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affインタビュー 第41回

あん・まくどなるど さん

日本の農山漁村に関する著作も多く、農林水産省の生物多様性戦略検討会の委員を務める
あん・まくどなるどさんに、日本の農林水産業や生物多様性保全活動について聞きました。

大切なのはむしろCOP10名古屋が終わったあと。消費者も意識を変えていかなくてはいけません。
あん・まくどなるど
あん・まくどなるど
カナダ・マニトバ州に生まれる。高校時代、大阪府河内長野に留学。ブリティッシュ・コロンビア大学在学時、熊本大学に1年間留学したのち、長野県の富夢想野塾に籍を置き、農村のフィールド・ワークに従事。一時帰国後、再び来日し『原日本人挽歌』(清水弘文堂刊)を執筆し、世に出る。現在、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長。著書に、『田園有情』、『気候変動列島ウォッチ』(アサヒビール発行、清水弘文堂書房編集発売)ほか多数。

あん・まくどなるど

「ふゆみずたんぼ」とは「冬期湛水水田」のことで、冬の間、田んぼに水を張ることで抑草効果や施肥効果を得る稲作の方法です。自然のサイクルと渡り鳥をはじめとする田んぼを必要とする生きものの力を利用する「ふゆみずたんぼ」の取り組みは、全国で増え始めています。

里山里海の話をするまくどなるどさん

里山里海の話をするまくどなるどさん

ミゼットで全国の海岸線を約8割走破

ミゼットで全国の海岸線を約8割走破

宮城県大崎市松山で農作業

宮城県大崎市松山で農作業
農村社会への興味から
あん・まくどなるどさんは、高校時代と大学時代、日本に留学した経験をもつカナダ人である。日本での初めての農業体験は、大学留学時代、熊本県でい草植えをしたことだそうだ。

カナダの大学で日本に関する社会学を修め、再び来日したまくどなるどさんは、日本の農業の未来に危機感を感じたことをきっかけに、全国の農山漁村をルポルタージュすることを決め、日本列島をめぐり始める。何年も日本で暮らすうちに、まくどなるどさんは一般の日本人以上に日本の農山漁村に入り込み、さまざまな人と出会い、日本の農林水産業の未来を考えるようになっていった。

「地域リーダーの中には、きちっと問題意識をもったリーダーもいます。農林水産業を変えていくには、農林水産業に従事している人たちだけでなく、国民も一緒になって考えて行かなければいけないと思いました」

その後のまくどなるどさんの活動は精力的だ。「立ち上がる農山漁村」有識者会議委員、全国環境保全型農業推進会議委員、社団法人全国漁港漁場協会理事、財団法人地球・人間環境フォーラム客員研究員、農林水産省生物多様性戦略検討会委員、「地球いきもの応援団」メンバーなどを務め、今も東奔西走の日々である。

大切なのはポストCOP10名古屋
平成19年、農林水産省生物多様性戦略検討会の委員に任命されたときのことを、こう話してくれた。

「とにかくワクワクしました。生物多様性の保護時代から保全時代へ、やっとその時代がきたと思いました。日本の生物多様性保全を考えていくうえで、第一次産業は無視できない。適度な人為的活動によって、自然界を豊かにすることができるのです」

その一例に宮城県大崎市田尻地区「ふゆみずたんぼ」の話をしてくれた。

「湿原のある田尻地区一帯では、かつて害鳥とみなしていた渡り鳥と農業の関係を問い直し、新たな取り組みを始めました。渡り鳥のエサ場を確保するために冬も田んぼに水をはり、農法も考え直した。それが有機農法、減農薬・減化学肥料に取り組む原動力になり、それが地域づくりにもつながっていきました。そして、その一帯は田んぼも含め、ラムサール条約登録湿地の指定地になったのです。人為的な湿原の復元が可能だということを示した例です。このような農業の現場は確実に増えています。生物多様性は田んぼなら田んぼのことだけではなく、山も川も海もすべてがつながっているという観点で考えなくてはいけない」

そして、まくどなるどさんは一気に続けた。

「目の前にあるCOP10名古屋は、言うまでもなくとても大事だと思います。しかし、ポストCOP10名古屋をどうするかも重要です。行政をはじめ、いろいろなことを視野に入れる必要があるでしょう。COP10名古屋で議論し、決定されたことを、どのように実行していくか。生物多様性条約の今後だけではなく、日本の農林水産業をどうするかを消費者も含めて真剣に考えていかなくてはいけないと思います」

COP10=生物多様性条約第10回締約国会議

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