ご馳走、東西南北 vol.2
「賛否両論」店主・笠原将弘さんが案内する築地市場のサムライたち
築地に開場して80年。世界最大級の魚市場である東京都中央卸売市場築地市場。料理人の笠原将弘さんは、そこには独特のオーラがあるといいます。仕入れよりも人の“気”をもらいに行くという笠原さんに、築地の魅力を案内してもらいました。 |
今回の案内人 料理人 笠原 将弘さん 日本料理「賛否両論」オーナーシェフ。新宿「正月屋吉兆」で9年間の修業後、実家の焼鳥店を継ぐ。2004年恵比寿に「賛否両論」オープン。斬新な創作和食を手ごろな値段で食べられることで評判を呼び、開店から10年以上、予約困難な状態が続いている。テレビや雑誌、イベントなどでも活躍中。 |
例年より早いという甘えびが 店頭に並びます 鮮度のいい大ぶりのはまぐり 天井から下がる顧客店の名札。 商品につけて配送します ところどころに残る石畳の道。 水はけをよくする工夫 運搬車のターレー。 築地では人がよけるのがルール |
築地は修業先の先輩に連れられて行ったのが最初です。仕入先が決まっていたのでまずは店の場所を覚えること。 言われたものを引き取りに行くだけなので、どこもよくしてくれました。 それが親父が急逝して実家の焼鳥屋を継いだら、扱いの差に愕然としてね。 それまでと同じものは買えないから店を開拓するでしょ。 店頭でぼやぼやしてると店側も忙しいから「何がほしいんだお前!」みたいな。別に意地悪なわけじゃないんですよ。 お金を持っていても買えない世界 そういうところでかわいがってもらうには、とにかく通うことです。 仲卸さんも、今日のこれはいいという魚があったら、よく来てるやつに売る。 「最終的にはひいきだよ」って、あとになって聞きました。 お金を持っていれば買えるってことがない世界なんです。 そのかわり料理人のほうも、これを半端に残したら困るだろうなと思ったときには、その箱ごともらうこともあります。 若いころは有名な料理人さんがいたら買ってるものを覗いたり、次は何かなと付いていったり、ストーカーみたいなこともしてましたよ。 料理人と仲卸業者が醸し出す独特のオーラ 築地は僕にとって刺激をもらいに行くところです。 料理人と仲卸さんたちが醸し出す"気"みたいなものっていうか、オーラがありますね。 今でも仕入れのためだけでなく人に会いに行って、気をもらう。 料理人の先輩、後輩、そして友達。 忙しいから二言三言交わす程度だけど、みんな朝早くから来てるな、俺もがんばろうって思いますよ。 仕入れではいろんな情報も聞けますね。 僕もある程度の知識はあるけれど、例えば、毎日えびを扱ってる人にはかないません。 高梨水産は修業時代からのつきあいですが、お父さんが殻をむいて甘えびやぼたんえびをよく食べさせてくれました。 上武商店は、独立後、オステリア・ルッカの桝谷(周一郎)シェフからの紹介です。 旭水産は、青山の寿司屋の親方の紹介。 紹介はいいですよ。飛び込みで行くよりずっとよくしてくれます。 上武商店は今日買った鯛みたいな大物の魚がいいんです。値段もいいけど本当にいいものがある。 穴子を選ぶのもうまくて「急がないんだったら、今日の(穴子)はやめといたほうがいい」って今朝、言われました。 売り上げに関わるのにやめろと言ってくれる、そんないい世界がまだ残ってるんですよ。 旭水産は、いわしやあじ、うに、貝類なんかがおいしいですね。 今日薦められたうにも、いいのはわかってるんだけど、うちの店のコースの値段では買ってたらつぶれちゃうわけで。 こっちも商売だし、なんでもかんでも買えるわけじゃないから。 日本中の魚が集まるから空間を越えた料理が作れる この魚はここを見ろと、目利きも築地で教わりました。魚は腹を見てもダメで背中だとかね。 腹がぱんぱんなのは何か飲み込んでるかもしれないし。 寝かされている魚を立ててみて、上から見たときに厚みのあるのがいいんです。 もちろん、あんまりいじると怒られますよ。 築地は漁師さんたちに「築地に持っていけば金になる」というブランドを作り上げたのが凄いところですね。 最初は東京湾に揚がるものだけだったのが、日本中から集められるようにした。 築地があるから銀座の寿司屋も発展したんだと思います。 昔は地元だけで消費していたような地方の魚もずらっと並んでるので、いろんなことができるじゃないですか。 九州でとれたこちの白身で北海道のうにを巻くとか、空間を越えた料理が作れるようになりました。 うちの店は大分と岩手の漁港からも直接仕入れてますが、地理的にとれない魚もあるし、シケもある。 自分で見て選びたいときや手に入らないものを探すときに、築地ならかなりそろいます。 一方で拾い買いっていうんですが、ぷらぷら見て、あ、もう、ほたるいかが出たかと買っちゃったり、目的なく歩くのも、おもちゃ屋感覚で楽しいんです。 サムライたちの世界で僕も認められたい 乾物は場外で買います。 吹田商店も尾林商店も修業時代から。昆布と鰹節は地味な存在だけどよいものを使ったほうがいいと思いますね。 今のやさしい方向に向かっている時代に、築地みたいなピリっとした空間があることは若い料理人にも大切ですよ。 プロとプロのせめぎ合いの世界を味わっておかないと。 築地は数少なく残るサムライたちがいる場所で、僕もそういう世界で認められたいと思います。 だから弟子には、トロトロ歩いてんなよ、大きい声で「おはようございます!」とだけ言っておけと教えてますね。 むかしは僕もターレーにはねられたり、仕入れた合鴨を落としたり、へまもしたし、試練の時期もありました。 買いたくても高くて手が出ない日もいっぱいあった。 今日みたいにね、仕入れの篭が重いのはものすごくうれしいんですよ。 |
|
上武滋和さん 上武商店(場内) 3代目主人。 顧客である店の特徴を熟知する上武さんを信頼して、 仕入れをお任せにする料理人も多い。 笠原さんとは飲み仲間でもある。 この日笠原さんは、鯛、のどぐろ、白いかを購入。 |
|
長濱谷光紀さん 旭水産(場内) 創業30年。 高級料理店のお得意が多く、 「お客のお金を預かっている気持ちでよりすぐりの魚を選びます」とのこと。 笠原さんは、たちうおとお薦めの品よりややランク下のうにを購入。 |
|
高梨直也さん 高梨水産(場内) 創業21年のえび専門店2代目。 「殻をむいて食べさせるのは、味をわかってもらうため。 甘えびは産地にもよるし、とれたてより次の日ぐらいがうまいからね」。 笠原さんも甘えびを購入。 |
|
吹田勝良さん 吹田商店(場外) 昆布問屋の5代目。 創業120年。 「よい昆布は料理の質を土台から上げてくれるのでコスパがいいんですよ。若い料理人さんにはそんな話もするんです」 と吹田さん。 笠原さんも修業先と同じ真昆布を購入。 東京都中央区築地4-11-1 03-3541-6931 6時~14時 休/日曜・祝日、市場休市日 |
|
尾林郁男さん 尾林商店(場外) 創業昭和11年。 有名料亭も御用達の鰹節専門店。 笠原さんは新人時代、 鰹節の血合いを除いて使っていたとか。 生臭みが抑えられて上品な風味になる。この日も血合い抜き本枯節を購入。 東京都中央区築地6-26-8 03-3541-3308 7時~14時 休/日曜・祝日、市場休市日 |
赤身とトロの盛り合わせの「まぐろの刺身」1,000円 |
食事も楽しみのひとつ 「築地で友達に会うと、飯食って帰るかと、ひと息入れることも。 朝から瓶ビール1本を分けたりして、楽しいですよ」と笠原さん。 洋食から刺身定食までそろう、築地で働く人の社員食堂のようなお店。 築地のプロは洋食を楽しみにする人が多いよう。 東都グリル(場外) |
日本橋魚河岸から築地。来年、豊洲へ移転します。
|
|
江戸時代初期、徳川家康は大阪の佃村から漁師たちを呼び寄せ、江戸湾内での漁業の特権を与えました。この漁師たちが日本橋で魚菜を売るようになったのが、魚河岸の始まり。関東大震災により日本橋魚河岸は壊滅的な被害を受けて歴史に幕を閉じましたが、昭和10年、築地に広さ約23万平方メートルの東京市中央卸売市場が開設されます。高度成長と、漁業技術の発達や輸送の進展から、築地には全国各地から荷が集まるようになっていき、築地市場は日本最大の魚市場へと変貌。現在では、1日4万人以上が来場する世界最大級の取扱規模を誇っています。2016年11月、さらなる発展のために、現在の築地市場は江東区豊洲地区に移転する予定です。 |
撮影/岡村智明
取材協力/東京魚市場卸業協同組合
取材協力/東京魚市場卸業協同組合