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特集2  季節の食材まるかじり 第3回(1)

北からカツオがやってくる
カツオは日本の食文化に深く根付いています

夏の終わりになると、餌の豊富な三陸沖ですごしたカツオの群れが、南へと向かって回遊を始めます。
これが脂のたっぷり乗った「戻りガツオ」。安くて、おいしい秋の味覚を先取りしてみませんか?
北からカツオがやってくる

豪快なカツオの一本釣り。産地によって漁法にもさまざまな工夫があるという
豪快なカツオの一本釣り。産地によって漁法にもさまざまな工夫があるという(写真提供・アフロ)
「初鰹」と「戻りガツオ」

カツオは日本近海では太平洋に広く分布し、春になると黒潮(暖流)の流れや伊豆諸島に沿って、餌の豊富な三陸沖に向かい、夏の終わりに親潮(寒流)の勢力が増すと、今度は暖かい南の海へ帰るという回遊を繰り返しています。この北上と南下の途中で獲れるのが、いわゆる「上りカツオ」と「戻りカツオ」です。

目には青葉 山ホトトギス 初鰹

江戸時代の俳人・山口素堂が初夏の風物として詠んだ「初鰹」とは、もちろん上りカツオのこと。ただし当時は、一般庶民にとって生のカツオは高嶺の花で、なかでもその年の最初に獲れた「初鰹」は、まず将軍家に献上されるため、市中に出回る量はごくわずかでした。そのため、粋な江戸っ子たちは初鰹を手に入れることに熱狂し、文化年間には人気の歌舞伎役者が1本3両(現在の価値で20〜40万円)で購入したという記録さえ残っています。


日本人とカツオの歴史
日本人がカツオを食べてきた歴史をさかのぼってみると、縄文時代の遺跡からカツオの骨が発掘され、当時からカツオを食べていたことが分かっています。

また、カツオは傷みが早いことから、カツオを煮て干して保存する方法がとられるようになり、これが、かつお節のルーツと考えられています。「古事記」や「日本書紀」にも「堅魚(かたうお)」の記述があります。この「かたうお」が略されて、現在の「カツオ」という名になったという説が有力です。

以来、かつお節は日本の料理のおいしさの“決め手”ともいえるうま味の元として欠かせないものになりました。特に、戦国時代や江戸時代は、かつお節は「勝男武士」に通じるので武士の間で喜ばれたそうです。

今日では、保存や輸送の技術が進歩し、いつでも鮮度のいいカツオがお手頃価格で食卓に届くようになっています。初夏にあっさり味の「上り」を楽しんだ後は、盛夏はカツオのだしが効いたつゆでそばを食べる。また、初秋に向けて脂の乗りきった「戻り」を味わうこともできます。カツオを食べながら日本食の魅力を再確認しませんか。

カツオの回遊と主な水揚港 漁港別水揚高ランキング

写真=加藤タケ美
取材・文=佐々木節

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