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「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」【九州ブロック】

「和食;日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産への登録申請をきっかけに、私たち国民一人一人が「和食」文化について改めて認識を深め、次の世代に日本全国の「和食」文化を維持・継承していくことの大切さについて考えることを目的として、「和食文化“再考”シンポジウム『再発見!「和食」文化の魅力』」【九州ブロック】を開催しました。

議事録(PDF:379KB)

1.冒頭挨拶   

 挨拶  会場の様子

挨拶する氣多九州農政局次長

シンポジウムの様子 

 

2.基調講演

『熊本の食文化を伝承する』

桑畑 美沙子 氏 (熊本大学名誉教授) 

 講演

 

3.事例発表

中山 美鈴 氏 (食・生活文化研究所エリス代表、食文化研究家)

立松 洋子 氏 (別府大学短期大学部食物栄養科教授) 

 事例1  事例2

事例発表される中山 氏

立松 氏

 

4.パネルディスカッション

「和食」文化の魅力

  • コーディネーター
  • 桑畑 美沙子 氏 (熊本大学名誉教授)  

  • パネリスト
  • 中山 美鈴 氏 (食・生活文化研究所エリス代表、食文化研究家)

    立松 洋子 氏 (別府大学短期大学部食物栄養科教授)

    四月一日 梨沙 氏 (熊本大学大学院教育学研究科(修士課程)教科教育実践専攻・生活系教育専修(家政教育コース))

     シンポジウム1  シンポジウム2
     

     四月一日 氏

     

    5.議事録

    1.開会

    司会

    「再発見!和食文化の魅力」へご参加くださいまして、誠にありがとうございます。

    本シンポジウムは、日本人の伝統的な食文化である和食のユネスコ無形文化遺産への登録申請をきっかけに、私たち一人ひとりが和食文化について改めて認識を深め、次の世代に日本全国の和食文化を維持・継承していくことの大切さについて考えることを目的に、ここ九州ブロックの熊本会場を初め、全国9ブロックにて開催してまいります。

    私たち日本人にとってかけがえのない財産である食文化、和食文化について、皆様とともに考えてまいりたいと思います。

    申し遅れましたが、私、本日の司会を務めさせていただきます松下里美と申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。

    それでは、開会に当たりまして、九州農政局次長、氣多正氏よりご挨拶申し上げます。

    氣多九州農政局次長、お願いいたします。

     

    2.挨拶

    氣多九州農政局次長

    皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました九州農政局の氣多と申します。

    本日は、ご多用中にもかかわりませず本シンポジウムにこのように多数の方にお集まりいただきまして、ありがとうございます。また、後ほど基調講演をいただきます熊本大学の桑畑名誉教授、それから事例発表をいただきます食生活文化研究所エリス中山代表、別府大学短期大学立松教授におかれましては、講師をお引き受けいただきましたことに、厚く御礼を申し上げます。

    本日のシンポジウムでは、和食、日本人の伝統的な食文化のユネスコ無形文化遺産への登録申請をきっかけにいたしまして、九州、ひいては日本全体の食文化につきまして、皆様と一緒に理解を深め、その魅力を再発見し、さらには、このような素晴らしい文化を次世代に継承していくための活動につなげていきたいというふうに考えております。このため、パネルディスカッションにおきましては、若い世代の方にも参加をいただきまして、さまざまな観点から議論をする機会を設けさせていただきました。

    さて、この和食の無形文化遺産への登録申請という取り組みですけれども、既にご承知かと思いますけれども、ユネスコの遺産事業というのは、大きく分けて有形と無形の二つがございます。有形文化遺産というのはさらに二つに分かれていまして、最近登録された富士山や日光の社寺などが世界文化遺産、それから知床とか屋久島などが世界自然遺産というふうになっております。

    一方、この和食ですけれども無形文化遺産に申請しております。無形文化遺産というのは、芸能であるとか、工芸技術であるとか、形のないものを対象としておりますもので、既に日本でも歌舞伎や能楽が登録されています。それで、今回申請した和食ですけれども、これは単に料理というだけのことではなく、自然を大切にするという日本人の心に根ざした食習慣、いわば和食文化と呼べるものを言っております。例えば「いただきます」と言ったり、お正月に鏡餅をお供えするというのも和食文化です。今話題の「お・も・て・な・し」も、広い意味でこれに入るのかなというふうに思います。

    この和食文化を特徴づけるものとして、海も山も近いという特徴を生かして、新鮮で多彩な食材が日本にあるわけですけれども、それを基にしまして出汁とか調理技術などで、その持ち味を良く引き出す工夫がされている。一汁三菜を基本とした、バランス良く、健康的な食生活、季節に合った食器の利用など自然の美しさの表現、それから地域行事や正月などの年中行事との密接なつながりといったものが挙げられると思います。

    最近、私は驚いたことがあるのですけれども、フランス、イタリア、中国、韓国等の主要国で、自国の料理を除いてどの国の料理を食べたいかというアンケート調査をしたところ、いずれも和食が1位でした。アメリカでは残念ながらイタリア料理が1位だったのですけれども、これもパーセンテージでいうと同率1位と言えるくらいで、大差はありませんでした。まさに和食は世界に誇る文化です。

    このような中で、私たちの足元を見てみますと、核家族化あるいは単身世帯の増加などに伴いまして、ジャンクフードが増えてきたり、和食文化の継承が危ぶまれる状況にあると言ってもいいのではないかというふうに思っております。

    このため、私ども農林水産省では、例えばファストフィッシュという新しい魚の食べ方を紹介したり、私ども九州農政局でも日本型食生活の普及を目的に、食事バランスガイドというものを使って、食生活診断を進めるなどの取り組みを行っているところですけれども、この和食文化というのは、国民誰にとっても身近な話題で、皆様もいろいろなお考えをお持ちだと思います。

    本日のシンポジウムが、地域の和食文化、それで私たちの普段の食生活についてもう一度見つめ直し、日本のみならず人類として大切にすべき文化の再発見と継承につながっていくことを祈念いたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。

    本日は、よろしくお願いいたします。

    司会

    九州農政局次長、氣多正よりご挨拶を申し上げました。

     

    3.基調講演

    司会

    続きまして、基調講演のご紹介をさせていただきます。

    本日は、熊本大学名誉教授、桑畑美沙子先生より、「熊本の食文化を伝承する」と題しましてご講演いただきます。

    桑畑先生は、食の簡便化や欠食、個食などが進み、これまで地域で伝承されてきた食文化が断絶しつつあることに危機感を抱かれ、旬の地産地消と日本型食生活の実践による食改善を提起されています。地元での講演や講習など幅広く活動を展開していらっしゃいます。

    それでは、桑畑美沙子先生、本日はよろしくお願いいたします。

    桑畑氏

    ご紹介いただきました桑畑でございます。

    資料の方にも配ってありますけれども、このような流れでやっていこうかなと。私は教育学部で家庭科教育というのを専攻しておりましたので、家庭科では和食をどう取り上げているかという話から、なぜ和食を取り上げることに意味があるのかというような話とか、それを学校現場ではどうやって取り上げているかというようなところに、ちょっと重点を置いてお話をしようかと思っております。

    初めに、先程次長さんからもお話がありましたが、皆さん方のお手元に配ってありますパンフレットからスライドに取り込んだものなのですけれども、和食をユネスコ無形文化遺産に登録の動きがあります。

    家庭科では、和食をどう取り上げているかということ、皆様方はあまりご存じないと思いますので、ちょっとご紹介しようと思います。その前に、家庭科というのが今、小学校では5年生は年間60時間、1年間は70時間、2時間ずつやると70時間授業が実施可能な原稿は5年生で(?意味がわかりません。)60時間、6年生で55時間です。中学校は1年生も2年生も35時間で、3年生は17.5時間。これ1年間です。高等学校は3年間で140時間または70時間、これは科目によって違うので、今こういうふうな制度に学校教育ではなっております。その中で、家庭科ですので食物も、被服も、住居も、家族もやっていきますので、つまり子供たちが食物を学ぶ時間はほんの少ししかないのです。調理実習はちょっと学校によって違うのですけれども、2回から4回くらいしかやらないと思ってくださっていいと思います。

    では、昔はどうだったのか。昔というのは大分昔の1980年くらいの話なのですが、小学校は5年も6年も70時間、中学校は1年も、2年も、3年も105時間。だから、1週間に3時間ずつあったのです。高等学校は3年間で140時間、今から15年くらいまでこれくらいやっていたのです。ただし、ちょっと欠点があって中学校と高等学校では女の子しかやっておりませんでした。今、控室で農水省の方たちとお話していたのですが、男性の方たちは全員中学校で家庭科をやってきていないとか、中学校で、お試し程度やったと言われていました。現在35歳以上(?以下ではないか)の人が男子も女子も家庭科を学ぶようになってきておりますから、今日ご参加の,35歳以上の男性陣はやっていない世代なのですね。

    皆さん方の中でも年配の方は、男の人は家庭科なんかした覚えがないと言われるかもしれません。そのかわり、女の子だけだったけれども、昔はたっぷり時間があった。そういうことをちょっと頭に置いておかないと次の話が分からないのです。

    今、中学校の調理実習例は、いっぱいあるじゃない。2回から4回と言ったけれども、すごくいっぱいあるじゃないと思われるかもしれません。でも、これはこういうふうに括られていて、ここの部分は肉料理、この中からどれか1つをさせてください。これは魚料理、これの中からどれか1つ、これが野菜料理ということで調理例が出してあります。全部やるわけではないのです。

    ですが、この示されている料理の中で、いわば和食系統の料理よねというのがこんなにいっぱい入っております。大きく、大まかに言うと肉以外は全部和食系統の料理で、まあまあかなというふうに考えていいと思います。では、昔はどうだったのか。これは1973年版の実習例です。なるたけ古い頃、家庭科をいっぱいやっていた頃のものがいいと思ったので、教科書を熊大の教育学部に借りに行きまして、見つけて引っ張り出してきたのです。この頃は単品ではなくて献立でやっているのです。一つのお膳に載るような感じでやっております。1年生で5回やっていました。2年生も5回です。3年生が3回。3年生はちょっと食物の時間数が少ないのです。

    こんなにいっぱいやるのに、和食に印をつけてみると意外と少なくて、これ13個実習例が示してありますが、13回のうち6回だけなのです。半分以下です。さっきは3分の2でした。本当に和食が少なかったのです。和食が多くなってきています。(?意味不明)

    なぜ、そんなになったのかというのには、やはり理由があります。これは国民健康・栄養調査というのを、厚生労働省の方でやっております。この統計結果は世界に誇っていいような信頼性のおけるものなのです。これを見てみます。そうすると1955年、75年、まだずっとあるのですけれども、あまり出すと煩わしいのでちょっと飛ばして、一番最近のデータの2011年を出してみました。そうしますと、エネルギーは減ってきております。ちょっと和食とは直接関係ないのですが、エネルギーというのは私たちが動いた量に応じてお腹がすいてきて食べますので、私たちの生活が電化したり、労働もいろいろパソコンなどを使うようになって肉体労働が減ってきていますので、エネルギーの消費量が減ってきた分、摂るエネルギー量も少なくなってきていると考えていいと思います。だから、これがそうなのです。たんぱく質もちょっと増えた時期もあるけれども、あまり変わらない。

    ところがこの二つ、脂質はものすごく増えてきて、炭水化物がものすごく減ってきています。これは栄養素です。だから、私たちは直接目で見てたんぱくがどれか、脂質がどれか、炭水化物がどれかは分からないのだけれども、栄養素で見るとこういうふうになってきております。エネルギーをどういう栄養素で摂ってきたかを比べてみると、昔、55年は78%を炭水化物で摂っていました。エネルギーというのは、もうこんなこと言わなくてもいいと思うのですが、念のために言っておくと炭水化物とたんぱく質と脂質が燃えてエネルギーを出すわけですから、それがどれくらいの割合かというのがこれで分かってくるわけです。そうしますと、ほとんど炭水化物でエネルギーを摂っていた。脂質はたった9%だった。たんぱく質はあまり変わらないのですね。

    だから、さっきから言ったようにたんぱく質はあまり変わらないけれども、さっきの数値の表です。炭水化物と脂質がえらい変わっていたのが、これでもはっきりしてきた。厚生労働省が示している基準では、炭水化物は50%から70%くらいの食生活を目指しています。脂質は20%から25%くらいなのです。見ると、まあまあ入っているじゃないと言いますけれども、脂質はちょっと超えぎみなのですね。これは1歳から100歳までの人の平均値なので、ちょっと私が心配するのは、若者たちの食生活はここの脂質が、ブワーンともっと増えて、炭水化物がうんと少なくてという食事をしているのではないかなと思うのです。ちょっと気になります。だって、おにぎりにまでマヨネーズを使って食べている。パスタにももちろん油をいっぱい使いますけれども、昔ならおにぎりといったら梅干しを入れるか鰹節を入れていたのにマヨネーズが入っているでしょう。それから肉を入れるでしょう。それから天むすと言って天ぷらを入れますでしょう。油を入れるということが多くなってきています。

    ちょっと絵で描いてみました。昔はご飯を山盛りいっぱい食べていたというふうに考えていいのではないでしょうか。ご飯を山盛りいっぱい食べていた。そして、おかずにおみそ汁を食べていた。そして、野菜の煮付けを食べていた。それに漬け物や梅干しがあった。これ、私はパソコンのイラストから取ってきたから、必ずしもこれがぴったりではないんだけれども、何となくイメージとしては、ご飯が山盛りいっぱいでとそんな感じだったかなと思うのです。2011年をイラストで書いたら、別にグリーンピースご飯でなくて良かったのですけれども、白ご飯の少ないのがなかったので、グリーンピースご飯で示しました。でも、見て欲しいのは量が少ないでしょう。こっちは山盛りだったけれども、これは8分目に変わってきています。そしてみそ汁ではなくてコーンポタージュンみたいな。何を言いたいかというと油を使っていますでしょう。そして、おかずはハンバーグ、肉です。そして油を使っている。そしてサラダ。サラダは野菜だからいいじゃないと言うかもしれないけれども、それにかけるのはマヨネーズ、だから脂質がすごく多くて、穀類がすごく少なくて、野菜もあまり食べていない。

    これはほうれん草のおひたしを出したつもりなのですが、茹でてありますから見た目には少ないけれども、これ結構量でいくと多いですね。ここにもカボチャなんかやら芋の煮染めがあります。昔のたんぱく質といったら、魚も食べていたのですけれども、主に豆製品が多かったので豆腐のみそ汁を出したのです。これがピッタリ示しているわけではないけれども、何となくイメージとしては、まあ、こんなものかなと思って出したのです。ピッタリではないですよ。ピッタリではないと思いますけれども。

    しかし今、ハンバーグを食べて、そしてその付け合わせにフライドポテトがついていて、野菜はここでいっぱい食べているように見えるけれども、これは生野菜ですから量的にはそんなに多いものではない。100グラムも摂れていないのではないかというふうに思います。これもクリームスープみたいにしてあるから、ここでもバターを使っている。こういうようなものになってきています。

    すごく気になるのが、脂質が増加してきたということです。それは、言葉を変えると食が洋風化してきているのではないか。昔の私たちの伝統的な食では、油はあまり食べていません。昔、油というのは取るのが大変だったのです。昔は菜種だったのですけれども、植えてそれを搾って取っていました。菜種は油がとても高価でしたのでそんなになかなか食べられませんでした。マヨネーズなんていうのは、今はビーッと搾れば食べられますけれども、私はさっきわざとビッと搾る絵を出したのですが、昔はマヨネーズは自分のうちで作るか、私が子供の頃は自分のうちで作っていたものです。ちょっと私が大きくなった頃には瓶で売っていました。でも、高級品でしたからなかなか食べられなかった。でも、それが今は何でもかんでも、ビッビッビッとして食べています。洋風化してきています。そして、その結果、生活習慣病が増えて、生活習慣病の一つなんだけれども高脂血症が増えて、メタボの人が増えて。

    今日、お目にかかった、ここに来てくださっている方の中にはメタボの疑いがあるなと思える人は、ちょっとちらっと見たところ、あまりいらっしゃらないみたいですね。私は、よく銭湯というか、今は温泉があるから温泉に行くのですけれども、あそこは女風呂しか知りませんけれども、本当に太った方が多いです。メタボでお腹がこんなに出て、こんなんして歩いていらっしゃる方が多い。1人や2人ではないです。とっても目につきます。昔は、私の子供の頃、やはりお風呂に行って、その頃は銭湯ですね。温泉ではなくて銭湯に行っていました。その頃はみんな痩せた人ばかりでした。私が子供の頃というのは、栄養状態も悪かったです。メタボが増えています。

    こういう日本の状況というのは、やはり健康的ではないから問題だというので、何を変えればいいのか。やはり食生活に原因があるから、食生活を洋風化しているのを日本型の食生活に変えようではないのというふうな動きが出てきております。そして、和食を見直そうと。だから、一汁三菜の料理が、調理実習が家庭科の中にも入ってきました。和食を見直すというのは、先程の話にもありましたけれども、うまみを上手に、出汁を上手に使うことで、動物性脂質の少ない食生活が出来てきます。和食も100%全部いいというわけではなくて、和食には和食のちょっと問題もあるのです。どうしても塩分を摂り過ぎる傾向があるのです、和食の食事というのは。しかし、出汁をきかすと塩分が抑えられるというのがあります。出汁をうまく使うと脂質も抑えられて、そして動物性脂質がやはり生活習慣病、高脂血症の方、メタボの方に拍車をかけていくので、植物性の脂肪ではなくて動物性脂質を摂らなくなってくる。

    それを実現することで、長寿とか、肥満防止に役立ってくるというところがあるので、こういうふうな動きが出てきたわけです。今、量的な変化がどう変化したか、家庭科の中でどう変化したか、それはなぜかという話をしました。ちょっと中身のお話をします。これ、一番新しい教科書に載っているカラーのページをコピーした。地域の食材と食文化、まさに和食で言っているところの精神なんですけれども、地域の食材を生かして作ってあるのが郷土料理だという捉え方なんです。ちょっと図がぼけているかもしれませんが、地域の肉、魚、野菜や加工品などの特産物を挙げてみよう。それを生かした調理にはどんなものがあるか、家族や地域の人に聞いてみよう。栃木県のかんぴょうの卵、ちょっとここら辺ではないので私たちは知らないのですが、こういうのがあります。島根県というのは、宍道湖にシジミが取れます。だからシジミ汁。兵庫県は瀬戸内海で捕れた魚の新鮮な魚をすぐに煮るから、生きたまま煮るから釘のように曲がるから釘煮(くぎに)というというようなものがあるわけです。

    こんなのも載っているのです。小麦を粉にして使う料理は、うどんの他にも多くの地方で作られてきた。小麦粉を使った郷土料理を作ってみよう。ここ大分県、九州では大分県が出てきますが、だんご汁という方が一般的だと思うのですけれども、教科書はそういう微細な書き方が、多分、大分県に教科書の編集の関係者がいなかったのだと思いますが、私もちょっとこの教科書の編集に携わっていたのですけれども、大分のことにまで目が行かなくて、熊本のところは必死になって見て、意見を言ったので変わったのですが、来年は言っておきます。だんご汁です。熊本にもだご汁があります。熊本のたご汁、大分県のだご汁、山梨県のほうとう、ひっつみ、みんな似た、おやきは別ですけれども、この4つは、言うたらだご汁なのです。小麦粉の平たい麺を具だくさんのみそ汁で煮たもの。これはみそと書いてあります。これもみそと書いてあります。これは調味料は書いてないですが、熊本の場合のだご汁は、みそだけではなくてしょうゆ味にもします。それから、こういううどんのようなだごだけではなくて、熊本の場合はつん切って入れたり、それからいきなりだんごを入れたり、サツマイモを潰して、それをあんこにしてサツマイモに粉を混ぜて、だごの皮を作って包んだ芋あんだご汁とか、サツマイモを潰して、それに小麦粉を加えたのをつん切って入れるお姫さんだご汁、芋あんだご汁とか、いろいろなだんごの種類が熊本にはあります。

    ただ、これを紹介しているだけではないのです。ちゃんとここに、これは教科書の中の記載をスキャンして取ったら見にくいので私が打ち込んだのですが、秋に稲を刈り取った後の田んぼに麦を植える二毛作が行われるなど、熊本でもそうです。もう間もなく11月ぐらいから麦まきが始まって、4月になると一面の麦畑です。多分大分なんかもそうだと思います。昔は、多くの地方で麦が作られていました。ついでに言うと、昔は小作農が多かったので、お米は小作料で払っていたのですけれども、麦は小作した人たちのものになったから、小作農の人たちの基調な食料であった。米を節約するために、それでだご汁を作って食べたといういわれがあるのですけれども、そういうようなところに教師が教材研究をしていれば話を膨らませていけるような書き方がしてあります。

    戦後、外国からの安い小麦の輸入により、小麦の自給率は1961年の43%をピークに、近年は減少しています。しかし、伝統的な小麦粉料理は、地元で取れた小麦、地粉と輸入小麦とで、今も多く作られ食べられていますというようなのが書いてあります。これは淡々と、教科書は検定がありますのでなかなか踏み込んで書けないのですけれども、言外にというか、行間にその民衆の知恵がだご汁なんかにはあるのですということが読み取れるような書き方がしてあります。

    73年版の教科書には、さっき私が和食がすごく少ないですねと言いましたね。あの教科書にはほとんど地域とか、伝統食とか、郷土食とか、食文化というようなそういうことに関する記述、言葉はもちろん、ちょっと読み取れるかなというようなのがないのです。なぜかというと、教科書を作った関係者、編集者にも検定をした人たちにも、食生活は地域によって異なる、それが当たり前、地域で地域の人たちが作ってきたものだという意識がなかったのだと思います。

    では、和食とか地域の食文化に関する記述というのは、いつから始まったのか。どうでもいいような話みたいな気もするのですが、スライドではすごく見にくいのですけれども、皆さん方のお手元の資料は、スライドよりよく見えているのです。だから、何もこんなものを作らなくて良かったのですけれども、私は見えないからと思って作ったのですね。そしたら、食文化のところに、食文化は食べることに関する人の知恵と努力の結晶である、これはまさに和食をユネスコの無形文化に登録した農水省の方たちの基本的な精神なのではないかと、これがあったからユネスコに無形文化を申請しているのではないかと私は思ったのです。これがさっき言ったように、1992年くらいから中学校の技術・家庭科では、こういうようなことを書くようになってきた。そして、食品の生産、調理、加工、美味しく食べる工夫などの方法が家庭や地域、各国に生まれ、独特な食文化として伝えられている。

    ここで、ちょっと地域の食文化を取り上げる意味を、和食を取り上げるのはなぜかという話をしていきます。

    和食というと、私たちこれは代表で出したのですがお節料理です。すごく豪華です。これでなくても立派な3万円くらいの懐石料理でもいいのですけれどもそういうのを言っているわけではないのです。一般的な和食、豪華な和食ではなくて、地域に根ざした和食、日々の暮らしの中で育まれ、伝えられてきた和食をユネスコに申請しましょうと言っていることな(削除)のです。これまさに食文化だから、食の文化だからなのです。その地域の食文化を取り上げた事業(「授業」に修正)実践例を少しご紹介します。

    これは随分古いのですが、1970年代からやっているので、わざと白黒の古い写真を持ってきました。これは熊本県の阿蘇、噴火している阿蘇山の近くですが、そこで生まれて育って暮らしてきた定年間近な教員が、70年代にやった実践です。子供たちが切りだごを作って鍋に入れている写真です。この教師はファミレスのハンバーグやエビフライをおごちそうだと思い込んでいる子供たちの姿に、ちょっと悲しい思いをするのです。教科書ではカレーライスが出てきている時代です。しかもカレーのルーを作ってしなさいと、教科書に書いてあったのです。ルーという便利なものがあるのに、なぜルーから作るのかなと。子供たちの暮らしとつながっているところで授業をしないといけないのではないのかなと思って、だご汁を授業で扱おうと思ったのだそうです。

    阿蘇で生まれて、阿蘇で暮らしてきて、だご汁を食べてきた人です。だから、だご汁についての自分の思い、体験談をまず語りました。1時間しゃべった。そしたら、子供たちが、ちょうどこの頃から共学の授業が始まって、それまで長く家庭科の先生たちは男の子たちに授業をしていなかったのです。男の子たちというのは、女の子に比べて元気ですから、1時間静かにさせておくのはちょっと大変なのです。そしたら、話をしたらいつもせからしか、せからしかというのは熊本弁ですが、にぎやかな子供たちが真剣な眼差しで聞いて、先生、もっと話の続きをと言ったのです。先生の方がびっくりしてしまって、だご汁を作って食べるかという話になって、だご汁を作って食べました。そして、そこから後はもう段々先生も教員ですから、だご汁を作って食べてばかりでは料理教室だからと思って、だご汁の良さと、今の食生活の問題について考える授業をしたのです。そして、工夫料理を自分たちで考えてみろよと言ってやったのです。

    これは子供の感想です。先生がだご汁について話された時びっくりした。実は何の気持ちもなく食べていたものに、阿蘇の長い歴史があったとは何となく親しみが持てます。私だーい好き、野菜もたくさん入っていて、何となく太る心配もないし、母にもだご汁の長い歴史について話したら、真剣に聞いてくれました。そして、「そぎゃんことば、しっかり聞いてとかにゃんたい」と、母は言った。長い歴史があり、私のだーい好きな食べ物、私の文化財を絶対になくしたくありません。

    先生は、授業の中で食の文化だとか、大事にせなんとよとか言ったわけではないのです。子供が感じて書いた感想で、しかも、見たら分かるように、字が漢字で書けばいいところを漢字て書いてなかったりするくらいの学力の子と考えてくださっていいと思います。素直な感想です。

    僕はだご汁は好きだ。僕の家のだご汁の中身は里芋などが入っていてとても美味しい。寒い日などだご汁を食べると体がとても熱くなり、汗が出るほどです。僕が大人になったら、もうだご汁はなくなるかもしれないけれど、家庭科で習っただご汁を思い出して作って食べたい。私は、この感想をなぜ出したかというと、子供たちが自分がだご汁を伝えられたから、それを継承して次の世代に伝えていきたいうこと、「あなたたちはせなんとよ」と言ったわけではないのに、やっていってくれたというところが、ああ、やはり子供の感覚というのはすごいなというふうに思うのです。

    子供たちが考案した料理です。ちょっと見てみてください。野菜の白菜巻きスペシャルソースがけ、名前はちょっと今っぽいのですけれども、大根、ニンジン、里芋などをさっと炒める。茹でた白菜に包んで蒸す。イリコ、ゴマを煎って潰す。みそをすり、砂糖、ユズ、イリコ、ゴマと混ぜる。出汁で延ばす。白菜にかけて食べる。私が緑で出したのは、この地域で取れる食材なのです。子供たちは自分たちの身近な食材で、自分たちで新しい、言ったら食文化、しかも和食系統ですね。そういうものを作っていったという授業の例があります。

    熊本では、今お話したような、これはただ一つの例ではないのです。このような地域の食文化を取り上げた授業をたくさん作ってきました。今日持ってくれば良かったのですけれども、農文教の方から、「食べ物を教える」とか、「女と男の未来学」とか、それから「わくわく食育授業プラン」という本は出版しています。今日は教員を目指す若い方とか、それから先生方はあまりいらっしゃらないのではないかと思ったので持って来なかったのですけれども。そして、地域のこの食文化というのは地域に伝わる料理、地域で生産された食材を使った料理、それからもう一つ地域の高齢者地域の人が参加する授業が私はいいと思うのですが、どうでしょうか。

    この方もそうです。食改さんだと思います。これは菊池の方でやった授業ですが、体を動かしてすごく楽しそうに子供たちとやっていらっしゃいます。これは芋あんだご汁を作っているところです。こういうのを熊本でやったところ、それが全国的な取り組みになって、教科書にも現在は、さっき見たような形で書かれるようになってきたということなのです。

    地域の人と交流しながらだご汁を作る写真風景を、これはいきなりだごです。これは切りだごではないかなと思います。同じようにこれは違う地域の子供たちですから、こういう授業例があります。それから、天草の中学校で郷土料理を作ろうという例があります。これは、だご汁の話ばかりしますが、つん切りだご汁を子供たちが作っている写真です。

    これは何かお分かりでしょうか、何を作っているか。分かる。そうそう。がね揚げなのです。サツマイモを千切りにした天ぷらなのです。なぜ、がね揚げかというと、これ天草のハレの食事なのです。がねというのは手が延びているでしょう。そして、サツマイモを切ったのをするとそれがピッピッとなるからがね揚げと言うのです。昔は、油物はなかなか食べられなかったから、ハレの食事です。それから、ハレの時になぜサツマイモかというと、天草は台風の常襲地帯で、あまり米が採れない地域です。だから、サツマイモの食文化がすごく豊かに伝承されて、今も残っているところです。そのサツマイモを使った料理の一つにがね揚げというのがあるので、がね揚げを子供たちと食改さんですね、今はヘルスメイトです。食改さんと言わないでヘルスメイトと呼ぶのですが、と一緒にやっている。

    大事なのはこの写真、皆さん方にはこの写真を出しておいたのですが、これ一緒に食べるのです。そして、この方とこの方とこの子供たちの顔をよく見てほしいのです。何を話しているかというと、その授業に来られた食改さんたちが、だご汁やがね揚げにまつわる自分たちの暮らしの思いを、ちゃんと話していらっしゃる。この思いを話すということが、和食文化、食文化などを取り上げる時にすごく大事なことで、ただ作り方ばかり、こんなふうにして、これだけ見ると、あっ、作り方をやっているのだと思うかもしれない。作り方をやるだけだったら郷土料理教室になってしまいます。もちろん郷土料理の作り方を教えることも必要だとは思います、伝承しないといけないから。でも、それだけではなくて、なぜその郷土料理が生まれたのか、その郷土料理にどんな思いを我々の先祖は込めて作り出したのか、伝えてきたのか、そういうことを話すことが大事だと思うのです。

    今までお見せした授業、一番最初の阿蘇のだご汁の授業は、先生が自分の思い、経験を語られました。それから後の授業は、食改さんがずっと出てきていたのは、いずれも食改さんたちにしゃべってもらうようにしたんです。なぜかというと、教員がしゃべるより地域のおばちゃんたちが、もちろんおじちゃんも来るんです。じいちゃんたちも来るんですが、おじちゃんや、おばちゃんたちが来ることで、子供たちにとってはより身近な話になる、そういうことに意味があるのだというふうに思っています。

    もう最後なのですが、和食、地域の食の文化、それを私たちは改めて捉え直すことが大事だと思います。今、食育があちこちで行われていますけれども、その食育の時に子供たちが好きだからといって、洋食系統のものをするのではなくて、地域の食文化に着目をして食育もやっていかないといけなのではないか。子供たちはマヨネーズがすごく好きです。でも、マヨネーズは家でもいっぱい食べていて、油は摂り過ぎているわけだから、油を摂らない、甘いものを減らす、もうちょっと伝統的な和食に近づくような教材を、私たちは考えて食育をやっていかないといけないのではないか。その時に地域の食文化、和食ということだと思うのです。

    地域には地域特有の食文化があります。和食が伝わっています。地域の人はその和食文化、食文化の保有者です。持っている人です。遺産としての食文化を継承していくことと、未来に向けて食文化を作っていくことが私たちに課されているわけです。そういうことを考えて、地域に伝わっている大事な食文化を子供たちに伝えていくことが必要ではないかというふうに思っています。今日は、芦北からたくさんの食改さんたちが見えているのではないか。参加者の名簿をちょっと見せていただいたら、芦北地方からたくさんいらっしゃっていますでしょう。どこにお座りでしょうか。すごくいっぱいいらっしゃっているのですが、食改さんたちは、芦北は結構食育を一生懸命やっている地域なのです。そこでやられる時に、自分の得意料理ではなくて得意料理の中でも和食に近いもの、そして、今の食生活にどういう問題があるかをよく考えて、そこを改善していくような、ベストを示すのではなくてベターでいいから、ちょっとでもより良くなっていくような教材を選んでやっていく、活動されていくことがすこく大事ではないかなというふうに思います。

    ユネスコの世界遺産への登録というのは、あなたの家と書いたけれども、私の家でもいいのです。地域に受け継がれてきた食の文化そのものを申請しようと言っているわけですから、決してさっき見せたように豪華な、重箱に入ったお節料理も、あれも日本の食文化なのですけれども、あれだけだとか、料亭の懐石料理だけではなくて自分のうちで食べているだご汁であるとか、それから熊本だったらのっぺもありますよね。あれも野菜がいっぱい食べられる料理です。それから、芦北なんかだったら、芋餅、芋だんごみたいなものも作るのではなかったかな。そんなのもありましたね。その熊本の食文化、郷土食と言った時に、からしレンコンもそうなのですが、からしレンコンをするといけないとは言わないのですけれども、からしレンコンというのは、元々あれは食欲がなくて、夏に食事を食べない殿様のことを心配した家来が、何か食を進めようと思って作った食べ物と言われているのです。そこのところの思いは、やはり殿様のことを思う一途な気持ちという意味ではいいのですけれども、あの頃は油で揚げた食べ物なんて庶民は絶対食べられなかったわけです。だから、そういうのは高値の華の食事なわけだから、その思いはあることはあるけれどもそういう上流の人たちが食べていたものだけではなくて、もっと民衆が、だから、あなたの家、あなたたち、私の家、私たちが地域で食べていた、地域で受け継いできたそういうような食の文化を、次の世代に伝えていく、それが和食文化を再考するということになるのではないかというふうに私は考えています。多分、これからのシンポジウムも、そういった流れで話が進んでいくのではないかなというふうに思っています。

    では、ちょっと、時間を気にしながらだったけれども、これで私の話はおしまいにいたします。

    司会

    桑畑先生、ありがとうございました。

    桑畑先生には、この後のパネルディスカッションでも、コーディネーターとして、和食の魅力についてご発言をいただきたいと思います。ありがとうございました。

     

    4.事例発表

    司会

    続きまして、事例発表をご紹介いたします。

    本日は、2名の方にお願いしております。

    初めに、食・生活文化研究所エリス代表、食文化研究家の中山美鈴先生より、「ふるさと料理こそ、足元にある宝。家庭の食伝承を」と題しましての事例発表を行っていただきます。

    中山先生は、九州を拠点に地方文化と人、風土、食についての取材活動とともに、各地に伝わるふるさと料理の聞き取りを行う活動を続けていらっしゃいます。そして、食文化を生活者の視点から研究する取り組みが注目されています。

    それでは、中山美鈴先生、本日は、どうぞよろしくお願いいたします。

    中山氏

    こんにちは。中山と申します。

    今日、私はこういうテーマでお話をしようと思っているのですけれども、ちょうど先程のお話の中でもありましたけれども、ハレの料理というのは華やかで日本の行事食というのは素晴らしいのですけれども、実は、日本は世界一の長寿国ですね。この日本人の健康を支えてきたのは、私は普段の料理、ふるさと料理だと思っています。やはりさっき言ったような懐石料理とかを毎日食べたら成人病一直線です。はっきり言って、美味しい物というのは美味しい物の罠があるわけで。では、ふるさと料理は美味しくないのかと、地味で、つまらなくて、手がかかって大変ではないかという誤解が、なかなかあるなと私は思うのです。

    それで、今日は限られた時間ですので、いかにふるさと料理というのが優れていて、実は私たちの体にいいかと、意外な面白さがあるよというようなお話を例を挙げながらしていこうと思っています。

    例えば、ナスという食材があります。なすび、九州は長い長い長ナスですけれども、もう秋ナスもそろそろ終わりですけれども、これは煮たり焼いたり。熊本のおばあちゃんたちに尋ねると、からし和えに昔はよくしたというふうに言うのです。みそ汁にも入れますね。ところが、ナスはみそ汁に入れると汁が黒くなるのです。でも、あるおばあちゃんが教えてくれました。ヘタも一緒に入れてごらんと。ヘタを入れると時間がたっても汁が黒くならんよと。私は、それ以来ずっとヘタを入れるのです。ヘタは縦割りにしてくださいね。一緒に煮るとやわらかくなるでしょう。ヘタも食べられる。黒くもならない。優れていますね。焼くばかりではないよ、丸茹でしてごらん。皮ごと食べられて美味しいから。無駄がないのですね、ふるさと料理というのは。

    こういう知恵を教えてくださるおばあちゃんたちこそが、地域の財産だと思っています。それで頼まれもしないのに、私は相棒のふるさと料理人の藤清光さんと一緒に、もう20年来あちこちで頼まれもしないのに出かけて行っては、ふるさと料理を訪ね歩いているのですけれども、ひとつ例えばおからという食材があります。昔は豆腐は自家製が当たり前でした。もちろん、たくさん同時に出来るおからというのは捨てはしません。

    ごめんなさい、ちょっと早口になっているかもしれませんけれども、たくさんお話をしたいことがあるので、ちょっと我慢してついてきてくださいね。

    このおからを、宮崎県の五ヶ瀬地方という所に行きますと、「おから里芋煮」といい、里芋と一緒に煮るのです。これ見えますか、ピンコピンコしているのはイリコさんなのです。先生、出汁を取るのが大事ですよね。この出汁は、イリコさんを空煎りするでしょう。水を入れてそのまま煮立たせると、もうそこで出汁か自動的に採れます。そこに切った里芋と大根とニンジンと、季節のある野菜を入れるのですけれども、里芋をたくさん入れるのがポイントなのです。火が通ったぐらいのところで味を付けます。

    味付けは簡単、しょうゆとお塩、砂糖を少々、優しい味にします。おからをどかっと入れるのです。そうすると、里芋というのはヌメリがあるでしょう。さっくりと煮ていくだけで、実にまとまりのいい優しい味の美味しい里芋おから煮が出来るのです。これは里芋のヌメリをやはりすごく上手く生かした料理だなと、山間ならではの料理だなと思うのです。だから、里芋のヌメリでねっとりとしていますので、まとまりがいいからバラけないのです。おからは、ちょっとウプッとなるでしょう。あれがないのですね。弁当のおかずにもいいのです。とても優れていると思います。これはイリコを使わずに出汁汁があったので出汁汁でやってみたのですけれども、断然イリコを空煎りして作った方が美味しいのです。私は、この料理を覚えてからおからと言えばこの料理をするのです。でも、名前も何もないのです。勝手におから里芋煮という名前を付けましたけれども、こういう名もない料理がふるさとのお母さんたちの知恵とともに残っているのです。

    おからは、山は里芋が美味しいので里芋と組み合わせるのですけれども、海に行けば海のおから料理があるのです。鹿児島はキビナゴをよく食べる所でしょう。きびな汁というのがありまして、お澄し仕立てでキビナゴを入れて、おからを最後に入れるのです。そうするとおからがふわっとなって、いいよとおばあちゃんは教えてくれるのです。なかなかさっぱりとした、キビナゴが苦手という子供でも食べさせるという、美味しいふるさとの料理があります。

    それから、これはちょっと分かりにくいかもしれませんけれども、ちょっと上に徳利などがあるでしょう。日本酒が合う、粋な料理なのです。おからでこれは魚の漬けを和えているのです。きらすまめしという名前です。忙しいけれども名前を書きましょうか。きらすというのがおからのことです。大分ではまぶすことを「まめす」と言うのですね、先生。きらすまめしというのは、おからでまぶした料理ということなのですけれども、昔、江戸時代、倹約令が出た時に、臼杵という、これは大分の臼杵の料理なのですけれども、魚がいっぱい揚がるのです。1日2回くらい今でも市が立ちますから。お殿様がどんなに倹約しろと言っても、やはり美味しい魚は食べたいですよ。多分、昔はこのこっぱとか魚の身をこそげ取って、おからでまぶして、こんなふうにして倹約して料理しましたと伝えられているのですけれども、多分私は、庶民が食べたい魚をおからでうまく隠しながら、うまいこと食べたのではないかと思うのです。そのくらい実はこれポイントがありまして、ショウガに、ミョウガに、ネギ、薬味をたくさん入れます。ゴマは煎ってすり鉢ですって、おからをすり鉢のところに張りつけるのです。そこに魚。今だったら戻りガツオなんかも最高ですね。あれをしょうゆで漬けにしまして、こう。だから別名土手まぶしとかと言うのですけれどもまぶし込んでいって、最後にカボスです。これをジュッと最後に搾りかけるのが実に美味しいという、こういう料理があります。

    おから一つとっても、実に多様にいろいろあるわけです。私は、こういう地方の食文化というのは、字もあまりきれいでなくてごめんなさい。多様性にあると思っているのです。方言を含めていろいろな方言があるように、その土地、その土地に採れる食材、それも旬の物をうまく生かして、庶民が発見してきたその料理の数々、その知恵の結集が実はふるさと料理なのです。

    里芋の話も少ししたいのですけれども、里芋はちょうど先週も宮崎の椎葉村に行ってきましたら、今、日本ミツバチのハチミツが採れるのですね。ちょうどそれに行きますと、どんなふうにしてハチミツを椎葉流で食べますかと言うと、里芋を茹でたり、ふかしたりして付けて食べると美味しいと言う。里芋とハチミツと思ったのですけれども、これが食べてみるとなかなか美味しいのです。

    福岡では果物和えと言いまして、芦屋町では果物と和えるのです。里芋を茹でた後、ツクツク、ツクツクとつくでしょう。お砂糖を入れてきんとんみたいにして、今の時期美味しい果物の柿ですね、それと和える。この時もおばあちゃんが言われるのです。日本酒を入れてごらんと、そしたら真っ白に里芋がなるよと。本当にやってみるとホイップクリームのようになるのです。ぜひお試しください。

    そんなふうに、今は野菜スイーツとかはやってきていますけれども、野菜だってどんな物だって酒のさかなにすれば、おかずにすれば、主食にもなり、おやつにだってした知恵というのは昔からあったのです。それはどういうことかと言いますと、確かに私たちは肉をすごくたくさん食べるようになりました。多分脂質、それから肉の摂取量からいけば、40年くらい前に比べると5倍以上ぐらい食べるようになったのではないでしょうか。その逆に、食物繊維というのは半分くらいに減っています。

    では、昔は肉をどうやって食べていたかというと、福岡は非常にかしわをよく食べる所です。九州全体そうなのですけれども、どう食べるかというとがめ煮があります、水炊きがあります。もう一つびりんじという料理がありまして、これまたちょっと方言で、いろいろ解説すると時間がないので名前だけ書いておきます。語源はさだかではないのですけれども、昔、「びりんじ」と言いよったって、かしわの肉と、昔はかしわの皮だけを使って山ほどのゴボウをささがきにしまして、少しの水で煮るのです。くたくたになるくらいまでやわらかく煮て、味付けはしょうゆとお塩だけでネギを入れる、そんなものです。でも、私はこの料理ほどゴボウをたくさん美味しく食べる料理を知りません。

    きんぴらごぼうは、意外に嵩が増しますね。でも、これは本当にゴボウがたくさん食べられる。どういうことかと言いますと、結局、このおばあちゃんが言った「かしわは、昔は庭野菜の一つじゃった」って。野菜と同じ感覚。でも、肉のうまみをうまく生かして、野菜だけ食べるというのも大変です。でも、たくさん旬には採れてどうしようかと、ぶん投げろかと思うくらい昔は白菜でも大根でも採れた。でも、それを絶対に捨てない。干したり、漬け物にしたり、いろいろしますね。そうやって食べてきた。そんなふうに、いかに野菜を保存もしながら、逆にちょっとのお肉を使って美味しく食べるか、それを考えてきたのです。

    だから、まさに肉や油物を摂り過ぎている私たちが、実は、こっちの料理に変わらなければいけないのです。だったら、少しのお肉、たくさんのお野菜、こういうお野菜があればご飯が美味しい、お汁物も一緒に頂ける。そうやって食べられる料理というのが、ちゃんと自然にバランス良く、挙げ句に私たちの体にいい料理となってくるのです。ですので、この地域の財産であるふるさと料理というものを、今回、ユネスコの無形文化遺産登録の意義というのは、実は足元の宝なんだと。このふるさとの料理こそ、先人たちが生きるために、本当に切実な知恵でした。食べることが生きることだったのですから、その時代の知恵を私たちがあだや疎かに出来るはずもないです。

    これからもっと食料問題というのはいろいろな形で厳しくもなってくる時代に、多分突入していくでしょう。その中で、もう一度これを機会にふるさと料理の見直し、それは私たちの体にもいいのだということを、ぜひ再認識していただきたいと思います。

    司会

    中山先生、貴重なお話をありがとうございました。中山先生にも、この後のパネルディスカッションにご出席いただきたいと思います。

    では、続きまして別府大学短期大学部食物栄養科教授の立松洋子先生より、「おおいた食育WASHOKU運動を展開」と題しましての事例発表を行っていただきます。

    立松先生は、大分の食を元気にする取り組みとして、「おおいたWASHOKU女子隊(育ドル娘)を結成するなど、ユニークな食育活動を開発、展開されていらっしゃいます。郷土料理、伝統料理、一汁三菜といった和食の良さを学生に伝え、子供たちを次の食の伝道者にすることを目指していらっしゃいます。

    それでは、立松洋子先生、本日はよろしくお願いいたします。

    立松氏

    皆さん、こんにちは。いつもユニークな格好が特徴のおだんご二つの先生と呼ばれております別府大学短期大学部食物栄養科の立松と申します。

    今日、皆さん方に2人の先生とはちょっと違いまして、学生を次の食の伝道者に育てるというようなことを今やっているということで、今日その取り組みをお話ししてくださいということですので、ちょっとお話ししたいと思います。

    「育ドル娘」というのと「和食女子隊」という名前が出てきますが、おおいたWASHOKU女子隊の食育への取り組み事業というのが、平成23年から24年、2年間に県の方の提案がございまして、食文化の伝承、そして食事作法の定着と伝承料理の伝承、個食防止等について、参加団体というのがうち、要するに栄養士の卵の学校が3つ大分県にございまして、そこそこでいろいろな取り組みをしていただけないだろうかというのがWASHOKU女子隊ということになるのですが、その大分のWASHOKU女子隊の「ワ・ショ・ク」という言葉は、ワイワイ言って食べる、そしてワクワクして、ドキドキして食べる、「ワ・ショ・ク」の「ワ」、輪になって食べる、会話しながら食べる、心健やかの和とか、食事マナーが上手に出来る丸という意味とか、栄養バランスがいいという和を全部掛け合わせて、何か若い力で取り組みをというようなご提案がございました。

    ですが、私たちの別府大学短期大学部では、「育ドル娘」というのが先に結成されておりまして、平成17年から食育ということでいろいろな活動をしている中で、もうその時から日本型食生活である一汁三菜の啓発と箸の持ち方、食事マナーや手洗い指導、食文化の伝承、食の安全に力を入れて実践して、特にWASHOKU女子隊の行事では育ドル娘が踊って、歌って、食育をというようなパターンでしていますが、今お話をしましたが,育ドル娘はステージを中心に歌って踊ってというチームなのですが、その他に地産地消を広げるという意味で、製造チーム、そして紙芝居、縫いぐるみなどを作る食育教材を開発チーム、そしてあと子供の興味を引くような、いつも一汁三菜、一汁三菜と言っていると、保育園の子供たちにはちょっと分かりにくいので、楽しいお菓子作りから始めて、手洗いをしたり、お箸の持ち方の指導をしたりというようなところから始めておりました。

    そしてまた、特に弱者である障害者の料理教室、どういうふうに障害者さんに料理を教えていったらいいか、食育をしていったらいいかということで学生さんたちといろいろ開発してきました。その中の一例で、今からちょっと早くなりますので、こういうふうにご飯でおむすび、のり巻きをするとご飯が幾らあっても足りませんで、こうやってフエルトの生地で作ったりとか、あと紙芝居もこうやってばい菌とか、お月見だんごの作り方とかそういうものをしていったり、そして今、育ドル娘はつい最近、23年、24年にはその「一汁三菜」の歌を作りましてCDデビューをいたしました。それで、老人ホームとかいろいろな所で歌ってもらえるようにお分けしたりしております。

    今お手元にある資料が、「一汁三菜」の歌というようなことになっております。もし良ければ、ちょっと一汁三菜の歌を見てください。それで、「一汁三菜」、目覚まし時計を止めた後、一日バランス考えよう。主食に、主菜に、副菜に、果物、牛乳組み合わせ、主食はパン、ご飯は麺という歌なのですが、これは本当にご飯とみそ汁と三つのおかずで、栄養バランス良くというようなことを、もう平成17年度から取り組んでおりまして、今、朝起きて、夜お日様が沈んだら寝るという、これは時間栄養学というのが今からはやってまいりますが、要するに朝起きたらしっかりご飯を食べて、仕事、勉強をし、お日様が沈む頃には寝て、また次の力にというような、そういうような食生活の中身を入れた歌です。

    そして、次にございます皆さんのお手元にあります資料の「みどりのうた」というのは、先程お二人の先生方が、大分のだんご汁とか、きらすまめしとかで一村一品運動というのがございまして、本当に各地域でいろいろなお料理があるわけなのです。でも、本当にこのお料理は大分県の自然、皆さん、熊本いろいろな所から来られていると思いますが、その自然があるからこそこの食育、その食べ物が美味しく感じられるのだということで、「一汁三菜」を大分県の水と緑のテーマソングに合わせまして、同じ「一汁三菜」を変えた、もう一つの「みどりのうた」というものがあります。

    そして、こちらの本題になりますが、要するに食べることをするためには、やはり食の安全というようなことで、小さい時から食中毒にかからないようにということで、こういうふうにノロウイルスの縫いぐるみとか、腸炎ビブリオ、ボツリヌス、熊本のからしレンコンで亡くなる方が出ました。土に入っている菌なので、空気がなくてもどんどん増えてしまうので、土をよく落として、子供たちには砂場で遊んだら手洗いしてというふうな食の安全という意味もありまして、こういうふうに食中毒の予防とかもしております。それで、保健所さんとかからお声がかかりまして、衛生教室のお手伝いをしたりとかしております。

    そして、育ドルさんは、大分県のショウガとか、ゴボウとか、いろいろな地産の物がございますので、大学の方でジンジャーイチゴ、バラとハチミツ、ゴボウとココア、ショウガとブルーベリーなどの、こういうふうなクッキーも作りまして障害児の施設さんの方に頼みまして、こういうふうな物を発売して、地産地消と障害者さんの要するに応援というようなことでしてきております。そしてまた、地域に親しまれるような食育をということで、ビーコンの15周年を祝うお誕生日には、畳1畳ですから90センチ、150センチのケーキを作っていたり、そして、こういうふうに春夏秋冬のカレンダーを作るために90センチくらいのケーキがございます。そういう物を作ってカレンダーにして保育園に配ったりしております。

    育ドル娘が出来る前は、こういうふうな楽しいような歌、そしてこの振り付け等でしておりましたが、少し一汁三菜、野菜を摂る日本型の食生活ということで、これお菓子の家に見えます。お菓子の家なのですけれども、ブロッコリーの牛乳寒とかが出来るわけなのです。こういうふうにここにありますが、お皿に入れるとブロッコリーゼリーになります。これは牛乳で溶かしますとシチューになります。これはピーナツドレッシングを土に固めて、上に野菜を載せたものなので、お皿に入れるとドレッシングになります。こういうふうにして子供たちに楽しく食べ物を食べる、そして栄養のお話をしながらしていくための教材として、お菓子というようなことを含めながらしております。

    そして、これが障害を持つ人のための料理教室、これが障害児さんにも、普通の子供たちにも喜ばれますが、伝統の豊後梅というのが大分のお花になっています。県花になっております。梅の花の臭いがする所、ユズも大分で採れます。ユズの臭いのするページ、それとカレーライスとか、チョコレートの臭いがするページが本を開くとあります。そういうものを入れながら楽しく食育が出来るように、そしてまた、地域の要するにイベントに呼ばれた時は、大分県の郷土料理、じり焼き等を皆様方に試食していただく、そしてお砂糖を変えて、テンサイ、キビ、いろいろありますが、日本人の要するに繊細な甘みの味覚、いつも使っている白糖ではない、白砂糖ではないような物を巻いてしたりしております。

    また、こういうふうにステージがあったりとか、大分県は駒形ドジョウ、駒形の方にドジョウを東京の方に送っております。そのドジョウを使ったお料理などをしております。また、大学独自で健康展をして、要するに減塩弁当を提案して、デパートで売っていただいたりして、学生さんたちが指導に入ったりしております。また、お花見の減塩弁当を一緒に売ったり、テレビが来た時はテレビに出たりとかというようなことでしております。特にまた、七草粥、そして茶摘みをしまして、茶摘みのお料理も作りましたが、こういうふうに新茶を振る舞って、ペットボトルのお茶と新茶がどちらが美味しいですか、急須がおうちにありますかなんかのアンケートを取らせてもらったりしております。これがお茶の葉っぱで作るお料理に挑戦しているところです。

    そして懐石、心の懐石、千利休の作ったお茶から作る利休弁当というものを提案し、デパートで売ってもらったり、重陽の節句には菊のお料理をしたり、今度は大分から神戸に向かいますサンフラワーという船がありますが、その中で食育活動をして折り紙を折って、目玉焼きを折ったり、トマトを折ったりしながら食育を進めております。これが折り紙を折っている船内の風景です。

    そして、またビーコンからお祭りとかがありました時には、こういうふうに巻きずしの指導をしたりとか、今度はローカルテレビなのですけれども、とんぼテレビというのがございまして、月曜日の番組をいただきまして毎週月曜日に「たてまてぃ・育ドル娘と学ぼう食育講座」というようなものをしております。そして、育ドルさんの夢は、食育検定なるものをして、出来るだけ多くの人にいろいろな知識を持ってもらったらいいなというような夢がございます。そして、出来れば大分県が言われるように県民運動になるように努力していっておりますので、こういうような取り組みをしております。

    ちょっとお話が早口になりましたが、いろいろしておりますので今日はご報告を申し上げました。どうもありがとうございました。

    司会

    立松先生、ありがとうございました。立松先生にも、この後のパネルディスカッションにご出席いただきたいと思います。

    それでは、ここで約10分間の休憩に入ります。シンポジウム再開は午後2時25分からとなりますので、それまでにご着席いただきますようお願い申し上げます。また、ここでお帰りになる場合は、アンケート調査票を資料に挟んでございますので、ご協力くださいますようお願いいたします。

    なお、お手洗いにつきましては、会場を出られまして右手のロビー内にございます。

    それでは、午後2時25分のシンポジウム再開までご休憩をお願いいたします。

    (休憩)

    5.パネルディスカッション

    司会

    お待たせいたしました。シンポジウムを再開させていただきます。

    これよりは、パネルディスカッションとして、「和食文化の魅力」をテーマに、ディスカッションを行っていただきます。

    それでは、コーディネーター及びパネリストの皆様もご紹介させていただきます。皆様から向かいまして左側からコーディネーターの桑畑美沙子先生、パネリストの中山美鈴先生、立松洋子先生でございます。そして、若い世代として熊本大学大学院教育学研究科修士課程教科教育実践専攻生活系教育専修家政教育コースの四月一日梨沙さんにもご参加いただきます。

    皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

    それでは、パネルディスカッションに先立ちまして、全体の概要を私よりご説明をさせていただきます。

    本日のパネルディスカッションテーマは、「和食文化の魅力」です。和食文化を特徴付けるキーワードとして、多様で新鮮な食材とその持ち味を引き出す工夫、一汁三菜を基本としたバランス良く、健康的な食生活があります。さらには美しく盛り付ける表現方法や食器の使用などにより、自然の美しさや季節の移ろいを表現し、年中行事などにも密接な関わりがあります。本日は、そんな和食文化の魅力について、ディスカッションを行ってまいります。

    また、先程もご紹介いたしましたが、本日のディスカッションには地元の学生の方にもご参加をいただいております。ディスカッションの中では、和食文化を次世代へ継承してもらうために、若い世代から見た意見もお伺いしてまいります。

    それでは、ここからの進行は、コーディネーターの桑畑美沙子先生にお願いしたいと思います。桑畑先生、よろしくお願いいたします。

    桑畑氏

    では、これからパネルディスカッションに入っていこうと思います。まず、四月一日さんは今まで登壇しておりませんので、簡単に自己紹介をお願いいたします。

    四月一日氏

    私は、熊本大学大学院で家庭科教育に関する研究室に所属しております。現在は、大学院の1年生ですが、修士論文テーマとして地域の生活課題、生活文化に係わる高校家庭科の授業について、食の視点から研究をしております。

    簡単に研究内容を申し上げますと、家庭科教育の中で和食文化を扱うことで、子供たちに何を学んでほしいのか、その考え方や扱う方法について実践事例や文献等から学び続けているという状態です。

    今回のシンポジウムを通しまして、さらなる和食文化の魅力を学び研究等に生かしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

    桑畑氏

    ありがとうございました。

    和食文化については、先程の私の話とか、それから、お二人の先生方のお話で、もういろいろ皆様もお分かりいただけたかと思います。和食というと、何か固定的な観念があったかもしれないけれども、その豪華な食事であるとかそうではなくて、自分たちの持っているものの中に伝えるものがあるのだということがお分かりいただけたと思います。それをお二人の先生方が事例でとても良く説明してくださったと思います。

    先程の時間が短かったので、お二人の先生方はお話したいことが十分に出来なかったのではないかと思います。今から、少しずつお話をしていただきたいと思います。

    まず、中山先生から、九州の和食文化がどのように親しまれているかを先程も幾つか事例を引いてくださったのですが、もう少しご紹介いただければと思います。

    中山氏

    ふるさと料理の話は挙げればきりがありませんので、ただ、残念ながら優れたふるさと料理がそうそう残っているかというと、実際本当に厳しいものがあります。どれほど親しまれているかといっても、お話をしてくださる方は皆さんご高齢の方で、若い方に正直受け継がれていないというのが現状です。では、今どういうことが起きているかというと、やはりそれではいけないのではないかということで、何も知らなければ親しみようもないわけで、子供たちにぜひそういうことを教えていこうということで、幾つかの取り組みがありますので、その事例を少しご紹介したいと思います。

    1つは、今日添付資料も添えさせていただいたのですが、長崎上五島の奈良尾地区というところがあります。ここは漁村地帯なのですけれども、以前はかなり漁師町で栄えたところなのですけれども、400年ほど前に、紀州和歌山から漁民が移り住みまして伝えたという生ずしというアジの姿ずしなのですけれども、そういう料理を伝えている所で、魚連の女性部の人たちが郷土料理研究会というものを立ち上げまして、子供たちに直接教えて伝えていこうという取り組みをやっています。私もこれに参加してきたのですけれども、魚の裁き方から丁寧に教えて、干物作りをやったりとか。生ずしというのは、ちょっと少々難しいのですね、魚を酢締めにして。でも、頭ごと酢に漬け込むのでやわらかくなって、大変美味しいのですけれどもそういうのと、おからも酢飯とおからと半々に混ぜて、これもお米の節約ですね、そうやって作ったおかべずしという郷土料理がありまして、そういうのは難しいので子供たちに見てもらうと。そして、実践としてすり身作りみたいなことをやるのです。

    面白かったのは、どうせやるんだったら、ちゃんと本物を子供に教えようということで、今はアジもすり身にしてかまぼこにしたりとかいろいろ加工があるのですね。その1つで、子供たちも大好きな料理がありまして、やはり好きで美味しくないとだめですね、子供たちも真剣にならないので。お正月に必ず登場する厚焼きという料理がありまして、これはすり身に卵を混ぜて甘い味付けにして、卵の厚焼きみたいに焼くのです。子供たちは大好きなのです。でも、それを自分たちで作ったことがなかった。家では大抵、家で作るところも最近は少ないらしいのですけれども、作る場合というのはほとんどフードプロセッサーの力を借りてすり身作りをするのです。でも、あえてそのフードプロセッサーを使うのと、すり鉢を使ってすり身を作るというのと両方やらせたのです。

    そうすると、何しろすり鉢とかすりこぎとか使ったことがない子の方が大半なので、どういう反応を示すかと思ったら、結構興味津々でして奪い合いになるのです、次は自分の順番だといって。挙げ句、作って両方食べ比べると、すり鉢で作った方が美味しいと言うのです。そうやってみて、昔の人がどれほど苦労をしていたかというのがよく分かったと。フードプロセッサーでは何て簡単なんだと。30分、1時間もかかるのがそこで何分かで出来るわけですから。

    そういうことを体感することで、いろいろなことを子供たちは学んでいく。要は、やはり子供たちに本物を伝えるということと、本物であれば伝わるということと、本物を知ることによって選べると。何も知らずにいるのでは、ふるさと料理というのはやはり残っていかない。なので、そういうことって大切なのだなと。これは教材にして、映像化してインターネットでも広く見られるようになっていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

    もう1例、福岡の築上町にある高校がありまして、そこではハンドメイドクラブというのがありまして、別名ぬか床クラブと言うのです。福岡の北九州地方というのはぬか漬け文化が非常に根強く残っているところで、今でも100年床のぬか床を持っているのがうちの自慢だとか言って、朝顔を洗わなくてもぬか床には手を入れるとかそういうお話もあるくらい非常に、辛うじてと言ってといいますか親しまれているのですが、ここに郷土料理でぬかみそ炊きという料理があります。イワシとかサバとか青魚をこのぬか床のぬかみそを入れて、じっくり煮て保存食のように非常に日持ちする料理になって、すごく美味しくて、北九州の人たちは皆さん大好きな料理です。でも、これはぬか床がなくなると、つまりぬかみそがないとこの料理は出来ないのです。地域起こしのグループの人たちが、100年床を高校のクラブにあげたのです。その譲り受けた部分を、よく嫁ぐ時に持って行ったり、少し持って行ったり分けたりする文化がすごく残っているのですけれども、その受け継いだものを自分たちで一人ひとりそのぬか床を持って毎日漬けていく。

    今年の夏は暑かったでしょう。心配でしょうがないので、夏休みも毎日出ていて混ぜて手を入れたというくらい、やはり体験することによって、出来れば本物を、いい物を、そういう貴重な形で受け継ぐという形で、やはり子供たちはそれを受け止めて自分たちのものにしていく。そういう形でのいい継承活動というのは幾つか行われているというのがあります。1つの例としてお話をしました。

    桑畑氏

    ありがとうございました。ぬか床を受け継ぐ、私も北九州に妹がいるのですけれども、そこの弟のお母さんが、ぬか床を大事にしいらっしゃるのはやはりそういう文化が北九州にあるのだなというのを、今聞いていて分かりました。うちの妹はそれを受け継いでいくのかしらと思いながらちょっと聞いていたのですけれども、100年床はすごいですね。それが文化として受け継がれていって、それを高校生がまたやっていくというのがうれしい話ですね。

    では、次は大分の立松洋子先生から、大分の和食文化がどのように保護、継承されているか、先生の学校の子供たちの活動も通して、幾つかご紹介くださればと思います。

    立松氏

    大分の方は、本当に先程も言いましたが一村一品ということから、各地方で本当にすごい郷土料理がたくさんありまして、それをアレンジしてやはり地元のお料理、新しい物をまた作っていこうというように、今の人に好まれるような形にしていこうというふうな形で、いろいろな物が出ております。その中で、じり焼きというのがありますが、小麦粉を水で溶いてフライパンで焼いて、その中に普通は黒砂糖を入れるのですけれども、そのうちの大学と他校の大学等で、うちはシンプルなじり焼きで、やはり郷土料理をアピールしていく、もう二つは中にポテトサラダを入れたりとかしていくというような形で、もう一つは郷土料理家の先生とかは、ニューヨークまでじり焼きということで広めたいというようなお話も出まして、結構じり焼きを通して食育をしようというのが、この2年間の取り組みでした。

    でも、うちの方がしましたシンプルな形で子供たちに舌でいろいろな味を味わってもらうということで、お砂糖をいろいろ黒砂糖から、キビから、テンサイ糖から変えてみて、子供たちに2年間にわたって何千枚というほど焼きましたが、皆さんお金を出してもいいから買いたいと言っていただくので、本当にびっくりしたわけなのです。本当に小さいのを試食で差し上げていたのですけれども。ですから、今の生クリームたっぷりのお菓子と比べたら、そんなに美味しくもないのに、みんながこれだけ親しんで食べられるというのは、そこにやはり昔ながらに食べたというようなそのイメージが残っていて、遺伝子的にそういうようなあっさりした物のおやつの方が、好まれるのかなと思っております。

    また大分は発酵食品、塩麹とかお酒とかが結構出来る所なので、そういうような物を使った物とかをやってみたり、あとこの頃育ドル娘さんは、もう60回くらいの講演をしておりまして、多分もう1万人、2万人以上の人にステージを見てもらっていると思います。今までこちらから保育園とか老人ホームにお願いしてあったのですが、今は、いろいろな所からいろいろ頼まれるようになったということは、やはりみんな何かしら食というものを考えたいと思っている人が、多くなっているのではないかというふうに思っております。そして、楽しくないと子供たちには受けないので、本当に楽しく出来る食育、それとやはり発達段階に応じた食育というようなことから、箸の持ち方、手洗い、その手洗いの歌、一汁三菜の歌も学生さんが、今まで自分が習った授業から考えて作り出していく。そしてまた、いろいろなアレンジ料理を作りますが、やはり基本はお米は浸水させて、加熱して、むらすというような原理から来ているのだということがはっきり分かって、これからの郷土料理を作っていくというようなそのおうちでも普通の生活をしながら身に付けていくものが、日本の食事だったり、文化だったり、食生活だったりするので、普段の食事をいつもから大事にするように学生さんには指導をしていっております。

    桑畑氏

    ありがとうございました。じり焼きというのは、熊本の方は焼きだごのことですよね。熊本で焼きだごと言いますでしょう。私は聞いていて、あっ、焼きだごだと思っていたのですけれども、熊本にもありますね。ちょっと言い方がいろいろあるけれども、そうだなと思って聞いていました。

    どうですか、四月一日さん、今までの話を聞いて、基調講演とか先生方の講演なんかを聞いて、若い世代としてあなたは食物を専攻で大学でやってきて、そしてまた今、家庭科で食教育を大学院でやっていらっしゃるので、私たちの話とほぼ同じくらいのスタートラインにいるのではないかと思うのだけれども、あなたのお友達は和食をどう捉えているのだろうか、それから、あなたも今日の話を聞いて、「あっ、ここのところ、私は今まで気がつかなかったな」というようなものがあったら、ちょっとご紹介をしてください。

    四月一日氏

    私の周りの大学生の話からしたいと思います。

    まず一人暮らしをしている大学生が多かったのですが、一人暮らしの人は自炊か、外から買ってきて食べ物を食べるという状態なのですが、自炊をしている人たちの中で和食を作る、私は和食派でいつも和食を食べますという人はほとんどいなかったと思います。その理由を聞いたことがあります。その一番の理由は、しょうゆとかみそとか酢とか、調味料が多過ぎて味付けが難しいということと、和食を作るには家族だと大量に作って分け合えばいいけれども、1人分だけ煮物を作るというのがとても難しいということ、あと大学生同士で外に食べに行く、外食に行こうという時に和食を選んだことは一度もないです。その理由として、私の考えなのですけれども、恐らく洋食イコールおしゃれだというイメージがあって、雑誌とかを見ても洋食を取り上げてコーナーを作っているのが多くて、和食は私が見る限り見たことがないので、流行というものに乗っかっているのかなという感じも受けています。

    あと、私は先程も先生に言われた通り、食文化のことについて研究等で学んでいるのですけれども、先生方の実践事例を聞いていて、特に印象的だったのが伝える側も伝えられる側も、手間暇をかけて楽しみながら作ることで、美味しいという経験をすることそれが食文化をつなげていくということにつながっているということが、改めて大切なことなのだなというふうに思いました。

    桑畑氏

    ありがとうございました。私も大学に勤めていた時に、だご汁についてよく授業をしていたのですね。そしたら学生が、田舎くさか話ばっかりしてという感じで見ていたのです。なぜ熊本でだご汁が多いのかというのを考えると、さっきスライドで出しましたように、日本で採れる粉というのは、うどんとかだご汁に適した、ちょっと専門的に言うと中力粉なのですね。なぜフランスでフランスパンかというと、フランスあたりで採れる小麦粉はフランスパンに適した小麦粉なのです。イタリアの(「は」に修正)パスタですね、あそこで採れる小麦粉はパスタに適した小麦粉なのです。イタリアの人がおしゃれでパスタを食べて、フランスの人がおしゃれでフランスパンを食べていて、日本人は流行遅れで田舎者だから、だご汁を食べているのではなくて、実は食べ物というのは地域で採れたものを、より美味しく食べるために昔の人が工夫して、イタリアの人はそれがたまたまパスタが美味しかったからパスタにしたのだし、フランスの人はフランスパンにした。日本の粉は、うどんだとかだご汁に適していた。それからさっきの焼きだごもそうですね。あれも中力粉で作るから美味しいのであって、強力粉なんかとは違うそういう地域の風土によって作物が決まってきて、その作物をより美味しく食べるための工夫が食文化であり、実は日本の和食だったんだと。だって、和食というのは動物性の肉も使わないではないけれども、大体はご飯と野菜と魚をメインにしていろいろ、豪華な物もそうなっていきますね。それは米が主食、日本は米がたくさん採れる国であったし、四方を海に囲まれて魚がいっぱい捕れて、その魚をより美味しく食べるためにいろいろ工夫をして、いろいろな料理が出来たというのがある。つまり、そこになってくるのですけれども、あっ、おしゃれねと。おしゃれというのは、そういえば私が熊大で授業をしていた時も、だご汁の授業をするといつも学生に言われていたなということを、ちょっと思い出したことでした。

    フロアの皆さんの中からも少しご意見をお伺いしたいと思うのですけれども、何かありませんでしょうか。質問なりご意見なりある方いらっしゃいましたら挙手をお願いいたします。

    どなたか、では、お願いいたします。

    来場者

    先生方、貴重なお話をありがとうございました。私も尚絅大学の方で、管理栄養士の養成をしております小西と申します。私は、出身が長崎県で、今日のお話の中でちょっと長崎の話がなかったので、長崎のお話を少しと、それから和食といった時にやはり一番に思い起こすというか、考えていただきたいのがお米ということで、私は生まれは長崎なのですけれども、育ちは行政の仕事で北九州におりまして、先程のぬか床の話も非常に楽しく聞かせていただきまして、特にぬか床のエピソードで言わせていただきますと、ぬか床は元々、床ということで、床の間に小笠原藩の城主が福井県の方から北九州の小倉に持ってきたというのが最初だったと。それを小倉と熊本はご縁があるなと思うのが、細川さんは廃藩置県でこちらの方にお見えになったということで、北九州は400年以上のぬか床がありまして、学校の方に学校給食でぬかみそ炊きをやります時に、6カ月間業者に依託をいたしまして作っていただくというふうなことをやっておりました。ぬかみそ炊きは、逆におうちの方では子供たちは知っているけれども、お母さんは知らないということがありまして、非常にそういう青魚を美味しく食べるということを、北九州でしかもご飯に合わせて食べるということが大事かなというふうに考えております。

    学校の方で今取り組んでおりますのが、米を中心にお弁当を持っていきましょうと、弁当の日というのをやっておりまして、特に主食を3、そして主菜を1、副菜を2、3、1、2の弁当箱法というのをやっておりまして、そこの中でご飯を200グラム食べましょうと。学生に先だってやりました時に、ご飯を200グラム食べられないと言っていたのが、全部食べてしまいまして私の方が驚いたというところがあります。お米の文化だということを、もし先生方にいろいろご意見とか、お知恵がありましたら教えていただきたいということを感じております。

    それと、先程長崎県の出身ということで申しましたが、長崎の方は「わ・か・ら・ん」ということで、和食、そして中華、「ラン」というのはオランダというところの食文化があって、和食の分をどんどん変えていったというところがありますので、また先生方のご意見を伺いながらいろいろな、特に立松先生のお話の中で若い学生さんたちが、いろいろと違った食材を有意義に使っていただいているなというふうなことを楽しく聞かせていただきましたので、特にお米を中心にということでもし話題を提供していただけるとありがたいなというふうに感じております。

    よろしくお願いいたします。

    桑畑氏

    ありがとうございます。先生方何か今のご意見にありますか。

    では、また、ちょっとすぐに、いいですか。

    立松氏

    多分、お米の文化と芋の文化と小麦粉の文化で、大分県でいきますと宇佐なので本当にお米の文化で、押しずし、物相ずしと言いますが、枠で固めて多分いろいろな知恵があって、同じように分けるとかそういう意味のものなのですというようなことで、郷土料理は学生さんに作ってもらっているので、そういう由来とかをお話をしながら郷土料理は作っております。また、丸ずしも多分長崎もどこどこもあるのですけれども、同じように名前が違うのなのですけれども、学生さんには丸ずしも教えるのですけれども、魚が酢ではぜるというのですか、たんぱく質の変成と、その根本的なことを家でおばあちゃんがお母さんに、そして子供に伝えていきながら、魚が酢ではぜるのだというようなことが分かってくるわけなのですが、そこのはぜるということをしたことがないもので、締めるとも言いますけれども、それがないものですから、全く魚を生で載せているみたいなふうに学生さんは思ったりするので、そういう部分的なことまでを一緒に含めた郷土料理作りと、そしてお米と言われましたので、うちの方は大分は七草とかどこもあると思うのですけれども、そういうような必ず10月にはお米が採れますので、そこでいろいろとお米を使ったおすし、おむすびのコンクールとかをしております。

    大分は特にシイタケを使っておりますので、シイタケのアレンジとか、あと今で言いますと変な話セブンに新しいおむすびを出すというようなことを頼まれた時は、全員がコンビニ向けの大分の関サバを使ったり、大根を使ったり、いろいろな食材を使った物をしたりしながら、お米を炊くということ、そしてお米にどういう物が合うというようなことでやっているということぐらいでしか、ちょっとありません。すみません。

    桑畑氏

    ありがとうございました。

    四月一日さんの若者の話を聞いて、お二人の先生方はどうでした。さっき控室でも、ちょっとしゃべっていたので何となく分かる話でもあるのですが、実感、そうだよなということでしょうか。

    立松氏

    彼女が、美味しいものは受け継がれるというふうにお話したので、今、NHKの「ごちそうさん」をちょっとちらっと思い出したのですけれども、本当にちらほらとあのテレビの番組の中で私たちも感じることが出来るので、そういうふうに感じる方が多いということは、まだ日本人であるというか、和食をしっかり愛せるということだと思うし、またその味覚というのはやはりおうちの味覚と、地域の味覚と、日本の味覚というものがありますので、本当におうちの味覚、地域の味覚、そして日本の味覚みたいな形を今からちょっと探っていければとは思います。

    桑畑氏

    中山先生はいかがですか。

    中山氏

    おしゃれと来たので、そう来たかと思いましたけれども。でも、何がおしゃれかという価値観というのは、もう時代によって変わるのです。だから、今はそうかもしれませんけれども、あるいは10年後、20年後になったら、日本料理の方が格好いいと、むしろ世界の人たちは日本料理にすごく注目しているのです。今、かつおぶし、昆布を出汁に取ったりとか、隠し味にしょうゆやみそを使うというのは、フレンチの世界では当たり前ぐらいまでの域になっているのです。日本人がパンやコーヒーを飲んでいますけれども、非常に日本文化愛好家ではなくても、著名な方々の中にも欧米ではみそ汁を飲み、パーティーでもちゃんとのりがあってご飯、これさえ置いておけば手巻きにして、おすしでパーティーするというのは、非常に洗練されたむしろおしゃれな文化として広まりつつある。回転ずしなんか見てください。もう世界的な人気ではないですか。

    だから、私はもっと先を言えば、男の人も料理が出来ると。今日は俺がだご汁を作ろうかと、格好いいではないですか、そっちの方が。学生にも私は言うのですね。昔は3高と言いましたよね。知っていますか、女性が男性に求める結婚の条件、背が高くて、学歴が高くて、給料が高い。でも、今はそうではないと、これプラス料理も出来ないといかんのよと。だから、逆にそうすれば逆玉もありで、そういう道もあるわけだから、頭ばかり良くなくてもいいから、別にみんながみんな東大に行かなくてもいいわけですから、料理力を身に付けたらどうだと言うのです。逆に、下手な結婚をすると殺されると。今、男性も女性も同じくらいに料理出来ませんから。だから、おしゃれとか言うというのも、おしゃれかどうかというのも、一巡すれば変わってきますので。

    私は、やはり本物は残る、美味しい物は残ると思っています。確かに消えて行く物は消えていくなりに理由があると思うのです。それは昔のように、ゼンマイだとかあくを抜いて大変ですよ。爪とか手が真っ黒になりながらあく抜きをするとか。確かにこれから先厳しいなと、こういう物をちょっと伝えていくのは難しいかなと思う物もありますが、逆に世界にむしろこれはもっともっと広めていいのではないかと思うような料理は、幾つも日本食の中にあります。それはもう見る側の意識や見方の問題であって、それは私たちも悪いのですね。あまりふるさと料理というものの良さというものを本当に真剣に学び伝えていこうとしなかった。そこはお互いにそういう気持ちで向き合っていけば、日本食の未来というものはもっと広く明るいものになるのではないかと思っています。

    桑畑氏

    今の四月一日さんの話から始まって先生のお話まで含めて、その若い人たちが洋食がおしゃれと感じるその気持ちを生かして、逆に和食がおしゃれと思えるように和食を言っている私たちが、頑張らなければいけないのだなというのが先生のご意見だと。やがてそうなっていくとは思うのだけれども、そこがやはり和食を広めていく1つのヒントかなと、そういう意味でユネスコの無形文化遺産に登録を申請中であるということは、まさに和食がおしゃれということを世界が認めてくれることになるから、これは農水省が頑張らなければいかんなと私は思うのです。担当者の人は、もう本当にどうやって頑張るか、もう精いっぱい、死に物狂いで頑張って無形文化遺産を取ってくれば、若い人たちは。だって富士山だって、世界遺産になったらみんな山に行くではないですか。無形文化遺産になったら若い人たちはみんな和食をおしゃれだと思うでしょうから、それも1つの手だなと。

    今言ったのですけれども、すべきだという話をしていたってちっとも良くならないので、私たちが今自分が何を出来るかを、一人ひとりが考えてやっていくことが大事ではないかと思うのです。四月一日さんは四月一日さんで学生の立場で、それから将来は教員を目指す立場で、私たち3人の大人たちは、それぞれが係わっている活動の場で、どういうふうに取り組んでいくかということを、改めて私たちも考えてみないといけないのではないかと思うのです。

    参加してくださっている皆さんも、ああ、今日はいい話を聞いたではなくて、自分に何が出来るかを問い直して考えてみることが大事ではないかなと思います。一人ひとりがやらないと、今日来てくださった人たちは、もうみんな仲間です。みんな一緒にやる人です。みんなでやっていかなければいけないのではないかというふうに思います。このシンポジウムが済んだら、もう済んだではなくて、そのためにここに集まっているのではないかというふうに私は思っております。

    こんないきなり言われても難しいと思うのですけれども、先生方、これからどうやっていくか、四月一日さんも、これから自分はどうしていこうかということをちょっと考えてみて、後でお話をしていこうと思います。その間に、フロアの方から、誰かもう1人くらい。

    では、2人お願いいたします。前の男性から。

    来場者

    県庁で農業の方を担当しております荻野と申します。今日はいい話をありがとうございました。

    ちょっと感想からなのですが、和食文化というのはユネスコに登録するということなのですけれども、聞いていてひとつ絶滅危惧種になりつつあるのかなみたいなそういうような印象をちょっと受けました。それと、あと和食文化というのは、和食文化を頂点にしてその下に多くのものがあると。農村の暮らしだとか、食材であって、特に私の方だと農業の方の関わりですので、伝統野菜だとか伝統農法とかこういったものというのも、全部つながっているのだなと思って。ちょうど阿蘇がこの5月に世界農業遺産を取りましたけれども、こういうのにも非常につながってくるので、このユネスコになるということを頂点にして、それにつながるものを全部守っていくと、こういう取り組みが大事かなと感想を持ちました。

    あと、若干ちょっと教えていただきたいのは、和食の範囲ですけれども、例えば先程讃岐うどんがありましたけれども、ほとんどオーストラリア産の小麦ですけれども、ああいうのもいいのですかね、和食ということで。ちょっとその辺が疑問に思ったものですけれども。

    桑畑氏

    農水省はどう思っているのでしょうね。いきなり振られても農水省もかわいそうだけれども。

    農林水産省

    農林水産省の橋本と申します。よろしくお願いします。

    今回、和食文化ということでシンポジウムをさせていただいております。和食文化とあえて「文化」を入れさせていただいたのは、特定の料理を指すものではないという意味が込められております。例えば、ラーメンが入るのかとか、うどんは入るのかとか、では、カレーは入るのかとかそういったものがいろいろ議論はあるのですけれども、今回取り上げたのは、どれが和食でどれが和食ではないかということではなくて、私達が食べ続けてきたもの、食生活の一部となっているものの積み重ねが食文化でございますので、例えば有名な讃岐うどんでいうと、香川県ではお米ではなく小麦が採れたと。先程、桑田先生のお話にもあったように、地域で採れたものをうまく活用する。たまたまその香川では小麦が採れて、良質の塩が採れて、しょうゆが採れたのでうどんを食べ始めた。これは立派な食文化でございます。今は、なかなか小麦の生産も少なくなり、輸入小麦を使用しておりますが、これは立派な食文化、和食文化であると考えております。

    今回のシンポジウムについては、どの料理が和食として入るか入らないかというのではなくて、和食をもっと大きく私達の食習慣として、今回のシンポジウムでは捉えていただければ、より分かりやすいのではないかというふうに思っております。

    以上でございます。

    桑畑氏

    ありがとうございました。では、もう1人挙手がありましたので、お願いいたします。

    来場者

    福岡県田川郡河原町というところから参りました。私は生まれ育ちが赤村という皆さんご存じないかも分かりませんけれども、まだどことも合併しないで生き残っている赤村で生まれ育って、お隣町の河原町に二十歳で嫁ぎました。兼業農家から兼業農家に嫁ぎました。それで、子供の頃から祖母、母たちはお客さんのもてなし料理は、自分たちで作った物を出しているのです。豆腐を作って、こんにゃくを作って、鶏を飼って、その鶏を裁いて、そういうものがもてなし料理でした。私はそれを見て育ちましたので、嫁いでからも仕出し料理とか、お客料理を取り寄せたことがありません。全部二十歳から40人、50人の料理を作ってきております。そして、足元にあるいろいろな木の実とか野菜、畑も作っておりましたので、市場にも行ってきました。野菜の作り方も知っています。米の作り方も知っています。そういうことで、とてもお米とか野菜が大切なのです。

    それを、今はいとも簡単に、食べられないわ、美味しくないわと、ポンポン捨てる時代になってきております。それと、お百姓さんが苦労をして作った野菜、外国から取り寄せて輸入された野菜、どれがどうなのか分からない時です。本当に私たちは買い物をするのに頭を使って考えなければならない時代になっているのです。そうこうして年数がたってきておりましたら、お料理を教えてくださいといろいろな方から頼まれるようになってきているのですが、何せ肩書も資格も何もないものですから、このようなシンポジウムとか、フォーラムとか、講習会とかがあった時に、先生方のお話を聞かせてもらって、それでお勉強をさせてもらっています。

    私は、こうしてマイクを持たせてもらうので本当に今ドキドキしているのですけれども、桑畑先生がシンポジウムでここで終わるだけではなく、一人ひとりが帰られて、一人ひとりが頑張ってもらわないとと言われたものですから、思い切って挙手をいたしました。

    それで、今の地域、私が嫁いだ頃は、本当に地域の人たちが公民館に寄り集まって、お斎きの料理、近所に死人が出た時に、お斎料理を作るのですけれども、これを必ずみんなで集まって作っていたのですが、今はもう斎場でみんな折り箱に詰められたお料理を食べるのが当たり前になってきています。私はやはり自分が二十歳の頃から、年配の方々と一緒に精進料理を作っていったのが、とってもお勉強になってきましたので、今もそれを続けたいと思っているのですけれども、なかなか皆さんついてきません。それで、どのようにしたらそのような地域の活動がなされるか、それもやはり今日このようにして勉強をさせていただいて、熊本に行って、こういうお話を聞いてきましたよ、大切なことですよと、これをまた地域の方々に伝えられたらいいと思います。

    それで、家庭料理というのは親から子へとつながれていって、本当に文化を伝える重要なことだと思うのです。ただ、お腹がすいたから食べればいいというものではなく、健康な体と心を作ってくれるのがこの食文化だと思うのです。それで何か私は上手く言えませんけれども、もう本当に作ることだけしか出来ないです。徹夜で24時間立っておけと言えば、立ってお豆腐を作って、こんにゃくを作って、今は赤村では養豚業の方たちが豚肉を売っていますので、それでロースハムも作ります。ベーコンも作ります。ハンバーグを作る時には、お豆腐を作るとおからが出るものですからハンバーグの中にそのおからを入れたり、また、おからをパラパラに空煎りにしましたら、パン粉代わりになりますので、コロッケとか豚カツの周りに付けるパン粉の代わりにおからを付けます。そしてまた、それをさらにカラカラに茶色に煎りますと、おからのお茶になります。本当に捨てるところがないです。

    そして、豆乳は乳製品、牛乳の代わりに全て豆乳がグラタンになったり、ホワイトシチューになったり、プリンになったり、そういうデザート類になったり、お豆腐もちょっと生クリームとかクリームチーズを混ぜてゼラチンで固めると、レアチーズケーキになります。その上に真っ赤かなゼリーを乗せるのですけれども、これも黒豆を炊きましたら真っ黒い汁にそこに今だったらカボスがあります。カボスを入れたり、スダチを入れたりすると化学変化を起こして真っ赤なきれいな色になります。これをゼリーにします。下がお豆腐のケーキで上が真っ赤なゼリーで、これも素敵な紅白な2段のケーキ、本当にもう工夫をすればするほど、いろいろなメニューが湧いてくるのです。だから、何か地域の人たちに、こういうことをもっともっと伝えたいけれども、セイトクと申しますが、洗い物が多くて野菜を洗わなければいけないし、お茶碗を洗わないといけないしで、なかなかついてきてくれようとしないのですけれども、今日のこのシンポジウムをきっかけに、また私は自信が湧いてきましたので、地域に帰って伝えていきたいと思います。

    ありがとうございました。

    桑畑氏

    ありがとうございました。終わり方になって発言が多くなってくるのが世の習いなのですけれども、しかし、終わりの時間もありますので、そろそろお3人の先生方に、ご自分はこれからどうやっていくか、和食文化を伝えていく、そして育てていくそういう上で、自分はどうなさるかという話をちょっと簡単にお願いいたします。

    では、誰から。四月一日さんからしますか。

    四月一日氏

    私は、将来高校の方で家庭科教員を目指しているので、高校生に対して和食文化をどのように伝えていきたいかということをお話ししたいと思います。

    学校教育で食文化を伝える機会が男の人も女の人も平等にあるのは、高校がラストチャンスだと考えています。そこで、いろいろ実践事例とかを読み込んだ時に、生徒の感想として食文化は大人になったら伝えればいいのではないかという意見を見たことがあるのですけれども、私が生徒に食文化について学んでもらう時には、大人になったらではなく、自分自身も地域の1人として自覚し、今出来ることを考えることと、食文化というのは、やはり長い年月といろいろなたくさんの人々によって伝えられてきたものなので、大人になってちょいちょいと教えれば伝わるといものではないと思うので、伝えようという意識を持ち続けることの働きかけの積み重ねだということを、心に刻んでほしいなと思います。

    そういう刻み方とか、そういう意識を持ってもらうために、どのような授業をしていけばいいのかというのが、私の修士論文のテーマであり、これから勉強をし続けることなので、ちょっとはっきりした方法というのは申し上げられないのですけれども、卒院するまでにはしっかり自分の考えを持っていきたいと思っています。

    桑畑氏

    ありがとうございました。頑張ってくださいね。しっかり勉強をして、自分を豊かにして、そして採用試験に通って、そこが大変でしょうけれども、頑張って教員になって。先輩たちの実践に学びながら、より良い実践を作っていただけるといいなと思います。

    では、お願いいたします。

    立松氏

    私の方は、大学で生徒を教える側なので、小・中・高ときて大学になったら何でも出来るというわけではありませんので、本当に小学生に教えるようなことからでも、きちんと作るところから、作るというのは生産のところから、そしてそれから流通、そしてその物を買って、それをまた土に戻していくというような総合的なことが出来るような学生に、そして今、この震災等がたくさんある時なので、本当に野生でも生活出来る。ある物を、いろいろな食の知識を学び取って、やはり総合力のある学生にしたいと今は感じております。

    特に私の方は3歳から小学校6年生までの子供料理教室をずっと平成4年から16年まで開いてきまして、やはりみんな言うのですけれども、本当に小さい時の3歳から小学校、それからの6年間というのは本当にいろいろなことを学べる時期だと思いますので、今はもうお嫁さんに行っていますが、本当に3歳の時からお料理をして良かったという子が多いです。それと、本当に子供たちというのは、頭で考えるのではなくて体で考えるのですね、三つの子供たち。大学生だったらオムレツは混ぜて、こういうふうに折って、こうやってひっくり返すというのですけれども、三つの子とかは出来ないようにあるんですけれども、人のことを見ていて、小さなフライパンでコロコロっとやってしまうので、本当に小さい時にやはり親が教える、そしてよく教えられる親を作るということが私の課題だと思っております。

    それと、先程言いましたが、食育検定が何か少しでもうまくいくように大分県でちょっと頑張っていきたいなと思っております。

    桑畑氏

    ありがとうございました。

    中山先生、お願いいたします。

    中山氏

    先程、絶滅危惧主という言葉が出ておりましたが、それも一つあるかなと思いました、正直なところ。確かに天然記念物とか保護の対象になるものというので、有形の物というのは本当に守られていくのですけれども、この私たちの日本人の健康を作ってきたふるさと料理は保護されてこなかったのです。やはり失ってからでは遅い。料理というのはやはり作ってこそ、食べてこそなのです。作る人がいなくなると絶滅するのです。絶滅するのだということを知っておくことも大事かなと思います。

    それと、もう一つ子供にということと、体験することの大切さということを私は今日申し上げたつもりなのですけれども、その方がやはり早いと思うのです。その結果ですね、先程もすり身作り、郷土料理を学んだ子供たちが、家ではその生ずしを食べたことがなかったけれども、お母さんにも教えておうちでも食べるようになりたいといふうに言った子がいました。子供に教えることで、その波及効果として家での、本来家で伝承されるべきものなのですけれども、それが危ういからこうなっているというこれが今の時代の危うさだとも思うのですけれども、当たり前にあったものに対しての価値というのを、なかなか見出しにくくなっている時代なのかなとも思います。

    何かおしゃれであったり、流行であったり、話題になったり、大きく取り上げられたりそういうふうになれば注目するけれども、足元にある地味なものというのにはなかなか目が行かない。でも、それが失われて気付いても遅いのですね。やはり子供たちを地域ぐるみで先程幾つかの例を挙げましたが、いずれも成功しているのはみんな地域ぐるみで子供たちに直接働きかけているのです。そこから大人たちへという、こうしないといけなくなっているという悲しい現実もあるわけですけれども、そこはそういう有効な方法と思って、私はここに一縷の望みをかけております。

    やはり日本独自の文化の大切さというものをもっともっと発信していく必要があるなと、日本人しか食べないもの、個別個別で考えるのではなくても、例えば梅干しなんかも、あれは日本人が生み出した、日本人しか食べないものです。うちの研究所には150年物の梅干しがありますけれども、今年の夏は暑かったでしょう。だいぶ心配しましたけれども大丈夫なのです。すごいでしょう。世界最長の食品であり、保存食品であり、世界最強のアルカリ性食品だと思うのです。もうちょっと時間いいですか。

    ユッケ事件というのがありましたでしょう、焼き肉の、死亡者が出ましたよね。こういうO-157とかO-11とかこういうふうな時とか、疫痢がはやったり、戦争が起きるたびに梅干しって、実はそういう時に見直されてここまで続いてきたものなのです。私は言いたいのです。もちろん業者も悪いのですけれども、6歳の子供に生肉を食べさせるのもどうかと思うのです。昔だったら絶対そんなことを親はしなかったです。季節外れの物さえ、冷た過ぎる物さえ昔は食べさせませんでした。梅干しくらい最低食べられるようになって、おすしだって、焼き肉屋さんだって連れて行ったものです。やはりそういう子供たちに食べたい物だけ食べさせれば、もうたちまち食卓は無国籍状態になります。だって、そういうのが好きなのですから。カレーだ、ハンバーグだ、餃子だ、焼き肉だ、グラタンだとこうなっていくのです。でも、食べたい物だけではだめ、食べなきゃいけない物があるのだと。それによって私たちはここまで、自分たちの力で生きているわけではないのですね。私たちには親があり、その親があり、ずっとその先祖たちの健康があったから、私たちの健康というのが今あるのです。

    やはりそういうことを今のお年寄りの方たちは、もっと子供やお孫さんに言っていいと思います。ぜひ食べなきゃいけない物があるのだと。それは日本が誇る文化であるのだということも、ぜひここに来てくださっている方は、多分物すごく意識の高い方々だと思います。ぜひそういう機会にこのユネスコ無形文化遺産の登録というのも、その1つのきっかけと捉えて和食の魅力というものを再発見しながら、発信していきたいと思っております。

    桑畑氏

    ありがとうございました。先生方のお話、四月一日さんも含めてまとめになる言葉、キーワードはいっぱい出てきたと思います。1つは、私はやはり体験を通すことの大切さ、だから手間暇かけて美味しいと感じる、そこから出発するということは大事だなと。私も「教える」という言葉を何回か使ったと思うのですが、教え込むのではなくて楽しい、美味しいというふうに、子供、相手の方が感じるところから興味が湧いてくるのではないか。押しつけてもそれは「あっ、そう」でおしまいになってしまうから、それをどうやって相手が美味しい、楽しいという気持ちになるかというような仕組みの問題も、私たちは考えていかないといけないのではないかと思います。

    嫌うから食べさせないということではないのですね。食べてみたら美味しいわけだから、作ってみたら楽しい。だけど作って食べてお終いではなくて、その次に大事なことは、その背景は日本の風土の中で作られてきたものなのだ、伝統的に食べられてきたというのは、日本の風土と深く係わってきているのだと、風土を大切にしていくということが和食にはあるのだよな、私たちが食べてきたものにはあるんだよなというところに、子供たちの目が行くように、私が報告しました阿蘇のだご汁の先生の実践では、先生は何も言わなかったのに子供たちが、自分たちで気が付いていました。そして、自分が次の世代に教えていく存在になっていこうというような感想を書いてくれました。

    時間がなかったからあの感想しか持ってこなかったのですけれども、あんな感想はいっぱいあるのです。そういうような授業というか取り組みが出来るというところが、私たちはあの実践に学ばないといけないのではないかと思っているのです。そういうことに学びながら、そして今自分に何が出来るか。

    例えば私だったら非常勤で教えている学校、幾つか行っていますから、専門学校とか大学に行って授業をしているところで、教材に保育科の授業で焼きだごをしているのです。扱っているのです。それもみそ焼きだごを作ったりしているのです。おみそを作った後でみそ焼きだごを作って。最初は、みんな、「こがんとが食べられると」と言うのですが、食べてみたら、「あれっ、結構美味しいね」と言うのです。こういうのも出来るんじゃない。子供たちにも、保育園なんかでも少人数だったら一緒に作って出来るでしょうと、こんなことをやれるんじゃないと私は提案をするんだけれども、言葉で言うだけではなくて、食べて美味しい、あっ、これならやれるな、簡単だというようなそういうのをして、それでなぜこれがあると思うと。これは昔はちょっと農家の人たちが、今日は時間があるか作ろうかなと、そして自分のうちで、裏作で作った小麦を水車小屋に持っていって曳いてもらった地粉で食べるようになったという話をすると、ああ、なるほどと。私にばかり言わせないで、あなたたちのじいちゃんや、ばあちゃんにも話を聞いてごらんと。じいちゃんやばあちゃんたちは宝の蔵だから、いろいろな話を知っているから、聞いてごらんといって言うのですけれども、そういうようなじいちゃんと孫世代をつなぐ役割も、私たちに出来るのではないかと。つなぎながら人と人をつなげていく。また、自分も、私もそんなに何もかも知っているわけではないから、私も今、地域のばあちゃんの所に行っては、いろいろなことを教えてもらう。

    そういうような地域の中に入っていって、私たちもそこから学んでいく。聞き取りをしていらっしゃるように、していらっしゃる先生だけではなくて、みんないろいろな方に聞いていく。もうその人たちが亡くなってしまった後は、自分が聞いているからそれを次に伝えて行ける存在になれるように、やっていくことが大事なのではないかというふうに思います。

    時間の制約があって、もっと意見をおっしゃりたかった方もあるかと思いますが、3人の方にしか発表の機会が作れませんでした。ちょっと、私のやり方がまずかったと思いますけれども、大体これで3人の先生方にも発表していただきましたし、フロアからも意見が出ましたし、農水省の方にも意図を話していただいて、まあまあ良かったかと思っているのですが、これをきっかけにもう一度和食、自分にとって和食とは何か、その和食をどうやって伝えていくか、広げていくか、新たに自分がどんな和食を作っていけるかなというようなことをお考えいただく機会、そしてやっていただく機会に今日がなれば、良かったかなというふうに思います。

    では、本当に3人の先生方ありがとうございました。ご苦労さまでございました。

    司会

    桑畑先生、進行ありがとうございました。パネリストの皆様、そして熊本大学大学院の四月一日梨沙さんも、長時間に渡りまして熱心なご議論をいただき、ありがとうございました。壇上の皆様にもう一度盛大な拍手をお願いいたします。

    以上をもちまして、和食文化“再考”シンポジウム、「再発見!「和食」文化の魅力」を終了させていただきます。最後までご参加くださいまして、誠ありがとうございました。なお、本日受付にてお渡しいたしました参加証、並びにアンケート調査票は、ご退出の際に受付付近のスタッフへとお渡しください。今後の参考とさせていただきますので、アンケートにはぜひご協力くださいますようお願い申し上げます。

    それでは、皆様、アンケートご記入後、お気をつけてお帰りくださいますようお願いいたします。

    本日は、お忙しい中、ご参加いただきまして誠にありがとうございました。

    以上

    お問い合わせ先

    大臣官房政策課食ビジョン推進室
    担当者:武元、橋本
    代表:03-3502-8111(内線3104)
    ダイヤルイン:03-6738-6120
    FAX:03-3508-4080

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