氷見地域は、西側・北側を丘陵地、東側を日本海に囲まれ、地形的に独立圏を形成しています。宝達山系から流下する主要河川の流路延長が短く流域が狭いため、農業は干ばつとの闘いの歴史もありました。そのため、中世から恒常的な水不足を解消するために中山間地を中心に約3,500ヶ所を超える溜池が作られ、綿々と受け継がれています。
また、はるか昔、布勢の水海と呼ばれた十二町潟一帯の超湿田開発は、水害との闘いの歴史であり、国営かんがい排水事業が実施されるまでの長きにわたる苦難は、独特の営農・慣行・制度を生み出しました。
流域の狭い谷平野を耕地としていることから、一戸あたりの耕作面積が小さく、副業としての諸生産業が発達し伝統的な技が培われてきました。それとともに、ため池・棚田・湿地等悪条件下の農作業であったことから、必然的に村及び集落の共同体意識が強く、農業に係る多彩な神事祭礼を通じ、伝統的地域文化を育んできました。
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