ホーム > 組織・政策 > 水土里電子博物館 > 各地に残る水土里の足跡 > 大田原城の御用水 蟇沼(ひきぬま)用水旧取入口
|
![]() |
最初は蟇沼・折戸・上横林・横林・接骨木(にわとこ)の5ヶ村の飲用水として慶長年間(1956~1615年)に開削され、明和8年(1771)には大田原城下まで延長されて御用堀とも呼ばれるようになりました。
天明年間(1781~1789)に取入口拡張をするなど大田原藩の維持管理のもとに明治を迎えた。明治24年(1891)に大改修を行い水田かんがい用水の確保がなされました。
伏流河川の蛇尾川を越えて那須西原地区への飲用水及び農業用水の確保を行うため、明治18年(1885年)に築造され、昭和44年(1969年)3月に国営那須野原地区総合農地開発事業によって移設改修されるまで、農業用水及び生活用水を送りつづけました。
当時の構造は、岩盤をくり貫いたトンネルで取水していました。
先人が残した貴重な遺産として、現在の頭首工とあわせて周辺が一体的に管理されています。
![]()
農村振興局整備部設計課
ダイヤルイン:03-3502-6231
FAX:03-5511-8251