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連載11 こぐれひでこ の いただきもの絵日記

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マイワシ


マイワシ
文・イラストこぐれひでこ


こぐれひでこ
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イラストレーター&エッセイスト。『こぐれひでこのおいしい画帳』(東京書籍)、『こぐれひでこのごはん日記』春夏篇・秋冬篇(早川書房)、『私んちにくる?』(扶桑社)、『こぐれの家にようこそ』(早川書房)ほか、著書は30冊を超える。現在は、女性向けの人気情報サイト『カフェグローブ』で、ごはんをテーマにした『こぐれひでこの毎日ごはん』を、また遊び心をテーマにした情報サイト『あそびすと』でも連載中。
昔住んでいたパリのアパルトマン。コンシェルジュ(管理人)はポルトガル人で、たまに魚を焼く匂いが階段を抜けて上ってきた。その匂いに刺激されて、献立が日本食になったことも度々ある。

ある日の昼、階段に焼き魚の匂いが充満していた。脂がのった青魚の匂いだ。イワシを焼いているのだろうな……。ポルトガルの街角で何度も出会ったイワシを焼く風景が頭に浮かんだ。レモンとオリーブオイルを振りかけて食べる。おいしかったな、アレ。私も今夜はイワシを焼こう、と思った瞬間、階下に住む老人がドアを開け、管理人室に向かって怒鳴った。「魚を焼くな! 何度も言っているだろう!」ものすごい怒りようだ。即座に焼きイワシの中止を決定した。

イワシを目にするたびに思い出す忘れられない出来事である。フランス人は焼き魚の匂いが、特に青魚を焼く匂いが嫌い……。私の心にそのことが深く残った。

しかし今、私が住んでいる国は日本。イワシを焼いて怒鳴られるなんてことは絶対にあり得ないのだ。幸せである。

通年売っているような気がしていたが、マイワシの旬は9、10月だという。紡錘形をしたちょっとメタボなマイワシは焼いても煮ても生でも……どんな風に調理して食べようがおいしい。その上マイワシの脂には血液系病気の予防に効果があるエイコサペンタエン酸(EPA)や脳を活性化するとして注目されているドコサヘキサエン酸(DHA)が大量に含まれているというではないか。おいしくて体にも脳にも有効ときたら(特に脳の活性化は私にとって魅力的な効力)、積極的に摂取したい食材。

前述したようにポルトガルでは、焼きイワシは国民的な料理のようで、海から離れた山の中でもあちこちのテラスから魚を焼く煙が立ち上っていた。塩を振って焼き、酸味のある柑橘類をかけて食べるのは両国共通。違うのはその後にかける調味料だ。日本はしょうゆをポルトガルではオリーブオイルをかける。イワシの塩焼きなら大根おろしにしょうゆでしょ! 日本人ならそのおいしさを誰だって知っている。しかし、ポルトガル的食べ方であるオリーブオイルをかけたイワシ、これもまたうまい。

涼しくなってくると我が家に登場するイワシ料理はツミレ鍋だ。頭と内臓と大きな骨を取り除いたら、包丁でトントントントンと小骨まで叩き切り、ショウガとネギと味噌と日本酒を加えて再びトントン。これを鍋で煮て食べるのである。野菜はネギと水菜だけのシンプル鍋。

ふんわりと煮上がったイワシの梅干し煮、カリッと揚がったフライ……どれもおいしい。今年の海は私たちに安価でおいしいイワシを恵んでくれるのだろうか。