持続的な養殖生産の確保を図るための基本方針
平成十一年八月三十日 (農林水産省告示第千百二十二号)
持続的養殖生産確保法(平成十一年法律第五十一号)第三条第一項の規定による持続的な養殖生産の確保を図るための基本方針について、同条第五項の規定に基づき、次のように告示する。
持続的な養殖生産の確保を図るための基本方針
近年、養殖漁場においては、過密養殖や、餌料の投与等により、過度の硫化物や有機物がみられるなど、全国的に漁場環境が悪化している。このような養殖漁場環境の悪化は、放置すれば最終的にはその漁場における養殖自体を不可能に至らしめることとなりかねないものであるとともに、過密養殖によるストレス等とも相まって、養殖水産動植物の伝染性疾病(以下「魚病」という。)の発生及びまん延の原因ともなっている。さらには、養殖漁場環境の悪化は、水域全体の環境の悪化の一因にもなっている。
また、近年、我が国においては、養殖用の種苗を海外に依存する傾向が顕著であり、海外から重大な魚病が侵入する危険性が高まっている。
これらの課題に対応していくためには、過密養殖の是正等養殖漁場の改善のための取組を促進するとともに、特定疾病のまん延を防止するための措置を講ずる必要がある。
この基本方針は、以上のような状況にかんがみ、持続的な養殖生産の確保を実現するため、必要な事項を定めるものである。
一養殖漁場の改善の目標に関する事項
養殖漁場の改善の目標は、次のとおりとする。
1水産動物を対象とする場合
(1)海面養殖(海産魚介類を対象とするものをいう。)
ア水質
いけす等の施設内の水中における溶存酸素量が、4.0ml/l(5.7mg/l)を上回っていること。
イ底質
次に掲げる基準のいずれかを満たしていること。
- (ア)いけす等の養殖施設の直下の水底における硫化物量が、その漁場の水底における酸素消費速度が最大となるときの硫化物量の値を下回っていること。
- (イ)いけす等の養殖施設の直下の水底において、ゴカイ等の多毛類その他これに類する底生生物が生息していること。
ウ飼育生物の状況(魚類を対象とするものに限る。)
条件性病原体である連鎖球菌及び白点虫による年間の累積死亡率が、増加傾向にないこと。
(2)内水面養殖(淡水魚介類を対象とするものをいう。)
ア水質
いけす等の施設内の水中における溶存酸素量が、3.0ml/l(4.3mg/l)を上回っていること。
イ底質
次に掲げる基準のいずれかを満たしていること。
- (ア)いけす等の養殖施設の直下の水底における硫化物量が、その漁場の水底における酸素消費速度が最大となるときの硫化物量の値を下回っていること。
- (イ)いけす等の養殖施設の直下の水底において、イトミミズ等の貧毛類その他これに類する底生生物が生息していること。
2水産植物を養殖対象とする場合
疾病による被害が増加傾向にないこと。
二養殖漁場の改善及び特定疾病のまん延の防止を図るための措置並びにこれに必要な施設の整備に関する事項
1養殖漁場の改善並びに特定疾病のまん延防止を図るための措置
(1)養殖漁場の改善を図るための措置
養殖漁場の改善を図るため、養殖の態様、漁場の特性等に応じ、次に掲げる措置を講ずるものとする。
ア漁場の状態に応じた養殖生産
漁場の利用の実態、漁場のモニタリングの結果等を考慮して漁場の状態を的確に把握し、過密養殖とならないよう、いけす等の養殖施設の規模及び数を定めるとともに、飼育個体数又は飼育密度の制限を行うこと。また、漁場の海水交換を阻害しないよう、各養殖施設間の一定の間隔の保持等の養殖施設の適正配置を行うこと。
イ飼餌料の適正な使用
漁場への有機物負荷を低減するため、給餌量の制限に努めるとともに、モイストペレットや固形配合飼料等有機物負荷の比較的少ない飼餌料の使用を促進すること。
ウ養殖施設の適切な管理
養殖施設内の飼育生物の生育環境を良好に維持するため、養殖施設等への付着物の除去や、定期的な網替えを励行するとともに、漁場環境の悪化を防止するため、除去された付着物は陸上で処理するよう努めること。
エ魚病の予防と対策のための措置
健康な種苗の確保に努めるとともに、周辺の養殖漁場における魚病の発生や分布の状況を注視し、養殖施設等の消毒を励行する等魚病の発生予防に努めること。また、病魚及びへい死魚を発見した場合には、速やかに取り上げ焼却する等まん延防止のための適正な処理を行うこと。さらに、投薬に当たっては、投薬量の抑制等の観点から、統一的かつ計画的な投薬を行うとともに、投薬に関する必要事項を記録して保管しておくこと。
オ水産植物における養殖の適正な管理
魚病の発生予防及びまん延防止を図るため、過密養殖とならないよう、適正密度を維持するとともに、海水交流を阻害しないよう、早めの摘採、適当な干出の実施等の適正な管理を行うこと。
(2)特定疾病のまん延防止を図るための措置
可能な限り初期の段階で、特定疾病のまん延防止を図るための次に掲げる措置を講じるものとする。
ア異常魚介類発見時の迅速な処理
異常魚介類を発見した場合には、魚類防疫員等に迅速に報告するとともに、直ちに異状を呈する魚介類等の移動を制限する等他への感染を防止するための措置を講じること。
イ魚類防疫員等への協力
病原体の侵入経路に関する資料の提供、立入検査への協力等魚類防疫員等が実施する一連の調査に協力すること。
2養殖漁場の改善及び特定疾病のまん延防止を図るために必要な施設の整備
1の措置を講じる場合において、養殖の態様、漁場の特性等に応じ、次に掲げる施設を整備することが重要である。
(1)養殖漁場を的確にモニタリングするための観測施設
(2)配合飼料用給餌機等の漁場への有機物負荷の軽減に資する給餌施設
(3)自動洗浄機等の養殖施設等への付着物を除去するために必要な洗浄施設
(4)病魚、へい死魚及び付着物を処理するために必要な焼却施設
(5)特定疾病等の検査施設
(6)養殖場の排水処理施設
(7)病魚を隔離するための施設
(8)その他養殖漁場の改善及び特定疾病のまん延防止に有効な施設
三養殖漁場の改善及び特定疾病のまん延の防止を図るための体制の整備に関する事項
1養殖漁場の改善を図るための漁業協同組合等を中心とした体制の整備
養殖漁場の改善は、同一湾内など一体的に管理することが適当であると考えられる海域においては、関係する漁業協同組合等により共同で漁場改善計画を策定し実施することが望ましいので、漁業協同組合等において、漁業協同組合役職員、養殖業者等から成る漁場改善計画の推進のための組織を設置するとともに、必要に応じ、関係する漁業協同組合等から成る連絡・協議のための組織を設置するものとする。
2養殖漁場の改善を推進するための国及び都道府県を含めた体制の整備
国は、より効率的な漁場改善措置を検討するため、都道府県と連携しつつ、漁業協同組合等が漁場改善の取組を進める中で集積した漁場環境データを活用する等により、養殖行為による養殖漁場環境への影響に関する試験研究を効率的に推進するものとする。また、養殖漁場の改善がなされた事例の情報収集と体系化を行うとともに、関係機関と連携しつつ、その積極的な公開を行うものとする。
都道府県の水産試験場等の調査研究機関は、漁業協同組合等に対し、養殖漁場のモニタリングの実施に当たっての技術的支援を積極的に行うとともに、漁業協同組合職員や養殖業者等に対し、モニタリングの技術の習得や知識の向上のための研修等を適宜実施することが重要である。
3特定疾病のまん延を防止するための体制の整備
特定疾病のまん延を防止するため、国、都道府県、漁業協同組合、養殖業者等関係者間の連携を強化し、迅速な情報交換が図れるような体制を整備をするものとする。
国は、魚病被害を軽減するため、病原体の特定、簡易かつ確実な診断法の開発等に関する試験研究を積極的に推進するとともに、防疫技術について体系的な知見の蓄積を図るため、海外魚病専門機関等との連携を強化するものとする。
都道府県は、漁業協同組合、養殖業者等との十分な連携を図るとともに、魚類防疫員及び魚類防疫協力員を地域の養殖実態に応じて適正に配置する等により、養殖業者に対する的確な指導及び助言に努め、魚病の効率的な予防を図ることが重要である。
四その他養殖漁場の改善及び特定疾病のまん延防止に関する重要事項
1養殖漁場の適切な調査の実施
水質、底質、漁場の使用状況等の養殖漁場の実態を適切に把握するため、漁業協同組合等によるモニタリングについては、漁場全域にわたり十分な調査定点を設定し、定期的、かつ確実に実施するとともに、得られたデータを適切に分析評価することが重要である。
2天然種苗の利用時等における取決めの作成
天然種苗の利用時及び新魚種等の導入時においては、養殖漁場に病原体が持ち込まれる可能性が否定できないことから、魚病等を持ち込まないよう、漁業協同組合等において、事前の疾病検査、一定期間の隔離等に関する取決めを作成することが望ましい。
3養殖用資材の選定・使用に際しての環境保全等への配慮
漁場改善計画に基づく改善措置をより効果的なものにするため、水産用医薬品や漁網防汚剤等養殖用資材の選定・使用に当たっては、環境の保全や生産物の健全性に十分配慮することが必要である。
4その他
養殖漁場の改善は、養殖業の発展とともに水産物の国民への供給の安定に資するものであることから、このような取組に対する国民の理解と支持を得ることが極めて重要である。このため、漁場改善計画の策定内容、当該計画の実施状況等について、一般消費者等へ積極的に情報提供を行うこと等により、養殖漁場の改善を促進させるものとする。
一方、特定疾病のまん延防止に関しては、養殖業者自らが防疫に関する正確な認識を持ち、魚病侵入の防止及び魚病発生を防止する適切な養殖管理を図るとともに、魚病発生時に適切な対応をとることが重要である。このため、防疫の重要性に関する啓発と適切な知識の普及を図るものとする。