特集2 食文化研究家・清 絢(きよしあや)の味わい ふれあい 出会い旅(1)
第7回大阪府大阪市 素材をむだなくいただく〝始末の料理〞「船場汁」を訪ねて
日本各地の郷土食を、食文化研究家のわたくし清 絢が巡る旅。 今回は、わたしの生まれ育った大阪の食文化を再発見する旅に出かけました。 商いの町の中心部で生まれた「船場汁(せんばじる)」をいただき、“始末の精神”を学びたいと思います。 |
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清 絢( きよし・あや) 大阪府出身。日本各地の農山漁村を訪ね、伝統的な食文化や暮らしについて、調査研究を行う。 日本の食文化を次世代へ継承するために、執筆、講演など、さまざまな形で活動中。 |
大阪天満宮
大阪市民に慕われる“天満(てんま)の天神さん” |
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地域の人々の憩いの場である大阪天満宮は、大阪の夏を彩る「天神祭(てんじんまつり)」を斎行(さいこう)する(※)神社としても有名。 ※神事などを執り行うこと 社務所にて、昔天神祭のさいに船に飾られた「御迎(おむかえ)人形」のミニチュアの土人形を授与している。大阪天満宮文化研究所では、同宮所蔵古文書の調査をもとに、同宮と大阪の歴史・文化を研究 文/清 絢 写真/川端正吾 イラスト/竜田麻衣 |
大阪の食というと、たこ焼きやお好み焼きといった「粉もん」が知られていますが、海も山もあり、天下の台所として各地の食材が集まった大阪では、おいしい郷土の味が育ちました。なかでも大阪市内の中心にある船場(せんば)は、古くから栄えた商人の町。今回は、そんな町の名前が冠された「船場汁」のルーツを訪ねます。 まずは、船場料理に詳しい大阪天満宮文化研究所の近江晴子さんのもとへ。 「船場汁は、夕食にサバの塩焼きを食べたあと、残った頭と中骨に塩をふっておき、翌日の夕食にそれをだしにおつゆを炊いて、短冊ダイコンを大量に入れて作るお番菜(おかず)です。これは“けちんぼ”とか“しぶちん”ではなくて、船場の商家では食べ物の値打ちを最後まで引き出す“始末の精神”を大事にしたからでしょうね」と近江さん。大阪商人は、利用できるものは残さず上手に使って、逸品を作り上げたのです。 ふだんは慎ましく暮らす商家も、法事などの特別な日の料理は全て、仕出し料理屋に任せました。大阪の味は、料理人と町人が一緒になって育てあげたものなのです。 |
吉野寿司
二寸六分の木枠からあふれる上方の粋 |
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サバがおいしくなる秋から冬には不定期で船場汁を提供。提供日は事前に確認を |
続いて訪ねた天保12(1841)年創業の「吉野寿司」は、「二寸六分の懐石」と称される箱寿司を考案し、船場の商人にも愛されてきた老舗店。正方形の木枠にシャリとネタを配置し、手首をしならせて押すのは七代目の橋本卓児(たくじ)さん。
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ちょこっと寄り道
プロデュースマーケットやすい |
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大阪の台所・黒門市場に店を構える「やすい」は、大阪の在来野菜が購入できる数少ない店の一つ。 |
次に、希少な“なにわの伝統野菜”を扱う黒門(くろもん)市場の八百屋さん「やすい」に立ち寄りました。冬には船場汁にぴったりの田辺ダイコンや金時ニンジンなども扱うそうで、大阪にもたくさんの在来野菜が育っていることに驚きました。
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こんぶ土居
昆布と向き合い111年追求し続けるうまみ |
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続いては、大阪の食文化の根っこを支える昆布についてうかがうために「こんぶ土居」へ。 「江戸時代、北海道でとれた昆布は北前船(きたまえぶね)に乗って大阪に届いたんですよ。うちでは最高級品の道南の川汲浜(かっくみはま)産真昆布を中心に扱っています。昆布の味や質は、採取地だけでなく、生産者によっても変わるので、直接産地に行って、昆布漁にも参加して信頼関係を築くように心がけているんです」と話してくれた四代目の土居純一さん。等級が書かれた箱にぎっしり詰まった昆布を、一枚ずつ丹念に選別してから得意先へ出荷します。手間ひまをかけて本物の味を届けることで、大阪の食文化継承の一助になればと話します。 「大阪の食の“まったり”とした味わいは、昆布のうまみがベース。昆布は最後までおいしくいただけるので、これこそ始末のいい食べものです。だしをとったあとも、きんぴらにしたり、お酢に浸けて酢昆布にしたり」と土居さん。 土居家の昆布レシピを本にまとめるなど、日本のだし文化を伝える活動もしています。
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大阪市食生活改善推進員協議会の波多野千代さん
始末のなんたるかを学ぶ船場のまかない汁 |
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船場汁は、もとは船場の商家で食されていたまかない料理とも言える家庭の味で、塩サバのアラのだしにダイコンという、“もったいない”の精神を体現したような汁物だった。それでも、そこは大阪、だしや味つけは抜かりなく、おいしさは折り紙付きだったそう。今では塩サバの身も使って、ちょっぴり豪華に。波多野さんお手製のお膳も作っていただいた |
旅の締めくくりは、船場汁の作り方を教わりに波多野千代さんのお宅へ。現在も船場の中心地に暮らしている波多野さんは、船場文化の伝道者のような方。 |
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