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田園空間博物館を見に行こう
もくじ
アクセス
概要
地域の歴史的特徴
主な展示物
コア施設
地区テーマ: 豊かな田園空間を想像する「理想郷とうわ」
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本地域は岩手県中部に位置しており、猿ヶ石川など河川沿いを中心に、古くから開墾された農地が広がっています。また、日本一のケヤキの一本彫り毘沙門天立像、丹内山神社、三熊野神社など平泉に次ぐ文化財を有しています。
奥州藤原氏三代が支配していた地域であり、奥州藤原氏ゆかりの神社も存在します。
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豊かな自然と親しむ
小原樗山は、胡四王神社などの神社仏閣の建立を数多く手がけた、大正期に活躍した名宮大工です。その功績を称える祈念碑へ至る道を遊歩道として整備し、往時を忍ぶとともに、田園風景を一望できる風光明媚なスポットです。
ここに自生する栗は、地元では八房栗とも呼ばれます。本来、栗は雌雄同体ですが、カズクリの場合は花房に着生する花はすべて雌花で、雄花は全くなく、栗のイガがブドウの房のようになります。 国指定の天然記念物で、日本にはここだけにしかありません。
おう穴(甌穴)とは、岩盤のくぼみに入った小石が流れで回転して岩石を削ってできる円筒形の穴のことです。 この七つ滝では、穴を七つの鉢に見立てて、「七つ鉢」と言います。 「水をかき混ぜると雨が降る」という言い伝えは、干害に苦労してきた地域の歴史を思わせます。
人々の営みと文化を感じる
田瀬ダムは昭和29年に完成しました。東和町の耕地の90%を占める稲作は、田瀬ダムの完成に続いておこなわれた開墾建設事業などによるところが大きいです。
土地の歴史に触れる
田瀬ダム完成に伴い、補償工事として昭和30年にダムに仮設されたつり橋で、平井敦元東大教授の案出によるものです。「歴史的鋼橋集攬」にも紹介されており、技術的にも貴重な橋です。
昭和7年に建築された旧谷内村役場です。木造2階建ての建築物で、木材と天然石灰、しっくい等で造られています。洋風でモダンなフォルムが異彩を放っており、谷内村のシンボル的な施設となっています。
伊達藩との境界を護るために1612年に築造されました。東西190m、南北140mに4つの館がありましたが、1645年に焼失。再度築城されましたが、1670年に廃城となりました。
中世(西暦1300年代)のころ、この地域を治めていた毒沢氏の居城とされます。山を削って平地を確保し、「同心円状悌郭式」と呼ばれる城郭をしています。
図書や各種資料等のメディアや情報資料を収集、保管し、利用者へ広く提供を行う図書館は、田園空間博物館のデータベースの収集、管理はもちろんのこと、各種施設の紹介や各エリア間の施設の連携など、コーディネーターとしても最適なコア施設と言えます。 ここに暮す一人ひとりの住民が、豊かな自然や優れた伝統文化の価値に気づき、さらに磨きをかけて次世代に繋いでいくことができるよう、そのための住民参画の風土とシステムを築くことの情報提供のお手伝いをしています。
施設利用料:無料 お問い合わせ先:電話:0198-42-3202 FAX:0198-42-3208
伝統芸能と農村地域コミュニティの中心施設です。
成島毘沙門堂(国の重要文化財)にある一本造りの仏像。高さは4.73mで毘沙門天像としては日本で1番の大きさで、平安中期の作とされています。
旧小原家住宅は、岩手を代表する曲がり家(母屋と馬屋)で、18世紀中ごろに建築されたものと推察され、曲がり屋の発生起源を知る貴重な民家として、昭和44年に国指定重要文化財に指定されています。 この地区で特徴的かつ中心的な文化施設であることから、地域間及び都市農村交流、さらには地域に残る伝統文化継承の拠点と位置付けています。
農村振興局整備部農地資源課 担当者:経営体育成事業推進班 代表:03-3502-8111(内線5614) ダイヤルイン:03-3502-6277 FAX:03-3592-0302
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