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トップランナー 今、この人たちが熱い vol.6

弓削(ゆげ)牧場(有限会社 箕谷(みのたに)酪農場/有限会社レチェール・ユゲ)[兵庫県]

都市型酪農のこだわりが創り上げた理想郷



神戸の中心街から車でわずか20分、新興住宅地に隣接する山の中に、放牧された牛たちがのんびりと草を食む別世界があります。ここで生まれる、本来の風味を持つ牛乳やフレッシュなチーズ、それを用いた料理は、多くの人を魅了してやみません。

夫の弓削忠生さんが有限会社箕谷酪農場の代表取締役として酪農を、妻の和子さんが有限会社レチェール・ユゲの代表取締役として加工などを担当し、協力して多事業を展開しています
夫の弓削忠生さんが有限会社箕谷酪農場の代表取締役として酪農を、妻の和子さんが有限会社レチェール・ユゲの代表取締役として加工などを担当し、協力して多事業を展開しています


転機となった生チーズ
神戸市の郊外、六甲山の西側の丘陵に約9ヘクタールの牧場があります。

牛をストレスなく育てるため、24時間の放牧を行う。無理に多くの乳量を求めない。生乳は高温の瞬間殺菌ではなく、摂氏65度で30分間の低温殺菌を行い、有益な微生物を生かしたままにする──。こだわり抜いた製法の牛乳と生チーズで知られる、弓削牧場です。

「3反(※)の水田と2反の山だけしかなくても、牛がいればゆとりのある暮らしができる。これが脱サラで酪農を始めた私の父・吉道の口癖でした」

そう語る現牧場長の弓削忠生さんは、1983年に父親が他界した後に事業を継ぎましたが、折からの乳価の低迷という事態に直面します。

そこで、自家製チーズ作りに活路を見出そうと決意した弓削さんでしたが、当時はチーズといえば熱処理したプロセスチーズが主流。ナチュラルチーズは国内ではほとんど製造されていませんでした。

「レンネット(酵素)や乳酸菌、モールド(型枠)の入手法もわからない。海外の文献を漁ったり、遠方の同業者に教えを乞いに行ったり、懸命に方法を模索しました」

そうして、どうにかカマンベールチーズの試作には成功したものの、四季が移り変わる日本では、品質を安定させることが容易ではありませんでした。

しかし、そうしたカマンベール作りの失敗の中であるとき思いついたチーズこそが、牧場の運命を変えることになります。

それが、「フロマージュ・フレ」。フランス語で「新鮮なチーズ」という意味のチーズです。

なめらかな舌触りと爽やかな酸味があり、試してみると同じ発酵食品のしょうゆにも合い、和風のアレンジもできます。

フロマージュ・フレは百貨店やレストランで人気を博すようになり、今や牧場の目玉商品です。それでも、大量生産を目指す気はないそうです。

「規模を求めても、大手にはかないません。私たちはあくまでも手作りにこだわり、安心・安全な商品を一つずつ届けていきます」


モンゴルの荒野に咲く花
チーズ作りを始めて2年後、ナチュラルチーズの食べ方を多くの人に知ってもらいたいと、牧場内に販売所兼発信拠点として「チーズハウスヤルゴイ」を開設しました。

「モンゴルには、春が訪れると荒野に咲き、厳しい冬の寒さに耐えた動物が食べると、元気を取り戻す花があります。ヤルゴイとは、その花の名です。都会の生活で疲れた方に英気を養っていただきたいと、そう命名しました」

自家製チーズやハーブをふんだんに使った創作料理が評判となり、チーズ製造の副産物で栄養価の高いホエイ(乳清)を利用したシチューやドリンクは、著名な料理人が味見にやってくるほどでした。


父の思いを継いで理想郷に
緑の木々、陽の光を浴びながらのんびり草を食む牛たち。楽園のような風景の広がる牧場ですが、周辺では宅地開発が進んでおり、近隣に迷惑をかけまいと木の枝や下水の管理を徹底しています。

レストランで食材とする自家農園のハーブも、もともとは消臭対策も兼ねて植え始めたもの。

ホエイも廃棄処分せず、食材とするほか、これを原料として石鹸や化粧水を開発したところ、人気商品になりました。

「牧場でできたものは、できるだけここで循環させよう」という考えから畜糞で堆肥を作り、農園で利用していますが、さらに今年末には、ミニバイオマスユニットを稼働させる予定です。

「父の思いを継いでどうにかここまできました」と微笑む弓削さんは、「食材だけでなく、エネルギーの自給自足も達成したい」と父親譲りの開拓者魂を原動力に、さらなる理想郷を追い求めています。


反(たん)は尺貫法の面積の単位。1反=991.736平方メートル(約10アール)。


弓削牧場のあゆみ 1943年、初代・弓削吉道氏、有限会社箕谷酪農場を設立。1970年、現在地で牧場の運営を始める。1983年、二代目・弓削忠生氏、代表取締役に就任。1984年、カマンベールチーズの試作開始。1985年、カマンベールチーズ、フロマージュ・フレの製造販売開始。1987年、チーズハウス「ヤルゴイ」建設。1988年、弓削和子氏を代表取締役に有限会社レチェール・ユゲ設立。1998年、菓子工房でスコーンやケーキを製造開始。2000年、ホエイソープを販売開始。2012年、メタンガス発生の実証実験を開始。



弓削牧場の特徴的な取り組み

健康的な飼育環境
1.健康的な飼育環境
舎飼いでなく24時間放牧を行い、牧草などの粗飼料をメインに健康に育てている
自家製のこだわり
2.自家製のこだわり
本来の風味を大切にするため低温殺菌で処理。この搾りたての牛乳でチーズを製造

フロマージュ・フレ
3.フロマージュ・フレ
原乳を搾ってから2日でできるフレッシュなチーズ。3種類の複合乳酸菌を使い、複雑で繊細な味に仕上げる

チーズハウスヤルゴイ
ホエイで煮込み、カマンベールチーズで風味を付けたシチュー。爽やかな酸味が人気の一品。「義父のアドバイスから生まれた料理です」(和子さん)
4.チーズハウスヤルゴイ
ホエイで煮込み、カマンベールチーズで風味を付けたシチュー。爽やかな酸味が人気の一品。「義父のアドバイスから生まれた料理です」(和子さん)




Data
所在地 兵庫県神戸市北区山田町下谷上西丸山
牧場 9ヘクタール
主要な事業 酪農(有限会社箕谷酪農場)、農産物加工、飲食店経営、ブライダル事業(有限会社レチェール・ユゲ)
飼育 乳牛50頭(子牛を含む)
労働力 社員11名 (代表取締役2名、正社員9名)、パートタイマー30名


文/下境敏弘  写真/島 誠