このページの本文へ移動

農林水産省

メニュー

東日本大震災からの復旧・復興に向けて

  • 印刷

生きがいを取り戻すには、“働く場”が必要だからー

農家のお母さんたちの手作り味噌「岡田産づくり」
津波被害を乗り越えて、みごと復活! [宮城県仙台市/岡田生産組合]


手作り味噌「岡田産づくり」は、仙台市岡田地区の農家のお母さんたちが作る名物加工品です。
東日本大震災による津波で、加工施設などが壊滅的な被害を受けたものの、いち早く生産を再開。地域の雇用を守り、復興のシンボルとなっています。

麹を通常より多く加え、塩分は控えめにすることで、深みのある味わいが生まれる
麹を通常より多く加え、塩分は控えめにすることで、深みのある味わいが生まれる

数か月間熟成させた味噌は、手作業で一つずつパック詰めし、出荷する

数か月間熟成させた味噌は、手作業で一つずつパック詰めし、出荷する

手作り味噌「岡田産づくり」

岡田生産組合のメンバー。40~70代の女性が中心となっている

岡田生産組合のメンバー。40~70代の女性が中心となっている


文/梶原芳恵
写真提供/JA仙台
宮城県仙台市の沿岸部に位置する岡田地区の農家は、平成3年ごろから、大豆栽培に力を入れ始めました。

平成11年には、地区の農家で構成する岡田生産組合(当時:岡田転作組合)の女性メンバー23人が、地場産の大豆と米を使った味噌「岡田産づくり」の生産をスタート。添加物を一切使用せず、昔ながらの製法で作る味噌は、独特の甘みがあっておいしいと口コミで評判になり、年10t近くを売り上げるヒット商品となりました。

しかし、平成23年3月、東日本大震災による津波が、岡田地区を襲いました。海岸から約600メートルのところにあった味噌の加工施設は流され、大豆畑のほか水田もすべて浸水。多くの組合員が被災しました。

一日でも早く加工施設を再建して仕込みを再開したい!
被災から3日後、組合長の遠藤源二郎さんは、避難所となっていた体育館に向かいました。そこで目にしたのは、家も仕事も失い、呆然と過ごす組合員の姿でした。

「みんなが生きがいを取り戻すには、 “働く場”が必要だと考えました」と、遠藤さんは当時を振り返ります。海水に浸かった農地の回復には時間がかかるため、まずは、加工施設の再建を目指すことに。

再建にあたっては、国の支援事業などを活用。津波の心配がないよう、海岸から3キロほど内陸に施設を建設し、震災から1年後の平成24年3月に完成。集まった17人のメンバーで、味噌の仕込みを再開し、平成24年は、地区外の畑で栽培した大豆を使って、6tの味噌を生産しました。地区の畑は、土を入れ替えることで除塩し、翌平成25年、震災前とほぼ同じ約80haに大豆を作付け。また、味噌の生産量も10tまで回復しました。

復興支援ボランティアの口コミで知名度が急上昇!
震災後、岡田地区にはがれきの処理などのために、北海道から九州まで、全国各地からボランティアが訪れました。その際、「岡田産づくり」で作った味噌汁や豚汁をふるまったところ、おいしいと大評判に。故郷に帰ったボランティアの口コミで噂が広がり、全国的に知名度が上がっていったのです。

現在、「岡田産づくり」はJA仙台の直売所「たなばたけ」で販売するほか、直接注文も受け付け、全体の3~4割は、県外へ出荷しています。今後は、加工施設の稼働率を上げ、生産量をさらに増やすのが目標です。

「味噌の生産は、雇用の場や収益を生むだけでなく、組合員の心の支えになっています。仲間と世間話をしながら、いっしょに働くことで、みんなに笑顔が戻ってきました。それが、いちばんうれしいですね」と、遠藤さん。「岡田産づくり」は、地域が復興へ向かい、前に進むための、希望の光となっています。