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農林水産省

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チャレンジャーズ 第42回

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合名会社まるはら

規格外の鮎を使った魚醤を開発

大分県日田市

合名会社まるはら

23名いる従業員のうち、この日は出張などで8名ほど不在だった。中列左から2人目がお話を伺った15代目当主、原次郎左衛門正幸氏

「鮎魚醤」、「鮎」、「絹」などの鮎を使った多彩な魚醤

鮎を使い4カ月熟成させた天然調味料「鮎魚醤」(右)。鮎魚醤を使いやすく希釈した「鮎」や鮎魚醤入り吟醸醤油「絹」など多彩な品揃え(左)


合名会社まるはら

日田市都市景観賞第1号に指定された明治43年建造の店舗。無料休憩所、九州郷土玩具館も併設

合名会社まるはらの工場

醤油や味噌が並ぶ店内を通り抜けた奥に工場がある。平成7年から見学を受け入れている

創業当時から夏場の主力商品としてラムネを製造している。「虹色ラムネ」は人気商品だ。

明治32年の創業当時から夏場の主力商品としてラムネを製造。「虹色ラムネ」は人気商品だ
養殖業者からの相談が考案のきっかけだった
大分県日田市は、文禄3年、豊臣秀吉が代官を置いた蔵入地(直轄地)となり、以降、江戸幕府の天領(直轄地)として栄えた町である。観光ガイドブックなどでは「天領日田」として紹介されており、今も天領時代の面影を残す町並みが残されている。

市内には三隅(みくま)川や玖珠(くす)川などの清流が流れ、古くから鮎漁や鮎の養殖が盛んな場所だった。

そんな日田の町で、明治32年に創業した味噌、醤油の醸造元「合名会社まるはら」。蔵元の屋号は「原次郎左衛門」。まるはらの4代目の社長であり、15代目当主の正幸さんにお話を伺った。

まるはらの「鮎魚醤」はここ数年、パリやニューヨークのレストランショーで注目を浴び、イタリア料理の有名シェフたちからも高い評価を受けている。なぜ老舗の味噌・醤油蔵が魚醤を作ったのだろうか。

「10年も前になりますか。地元の鮎の養殖業者から、廃棄物扱いになってしまう規格外の大きさの鮎や、傷がついて売りものにならない鮎を何とか利用できないかと、相談を受けました。

うちは醤油蔵だから、鮎を使った魚醤はどうかと考えました。そこで、その頃タンパク質分解酵素の研究を進めていた大分県産業科学技術センターと共同で、数ある分解酵素の中から適した酵素を利用して、鮎魚醤を開発することになったのです」

魚醤といえばタイのナンプラー、ベトナムのニョクマムが世界的に有名だ。日本では秋田の「しょっつる」、能登の「いしる(いしり)」が知られている。料理の味を引き立て、旨みを増してくれる調味料だが、いずれも独特な臭みがある。それが魚醤の欠点でもあった。

「何とかそれを克服できないか。臭みのない魚醤を作るために、4年間は試行錯誤の繰り返しでした。衛生的で近代的な魚醤工場を作るために、莫大な投資もしました。魚醤の工場としては国内でも規模が大きいと思います」

こうして、世界でも類を見ない、淡水魚を使った魚醤が誕生した。

社会貢献と世界に通用する味を求めて
「日本の伝統的な調味料である味噌や醤油は現在消費量が減っています。伝統を守りつつ、次の代にバトンタッチするためには、新商品を開発せざるを得なかったというのも正直なところです。

ランニングコストはかかるけれど、規格外の鮎の利用には貢献できました。今では規格外の鮎だけでは原料として足りないくらい」

現在、1年9カ月前に新設した工場で、年間20トンの鮎魚醤を生産しているそうだ。

9月末には上海へ、年明けにはリヨン、ニューヨークのレストランショーに次々に出展する予定だという。今、関連商品も開発中とのこと。

また、要望があれば、オリジナルの魚醤作りに応える計画もあるという。

「おそらく各地で、規格外の魚や流通に乗りきらない魚が出ているはずです。そんな魚が多く集まれば、魚醤を作ることができます。そのノウハウと設備はすでに持っていますから。価格的には少し高いものになるかもしれませんが、その地域の魚を活かした、レベルの高いオリジナルの魚醤を作ることができると思っています」

社長は目を輝かせながら、「2~3年後から、それも本格稼働したい」と語る。そして「魚醤作りはまだまだ始まったばかり。これからも伝統を大切にしながら、時代の流れを見据えた商品を作っていきたい」と締めくくった。

地図

合名会社まるはら http://www.soysauce.co.jp

Photo:Kouji Kinoshita


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