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affインタビュー 第38回

新谷尚紀 さん

冠婚葬祭、しきたりを中心に国内外の民俗学に関する著書、研究論文を多数発表している社会学博士の新谷尚紀さんに郷土食についてお話を聞きました。

作り手の顔が見える郷土食は地産地消の賜物でした。
新谷尚紀
新谷尚紀
しんたに・たかのり/昭和23年広島県に生まれる。早稲田大学第一文学部卒業後、同大学大学院文学研究科日本史学専攻博士後期課程単位取得。国立歴史民俗博物館、総合研究大学院大学の教授職を経て、現在、國學院大學大学院の教授であり、日本民族学会の研究会担当理事を務めている。『和のしきたり—日本の暦と年中行事』『日本の「行事」と「食」のしきたり』をはじめ著書、研究論文は多数。

新谷尚紀

著書
著書(左より)『日本の「行事」と「食」のしきたり』(青春出版社)、『伊勢神宮と出雲大社』(講談社)、『お葬式』(吉川弘文館)、『ブルターニュのパルドン祭り』(関沢まゆみと共著・悠書館)

『世界一受けたい授業』というテレビ番組で、日本のしきたりや儀礼について講義をしたこともある新谷尚紀さん。ウィットに富んだ語り口は軽妙で面白く、聞く者を飽きさせない。国立歴史民俗博物館、総合研究大学院大学教授職を経て、4月から在籍している國學院大學大学院の研究室を訪ねた。

民俗学の調査のために全国各地を訪ね歩いてきた新谷さんに、郷土食の変遷について聞いてみた。

高度経済成長を機に変化した郷土食
「一般にハレの日の儀礼食を伝統食といいます。お盆の料理とかお祭りに必ず並べられる料理とか。儀礼食とはいえ、今の料理に比べれば質素なものでしたけどね。

ところが、高度経済成長期を境に食文化も変わっていく。機械化、モータリゼーションによって、手間暇かけた伝統食は担い手も味わう場も失われていったわけです。

お祭りでもみんなで集まって料理を作っていたのに、出来合いのもので済ませるようになった。お正月に招き合うこともなくなった。部下を家に呼ぶ課長も今は少ないでしょ。だから、ほうきを逆さに立てる必要もなくなったでしょ。

しかし、ハレの日の伝統食が失われたときに、やはり昔のご馳走を見直そう、復活させようという人が出てくる。儀礼的な伝統食が現代風に少し洗練された郷土食として復活します。

それから、空いた水田などを利活用して、それまでなかった農産物を作り始めた。各地の名産として手打ちそばがあるでしょ。あれなどその代表といえるでしょう。

このように、今、郷土食といわれているものには、伝統食が何とか生き延びて洗練された料理に生まれ変わったタイプと、昔はなかったのだけど、工夫して地場のものとして作り上げられたタイプの2つあるんです」

各地の郷土食を大事にしていこう
「かつて日常的に食べていた粗食が注目されるようになった。たとえば、おやきとかほうとうとか五穀米とか。これがヘルシーでいいと。飽食からヘルシーな食へと目がいくようになった。いずれもバリエーションを増やして、おいしく生まれ変わったわけです。

そして、農産物を作って何かにしようというのではなくて、商品化した中から生まれた新しい郷土食。それが広島のお好み焼きや仙台の牛タン、宇都宮の餃子、福岡の辛子明太子などの戦後生まれの郷土食です。

もちろん名古屋のきしめんや金沢のじぶ煮などは伝統的にあります。地域おこし、町おこしの色合いが濃いこのような郷土食が次々に生まれ、ブームになっていますね」

ときどきジョークを交えながら話される内容は興味深く、質問するのも忘れて聞き入った。

「かつて郷土食は地場の農産物を使って作られていたでしょ。つまり地産地消の産物なんですね。地場産の素材は新鮮で、それゆえにおいしく、まただれが作ったか分かる安心感がある。顔が分かっている人に危ないものは食べさせたくないでしょ。地産のものを地消することは、食の安全にもつながってきたわけですよ、昔は。

古くから営農している、土に愛着をもった農家の人たちが作ったものを、だれだって食べたいと思うでしょ。今、求められているのは作り手との顔の見える関係なのではないでしょうか。郷土食も大事にしていきたいですね」


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