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東日本大震災 被災地の復旧・復興に向けて

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震度7の激震災害から、復活する養豚組合

倒壊した豚舎、ガレキの下敷きになった豚……。多くの危機を乗り越え、ブランド豚を安定出荷 [宮城県栗原市/高清水養豚組合]


東日本大震災による震度7の揺れにより、豚舎や堆肥舎が倒壊するなど、大きな被害を被った養豚組合。
提携農場へ豚を一時退避させるなど、高い肉質をキープするための努力の甲斐もあり、自慢のブランド豚は、震災前と同じ出荷体制にまで復活しました

肥育豚は約115kgまで育ったところで出荷する。パワフルな豚たちが相手なので、3人体制で行う
肥育豚は約115kgまで育ったところで出荷する。パワフルな豚たちが相手なので、3人体制で行う


現在の豚舎の様子。自社ブランドの「高清水KYOポーク」は、大ヨークシャー種とバークシャー種、デュロック種をかけあわせており、とろけるような食感と、芳醇な味わいが特徴

現在の豚舎の様子。自社ブランドの「高清水KYOポーク」は、大ヨークシャー種とバークシャー種、デュロック種をかけあわせており、とろけるような食感と、芳醇な味わいが特徴

一度に約30頭をトラックで運ぶ

一度に約30頭をトラックで運ぶ

高清水養豚組合の役職員。20 ~30代の若い従業員が中心で、ほとんどは地元の出身者

高清水養豚組合の役職員。20 ~30代の若い従業員が中心で、ほとんどは地元の出身者


文/宗像幸彦
写真提供/農事組合法人高清水養豚組合

豚舎が地滑りで全壊し、一時は廃業も頭をよぎり……
宮城県北西部に位置する栗原市高清水は、名水「桂葉清水(かつらはしみず)」で知られる土地です。昭和47年に設立された農事組合法人高清水養豚組合は、そんな美しい水の恩恵を受けながら、8棟の豚舎で、母豚約400頭を飼育。月平均約750頭を出荷してきました。

しかし、平成23年3月11日、震度7の揺れが同市を襲います。高清水養豚組合では、地滑りにより豚舎1棟と堆肥舎が全壊し、豚舎1棟が半壊。従業員は無事だったものの、40頭の豚が倒壊した建物に押しつぶされ、息絶えてしまいました。また、多くの豚がガレキに閉じ込められ、助かった豚も逃げ出してしまったのです。

「震災直後は廃業も考えるほど思い詰めましたが、みんなで必死になって復旧を進めました」と、組合長の邊見良一(へんみりょういち)さん(62)。

まっさきに取り組んだのは、ガレキ処理と、閉じ込められた豚たちの救出です。余震の危険もあり、うかつに豚舎に近づけない中、手作業で一頭ずつ助け出しました。

さらに2週間かけて、逃げた豚たちも収容し、残った豚舎に再編入。震災1か月後には、どうにか出荷の再開にこぎつけました。

子豚を提携農場に移動してストレスから守る
出荷体制を取り戻した養豚組合ですが、崩壊した豚舎で飼育していた豚たちを限られた豚舎で飼養したため、飼育密度が非常に高くなりました。

「震災前に比べると、ぎゅうぎゅう詰めになってしまって……。豚たちのストレスが、手に取るようにわかりましたよ」と、邊見さんは振り返ります。

繊細な動物である豚にとって、ストレスは何よりの敵。肉質低下につながりかねない事態です。そこで、提携していた株式会社サイボクの東北農場に相談。平成23年5月に、同農場の空き豚舎へ大半の子豚を預けることができて、豚たちをストレスから解放し、高い肉質を保つことができました。

平成23年9月には豚舎と堆肥舎の再建に着手します。東日本大震災農業生産対策交付金と宮城県農業生産復旧緊急対策事業補助金を活用し、平成24年4月に、被害を受けた2棟分を1棟にまとめた、大型の新豚舎が完成しました。

その後、預けていた子豚たちを戻し、現在は、母豚約400頭、月平均約750頭出荷という震災前の状態を取り戻しています。

「うちは若い従業員が多いんです。将来の養豚業界を担う彼らのためにも、経営規模を維持できて本当によかったです」と話す邊見さん。今後は、震災前から計画していた自社ブランド豚「高清水KYOポーク」を軸にしつつ、生産から流通まで行う六次産業化に本格的に取り組んでいく予定です。

豚舎/堆肥舎の震災直後と現在