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農林水産省

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水土里の四季 

タイトル 場所 概要
パッチワークの丘「びえい」 北海道上川郡美瑛町 十勝岳連峰に抱かれた美瑛町は、町の大部分を占める丘陵地を利用した畑が「丘の町」と言われる美しい農地景観を創り出しています。多様な作物が栽培され、季節によって様々な彩りとなることから、さながらパッチワーク模様のようで、訪れる人々の心を癒します。
農業の営みが創り出した「北の国」の景観 北海道富良野市、空知郡上富良野町、中富良野町 北海道のほぼ中央に位置する富良野盆地は、ドラマ「北の国から」で有名な観光地であるとともに北海道有数の農業地帯です。広大な丘陵地のほ場に作付けされた作物は、それぞれの収穫時期を色彩豊かに表現し、美しい実りの景観を提供しています。
日高山脈を仰ぐ十勝平野の広大なパノラマ 北海道河西郡中札内村、更別村、幕別町忠類、大樹町 十勝平野は、北海道の背骨といわれる日高山脈からの豊富な水と豊かな土壌により支えられ、開拓の歴史を通じて現在の美しい風景が形成されてきました。畑作と酪農を主体に安定した輪作体系の農業が営まれ、ヨーロッパの農村のような牧歌的な景観を創り出しています。
絶景「きじひき高原」 北海道北斗市(旧亀田郡大野町) 木地挽山(きじひきやま)山頂から函館山を背景にした「きじひき高原」や「大野平野」の眺望。広大な草地に放牧された元気な牛は、のどかな風景を醸し出すとともに、北海道の自然の雄大さ、景観の美しさにかたづをのむ360度の景観美術館です。
日本一の面積を誇る公共牧場-ナイタイ高原牧場- 北海道河東郡上士幌町 日本一広い面積の牧場で、夏には2,700頭を越える牛や馬が草地に放牧され、冬は、雪一面で覆われます。眼下には十勝平野、遠くは阿寒の山並みが一望でき、四季折々の牧場の緑のじゅうたんと十勝平野に広がる畑のコントラストが楽しめる十勝の観光ルートの一つとなっています。
メルヘンの丘めまんべつ 北海道網走郡大空町 北海道東部のオホーツク海側に広がる丘陵地帯は広大な畑地と風雪から大地を守る防風林、背後に広がる山並みや海とのバランスが美しく、夏はばれいしょの白や空の青とが一体となった景観、秋には緑肥用ヒマワリと豊穣の大地が織りなす四季折々の景観を楽しむことが出来ます。
雄大な北の大地「十勝平野」-300間区画の圃場と防風林- 北海道帯広市 明治30年、300間(546m)四方の区画を設けられ十勝の代表的な農地景観である圃場が形成されています。また圃場のまわりに設けられている防風林の幾何学的に並んだ木々は農地と溶け込み、新緑の春、秋の紅葉、冬の雪景色など四季折々の美しい景観を提供しています。
風のまち   とままえ  北海道苫前郡 苫前町  苫前町南部の高台の上平共同利用模範牧場では、眼下に日本海が望める美しい牧場景観が創出されています。風の強いこの地域では風力利用の発電用風車39基が牧場内に林立し、牧場と自然エネルギーを利用する風車群が調和した独特の景観が創出されています。  
中世の栄華と干拓の歴史を刻む「十三湖」 青森県五所川原市(旧北津軽郡市浦村) 津軽平野の北端で、岩木川が日本海に注ぐ河口部に位置する十三湖は、中世期には北日本を代表する港湾都市「十三湊」として発展し、藩政時代から始まった防風林・砂防林の植裁が緑豊かな景観を形成しています。
水陸万頃「胆沢扇状地の散村風景」 岩手県胆沢郡胆沢町  胆沢平野の散居集落は、富山の礪波平野、島根の出雲平野と共に「日本三大散居集落」と言われ、風よけのため「居久根(エグネ)」と呼ばれる屋敷林と、「きづま」と呼ばれる全国的に珍しい独特の垣根が、屋敷の周囲を取り囲んでいます。
山形南端白川流域の扇状地「飯豊の散居集落」  山形県西置賜郡飯豊町 飯豊山を源とする白川流域扇状地に広がる田園散居集落です。水田の中に点在する屋敷を囲んでこんもりと繁る屋敷林は、防風、防雪、稲掛け、燃料にと、農村生活の知恵として利用されてきました。まさに農業生産と生活空間が同居した美しい農村景観の代表といえます。 
 五月雨をあつめて早し最上川「最上峡」 山形県最上郡戸沢村   古口集落の下流約10キロの最上狭は、草薙層と呼ばれる硬質頁岩の地層のため、浸食されることなく今日まで古来の姿を留めており、自然が作り出した景勝地となっています。春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪景色と一年を通して美しい景観を楽しむことが出来ます。
米どころ山形「庄内平野の風景」  山形県鶴岡市  鶴岡市水沢地区は、庄内平野の南端に位置し、「はえぬき」を中心とするおいしい庄内米の産地です。庄内平野は、真平らな地形で、水沢地区からは四季折々の水田風景と共に、「出羽富士」と呼ばれる鳥海山を遠景に眺望することができます。
最上川下流に広がる緑豊かな「水田の広がる庄内平野」 山形県酒田市(旧飽海郡松山町) 庄内平野の東部出羽丘陵に位置する眺海(ちょうかい)の森から西に臨む農村景観は、山形の母なる最上川の緩やかな蛇行とその扇状地に拓けた水田地帯のコントラストが美しい。ここからは、四季折々の庄内平野と日本海が眺望できます。
韮神堰(にらかみせき)と白石川堤一目千本桜(しろいしかわていひとめせんぼんさくら) 宮城県柴田郡大河原町東桜町 韮神堰は、県営用排水改良事業により築造され、柴田町槻木地区の約500haのほ場を潤す重要な施設ですが、取水施設としてだけではなく、「みやぎ蔵王三十六景」にも選ばれ、春には白石川の清流に残雪の蔵王連峰、白石川堤の一目千本桜を映し込んだ美しい景観は地域の人々へ安らぎを与えています。
雪にとけ込む農村風景と古人の熱き思いを今に伝える円筒分水井 栃木県日光市瀬川 県北西部、東武日光線上今市駅周辺に広がる日光市瀬川地区。近くには中禅寺湖を水源とする清流大谷川が流れており、そこから取り入れられた水は、今市用水円筒分水井によって分配され、農業用水や水道水として使われています。
一面に広がるピンクのジュウタン「市貝町芝ざくら公園」 栃木県芳賀郡市貝町見上 栃木県中央部、八溝山系を東に望む自然豊かな市貝町見上。なだらかな地形を活かし、約25万株の芝ざくらが植栽された「市貝町芝ざくら公園」は、多くの住民や近隣高校生ボランティア等の協力によって保全され、毎年4月中旬より5月上旬にかけ、芝ざくらまつりが開催され、美しいピンク色のジュウタンが多くの人を癒しています。
芦野の「遊行柳」 栃木県那須郡那須町芦野 松尾芭蕉をはじめ多くの文人が訪れた地として知られる那須町芦野。
地元で産出された「芦野石」の玉垣をめぐらせた中に、一本の柳「遊行柳」があり、傍らには、芭蕉や蕪村の句碑、西行の歌碑が並びます。
6月には、芭蕉が芦野を訪れた時期に合わせ「田植え祭り」が行われるなど、旧陸羽街道沿いの名所となっていいます。
三栗谷田圃を育む、歴史的疏水「三栗谷用水」 栃木県足利市福居町 足利市南部の福居町を流れる「三栗谷用水」は、安土桃山時代に農業用として引き入れられた歴史的な用水路で、北は渡良瀬川、南は群馬県に接する水田地帯、通称“三栗谷田圃”と呼ばれる地域一帯を潤し、地元農家の維持管理作業等によって今日も淀みなく流れています
広大に咲き誇る蕎麦の花「矢ノ原高原の蕎麦畑」 福島県大沼郡昭和村 奥会津昭和村に位置する矢ノ原高原には、日本で二番目に古いとされる湿原があります。福島県の自然環境保全地域と村の天然記念物に指定され戊辰の役古戦場でもあることから、豊かな自然と歴史文化を育んできた地域でもあります。
那須集落(ちぃじがき蕎麦の里)の段々畑と石垣  群馬県甘楽郡甘楽町  秋畑那須集落では、「ちぃじがき」と呼ばれる石垣で作られた段々畑で小さな農業が守られてきました。とりわけ蕎麦は、その風土に根付き食文化を築いてきました。石垣の保存と蕎麦作りによる、「ちぃじがき蕎麦の里づくり」が実現し、地域住民との交流が行なわれています。 
小幡地区の家並みと農業用水「雄川堰」   群馬県甘楽郡甘楽町  雄川堰は、元和元年(1615)に織田信長の二男信雄(のぶかつ)が小幡に陣屋を築いた時に築造されたといわれ、古くから住民の生活用水、農業用水や精米の動力源などの多目的に利用されてきた用水路で、当時は御用水奉行を置き、水の管理が行なわれました。  
 歴史が育てた「白井堰」 群馬県渋川市(旧北群馬郡子持村) 白井堰は、市場町を流れる生活用水路でした。農業が盛んになり、昭和22年に白井堰は農業用水路へ変わりました。白井宿には、中央を流れる白井堰、8つの古井戸、草津・江戸等への道しるべ、古い家並みなどが残り「白井宿八重桜まつり」では多くの行楽客が訪れています。 
豊かな明日へ キャベツの絨毯  群馬県 吾妻郡 嬬恋村   嬬恋村では、山々の麓に広がる自然豊かな高原に位置し、冷涼な気候を活かした夏秋キャベツの栽培が盛んです。農地開発事業によって造成された農地で全国有数の一大キャベツ産地ができました。以後、ブランド“つまごいキャベツ”は全国各地に出荷されています。  
 地域と共生する歴史的農業用ダム  埼玉県児本庄市  間瀬ダムは、昭和12年度に完成したコンクリート製の農業専用ダムです。規模はあまり大きくはありませんが、歴史を感じさせるものがあります。平成12年に、ダムの堤体と管理橋の装飾が国の有形文化財として登録されました。 
日本一の水田区画「印旛沼の水田」 千葉県佐倉市 印旛沼では昭和22年に国営干拓事業が開始し、昭和43年までに主要なかんがい施設が完成、印旛沼の周囲に6,307haの水田が整備されました。臼井第一工区の圃場は1区画が7.5haで、排水路は暗渠化し道路も水田との高低差を少なくしてトラクターの作業性を向上させました。
水路を彩る満開の桜並木「両総用水第1導水路」 千葉県佐原町 昭和40年に完成した両総用水は、総延長78kmに及ぶ日本でも有数の長大な農業用水施設です。水源は利根川の佐原にあり、900mの第1導水路を経て第1揚水機場により23m上の北総台地に汲み上げられます。市内から見える大きな送水管が印象的です。
水田地帯に広がる約5千株のあじさい 神奈川県足柄上郡開成町  町全体があじさいの花いっぱいになる6月、町の一大イベントとして「あじさい祭り」が盛大に行われます。水田地帯の農道や水路沿いに広がる約5,000株のあじさいが色とりどりに咲き、農道が虹の道に変わります。
ぶどう王国「勝沼ぶどう郷」 山梨県甲州市勝沼町   甲府盆地の東部に位置する甲州市勝沼町は、気候風土を活かして700年以上にわたってぶどう栽培の歴史があり、盆地を見渡す扇状地や谷、尾根など複雑で起伏に富んだ傾斜地一面に、春から夏にかけて鮮やかな緑の葉に彩られます。そして秋には紅葉となり、日本独特のぶどう棚が、個性豊かな農村風景として訪れた人に安らぎを与えています。
花ロマンあふれる「桃源郷」 山梨県笛吹市、南アルプス市(旧一宮町、旧白根町他)  甲府盆地を眼下に南アルプス連峰や秩父山系の山々を一望する雄大な景観と自然の恵みに育まれ、生産量日本一を誇るやまなしの桃が栽培されています。春4月、見渡す限りの桃の花が一面をピンク色に染め、訪れる人を魅了しています。
青鬼  長野県白馬村  同地区の江戸時代後期から明治にかけて造られた伝統的建造物群は、集落から続く棚田と合わせて、独特の風致をつくり出しています。文部科学省による重要伝統的建物群にも指定され、農村風景の美しさを残しています。
安曇野拾ヶ堰  長野県安曇野市(旧豊科町)  安曇野地域では用水路のことをセギと呼びます。このセギのうち北アルプスに向かって流れ、安曇野の風景を構成しているのが拾ヶ堰です。
映画「阿弥陀堂だより」の撮影舞台「福島新田」 長野県飯山市 福島新田は、江戸時代に開発された美しい石垣の棚田です。平成14年秋に封切られた映画「阿弥陀堂だより」のセットも福島新田につくられました。「阿弥陀堂」は今も残されており、棚田を散策しながら映画の雰囲気を味わうことができます。
姨捨 長野県千曲市(旧更埴市姨捨) 姨捨では、大池用水により、棚田が飛躍的に造成され、現在まで素晴らしい田園景観が守られてきました。地名は、有名な「姨捨伝説」や「更科日記」に由来しており、古来から名月の里・俳句の里としても親しまれ、特に棚田に浮かぶ月光は「田毎の月」として知られています。
大西 長野県中条村 「棚田を荒廃から守ろう」「棚田を活用して地域活性化を推進しよう」と地元有志が集まり、大西地区を活動の拠点とした『中条村田んぼの会』が発足しました。現在、この会が中心となって「棚田オーナー制度」をはじめとする多くのイベントが企画・運営されています。
よこね田んぼ 長野県飯田市 「よこね田んぼ」の名前の由来は、田んぼの形が横に長く曲がりくねっていて「横畝(よこうね)田んぼ」と呼ばれていたことからだといわれています。
地域では、ワーキングホリデーや体験教育など、世代を越えた人と人との関わりの中で さまざまな保全活動が実施されています。
日本一の大茶園「牧之原」   静岡県島田市、掛川市、菊川市(旧榛原郡金谷町、榛原町他)  大井川西岸の牧之原台地に広がる大茶園は、面積6,000haに及び、全国の茶園面積の約12%を占める日本一の茶産地です。整然とした畝が延々と続く広大な茶園の姿は縦横に走る農道と相まって独特の農村景観を形成しています。 
地域で守る大栗安の棚田     静岡県浜松市(旧天竜市大栗安)  天竜川の支流阿多古川の上流部、神明山の中腹のなだらかな台地部分と、谷間に位置する2つの集落、平均標高425mの斜面に481枚の石積みの棚田が築かれています。  
美しい石積みと清流がつくる伊豆のわさび田 静岡県伊豆市(旧田方郡中伊豆町、天城湯ヶ島町) この地域のわさび栽培は江戸中期に始まったと伝えられ,沢沿いに広がるわさび田は「畳石式」と呼ばれる石積みによって築かれた棚田であり、周囲の山並みと融合した美しい石積みや水路、わさび田を覆う「はんの木」が美しい景観を形作っています。
世界農業遺産「茶草場農法」の東山 静岡県掛川市 東山は、掛川市の「茶」文字がランドマークの粟ヶ岳のふもとに広がる茶の生産が盛んな地域です。この地域では昔から、秋から冬にかけてススキやササなどの山草を刈り取り、茶園の畝間に敷く「茶草場(ちゃぐさば)農法」が行われています。粟ヶ岳の裾野に広がる美しい茶園風景、そこで営まれる茶草場農法、豊かな里山の自然や環境が評価され、平成25年度に世界農業遺産に認定されました。
悠久の段丘に咲く大輪のひまわり 新潟県中魚沼郡津南町 わが国有数の豪雪地に位置しているこの農地は、農地開発事業で造成された畑作団地です。「ひまわり畑」は作物の連作障害の解消、地力の向上などを目的に、地元農家により作付されているもので、見渡すかぎりのひまわりの花は津南の夏の大イベントになっています。
後世に残したい原風景「狐塚の棚田」 新潟県十日町市(旧東頸城郡松之山町) 松之山町の棚田は中山間地農村の原風景です。新潟県棚田百選に選ばれ、四季折々に美しい表情を見せてくれる棚田。農地としてだけでなく、地滑り防止などさまざまな役割を果たしています。
豊かな黒部川扇状地に広がる散村  富山県黒部市及び下新川郡入善町 北アルプス鷲羽岳(わしばだけ)を源流とする黒部川の扇状地に点在する村々です。この地域の農業水路は防火用水などの生活水路として、また農道は集落を結ぶ生活用道路として利用され、散村地域における重要な役割を果たしています。 
農村の伝統文化をはぐくむ散居村「砺波平野」 富山県砺波市、南砺市(旧城端町、庄川町、井波町、福野町他) 砺波平野は、飛騨山地を源とする庄川及び小矢部川によって形成された複合扇状地であり、豊かな灌漑用水を背景に古くから穀倉地帯として栄えるとともに、屋敷林(カイニョ)に囲まれた農家が点在し、日本を代表する散居村を形成しています。
石川の棚田大笹波水田 石川県羽咋郡志賀町(旧富来町) 日本海と集落が周辺の山々とよく調和して、秀逸な景観を作っており、日本の棚田百選に認定されています。
三里浜砂丘地域 福井県福井市、坂井市(旧三国町) 三国町から福井市にかかる三里浜地域は、砂浜が三里あったことから「三里浜」と呼ばれるようになったと伝えられています。晩秋の頃には、紅紫色のラッキョウの花が砂丘地に広がり、道行くドライバーの方の目を楽しませています(見頃は10月下旬から11月上旬です)。
開拓史に残る歴史遺産「一切経蔵」 愛知県 海部郡 飛島村 「お経堂」と呼ばている一切経蔵は、文化7年(1810)、海が埋め立てられて飛島新田が開拓されたとき、多くの魚介類や虫の供養をするために建てたといわれています。木造瓦葺きで、堂の入口には円形の灯袋を持つ珍しい灯篭が一対あります。
先人の知恵と努力の結晶「四谷の千枚田」 愛知県新城市(旧鳳来町) 「四谷の千枚田」は新城市四谷地区にある鞍掛山麓(くらかけさんろく)の南西斜面、高低差200mの階段状に田んぼが連なる地域で、室町時代には既に田んぼがつくられていた歴史ある棚田です。
無水地帯を潤す命の水瓶「蜂屋調整池」   岐阜県美濃加茂市 蜂屋調整池は、木曽川右岸上流の河岸段丘に水を引くため、整備された調整池です。用水は調整池からパイプラインで導水されており、無水地帯として放置されてきた広大な農地を潤す命の水瓶として、満々と水をたたえています。
農村景観の美しい岩村町 岐阜県恵那市(旧岩村町) 地区は岩村の城下町を取り巻く農村の北東にあり、岩村城跡のある城山や水晶山の山並みを背景に、広葉樹や針葉樹の森、瓦と白壁の農家などが水田の中に程良く配置されています。周囲には近代的な建物がほとんど無く、古い日本の農村風景を見事に残しています。
古い町並みにとけ込んだ農業用水 岐阜県飛騨市(旧古川町) 瀬戸川用水は約400年前に築造されました。当時から農業用水はもちろん生活用水としても町民に欠かせない用水として親しまれ、現在では用水沿いに白壁土蔵が連なり城下町の面影を残す情緒豊かな風景の中心的施設とて訪れた人々を和ませてくれます。
アウトドアフィールドいなべ池 三重県いなべ市(旧員弁町) 昭和初期に員弁町員弁川左岸大地の水田を灌漑するために築造された農業用ため池。シンボルタワーや噴水が美しい景観をつくりだし、町内外から大勢の人々が訪れています。農業用水の供給のみならず、町のセントラルパークとして、さまざまな役割を発揮しています。
先人たちの血と汗の結晶「丸山千枚田」 三重県熊野市(旧紀和町) 熊野川沿いの紀和町丸山地区にある「千枚田」は、先人たちが幾百年もの昔から大地を起こし、石を積み上げ、土を盛り上げながら、千枚以上にも及ぶ棚田を作り上げた水田です。棚田の幾何学的な模様は四季の変化を映し出し、良好な景観を作り出しています。
水鳥の楽園「三島池」  滋賀県米原市(旧山東町) 三島池は約800年前に築造された周囲800mの農業用ため池であり、マガモの自然繁殖南限及びその生息地で、水鳥の貴重な生息環境となっています。また県指定史跡名勝天然記念物となるなど周辺景観と整合した環境を創造する農業水利施設です。
山を切り拓き作られた田畑「長谷の棚田」 大阪府豊能郡能勢町長谷 長谷の棚田は、町の最西部に位置する約70戸の集落の長谷地区にあります。三草山の麓に約550枚の広大な棚田が広がっています。一番高いところの田と一番低いところの田の標高差は200mあります。稲作が主体で、一部に野菜の栽培も行われています。
日本有数のため池密度を誇る「印南野台地」 兵庫県加古郡稲美町、明石市、加古川市、高砂市、加古郡播磨町 兵庫県南部の中央に位置する「印南野台地」は、瀬戸内式気候の影響を受け、降水量が少なく水に乏しい地域です。古くから水に悩まされ、さまざまな取り組みのなかで水を得るための技術が発達し、ため池やそれを結ぶ水路等が整備されてきました。
日本の原風景を今に伝える明日香村神奈備の郷 奈良県明日香村 中世(平安~室町)に開発された稲渕地区の棚田は、約315枚の水田と畑により形作られ、明日香村の美しい歴史的景観の一部となっており、農村の原風景を強く残しています。
干拓地の営農を支えた3樋門 岡山県岡山市(旧灘崎町) 灘崎町は、数百年間に及ぶ干拓により肥沃な農地へと変遷を遂げてきましたが、宮川樋門(みやがわひもん)、片崎樋門(かたさきひもん)常川樋門(つねかわひもん)の3樋門は、農業用水の調整に使われ、地域の営農を支えてきました。
段々畑のピラミッド 広島県呉市(旧倉橋町) 倉橋町鹿島には江戸時代から切り開かれた段々畑が山の頂上近くまで開かれています。一つ一つ積み上げられた石垣の石には角の取れた丸みのある石も多く、人々が海岸から石を運び上げ営々と築き上げたことが伺えます。
弥生の昔から開けた里にそびえる寒曳山 広島県北広島町(旧大朝町) 中国山地を貫いて日本海へ注いでいる中国太郎の別名を持つ江の川。その源流域に当たる大朝町は弥生の昔から稲作が行われていたことが、遺跡の発掘調査により知られています。その営みを見守り続けてきた寒曳山は今もそこに悠然とそびえ地域のシンボルとし愛されています。
大山山麓の美しい開拓村「香取」   鳥取県大山町(旧西伯郡大山町・名和町・中山町)  香取村は鳥取県西部に広がる開拓村です。昭和21年に香川県出身者を中心とする開拓団の入植で始まり、10年計画の予定でしたが、気候・土壌条件等が厳しく、村づくりは長期間(三代、100年)を要するとして"100年計画"とされました。
歴史ある自然石畦畔の大井谷棚田 島根県鹿足郡吉賀町(旧柿木村) 大井谷地区は室町時代から江戸時代にかけて造成された棚田が600枚以上も残っている歴史ある地区で、地形が急勾配であるため、自然石を用いた野積工法により畦畔が築造されています。
後畑の棚田と漁火 山口県長門市(旧油谷町) 棚田はその立地条件を活かした特色ある農業生産の場として国土・環境保全、農村の美しい原風景の形成などさまざまな役割を発揮しています。油谷町後畑は山口県の向津具半島の北側に位置する西日本一の大棚田地帯です。
木頭柚の生産地 徳島県那賀郡那賀町(旧木頭村)  木頭柚の発祥地である木頭村助地区では冷涼で湿潤な気候条件を持つ中山間地域の立地条件のもと明治以前より自生の実生樹を家庭果樹として調味に利用してきました。  
「千枚田」の虫送り 香川県小豆郡小豆島町(旧池田町) 石垣で区切られた水田が「何度数えても999枚で一枚足りない。ふと足もとを見ると、自分が一枚の小さな田の上に立っていた。」という田んぼの小ささを物語るユーモラスな話もあります。夏の夜、子どもたちが、千枚田をねり歩く「虫送り」は、火で稲の虫を退治して豊作を願う風習です。
いつまでも残していたい暮らしの足跡「麓川の堰群」 愛媛県喜多郡内子町 内子町には麓川を中心に数十基の「堰」があります。川に根石を敷いて、盤岩を積み上げ川の流れを止め、山すそに水路を設けて、田んぼまで水をひくものです。今のように大型機械がない時代、それがどんなに大変な作業であったことでしょうか。
耕して天に至る神在居の千枚田 高知県高岡郡梼原町神在居 日本最後の清流といわれる四万十川の源流が流れる高知県梼原町。梼原町神在居(かんざいこ)の地に棚田があります。「耕して天に至る。」文字通り、石を積んで作られた棚田が険しい山の方まで続いています。棚田は、いつしか「神在居の千枚田」と呼ばれるようになました。 
 日本で唯一の石畳堰「山田堰」  福岡県朝倉市(旧朝倉町)  砂地が広がる朝倉町地域に1663年、筑後川から水を引くため堀川用水が作られ150町余りの水田が開かれました。1790年、堀川の恩人と呼ばれる古賀百工により筑後川を斜めに堰き止める、日本で唯一の石張堰である山田堰が誕生しました。
 水郷の風情に浸る「柳川の川下り」 福岡県柳川市(旧山門郡三橋町) 三橋町は、水郷のまちとしてクリークを中心とした独特な風趣を醸し出しています。掘割は農業用用排水路としてのみならず観光ルートとしてドンコ船が往来しており、このドンコ船に揺られる川下りは詩情豊かな世界を感じさせてくれます。
堀割(クリーク)でのヒシ実採り 佐賀県神埼市  ヒシの実採りは千代田町の秋の風物詩です。地域独特の掘割(クリーク)で栽培されるヒシは、ハンギーと呼ばれる桶に乗って摘み取られ、神埼市の特産品である神崎和菱焼酎やひしぼうろとして加工されています。ヒシは流れの少ない池や沼で生育する水草で、8月には白い小さな花が咲きます。
有明海沿岸に広がる干拓農地 佐賀県神埼市(千代田町) 佐賀平野では、古来、最大干満差約6mにも達する有明海の潮汐作用により干潟が発達し、自然の作用により陸化してきました。有明海に面する広大な低平地は干潟とあいまって独特の景観を形成しています。
堀割(クリーク)を活かした姉川城跡 佐賀県神埼市(神埼町) 佐賀平野の水田地帯には、クリークと呼ばれる水路が縦横に走っています。姉川城跡は、クリークを縦横に巡らせた大小様々な島によって形成される「環壕集落」のうち、良好な状態で現存する数少ないものです。城として機能していた中世以後も環濠集落として集落景観が維持されており、国の史跡となっています。
渓流を堰く石造りの「白水ため池」  大分県竹田市  水田の用水源として昭和13年3月に完成した農業用ため池。「粗石コンクリ-ト造り越流式重力ダム」で越流面に施した美しい幾何学模様の石張りのため流れ落ちる水は水泡を含んで名称どおり「白水」となって流れ落ちています。
いにしえからの旅紀行・八幡荘園の郷めぐり 大分県豊後高田市 田染荘荘園村落集落遺跡は、高山寺(西叡山)に挟まれた美しい谷にあります。緩やかな曲線を描く地域の水田には多数の井堰が作られており、微地形を利用し時間をかけた開発の歴史があります。
清流番匠の魚を育み人が憩う小田井堰魚道 大分県佐伯市(旧南海部郡弥生町) 番匠川に設置されている小田井堰は、文政9年(1826年)に完成した石だたみの井堰です。その後、長年月の使用に耐えつつも、漏水ヶ所が多くなり水利用に不便を極めてきたため、昭和39年に階段式魚道を備えて改築されました。 
清らかな流れに親しむ緒方井路 大分県豊後大野市(旧大野郡緒方町) 緒方井路は遠く江戸時代正保年間より崗藩主中川久盛、中川久清の年代に開削された農業用水路です。先人が残した貴重な財産である緒方井路は農村の原風景が今日まで保全されています。
千町無田 大分県玖珠郡九重町 この地の豪族が餅を的にして矢で射ると、その餅が白鳥となって飛び去ったことをきっかけに、百姓達は死に絶え、水田も荒れ果ててしまったといわれています。四方を九重連山の山々に囲まれ、手付かずの自然を残す風光明媚な地域です。
日本の農村の原風景「清水棚田」 長崎県雲仙市(旧南高来郡千々石町) 深い緑と豊かな渓流に恵まれ、斜面に拓かれた棚田と石垣は、遠い昔から今日までその力強さと曲線の美しさを語ってくれています。山を拓いて切り出した石を利用した水田は、代々大切に受け継がれ美しい棚田風景ができました。
世界最大のカルデラに暮らす俵山から見た阿蘇 熊本県阿蘇郡南阿蘇村(旧久木野村) 阿蘇五岳を一望できる俵山、中央に白川が流れ、それを囲むように田園風景が広がります。外輪山の中腹から山頂には、ブナや馬酔木(アシビ)などの原生林が点在し、東方には高森町商店街が一望できる。阿蘇人の営みが見えてくるようです。
日南市の坂元棚田 宮崎県日南市 昭和初期に造られたこの棚田では春の咲き誇るレンゲ草、夏の田植えの光景、秋の金色に実った水稲、冬の閑散とした雰囲気、それぞれ季節によって見せる顔の違いを楽しめます。またここは美しい写真の撮影スポットでもあります。
積み重ねた歴史が地域を潤す有里用水川原園井堰 鹿児島県鹿屋市(旧肝属郡串良町) 江戸時代の初期に構築された川原園堰は、水を下流に逃がす柴を使った全国でも珍しい構造となっています。堰をつくる姿はこの地に春を告げる風物詩となっており、これを境に一気に田植えが本格化します。

 

 

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