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東日本大震災からの復旧・復興に向けて

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被災園地で進む、新たな試み ―

全てを失ったところから……福島の“日本なし”農家は復興に向けて前進中! [福島県相馬市/坂下果樹園]


相馬市磯部地区を代表する日本なし農家の坂下耕一さん。東日本大震災による津波で家屋も園地も失い、営農を一度はあきらめたものの、再開を決意。果樹の育成期間を半分以下にする栽培技術も導入し、一日も早い収穫を目指しています。

「樹体ジョイント仕立て」用に植えた苗木の手入れをする坂下さん
「樹体ジョイント仕立て」用に植えた苗木の手入れをする坂下さん

津波で流された坂下さんの園地

津波で流された坂下さんの園地

神奈川県農業技術センターで樹体ジョイント仕立てを施されたなしの木。坂下さんの園地も数年後には成園化する(写真はイメージ)

神奈川県農業技術センターで樹体ジョイント仕立てを施されたなしの木。坂下さんの園地も数年後には成園化する(写真はイメージ)

8月下旬から収穫される「幸水」は、糖度の高さとみずみずしさで人気。もちろん、放射性物質に関する検査を行った後に出荷する

8月下旬から収穫される「幸水」は、糖度の高さとみずみずしさで人気。もちろん、放射性物質に関する検査を行った後に出荷する

坂下さんが栽培を目指す福島県生まれの新品種「あづましずく」

坂下さんが栽培を目指す福島県生まれの新品種「あづましずく」



写真提供/坂下耕一、福島県相双農林事務所

農機具からなしの木まで生産に関わるすべてが津波で流出
「フルーツ王国」とうたわれる福島県では、昼夜の寒暖の差と良質な水を生かし、四季折々の果物が生産されています。なかでも日本なしは「幸水」をはじめ「豊水」「二十世紀」「あきづき」「新高」など栽培品種も多く、震災前の平成22年には、全国第3位の収穫量を誇っていました。

相馬市磯部地区に住む日本なし農家の坂下耕一さんも、震災前には、年60t以上の日本なしを出荷していました。

ところが、震災によって265aあった園地のうち、家屋を含む55aが津波で流失。高台にあった残りの園地は難を逃れたものの、自宅だけでなく、農機具や設備が収納されていた納屋も流されました。坂下さんは、当時を振り返り「営農再開は、もう無理だと思いましたね」と話します。

仮設住宅で暮らしながら、瓦礫撤去のアルバイトをしていた坂下さんですが、「なし作りを再開して、地域の仲間を元気にしたい」との強い思いから、もう一度、日本なしの栽培に取り組むことを決意。県の事業などを活用することで、同じように被災して園地を失った日本なしの生産者を雇用し、再開のスタートラインに立ったのです。

おいしい果物を作って全国のみなさんに届けたい
平成25年度には、被災園地の一部で栽培を再開できるようになりました。津波で何もなくなった土地に日本なしの苗木を植えることから始めるので、収穫までに何年もかかりますが、坂下さんは「新しいことに挑戦しようという気持ちが湧いてきた」といいます。そこで、樹と樹をアーケードのように接ぎ木して仕立てていく栽培技術「樹体ジョイント仕立て栽培」に取り組むことにしました。

これは、神奈川県農業技術センターが開発した技術で「普通なら10年かかる苗木の定植から収穫までの期間を4~5年にでき、省力・低コストにもなる栽培技術です。何より、生産がどんどん加速して、復興の励みになると思ったんです」と坂下さん。

さらに、将来は福島県が開発した新品種のぶどう「あづましずく」を導入し、日本なしとセットで出荷する予定です。

坂下さんは「全国のみなさんの支援のおかげで、ようやくここまで復興できました。私たちが一生懸命作った福島産のおいしい果物をお届けしたいですね」と話してくれました。