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東日本大震災 被災地の復旧・復興に向けて

ハイテク農業設備で、農家をサポート

マンモス〝いちご団地〞から、「仙台いちご」を本格的に出荷します! [宮城県亘理町・山元町]


東日本大震災による津波で、亘理町・山元町では、いちご栽培ハウスのほとんどを失いました。営農再開を目指し、国の復興交付金等を活用して、巨大ないちご団地を建設。「自動管理システム」なども投入し、この冬、本格的に「仙台いちご」の出荷を再開しました。

「一からのいちご作りでしたが、甘みもあって、ほどよく酸味もある、いい食味のいちごができました」と、うれしそうに話す齋藤さん
「一からのいちご作りでしたが、甘みもあって、ほどよく酸味もある、いい食味のいちごができました」
と、うれしそうに話す齋藤さん


イチゴ

被災直後は……

亘理町では232戸、山元町では125戸のいちご農家が被災した

亘理町では232戸、山元町では125戸のいちご農家が被災した



平成25年9月、いちご団地完成

亘理町の浜吉田団地。現在工事中のものを含め、今年度中に両町で計186棟が建設される

亘理町の浜吉田団地。現在工事中のものを含め、今年度中に両町で計186棟が建設される(写真提供/JAみやぎ亘理)

文/吉塚さおり
写真提供/宮城県農林水産部農業振興課、JAみやぎ亘理

家やハウスがなくなり、そのうえ、土壌には塩害も……
宮城県の亘理(わたり)町・山元(やまもと)町は、太平洋沿岸に位置することから、冬の日当たりがよく、水はけのよい砂質の土壌が広がり、いちご栽培に適した地域です。ここのいちごは、粒が大きく、甘みも強いと評判で、震災前は、年間約3800tの生産量があり、「仙台いちご」のブランド名で全国に出荷していました。

しかし、震災による津波で、壊滅的な被害が。約96haあったハウスのうち、95%が失われたのです。亘理町のいちご農家、平間勝彦さんは「家もハウスもなくなって、〝まさか!〞という感じ。もう呆然としましたね」と、当時を振り返ります。

震災から半年以上経ち、瓦礫の片付けなどがようやく終わっても、次なる試練が……。海水が、土壌はもちろん、地下水にまで浸透し、営農再開は容易ではなかったのです。

いちご産地の火を消すまいと、国の東日本大震災農業生産対策交付金を活用して、一部に営農を再開した農家もいましたが、平成23年の両町のいちごの出荷量は、震災前の5分の1まで落ち込みました。

そんな中、平成24年3月に、両町のいちご栽培の復活に、100億円を超える国の被災地域農業復興総合支援事業(復興交付金)が活用できることに。これにより、総栽培面積約40haの「いちご団地」建設が決まりました。直後から、利用希望者を募ったところ、被災した農家151戸が取り組むことになりました。

最盛期のクリスマスになんとか間に合い、〝ほっ〞
平成24年10月、いちご団地の建設がスタート。両町の復興事業の目玉として、急ピッチで工事が進み、平成25年9月までに、両町あわせて161棟の栽培用大型ハウスが完成しました。

被災した農家の多くは土耕栽培でしたが、塩害で土耕栽培ができないため、新しいハウスでは、これまでと異なる「高設ベンチ」を用いる栽培方法を導入。地上約1.2mにプランターを並べ、養液で栽培します。また、水やりや施肥、温度を自動で管理するシステムや、光合成を促す二酸化炭素発生装置なども使い、作業効率を上げます。

完成したハウスは、順次農家に貸与され、さっそく苗の定植が始まりました。平間さんは、「スタートが例年より遅くなったことに加え、新しい栽培方式に慣れるのがたいへんでしたが、需要のピークとなるクリスマスに、間に合わせるため、みんなで頑張りました」と、話します。

JAみやぎ亘理では、11月末から、本格的に出荷を開始して、来年6月までに、約2500tの出荷を見込んでいます。

JAみやぎ亘理のいちご部会長、齋藤隆一さんは「この土地で、また、いちごを作れるなんて、夢みたいです。おいしい『仙台いちご』を、全国のみなさんに食べてほしいですね」と話してくれました。

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