ホーム > 組織・政策 > 農村振興 > 水土里電子博物館 > 土地改良偉人伝~水土里を拓いた人びと~ > 岐阜県 曽代用水を拓いた喜田吉右衛門、林幽閑、柴山伊兵衛
岐阜県関市
喜田吉右衛門 生没年不明
林幽閑 生没年不明
柴山伊兵衛 1611年(慶長16年)~1703年(元禄16年)
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1663年(寛文3年)、現在の関市一帯は水利の便が悪く、水不足に悩まされてきました。この地に移住してきた尾張藩の浪人喜田吉右衛門と弟の林幽閑はこれを見かねて、地元の豪農の柴山伊兵衛と相談し、長良川から水を引く用水を計画しました。
当時は、ダイナマイトや機械もなく、固い岩盤を掘削するため、炭や焚き木の火で岩を焼き、砕きやすくしてから、たがねと金鎚で掘るという厳しい作業が1年間も続く、大変な工事となりました。工事費は約5,500両もの大金となり、3氏は私財を全て使い果たし、喜田吉右衛門は離脱し、林幽閑も行方知れずとなってしまいましたが、柴山伊兵衛は貧しい小屋に住みながら頑張りとおしました。
そして、着工から10年の歳月を経て、約17キロメートルわたる用水が完成し、荒れ地は美しい田んぼに生まれ変りました。
農民たちは3氏の功績をたたえ、井神社を建てて祀り、今でも毎年8月1日に3氏の遺徳を偲んで例大祭が行われ、曽代用水土地改良区の関係者を始めとする多くの人々が感謝の祈りを捧げています。
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