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東日本大震災 被災地の復旧・復興に向けて

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独立行政法人水産総合研究センターも、再開に向け強力バックアップ!

津波で壊滅したアワビの栽培漁業が「被災海域における種苗放流支援事業」により、3年ぶりに復活 [福島県双葉郡 福島県栽培漁業協会]


福島県栽培漁業協会は、年間100万個ものアワビの稚貝を生産し、県内のアワビ漁を支えていました。
しかし、東日本大震災による津波で、施設は全壊……。
それが水産庁の「被災海域における種苗放流支援事業」により、この夏、稚貝を放流するまでになりました。

7月1日、約1年育てたアワビの稚貝を、江名4,000個、中之作1,000個、永崎5,000個、下神白1万個の計2万個放流した
7月1日、約1年育てたアワビの稚貝を、江名4,000個、中之作1,000個、
永崎5,000個、下神白1万個の計2万個放流した


アワビは放流前に付着器に入れて付着させる。これに付着させたまま放流することで、タコ等の食害を防止し、生残率を高める

アワビは放流前に付着器に入れて付着させる。これに付着させたまま放流することで、タコ等の食害を防止し、生残率を高める

福島県で親貝から卵を採取し、受精後、南伊豆へ輸送するため、容器に収容する大和田さん(右)

福島県で親貝から卵を採取し、受精後、南伊豆へ輸送するため、容器に収容する大和田さん(右)

アワビの稚貝

文/吉塚さおり
写真提供/福島県栽培漁業協会

種苗の栽培施設はすべて流され、不安でいっぱいに……
福島県沿岸部は、昭和50年代から、アワビやヒラメなどの「栽培漁業」が盛んです。栽培漁業とは、人の手で育てた稚魚や稚貝(まとめて「種苗」といいます)を海へ放流し、成魚や成貝になったところで漁獲するもので、水産物を安定供給するのに、大きな役割を果たしています。

昭和55年に設立した福島県栽培漁業協会は、その中心的存在であり、双葉郡の沿岸部で稚魚や稚貝を生産。特にアワビは、年間100万個以上の稚貝を生産するほどでした。

しかし、東日本大震災で発生した津波により、協会の施設は全壊。職員4人の尊い命も失われました。

「福島の栽培漁業は、この先どうなるのか。不安でいっぱいでした」と話すのは、同協会でアワビを担当する大和田淳郎(あつろう)生産部主任。

そのような状況の中、被災県の栽培漁業の再生に向け福島県は、平成24年2月に「被災海域における種苗放流支援事業」をスタート。これにより、種苗生産施設が再建され、生産体制が整うまでの間、協会は、他県の施設を利用することにしました。アワビの種苗生産に協力したのは、静岡県南伊豆町にある独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所(南伊豆庁舎)です。

「うちには、アワビ用の設備がなかったので、空いていた水槽を改修しました。できることは、なんでもしようと、職員みんなで決めたんです」と、同研究所の資源生産部桒田(くわた)博部長は話します。

福島県と静岡県では、海水の環境や飼育設備が異なり、困難を極めるなか、大和田さんは種苗生産の準備に全力を注ぎました。

「種苗の生産場所がなくて困っているときに、水産総合研究センターの方々や、静岡のみなさんが助けてくれて、本当にありがたかったですね」と、当時を振り返ります。

成長したアワビを、消費者や、お世話になった方々に食べてもらう、その日まで
着手から4か月後の平成24年7月には、福島県でアワビの卵を採取し、受精。静岡県に運び込み、本格的に種苗生産を始めました。

生育初期の稚貝は、岩などの物に付着する珪藻(けいそう)(付着性珪藻)を餌にしますが、設備等の関係から、その培養や水温の管理などが課題でした。それでも、1年で3cmまで育ち、ようやく福島の海に放流する目処が立ちました。

福島沖で採取したアワビに、放射性セシウムの問題がないことを確認した後、今年の7月に福島県いわき市近海で、3年ぶりに放流を行い、さらに10月にも再び放流。計5万個の稚貝は、4~5年かけて成貝となります。

放流を無事に終え、アワビ漁師の馬目祐市(まのめゆういち)下神白採鮑(しもかじろさいほう)組合長は「とにかく嬉しいですね。まだ問題は山積みですが、これを機に、一歩ずつでも前に進めたら」と目を細めます。

福島の漁業者にとって、一条の光となった稚貝の放流。「福島のアワビは、コリッとした食感が自慢です。消費者はもちろん、お世話になっている静岡のみなさんにも、早く味わってほしいですね」。その日を夢見て、大和田さんたちの歩みは、まだ始まったばかりです。