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農林水産省

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affインタビュー 第34回

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木村秋則 さん

9年間の無収穫時代を経て、リンゴの無農薬栽培に成功し、テレビ出演や著書も多い木村秋則さんにお話しを聞きました。

無農薬がすべて正しいとは思っていませんが、なるべく自然界にある状態で育てたいのです。
木村秋則
木村秋則
きむら・あきのり/昭和24年、青森県岩木町で生まれる。弘前実業高校卒業後、首都圏でサラリーマンを経験したのち、昭和46年から故郷でリンゴ栽培を中心に農業に従事。昭和53年頃から無農薬・無肥料栽培を追究しはじめ10年近く模索した結果、独自の自然栽培法を確立する。現在、自然環境の保護を目的に、インターネットを通じて自然栽培の普及と啓蒙に尽力している。

岩木山の麓に広がる木村さんのリンゴ畑
岩木山の麓に広がる木村さんのリンゴ畑

木村さんの書籍
木村さんを題材にした『奇跡のリンゴ』(著書・石川托治/幻冬舎)と 木村さんの著書『すべては宇宙の采配』(東邦出版)


photo:Makihiko Kumekawa
木村秋則さんは、リンゴの無農薬栽培を成功させたことでNHKの番組で取り上げられ、それまでの苦労をつづった本が出版されるや一躍時の人となった方である。

青森ではすでに晩秋の気配が漂う頃、岩木山の麓にある木村さんのリンゴ畑を訪ねた。県内のリンゴ畑の中でも標高が高い場所にある木村さんの畑には、収穫を待つリンゴがたわわに実っていた。

現在栽培している本数を聞くと「何本くらいかなあ。160本くらいかなあ。正確にはわかんないや」と言い、歯のかけた口を大きく開けて「ガハハハ」と笑った。栽培品種は「つがる」「紅玉」「ジョナゴールド」「王林」「ふじ」「ハックナイン」「紅月」の7種。

「こんな農法なので加工を前提に作っています。リンゴはけっこう加工ができるんですよ。今は紅玉を増やしています、加工に向いているから」

農薬を減らしたいただその一念で
木村さんが言う「こんな農法」とは、できるだけ自然界の成育状況に近い環境で、農薬や化学肥料を使わず、果樹園内の雑草も生えるままにして、土を耕さない、踏み固めないといった方法で育てる独自の自然栽培法のことである。

無農薬なので多少の虫食いもあろうし、形がふぞろいのリンゴも収穫される。だからジュースや酢、スイーツなどの加工を前提にしている、と言ったのだろう。

木村さんが無農薬・無化学肥料のリンゴ栽培に取り組み始めたのは昭和53年頃のこと。妻・美千子さんが当時使っていた農薬を散布すると体調を壊す日が続いたため、なんとか農薬を減らしたいと有機肥料の勉強をしたことがきっかけだった。
湿気が多く、梅雨のある日本ではリンゴの病害虫対策は難しい。

リンゴは果樹の中でも、特に病害虫の被害を受けやすい。いったん病害虫にやられると壊滅的な打撃を受ける。試行錯誤の連続だった。虫がつけばひたすら虫を取り続けたが、ただ駆虫するのではなく、生態を熱心に勉強した。病害虫対策に現在は何回かに分けて食酢を散布しているそうだ。

リンゴ栽培における年間スケジュールは、木村さんの農法と慣行農法にそれほど変わりはない。

「ただ秋には畑の下草を刈って地温を下げ、秋が来たことを木に教えて実の色づきを促し、2月辺りから取りかかる剪定作業では、葉脈の形のとおりに枝を切り、伸ばしてやっています」

栽培法や人生訓の講演会依頼は続く
「無農薬・無肥料がこれほど難しいとは思わなかったけど、今では賛同してくれる若者も多い。みんながやれば、失敗するケースも出てくるでしょう。今でも失敗例はたくさん出てきている。その代わり成功例も出てきたし、長所もたくさん見つかる。

それを合わせれば、新たな技術も生まれてくるはずです。今、有機栽培作物は特別な農産物だけど、それがいつか特別じゃなくなって、だれもがスーパーで手軽に安く買えるようになるといいなあと思っています」

リンゴ栽培に限らず、無農薬・無化学肥料での栽培を実践している農業者はほかにもたくさんいるが、木村さんはたびたびメディアに取り上げられてきた。それは木村さんのキャラクターによるところが大きいのではなかろうか。

大きな声で飾らず屈託のない語り口、歯の欠けた人懐っこい笑顔、自然環境を大切にし、夢を追いかける大切さを熱心に説くその姿が共感を呼ぶのだろう。今でもさまざまな講演会や説明会に呼ばれ、年間100日くらい全国を飛び回っているそうだ。