ホーム > 組織・政策 > 農村振興 > 水土里電子博物館 > 土地改良偉人伝~水土里を拓いた人びと~ > 鳥取県 大井手用水の祖 亀井茲矩
鳥取県鳥取市
1557年(弘治3年)~1612年(慶長17年)
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鳥取平野は、「因幡の暴れん坊」と呼ばれる千代川によって作られた沖積平野ですが、 戦国時代まではこの川の氾濫と農業用水の便が悪いことから、荒れ地や畑が多くありました。
関ヶ原の戦いの功績により鹿野城主となった亀井茲矩は、この様子を見て新しく農業用水路を造り、新田開発することを思いつきました。農業用水路を造る時には、亀井公自身が馬に乗り、馬の通った足跡に用水路を作るように命じました。
1600年(慶長5年)から7年の歳月をかけて、延長16キロメートルにも及ぶ「大井手用水路」を造り、その後、荒れ地や畑の開墾を行った結果、千代川西側には、当時、1,200ヘクタールもの穀倉地帯が造られました。
この用水路には、水量を調節する多くの「樋」が造られ樋守が置かれるとともに、水田の大きさによって支流の水路の幅や深さを決めることにより、効率良く分水していました。
大井手用水路が整備された今日でも、土地改良区が主要な樋門の管理や番水の調整を行っており、この大井手用水の恩恵を受けている地元の人々は、この用水を『亀井さんのおおいで』と親しみを込めて呼んでいます。
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