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日本の篤農家 第16回

石川 修

品種に秀でた生産者として

ユウカメロン一筋25年、消費者と顔の見える関係を確立。


お客さんが喜んでくれる作物を持続的に栽培するには
ひたすらその品種と向き合い、土を大事にすること。
石川 修さん
メロンの栽培面積は40アール。
そのほか米50アール、サツマイモ90アールを栽培している。
メロンのお客さんが主体となって年間を通じ、米やサツマイモも注文してくれるという

いしかわ・おさむ
いしかわ・おさむ
昭和21年、
茨城県茨城町に生まれる。
昭和39年、
鉾田市第一高等学校農業科を
卒業し、就農。
昭和60年以降、
ユウカメロンを専門に栽培する。
現在、
財団法人日本園芸生産研究所の
評議員、協力員を務めている。

最近は地域の資源でもあるシメジの菌を植え付けた廃材を活用して堆肥も作っている


最近は地域の資源でもあるシメジの菌を植え付けた廃材を活用して堆肥も作っている
栽培に手間がかかるユウカメロンという品種一筋に生産している石川修さんを訪ね、茨城県茨城町へ向かった。県道から脇道にそれ、うっそうとした木立の中の小道を進むと、庭先が広い昔ながらの佇まいの農家があった。石川さんの自宅である。

石川さんの家は代々農業を営み、石川さんで5代目。高校卒業と同時に就農し、石川さんの代になって初めてメロンの栽培に着手した。

茨城県では昭和30年代後半にプリンスメロンが導入されている。石川さんもプリンスメロンの栽培を軌道に乗せ、市場に出荷して収益を上げていた。

そんな石川さんの人生を変えたのは、育種に取り組んでいる財団法人日本園芸生産研究所(以下、園研)の研究者との出会いだった。小規模でも差別化できる作物を栽培していきたいと思っていた石川さんは、園研の指導のもと、まだ「ユウカ」と名づけられる前の新たな品種の試作に励んだ。

ユウカメロンは強い芳香が特徴で、完熟すると表皮が黄色くなる。果肉には発酵性がないので、収穫後も適食期間が比較的長い。

色で収穫適期が分かるが、同時期に花付け(授粉)しても色づきはまちまちで、ほかの品種のように糖度や日数を調べて、一斉に収穫することができない。毎日ハウス内を見回って、1個1個収穫する。

さらにほかのメロンに比べ根が弱いため、土づくりに気を使う。

「肥料をそれほどやらなくても肥料を抱えてくれる肥料持ちがいい土づくり、肥大期はかなり水分を必要とするので水持ちがいい土づくりに加え、やはり有機物が入った土づくりが必要です」

夏の収穫後、すぐに翌年に向けた土づくりを始めて、植え付けのための準備は12月までかかる。2月からハウスに入って定植を始めるのだが、それから1カ月くらいは風邪薬の厄介になるそうだ。冬場の外気温はだいたい10度以下。メロン栽培の適温はだいたい30度なので、ハウス内は常に25〜30度に保たれている。外とハウス内の温度が違いすぎるため、慣れるまで風邪の症状が出るという。

収穫は1年のうち1カ月くらい。その1カ月で10kg痩せることもあるそうだ。石川さんがせっせとハウスから収穫してきて、奥さんが買いに来たお客さんに対応する。北海道、沖縄をはじめ遠方の顧客には宅配で送るが、それ以外はいっさい市場を通さず、ネット販売もせず、庭先で販売しているという。それでも収穫期は1日800個が売れていく。

「ユウカメロンは栽培にある程度の技術が必要で、量産できる品種ではないけれど、顧客がつけば顧客との安定した関係を可能にしてくれる品種です。育種に携わった先生方もそういう品種を目指して、改良を重ねたと思う」

石川さんはそういった品種の特徴を大事にしてきた。無理に規模を拡大し、味を落とすようなことはしたくなかった。研鑽を重ね、栽培データは園研に残しながら、一品種にこだわって栽培を続ける石川さんの姿勢に打たれた。

石川さんは現在、園研の評議員のほか、現地の協力員として、まだ名前のついていないメロンの新種を何年かかけて試作しているそうだ。後に続く生産者が新たな品種と出会い、自分の目指す農業の可能性を見出せればいいという思いから、新品種の育種にも協力しているのだ。

Photo:Atsushi Soumi

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