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東日本大震災 被災地の復旧・復興に向けて

迅速に復興が進む、岩手県宮古市重茂地区

船を失った漁業者も、漁を続けられる"漁船シェアリング"をいち早く導入 [重茂漁業協同組合]


津波によって漁船の98%を失った重茂(おもえ)地区。
漁協を中心に地域がまとまり、岩手県内の漁村で、もっとも早く復旧作業に着手しました。
漁船の共同利用など独自の取り組みを進め、復興のモデルケースとして注目を集めています。

ワカメのボイル作業(平成25年4月)
ワカメのボイル作業(平成25年4月)


漁船814隻のうち残ったのは、わずか16隻
岩手県宮古市の重茂半島は、本州最東端に位置し、親潮と黒潮が交差する沖合には豊かな漁場が広がります。同地域の重茂漁協は、震災前、養殖ワカメと天然アワビの水揚げ日本一を誇り、サケ漁やコンブ漁も盛んでした。

しかし、東日本大震災により壊滅的な被害を受けました。漁協の組合員は、814隻の漁船を所有していましたが、そのほとんどが津波に流され、残ったのはわずか16隻。アワビの種苗施設のほか、ワカメやコンブの養殖・加工施設も全壊しました。

同地域では被災直後から漁協がリーダーシップを発揮し、岩手県内で最も早く復旧に向けて動き始めました。

震災の2日後には、漁協独自の判断で、ワカメの養殖に使う砂袋を30万袋、ロープを40万m発注。

「過去に大時化(おおしけ)で養殖施設が被害を受けるたびに、大量の資材確保が必要になりました。その経験を踏まえて、今回もすぐに業者に大量発注をかけたんです」と、参事の高坂菊太郎さん。

さらに、「1日も早く漁業を再開することが、日々の暮らしを立て直すことにつながる」を合言葉に、平成23年3月末には復旧作業をスタート。若手は海に出て養殖場の片づけ、女性や高齢者は陸のがれき処理を担当し、役割分担をして効率的に作業を進めました。

また、船を失った組合員のために、“漁船シェアリング”の仕組みを考案。まず、漁協が他県から漁船を中古で買い付け、いったん所有します。組合員は4~5名ずつのグループを組んで漁船を共同利用。船の数が揃うまでは、水揚げによって得た収益はグループ内で等分し、全組合員が1隻ずつ船を所有できる数に増えたら個人に引き渡します。この船の代金は、平成25年度以降の水揚げから10%ずつ天引きすることで、組合員は個人で借金を負わずに漁業を継続することができました。

震災前に近い体制で漁ができるように
こうして、震災から、わずか2か月後の平成23年5月には天然のワカメ漁を開始。定置網のサケ漁なども、いち早く再開しました。

震災から3年目を迎える今年の状況について、漁協で副組合長を務める山崎義広さんは言います。

「昨年度までは港や施設の復旧作業にかなりの時間や労力を割かれましたが、今年度からようやく震災前に近いかたちで漁業ができる見通しが立ちました」

1世帯当たり1隻に制限されていた漁船の出漁も、「2隻出せる人は出していい」という震災前と同じ体制に戻し、ワカメやコンブの水揚げ量も大きな増加が見込めそうとか。

課題として残るのは、天然のアワビ漁です。アワビを安定的に水揚げするには、種苗を育てて海に放流することが欠かせません。しかし、種苗の生産施設を復旧するには大規模な工事が必要で、それまでの数年間、アワビは漁獲制限を続ける必要があります。

「すべての漁獲制限がなくなったときが、ほんとうに重茂が復興を果たしたとき。そのときまで皆で力を合わせて、夢と希望を持って取り組んでいきます」と、山崎さん。その力強い言葉からは、復興に懸ける強い思いが感じられました。

音部漁港/重茂漁港/サケ人工ふ化場

文/塚田有香
写真提供/宮古水産振興センター