ホーム > 報道・広報 > 2012年aff(あふ)5月号 > aff(あふ)バックナンバー > 09年5月号目次 > 朝ごはん風土記 第12回


ここから本文です。


朝ごはん風土記 第12回

向笠千恵子

「紀州熊野、尾鷲の朝の膳は干物が主役」


朝の最初のごはんは、体と脳を目覚めさせ、一日を元気に過ごすための重要な食事。1.速効性スタミナ源のご飯などのでんぷん質、2.スタミナを持続させる脂肪、3.やる気が出るたんぱく質——この三種をバランスよく揃えるといい。

朝ごはんを大事にするのは漁師町。海の男は体力勝負だから、エネルギーをしっかりチャージしないといい仕事ができない。いっぽう、留守を守る女も漁網のつくろいや出荷などの仕事が目白押しで、朝はきちんと腹ごしらえするのが心得である。

だから、漁師町には日本の朝ごはんの原点がある。紀伊半島東部の尾鷲。熊野灘に臨む海辺の町で、気候は温暖。背後は熊野古道に連なる険しい山々である。食の点では、海幸山幸どちらにも恵まれていて、新茶の時季になると人々は山に自生する茶の新芽を摘み、香ばしい釜炒り茶をつくるという暮らしである。

豊かな食生活をお客と一緒に楽しんでいるのは田中康代さん。その昔は九鬼水軍の根拠地だった入り江近くの三木浦で、元漁師のご主人とともに民宿「城」を営み、釜炒り茶づくりにも忙しい。

民宿の二階のテラスに立つと、光る海が眼下に広がり、朝の潮風が気持ちいい。五月のある朝はこんな献立だった。わたしが深呼吸していると、康代さんが大きなざるを運んできた。するめいかの生干し、しいらの塩干し、豆あじのみりん干し、いわしの頬刺し、沖むつの塩干し、という干物尽くしがどどどんと盛り合わせてある。すべてご主人が目の前の海で釣り、康代さんが干したものだ。

わたしは卓上に置かれた七輪に、いわし、次にいかをわくわくしながらのせた。丹精こめてつくった干物を焦がしたりしては申し訳ない。じっと見ていて、火が七分程度に通ったら即ひっくり返し、裏をほんの軽く焼いて皿にとる。軽く炙る程度にとどめるのが、新鮮な干物をよりおいしく食べるコツなのである。

どの干物も薄塩だから、それぞれの魚の味の個性がよくわかるし、どれも脂がほどよくのってうま味が濃い。干物は、たんぱく質、脂肪をバランスよく摂れるうえ、ご飯と組み合わせると前述の朝食三要素を満たせるという賢い献立なのだ。

また、具だくさんな味噌汁は心にも体にも効いた。具はめばるのぶつ切り、わかめ、ねぎ。漬け物はたくわん、大根の味噌漬け、からし菜漬け、梅干しと満足度たっぷり。しめくくりは、康代さん自慢の釜炒り茶。あんまり爽やかで、大きな湯飲みで二杯もいただいてしまった。



向笠千恵子
むかさ・ちえこ/フードジャーナリスト、エッセイスト。東京・日本橋生まれ。慶應義塾大学卒業。日本の本物の味や伝統食品の現場を知る第一人者。志を持った食材の作り手、味、民俗、器、食の伝播の道筋、歴史などを多面的にとらえながら、現代の食を軽快に綴る。主な著書に「日本の朝ごはん」「米ぢから八十八話」「本物にごちそうさま」「ごはんの旅人」など、近著に「すき焼き通」「一食一会」など。

ページトップへ


アクセス・地図