僕の料理はどちらかというと大阪の料理に近いんやと。

    〇熊倉氏

    なるほど。まあ、また伝統を生かしながら、しかし、料理を日々新しく、今日の味を作っていかなきゃいかんと。ここら辺が今、食にかかわる、みんな悩みだと思うんですけれども。今日は、的場さんの方から非常に古い奈良時代から続く、奈良の料理というものが日本料理の原点ではないか、こういう話もありました。問題は、次の世代にどうつないでいくかということですね。その辺、斬新なご意見を一つ。

    〇的場氏

    非常に難しい問題です。現実にどう実現出来ているかは差し置いて、やはり子供に伝えること、家族に伝えること、子供を通して家族に伝えること。特に、家族にどう伝えるかということがキーワードだと思います。先程のスライドで十分に申せませんでしたが、奈良県が新しい交流広場を作って、そこで農家の人と料理人さんと交流して、さらに県民も交流することが出来る機会を設定する方法が1つの切り口です。そこに子供、家族が入ってくれば素晴らしいことになると思います。奈良県では京都のように組織的な食育活動が、小学校などで実現出来ていませんが、学校での活動を含めて、農家、料理人、子供、家族が一体となったものにすることが重要かと思います。特に、家族、家庭に切り込みたいですね。

    〇熊倉氏

    家族が一つのキーワードですね。こういうふうな、お年の方のいろいろご意見がありましたけれども、そこで若い世代、舞さん、どうですか。こんなおじいさんたちの言うことは聞いてられんというようなところがあったら、一つお話をしてください。

    〇阪中氏

    やはり、和食を通じて家族が団結することで、食卓の個食なども防ぐことが出来ますし、いいことだと思います。ただ、家庭で出来る和食の勉強って、やはり限られていると思うんですよ。そこで、私は、学校給食を最大限に生かして、授業参観とかあるじゃないですか、その授業参観で食育の授業、先ほど村田さんが京都の学校でやっていらっしゃるみたいな感じで、それを全国に羽ばたいて実施したら、もっといいかなと思っております。

    〇村田氏

    そう思ってやってる。

    〇阪中氏

    はい。

    〇熊倉氏

    なかなか羽ばたかない。今のお話は確かにその通りで。どうですか、舞さんのご自身のことは言いにくいかもしれないけれども、あなたの周辺のお友達だとか、何か見ていて、家庭での食というのは今、どんなことになっていますか。

    〇阪中氏

    やはり、友人の話を聞きますと、両親が共働きなので、やはりみんなばらばらに食事をとるという話をよく聞きます。

    〇熊倉氏

    やはりなかなか時間が合わない。

    〇阪中氏

    そうですね。やはり習い事に行っている友人とか多いので、そこに親が働いたりとかしていたら、両親は仕事場で食べたりしていて、友人自身は、習い事の前に自分1人だけで弁当を食べるという形がもう出来上がってしまっているので、ここを根本的に変えないと。

    〇熊倉氏

    なかなか難しい。

    〇阪中氏

    難しいですね。

    〇熊倉氏

    もう一つ、僕の方から質問なんですが、あなた方の世代から見て、一汁三菜と言われるような、ご飯とみそ汁とお漬物があって、そして、お菜が3つか4つあってという、そういう食に対する魅力というのは、どうなんですかね、正直なところ。

    〇阪中氏

    洋食とは違って、和食の方が一汁三菜なので、バラエティーがあるじゃないですか。やはり洋食だと、洋食に近い食べ物だと、白ご飯が余るというか。和食だと、いろいろなバラエティーのおかずがあるので、ご飯が進むといいますか、それが魅力だなというふうには。

    〇熊倉氏

    ということは、中身が洋食になってもご飯にはこだわりたいと。

    〇阪中氏

    はい、やはり日本人はお米だと。

    〇熊倉氏

    今日は何かここで結論が出ちゃったような、そういう感じでございますけれども。どうですか、お三方、今の舞さんのお話に対して。

    〇村田氏

    京都では、給食を5回のうち4回をご飯にしているんです。今度、また市長に言うて、給食の特区を作れというように言うてるわけですけれども。それは、別にあまり法律的には決まってないんですけれども、地産地消で京都のおばんざいと、牛乳をご飯のときに飲ますのはやめとけと。牛乳は200ccではカロリーが多過ぎて、あとのおかずが作れんようになるので、牛乳は100ccにして、2時間目と3時間目の間に飲ますようにしてくれと。というように、子供やらに地産地消で、それにはやはり管理栄養士のおばちゃんやらの問題があるかもしれんね。今日もぎょうさん来てはるでしょう。

    〇熊倉氏

    考えて発言してください。

    〇村田氏

    だから、そこら辺を京都だけでもまずは変えていきたい。京都のおばんざいを京都の子供やらが食べ出す。うちでもこんなん作ってというと、そやから、今まで、延べ、回ってますのは、人数にして6,706人。その中で、僕が行ってアンケートとった中で、一番はハンバーグ、2位はカレー、3位はスパゲティーなんですよ。1つも日本の食べ物出てこへんですよ。子供やらに「君ら、日本の食べ物で好きなのないのん」って聞いたら、「先生、ハンバーグは日本の食べ物と違うんか」と。「洋食やん、それは」と言うたら、「洋食って何。そんなん知らん」って言います。子供やらは、洋食か日本料理かが、和食かが分からへんのです。これはえらいことになっているぞというのは、実感しますよ。「肉じゃがとか食べへんの」って言うたら、「そんなの食べへん。どんなん」って言うから、「じゃがいもと肉とタマネギが炊いてあんねや」と言うたら、「先生、それシチューって言うんやで」って。それが小学校の現実なんです。

    〇熊倉氏

    給食の問題というのは、大変大きな問題で、大いにこれから考えていかなきゃいけない大切なポイントだと思うんです。つまり、子供たちが最初に食というものに家庭で触れるわけでありますが、家庭でなかなか今やカバー出来ない部分が出来ている。それを週に5日間、学校で食べるわけですから、その5日間の食事の内容を向上させることで、日本の食文化というものをつなぐ、非常に大事なツールが出来ると。こういうお話だと思うんです。

    もう一つ、私はやはり、給食の問題は、時間というのが大きいんじゃないかという気がするんですね。日本人はとにかく食べるのが早いんです。もう、私なんかでも、どちらかというと早いかもしれません。でも、サラリーマンなんていうのは、もっと早いですね。この間、ある記者クラブで話をすることがありまして、昼食会があって、その後、私がしゃべることになっていたんですが、食べ始めたと思ったら、みんな終わっちゃっているんですよね。「新聞記者というのは、ゆっくり食べている暇はないんだ」って、こう言われるわけです。そういう意味でいいますと、日本人の食事にかける時間というのは、世界的に見てものすごく短い。それを助長しているようなところが給食にあるわけですね。給食は準備から後片づけまで全部ひっくるめて45分。そうすると、実質食べる時間は15分ぐらいなんですね。15分で食べるということになったら、味わいをどうのこうのとか、中身について説明を聞きながら食べるとか、そんなことはしていられない。

    せっかくの食の場面が食育になっていないという、そういう面があるんじゃないかという気もしますが、どうでしょうね。的場さん、どうですか。

    〇的場氏

    そうだと思います。子供たちに聞くと、その通りでして、遊ぶ時間が十分でない。早いこと食べて、グラウンドで遊ばんならん、場所を取ってあるのに。というようなことで、ゆとりが無いというか、家庭内も含めて、そのようですね。忙し過ぎるのが普通のライフスタイルなのでしょうか。日曜日は、家族が順番に料理を作るという習慣を含めて、ライフスタイルに対して考え方を変えるようにしないといけないと思います。料理を楽しむという習慣が、少しずつでも身に着いていけばと思います。

    〇熊倉氏

    いろいろまだご意見があろうかと思います。こういうお話がいろいろと出てきますと、会場の皆様の中には、黙ってられないと、聞いてられないという方もいらっしゃるんじゃないかと思うので、ちょっと会場の皆さんの中から、ご意見があったら。どうぞ。

    〇来場者

    子供たちへどうやって食べさせていくかとか、していくかというご意見が非常に多いと思いますが、我々古い人間から言いますと、昔の麦飯にしょうゆをかけて食べていく、あの味です。ああいう味が忘れられてはいけないと思うんです。私は福祉の関係のボランティアをやらせていただいているんですが、いわゆるお年寄りですね。お年寄りって怒られますが、私も含めてですが、そういう方たちの食というのが、ものすごく貧しくなっているというふうに感じます。特に施設に行きますと、さっきの給食じゃありませんけれども、給食と同じような作り方で、同じような流れになっている。ですから、若い方たちも大いに結構なんですが、やはりお年寄りといいますか、いわゆるこれから孫たちに伝えていく食というのをもっと考えないといけないような、私は気がしているんですが、いかがなものでしょうか。先生方に教えていただきたいなと思って、手を挙げた次第です。

    〇的場氏

    これは京都での取組で、私は日本料理アカデミーのメンバーでもありますので、アカデミーの活動としてやっていることが1つあります。高齢者向けの美味しい嚥下食・流動食を作ろうとするプログラムです。料理人、管理栄養士、医師がコラボして進めています。高齢者から大きな反響があります。だから、高齢者の食も考えていかんと思います。高齢者は和食が大好きです。例えば、将来料亭の献立にも嚥下食も入ってくる。そのとき、じいちゃん・ばあちゃん、お父さん・お母さん、子どもたち、孫も一緒になって、美味しい料理を楽しむ空間が出来たらいいのにと思っています。別にそれは料亭でなくてもいいかもしれませんが、家族幾世代が一体となって、子供からじいちゃん、ばあちゃんまで楽しめる空間が出来るというのは、素晴らしいことと思います。

    〇熊倉氏

    次に世代につなぐんじゃなくて、前の世代につなぐ話が、やはり大事なことかもしれません。今おっしゃったことは、実は、私の友人で韓国の老人施設の食文化を研究した人がおりまして、彼女の研究によりますと、韓国の老人ホームで食がどう行われているかというと、確かに給食といいますか、施設で作る食事があるんですが、そこにそれぞれ自分のお菜を1つ持ち込んでくるというんですね。子供のころから食べている、そういうお菜をプラスして食べる。そうすると、それをまたみんなで分け合って食べると、実に食事が楽しくて、食事の時間が盛り上がると。そういう報告をしておりました。

    ですから、日本のホームもみんな自分でそれぞれ好きな、塩分が多くてもいいじゃないかというぐらいのものを持ち込んで、それぞれ楽しく食べるということの方がいいんじゃないかという、そんな気もいたしますね。

    ほかにご意見。お年の方も賛成でしょうが、若い方に、特にひとつお願いしたい。

    〇来場者

    マツダと申します。この間から食育の方の研究をずっとしていまして、今、料理人で菊乃井さんのある赤坂のそばでお店をやっているんですけれども、ちょっと最近、私の周りで子供を持っていらっしゃる女性の方と話をすることがあって、今の若い世代の方というのは、家でおみそ汁とかを食べないし、ご飯を食べない人が非常に多いと。子供を育てていると核家族が多いので、出来るだけ早く手をかけないで食べ物を作るということをすると、いわゆる一汁三菜と言われても分からないんですね。なので、和食、一汁三菜といっても何ですかと。それこそ、主菜って何ということになるわけですよね。根本的な日本の食文化の意識がまずないんです。

    それに加えて、今うまみというお話がありましたが、そのうまみは本来、おだし、ちゃんとしたかつお節、昆布から、シイタケだったりとか、じゃこ、お魚からとったりするんですけれども、それをやったことがない人で、結局出来合いのおみその中にだしのうまみ成分が入ったものを使ったりとか、スティック状になった細粒のものをしゃーっと入れて、おみそ汁といって出すわけですよね。うまみの味の味覚が、本来の日本料理のおだしの味ではなくて、ケミカルなものを美味しいうま味だと思っている方が非常に多いと思うんですね。結局、自分でだしをとるとり方を知らない。子供たちというのは、給食がありますから、そこで食文化の何たるかというのは勉強出来ると思うんですけれども、結局、家に帰ってもお母さんが作れないから、「お母さん、こんなことやってきたよ。こんなの作って」と言っても、どうやって作るんだろうかって、こうなるわけですよね。

    そうすると、和食の文化の魅力を発信して、世界に登録しようってなっても、他人事なわけですよ。いわゆる、そこのお母さん世代の、今ぽこっと抜けてしまっている日本のおみそ汁とご飯とおかずという、その一汁三菜という食文化というところから既に離れてしまっている人たちに対してどういうふうに、食育も含めてなんですけれども、和食の文化の魅力というのを発信していったらいいのかというのを、ちょっとそのあたりのところをお伺いしたいと思います。

    〇熊倉氏

    いよいよ核心に迫ってきましたけれども、つまり、子供たちもさることながら、そのお母さんたちの世代に和食の魅力というものをどういうふうに伝えていくのかということですね。大阪発で何かご意見ございますか。

    〇笹井氏

    その出汁もそうなんですが、これは持論でございますので、ちょっと気になる方は聞き流していただきたいのですが、和食というのは、究極の手抜き食やと私は考えています。だしも非常に簡単にとれる。昆布も沸騰したところに放り込めばいいと思います。75度でないとだめだとか決めたのは、あれは、戦後テレビが普及したときに、料理屋さんが自分のところの値段に価値を持たせるために言っているだけの話で、しかも、それで悪くなるような昆布というのは、よっぽど物が悪い昆布であると私は思うので。昆布も大阪であれば、真昆布を使いますし、京都なら利尻ですけれども、真昆布であればものの10分、15分もあれば十分だしが出ます。しかも、そこにほっておけばその後だしも出続けますから、だしをとるということが、いかにも難しいことのように言ってきた、これは日本の料理会が反省しなければならない点やと私は思っております。

    〇村田氏

    料理屋と違うて、料理研究家のおばちゃんやらが日本料理を難しくしたんやと思います。元々ちょっとの水にだしじゃこを入れて、薄口しょうゆと塩を入れて、揚げと菜っ葉入れたら、それでだしじゃこから出てくるイノシン酸とそのお菜が持っているグルタミン酸で京の炊いたんが出来るわけです。

    そやから、京都の昔の一汁一菜というのは、ものすごく選択肢も何もないときに、どうやって美味しいものをちゃんと食べるかということであったわけですから、難しくないんですけれども、それを難しいように思う。それよりは、よっぽどグラタン作る方が難しいと思うんやけどね。そやから、これはやはり僕は、戦後のGHQの政策に乗ってしもうたんやなというふうに思うてます。日本人の体の小さいのは、やはり滋養が足らんからやと。西洋の料理をまねせないかんと。NHKから何から何までハイカラなんは西洋の料理で、西洋の料理がええねやというふうに言うてしまいましたでしょう。今、世界中であんな四角い、真四角なパンに、トーストして、バター塗って、コーヒー飲みながらあんなの食べてんの、日本しかいまへんで。他はあんなんどこにもない。それをやることがハイカラやみたいに思うたわけです。ちょっとこの前までルイ・ヴィトンの旅行用のかばんを持って歩いてたでしょう。あれと同じなんです。

    そやから、ちゃんと正確な位置で正確にものを見られるように、もう一遍自分らの立ち位置を確認させないかんという作業こそが必要なんやというふうに思うんですけれども、これは団塊の世代の僕らの責任ですね。僕らが働き過ぎたから、その後の子供やらに何の手も加えてないんです。何にも教えてないから、そのしっぺ返しが今ごろ来たんですね。

    〇熊倉氏

    まさにそのために今、ユネスコに登録しようとこういうことになってきているわけです。

    〇村田氏

    そのためにユネスコに登録して、もう一遍再確認してもらう。一回和食って何やろというのをみんなで考えたら、民族的な方へ戻っていくやろなというふうには思うてます。

    〇熊倉氏

    的場さん、どうですか。

    〇的場氏

    今は何でも買える時代かもしれませんが、いずれ、日本でとれるものを中心に食生活を考えならん時代が来るはずですから、どこでそれを伝えていくということですけれども、やはり小学校かな。学校給食を通してかな。どこかで継続的にいろいろな方法で、もうあきらめんと、あきらめんと伝えていくという気持ちを持っていくためには、小学校からが便利かなと思います。

    〇熊倉氏

    先程のご質問は、なかなかお答えになっていないと思います。これは、お答え出来ないところがあって、つまり、今のお母さんたち、お父さんたちは時間が一番大事なんですね。ですから、食事をのんびり作っている時間があるなら、もっと使いたいものがたくさんある。なるべく手早く済ませて、いろいろなことをやりたい。いろいろなことをやるということは、とても大事なことなんですね。ですから、確かにそのために時間を取られたくないという気持ちも分からないではないと思うんですけれども、そうすると、食という人間にとって一番根幹になる部分が、実は疎かになってしまう。だから、我々が何のために時間を使う。そのことが自分にとってどういう意味があるかという、ほとんど哲学的な問題になってくると思うんですね。つまり、人間として何が一番大事なことかという、そういう問題になってくるかと思います。ですから、そういうことについて考える機会、時間、ゆとりというものがこれから必要なんでしょうけれども、そういうことを差し当たって、突破口として、逆にお母さんたちはあきらめて子供からとりかかろうというようなところが、ちょっと食育の考え方にはあるんじゃないかという気がいたしますね。

    〇来場者

    それはむずかしいと思います。

    〇村田氏

    結局、日常ではお母さんがご飯作るんやから無理やという。

    〇的場氏

    だから父兄や家族にも、授業参観をさせて、子供たちへの食育授業が家庭にフィードバックを出来ればいいと思っています。それはもう無理でしょうか。

    〇来場者

    多分、限界がある。要は、今食べているものが、逆に危ないんだよというところを。便利さをとることによって、結局その便利の裏側に添加物の問題とかがいっぱい食の中にはあるわけですよ。子供の成人病の問題だったりとか、そういったことを言わずして、ただ、「日本食がいいんですよ」とかということを言ったところで、多分、危機感がない。自分たちが食べているもの、そんなのは他人事、でも、自分たちは好きなものを食べるし、時間を重視して、便利なものを食べますよと。でも、そうじゃなくて、食を実際に発信して、なぜ和食がいいのか、今の日本の国の食の現状というのはどういうものなのか。TPP問題とかいろいろありますけれども、結局、今の食生活って添加物だらけなわけですよね。地方に行けば自分たちでお野菜を作っていらしたりとか、ご家庭でやはりおじいさん、おばあさんがいらして、ちゃんとした日本の食生活をとって食べるという習慣がありますけれども、特に都会に行けば行くほど、便利さを求め、時間に追われ、コンビニを利用して、サンドイッチ1個買っても30種類ぐらいの添加物が入っているわけですよね。その事実を知らない人たちが非常に多いから、その選択肢がないわけですよね。

    〇熊倉氏

    分かります。今、おっしゃっていること。つまり、安心・安全という問題ですね。ですから、いろいろな切り口があると思うんですね。ですから、いろいろな切り口を使いながら、給食を通して子供たちに食育という問題を身につけさせるというのも1つの切り口です。お母さん方になるべくそういう和食というものの本質をもう一度気が付くような、そういうチャンスを作るということも1つの切り口でしょうし、安全・安心ということで脅しをかけるというのも切り口の1つでしょう。いろいろなやり方があるのですが、そういうことをこれから総合的に取り組んでいこうというのが、今、この和食会議の目的であり、このユネスコ登録をきっかけに日本人がもう一度そこに気がついていきたいと、こういうことかと思うんですね。

    そろそろ時間が迫ってまいりましたけれども、もう一方か。どうぞ、そちらの方。

    〇来場者

    ナカツカと申します。質問というか、お願いといいますか。私は仕事で加工食品関係の分野でおりますので、今の添加物とかいろいろ言われると、ちょっと反論もしたいんですけれども、それはちょっと置いておいて。

    オリンピックとかということで、オールジャパンとかという形で進んで、今度オリンピックを誘致されたんですけれども、加工食品の関係でいくと、加工食品を1つ作るのに、今はちょっとましになりましたけれども、農水省、厚生労働省、それから食品安全委員会も関係するかな。それから、公正取引委員会、それから経済産業省で計量法というので、いわゆる5省庁から6省庁ぐらい今まで管理されていて、それで商品を作っているんです。今回のユネスコ世界遺産という形でいくと、食ということなのでぜひ頑張っていただきたいなと思うんですけれども、今お話が出ている中でいくと安全の問題は厚生労働省がやりますし、食育の場合は文部科学省になりますし、資源の場合は農林水産省になります。今日のこの案内のパンフレットのところには農水省のあれになっているんですけれども、これは農水省だけでやっていても今、食育の話が出ますと農水省の管轄外。安全の話が出ますと厚生労働省という形になりますので、ぜひこれは僕らも頑張らんといかん、村田先生と同じ僕は団塊の世代のちょっと端っこの方なんですけれども、個人的にも頑張らんといかんのですけれども、ただ、個人的に頑張るだけではちょっと限りがあると思いますので、こういう和食というのを先頭にして、日本の食品業界も元気にしていただければなと思いますので、出来たらそういう各省庁をまたがったオールジャパンという形で進めていただくような動きを、ちょうど有名な方がおられますから、ことごとく発していただければなと思うのが、質問というか、お願いというところでございます。

    〇熊倉氏

    熱烈なエールを送っていただきましてありがとうございました。我々も本当に同じことを考えるんですね。食育ということを考えてみましても、内閣の方に食育推進室がある。けれども、厚労省もやっていますし、文科省もやっていますし、農水省もやっていますし、それぞれが独特のそれなりの取り組みをする。何とか一本にまとまらないのかと、こういうことを我々も感じます。それは今、現場で物をお造りになっている立場からいうと、同じようなことがいろいろあると思うんですね。

    例えば、先ほどの給食なんかで私は、さっき、ご飯とみそ汁とお菜と漬物ということを申しましたけれども、漬物が給食には出せない。火が通ってないということがありますが、その火が通ってなくて安全性を確認出来る漬物を出そうとすると相当費用がかかる。そういうようなことが結局、漬物離れ、子供たちの漬物離れにつながってしまうだろうという、一方でそういう危機感がありますね。ですから、もうちょっと方法をこれから考えていかなければいけないだろうという、そういう感じが。私も同感でございます。

    その辺どうですか。何かご意見ありますか。よろしゅうございますか。舞さん、さっきから静かにしておられますけれども、この辺で爆弾発言をどうぞ。

    〇阪中氏

    幾つか質問したいことがあるのですが、まず、地域で料理を学ぶ際に、やはり郷土料理と言われるものがあって、それぞれ地域によって味が異なると思うんです。それを、例えば外国の人にこれが日本料理やというようなイメージを植えつけるのに、東日本では濃い味つけやのに、西日本では薄い味つけなんですけれども、それはどっちを和食と言いますか。やはり、外国の人が東日本で習ったことを和食やって言う方もいらっしゃると思いますし、西日本で習ったことを和食やって言う方もいると思うんですけれども、その地域差、料理の和食の差が出てしまうのはどういうふうに防げばいいのかなと思っています。

    〇熊倉氏

    いろいろな国内の違いですね。なにわ料理、大阪料理、いかがですか。

    〇笹井氏

    私はそれはそれでいいと思いますけれども、全然間違っていないと思います。むしろそこが地域のおもしろさで、食材にしても北でとれる食材と、同じナス1つにしても、北でとれるものと、南でとれるものとおのずと違うと思いますし、旬も日本列島は縦に長いですから、旬の時期もずれているはずです。それぞれにそれぞれの味があって、私は何の問題もないと思いますが、大阪はそんな中で、商都であったがために、それでないと商売が出来ないということで、なるたけ濃くも甘くもないちょうど中間の味わいを狙ってきたのが大阪の料理やったということであろうと思います。

    〇熊倉氏

    郷土料理ということを今度のユネスコの登録申請の書類の中に書き切れなかったんですね。何せ1つの項目について250ワードで説明せよというものですから、とてもそこまで説明し切れなかった。ただ、県別の食事文化の聞き書き集というのが農文協から出ていますけれども、この50何冊の本を見ると1万5,000種類の郷土料理があるというんですね。これは実際には同じ郷土料理が地域によって名前が違っているだけということも含めてなんですけれども、つまりそれだけバリエーションがあるということが、実は日本の食文化の面白さだという。そういうものを一色にするのではなくて、逆にそういうバリエーションをこれからみんながむしろ大事にしていくということが、日本の食文化を外国の人に理解してもらうためには必要なのかなという気もしますね。つまり、今、平準化しているんですね。味が全て平準化している。例えばダイコン1つとっても、かつては地域ごとにあれほど土のぐあいと水のぐあいによって味が変わる野菜はないと思うんですけれども、そのダイコンが今や日本全国統一されて青首ダイコンになっちゃった。こういうような平準化という問題をむしろ、これからどうやって逆に個別化していくかということの方が課題かもしれないという。的場先生の奈良の伝統野菜のお話でもありましたね。

    〇的場氏

    結局は、昔から地域の人が食べていて、美味しいと思ったものをそのまま継承していくというのは1つのポイントだと思います。あとは好きなようにされたらいいと思います。ある人の書いてあった本の中で、“世界の三大美食は何か”と問いかけています。1にフランス料理、2に中華料理と答えて、3つ目に“自分が生まれ育ったふるさとの料理”と述べています。ふるさとの料理こそ本当に美味しい料理だと思います。

    これと関連してちょっと余計なことかもしれませんが、「奈良にうまいものなし」とよく言われます。奈良の食文化は京都のような雅やかな食文化や大阪のような商都の食文化と違って、歴史のあるたたずまいの中で、ほっこりとしたやさしさや懐かしさを感じて、心が落ち着くというところが奈良の味、日本のふるさとの味があると思います。これをまずいと言われても、それはそれで、飽きない“ひなびた素朴な味”でいいのではないかと思います。ひなびた味もまた1つの特徴のある味ではありませんか。

    〇熊倉氏

    熱烈な郷土愛に包まれたご発言で、一番美味しいのはふるさとの味だ。そうじゃなくて、一番美味しいのは奥さんの味じゃないですか。

    結局、そうやって親しんでくるということが大事ですから、どうやったら親しめるか、親しむチャンスを作っていくかということが、これからの大きな課題だと思うんですが、もうそろそろ時間もあれですので、一言ずつどうですか。舞さん、もう一言ありましたら、どうぞ。質問でもご意見でもご感想でも。

    〇阪中氏

    もう一つだけ質問させていただきたいんですけれども、村田先生にお聞きしたいのですが、京都市の学校で給食について取り組みをされているとのことなんですけれども、和食といえば、食べ方や食器などのこだわりも大事だと思うのですが、そういった取り組みはされているのですか。

    〇村田氏

    実際、いろいろなことを言うてますけれども、出来てへんのが事実です。食器を陶器にかえると清水焼の人らも喜ぶんですけれども、割れると。扱いにくいと。子供は10個持ったら重とうて動かせへんというようなことが出てくるので、なかなか難しいですね。けれども、この文化遺産にするということは、よう見てもろうたら、文化遺産ですからね。和食が遺産になりかけているということなんですよね。そやから、遺産になっても遺産を守らないかんということで、いろいろな取り組みはこれからやっていかなあかんねやろうなということは思います。そやから、当然伝統産業も滅びつつありますから、地域地域にそれぞれの焼き物があって、それを何とか1週間に一遍でも子供やらの給食に使えへんもんかなと。そのぐらいの数の食器ぐらいを地域のエリアで賄うことが出来へんのかなというようには思うてます。

    〇熊倉氏

    出来たら、どうぞ、一言ずつ。

    〇笹井氏

    大阪でということでいうなら、昔から言われているケとハレの問題というのが大阪は好んで、特に食事に関してもケとハレに分けて、1日、15日に魚を食べるとかというようなことなんですが、私は最近思うことですけれども、この中で何が大事かというたら、やはりケですね。ハレではなしに。日常の食事というものが一番大事であって、それをご自身の中で、どう価値観をその中に組み込んでいくのかということが、私はそれも大事なんじゃないかなというふうに思うんですね。それの1つを勉強する機会となるのが、やはり今まで受け継がれてきた和食。これは、和食というのは伝統なので、やはりそこから学んでまた新しいものをご家庭の中に盛り込んでいかれるということが大事やろうと思います。

    あともう一つは、飲食店に行かれたとき、必ずいいものを食べてほしいなと思いますね。感動があってこその食事のおもしろさですから、それをまず、必ず。ただ食べるだけじゃなしに、ご自宅でも1回やってみる。だから、そういう家で生かせることが出来るような料理屋さんに行ってほしいということですね。例えば、菊乃井さんみたいに。

    〇村田氏

    ほんまでっせ。

    〇的場氏

    私は高野豆腐と干瓢の炊いたもんが大好きで、それがなくなると困る。だから、ああいう美味しいもんが消えてもらうと困る。それを残すためにも、次の世代の人には食べて欲しいので、そういうことを粘り強く伝えたい。継続しかないかと思っています。

    〇熊倉氏

    ありがとうございました。

    〇村田氏

    先生、高野豆腐とかんぴょうって、ぴったりの感じするわ。何となく。

    〇熊倉氏

    どういう意味ですか。どうも、長時間にわたってありがとうございました。遺産という言葉が今、出てまいりました。遺産というのは、博物館入りしたものというものでは決してありません。遺産というのは、今日我々が生かしていくべきものである。遺産というのは、あるがままにそのまま保存していくものではありません。それは、今日の時代に合わせて作りかえて、創造性をそこへ加えて、そして、変わらざるものは守りながら、そして、今日の時代に合う新しい姿を作っていく。言葉は古きを選び、心は新しきを選ぶという、そういうことが伝統を継ぐということだと思うんですね。

    和食というのは、確かに今ピンチです。先ほどのお話にありましたように、これをどうやってつないでいくかということは大変難しい。ただ、私は今日ここにお集まりの皆さん、これだけの方が、少なくとも和食に関心をお持ちである。これは大事なことだと思うんです。1,000人が1,000人、和食を食べなきゃいけないということは決してないと思うんですね。1,000人のうち100人が和食というものの大切さを知っていれば、十分ではないか。

    つまり、そういう核になる、コアになる、和食というものの良さを知っている人々が、これからの日本というものを支えていくのではないか。そのきっかけがこのユネスコの登録が、1つの機会になればいい。これが果たして登録されるかどうか分かりません。仮に登録されなくても、我々やるべきことは同じであります。そういう意味で、今日のシンポジウムに皆さんがご参加いただいたということ自体が、言ってみれば、私にとっては大変うれしいことでありますし、希望を持てることではないかというふうに思います。

    これからもこの和食を保護し、継承し、そして次の世代につないでいく国民会議というものを続けていきたいと思いますので、どうぞ、ご支援をいただけますようにお願いいたしまして、今日のシンポジウムを終わりにしたいと思います。どうも、パネラーの皆さん、ありがとうございました。

    〇司会

    熊倉先生、進行をありがとうございました。パネリストの皆様、そして梅花女子大学の阪中舞さんも、長時間にわたりまして熱心なご議論をいただきましてありがとうございました。壇上の皆様に、いま一度盛大な拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

    では、以上をもちまして、「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」を終了させていただきます。最後までご参加くださいましてありがとうございました。

    なお、本日、受付にてお渡しいたしました参加証、並びにアンケート調査票は、ご退出の際に受付付近のスタッフにお渡しください。今後の参考とさせていただきますので、アンケートにはぜひご協力くださいますようお願い申し上げます。

    それでは、お気をつけてお帰りくださいますようお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。

    お問い合わせ先

    大臣官房政策課食ビジョン推進室
    担当者:武元、橋本
    代表:03-3502-8111(内線3104)
    ダイヤルイン:03-6738-6120
    FAX:03-3508-4080

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