ホーム > 報道・広報 > 2012年aff(あふ)5月号 > aff(あふ)バックナンバー > 10年8月号目次 > チャレンジャー 第40回


ここから本文です。


チャレンジャー 第40回

パン・アキモト

備蓄しながら国際貢献、非常食用のパンの缶詰

栃木県那須塩原市

パン・アキモト

パン・アキモトは店舗と工場の正面に位置する大きな缶詰が目印。パンの缶詰は国際宇宙ステーション内でも食べられ好評だったとか。スペースシャトルの写真の上には「NASU→NASA」へとの社長の名言? が

秋元義彦社長

「パンの缶詰は、パンというハードを売っているのではなく、安心というソフトを売っているのです」と語る秋元義彦社長


賞味期限は3年

賞味期限は3年。
味は14種類で1缶370円〜。温かい物を缶に入れると蒸れるが、内側に薄紙を敷くことで結露を均等化させ、パンをしっとりさせる

救缶鳥(きゅうかんちょう)プロジェクト

秋元さんが力を入れている救缶鳥(きゅうかんちょう)プロジェクト。食べたのち食器として再利用するのに、ちょうど良い大きさにするため、通常の缶のダブルサイズにした。2年後に下取りし、救援物資として海外に送ることを想定して段ボール箱も缶も作られている。協賛する企業も増えており、個人にも広めたいという

缶詰に印字された賞味期限を確認。工場は那須塩原市のほか沖縄県にも専用工場がある

缶詰に印字された賞味期限を確認。工場は那須塩原市のほか沖縄県にも専用工場がある

無菌室で脱酸素剤を入れ、蓋を密閉する機械に入れる。製法は日本以外にアメリカ、中国、台湾で認められ特許も取得している

無菌室で脱酸素剤を入れ、蓋を密閉する機械に入れる。製法は日本以外にアメリカ、中国、台湾で認められ特許も取得している
阪神・淡路大震災が開発の原点
非常食用の「パンの缶詰」は、宇宙飛行士の若田光一さんや山崎直子さんが、国際宇宙ステーションで食べたことでも話題となった。

「パンの缶詰」を開発したのは創業64年の老舗のパン屋「パン・アキモト」の社長秋元義彦さんだ。

開発のきっかけは15年前の阪神・淡路大震災。テレビのニュースで被災地の状況を知り、2000個のパンをトラックに積み込み神戸へ駆けつけた。

ところがせっかく運んだものの、パンの大半が日持ちせず廃棄処分に。そんな状況下で「日持ちがしておいしいパンは作れないのですか」という被災者の声が秋元さんの心を揺り動かした。

最初は冷凍にしたり、真空パックに詰めたりした。どれもうまくいかない。そんなある日、秋元さんは近所にある缶詰工場を見てひらめいた。「パンの缶詰だ!」

保存性を高めるには無菌状態を保つ必要がある。こねた生地を缶のなかで40分間発酵させ、缶ごと焼けば、同時に缶の内外が熱殺菌できる。焼きあがったら無菌室で脱酸素剤を入れて蓋で密封する。こうして完成したパンの缶詰は、賞味期限の3年はしっとり柔らかく、おいしさも変わらない。現在では年間200万個を自治体や企業、学校に非常食用として納めるまでになっている。

パンの缶詰をリユースして海外の被災地や飢餓地域に
秋元さんは近年、パンの缶詰のリユースに取り組んでいる。賞味期限1年前にパンの缶詰を企業や自治体などから回収し、海外の被災地に義援物資として届けるのだ。備蓄用非常食は賞味期限が過ぎると処分される。購入先としても廃棄処分にかかるお金は悩みの種だ。取引先から商品を下取りし、NGOと協力して海外の被災地や飢餓に苦しむ地域に無償提供する。パンも無駄にならず国際貢献もできる。

すでにジンバブエやスマトラ沖地震被災地など、救援物資を送った実績は多数だ。今年の1月にハイチで起こった大地震のときには、備蓄して1年半が過ぎた企業や自治体に社員総出で呼び掛け、3万缶を回収し現地に届けている。

缶は蓋を開けた縁の部分で手を切らないよう工夫がされており、被災地などではコップやうつわとして利用されている。さらに錆びたり、穴があいたりしたものは10個1セントで買い取り、鉄のリサイクル企画を進めている。

「私はね、ただのパン屋のオヤジなんです。パン屋ができる社会貢献、国際貢献はと考えたらこうした形になったということです」

穏やかに笑う秋元さんの目の先には、さらなる目標が見据えられているようだった。

地図

(株)パン・アキモト http://www.panakimoto.com/

Photo:Takehiko Maekawa


チャレンジャーズでは、農林水産分野で先進的、かつユニークな活動を行っている人々をご紹介します。

ページトップへ


アクセス・地図