学生や企業の支店が多く、農産物の一大生産地であるとともに一大消費地を有する福岡県で、若者・男性・子育て世代を対象とした食育&食環境整備や地産地消に取り組む意義はとても大きなものです。そこで、平成20年3月、福岡女子大学早渕研究室を中心に福岡の「食」に関わる企業、団体、福岡県、福岡市が結集。注目の産学官連携として誕生したのが「福岡発食育&食環境整備ネットワーク」です。会員は、福岡県内の「食」にかかわる「エネルギー」「食生活」「外食」「教育」「食品」の5フィールド、22企業・団体。
「食事バランスガイド」を活用して「日本型食生活」の普及に取り組む食関連企業を増やし、県域で「食」を担う関係者の「食育&食環境整備」連携の輪を広げることを目的に、平成20年度にっぽん食育推進事業「食育先進地モデル実証事業(県域)」に取り組みました。その工夫点と連携のポイントを、会長の早渕仁美さん(公立大学法人福岡女子大学大学院教授)に聞きました。
福岡発食育&食環境整備ネットワーク会長で、公立大学法人福岡女子大学大学院教授の早渕仁美先生
工夫点としては、事業応募に際し、5つのフィールドの食育連携を、北京オリンピックに因み「食育五輪」としたこと。産学官の連携が順調にいったのは、まず「地域に広いネットワークを持つ企業、大学、行政、メディアの各分野から実行委員を選出して実行委員会を発足、しっかり実施体制を確立したからです。県がメンバーに入ったことで、核となる市や企業の参加にはずみもつきました」と早渕先生。ガス、電気という地場の2大エネルギー産業の参加も活動の大きな支えになったと言います。
食育事業の推進、企業や団体の連携には、トップの理解、実務を行うリーダー的存在、やる気のある中堅どころの社員も必要。「この事業では、トップ自らが食育フォーラムのパネリストも務めましたが、そうした企業に対しては、行政や大学もぜひ連携したいという気持ちになりますよね。そこにネットワークの意義があると考えます。現在、企業にとって社会貢献、CSRは不可欠。イメージアップやブランド力強化のためにも、『食育』には意義がある、そうトップに理解してもらうことが大切です」と。
とはいえ、企業の場合は、何らかのかたちで利潤や売り上げにつながらないといけない面も。食育推進という事業としての目的と企業側のメリットや意向を、互いに十分理解し納得したところで食育推進の手法を決定することが大切だそうです。
そして、分かりやすく楽しい食育イベントや講習が可能になった最大のポイントは、産学官が連携してネットワークを作ったこと。「この事業をしてよかったと思うのは、たくさんの方が参加し、喜んでくださったこと。参加者がうれしいこと、楽しいものは、理解され実践につながるというのが結論です」
この事業の成果としては、まず、企業との連携で実践に結びつく食育展開が可能になったことが挙げられます。市内外からたくさんの人が集まる百貨店は注目度が高く、単身者の利用も多い。そこに設置された食育ステーションから提供される食育情報は、そのまま買い物と有意義に結びついて健全な食生活の実践支援となり、中高年男性への「食事バランスガイド」の普及にも効果的でした。また、若いお母さんや家族連れで賑わうショッピングセンターでは、楽しく学べる食育イベントで、子育て世代への啓発が促進されました。
キッチンカーを所有する企業の参加で、キャラバン隊によるイベント会場での食育講座も可能に。「実演によってものを見せることが、『食事バランスガイド』の理解と活用につながりました」と早渕先生。レストランでの食環境整備の成果としては、家族連れや若者に「食事バランスガイド」を知ってもらえたこと、その普及にはランチョンマット等、来店者の目にとまる媒体が必要だと実証できたことが挙げられます。また、予備校の寮では、「食事バランスガイド」を参考にしている人は、食習慣や体調も良好になった人が多いなど、有益な効果が示唆されました。
「食物を提供する店舗や企業などに、その食物に関する情報(「食事バランスガイド」)表示を行うメリットを理解してもらうことが、この取り組みを継続・発展させていく鍵だと分かりました。企業の従業員食堂で『食事バランスガイド』表示を行なったり、イベントの企画・実施に参加することで、従業員の食への関心、意識が高まり、従業員同士のコミュニケーションが深まるという効果もあったんですよ」。早渕先生の指摘には実感がこもります。
これらの取り組みを継続・発展させるには、食物を提供する店舗や団体・企業に、「食事バランスガイド」を表示するメリットを理解してもらうこと、消費者がその意義を認識し、日常的に参考にすることが大事です。「今後の課題は、それを促進するシステムや体制づくり。県内各地で実施されている食育に関連した取り組み情報をネット上で一覧でき、参加できるような、情報の共有化、一層の連携と環境整備が望まれます」と早渕先生は締めくくります。
平成20年度/大丸福岡天神店地下2階食品売り場と食育ステーションに69名の食育インストラクターを配置、「食事バランスガイド」を利用した日本型食生活を提案。アンケート調査実施。食育弁当共同開発。
平成21年度以降/日本初「QRコード付き食事バランスガイド」を食品売り場とレストランに表示。食育インストラクターによる食事バランスチェック。エルガーラ・パサージュ広場で食育イベント実施。
「もともと当社は食育インストラクターの養成など食に対する独自の取り組みを行ってきていたのですが、小売りの視点だけではだめだと感じていました。やはり、地域における食育は、産学官の連携なしには推進できない。そこでネットワークに参加したのですが、おかげで、西部ガスとクッキングカーを使ったイベントが実施できましたし、福岡女子大学の早渕先生や学生による食育インストラクターへの講習、実習で食育での取り組みの幅が更に広がり、お客さまの楽しみも広がりました。『大丸に行ったら何か新しいものがある』、そう感じていただけるわけですね。食を通して、お客様と食育インストラクターとの楽しい会話があり、なおかつ、食の安心・安全を担保できる。これこそ連携の相乗効果、シナジー。こうした活動は、継続的な取り組みが望まれるものです。うちの食品売り場は不規則な食生活になりがちな単身者の利用も多い。例えばそういう方たちに不足しがちな野菜をどう補っていくのか、分かりやすく提案していくことが小売りの役割。食育の肝心なところは、一般の生活者にどう理解してもらえるか、どうお伝えするかです。そのために、博多大丸は今後も分かりやすい提案を行う。ネットワークで学ばせていただいたことをより進化させていきたいと思います」(常務取締役・岡田義一さん)
平成20年度/企業における普及活動を担当、研修セミナーを実施し飲食店での「食事バランスガイド」活用を提案。大丸のパサージュ広場でのメインイベント等にキッチンカーを提供し、調理実演を交えた「食事バランスガイド」講座や「ガス・スタイル2008」内で食育ブースを展開。
平成21年度以降/年に2回ほど、大丸福岡天神店と組んで実演を継続。
「食文化を啓発する。これはもともと、われわれ食に深く関わる企業の仕事なのです。ネットワークのメンバー企業の活動の幹にも食育がある。そこでわれわれもこのネットワークに参加したわけなんですが。売り上げに直結する活動ではないので、社内で、ほかの企業との連携によるメリットを理解してもらうことが重要でした。そのメリットとしては、食育にかかわるいろいろな取り組みを通じて企業PRが可能になったこと、テレビ等の取材も入り企業PRになったこと、ガス=食文化というイメージを広げるのに効果的だったこと、通常キッチンカーの使用規制が厳しい大丸パサージュ広場やイオンショッピングセンターでキッチンカーを使った食育の推進事業ができたことなどが挙げられますが、やはりもっとも良かったのは他の企業とのつながりができたことです」
(西部ガス(株)熊本支社営業部・居石裕幸さん)
ウエルネス(模擬)レストランでの「食事バランスガイド」PC体験
平成20年度/小学3年生に向けたミニ食育講習と262種類の料理モデルを活用した「食事バランスガイド」のパソコン体験。
平成21年度以降/料理モデル選択型食育支援ソフトの企業への貸し出しなどを継続。料理モデルを追加製作、ソフトの改編。
「家族への波及効果のある小学生に、小さいころからバランスの良い食べ方を学んでもらえたのはよかったですね。もともと福岡市民の健康づくりを担う役割のある施設なので、ネットワーク事業で企業との連携ができたことにも大きな意義がありました。その後も、ネットワークが縁で、街の真ん中にあるスーパーや百貨店、企業にパソコンやソフトを貸し出す出前型の展開を行い、ウエルネスレストランに来られない、食事バランスに興味の薄い方に普及・啓発ができました。生活習慣病予防の観点からも、それらの施設で、食育のターゲットを幅広い年齢層に設定できたのはよかった。やはりこれらは、中心となる事務局がないとできないこと。これからも、産学官で、互いに共有できるものをつくっていけたらいいなと感じます」(健康推進課・肘井千賀さん)
取材日=2010年12月