ホーム > 消費・安全 > 食育ひろば。 > 意見交換会・シンポジウム概要 > 食育フォーラム

平成18年1月16日(月曜日)
さいたま新都心合同庁舎2号館共用大会議室501300人参加
「子どもの味覚を育てる」
レストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」オーナーシェフ三國 清三 氏
北海道増毛町生まれ。15歳で料理人を志し、札幌グランドホテル、帝国ホテルで修業後、20歳で駐スイス日本大使館の料理長。帰国後1985年に東京・四ッ谷に“オテル・ドゥ・ミクニ"開店。
1980年代アメリカでは、肥満が問題となった。原因は、食べる量が増えて運動をしないこと。それは子供にまで広がった。子供の10分の2が生活習慣病という事態。子供には甘いもの、柔らかいものを与える。それが体に変調を来し、気も心も病んでしまっている。
日本でもお母さん達が甘い物を食べ、それを子どもが食べることや子どもの好きな物しか食べさせない。こうしたことにより子どもの生活習慣病が増加。
こうしたことから昨年、小泉総理が先頭に立って、「食育基本法」ができた。しかし、きちんと「食育」について大人ではなく子供に説明できないといけない。
NHKの「ようこそ先輩」という番組に出演し、地元で食育についての話しをしたら、子供たちが反応してくれた。
食育の活動は、1999年頃から小学校に出向いて主に5~6年生向けに調理体験を行っている。今は、3年先まで学校から依頼が来ている。
今、地産地消とか、食の安全・安心とか、食料自給率とか言われているが、基本は皆同じ。日本人の食べ残した分で、世界中の子供達の飢餓が救える程の量があるとのこと。
日本人は何故食べ残すのか。それは、自ら食料を作っていないから、捨ててしまう。食料自給率は40%だという。60%は輸入。輸入されたものは、どこの誰が作ったのか分からない。作った側は、誰が食べるのか分からない。大豆はほとんど国産のものは無いという。
我々が子供の頃は、「米粒を残すと目がつぶれる」と教えられたもの。食べ物は、大切に残さないで食べることが重要。
自分が子供たちに自給率を説明する時は、「日本人はひどい」と言う。世界中の「まぐろ」、「えび」を食い尽くして海の生態系を変えてしまっている。日本には一年中まぐろがあるが、日本人以外は旬の時期にしか食べない。毎日食べたいと思ってはいけないと話している。
日本は島国。食料自給率が低い。何か不測の事態があったときは、食料が入ってこない。せめて、食料自給率は40%ではなく60%にすべき。
一人一人が地産地消を国民運動として起こさなければいけない。地産地消に取組めば、あっという間に食料自給率は上がる。地産地消は、地元でとれたものを地元で消費するから、作る人、食べる人が誰か分かっている。これが、安全・安心の最低のルールだと思う。
私は、「北海道食大使」に任命されている。北海道では、紅ザケがブームとなっていて、北海道で採れた秋サケが売れない。外国では日本向けに紅サケの養殖をして餌に紅粉と安い脂を使って、脂乗りを良くし、ピンク色に仕上がるようにしているとのこと。もちろん日本人好み用に柔らかで太らせているとのこと。全てがこういう人達だとは言わないが、これは悪い例で、中にはきちんと作っている人もたくさんいると思う。
消費者の中には、お金を出せる人もいれば、こういうものを支持をしている人もいると思う。こうしたものを選ぶのか、さっぱり味の北海道の秋サケを選ぶのか。それは最終的には消費者が決めれば良いこと。賢い消費者になるためには、買う側にきちんと情報を提供することが重要。
スローフードという言葉は、今度オリンピックが開催されるイタリアのトリノのそばのブラという町で1985年に生まれた。イタリアでも安い物、早くできる物が入ってきて、チーズや生ハムの中小の生産者はそうしたものに対応できずに困っていた。そうした生産者を守るために生まれた運動。
「ゆっくり食べる」という意味ではない。今や世界中の国で運動している。
フランスでは、食文化の伝承、味覚の授業として、小学生に本物の味を教えようという取組みがなされている。
味には、「甘い」、「すっぱい」、「しょっぱい」、「苦い」の4味がある。それに加え、我々日本人には、「うま味」という5味の感覚を持っている。世界中でそれを感じることができるのは日本人だけ。うまみの基は昆布、椎茸、かつお節等で、そのだしの味噌汁を摂っているからだ。うま味は、旨い味ではない。いわば「匠の技」である。
日本人は、この「うま味」の感覚を持つことで、すばらしいロボットを開発し、低公害、高燃費の車を作り、釘を1本も使わない家を建てる。非常に優れた知的財産を有している。私は、そうした輸出戦略の委員もしているが、小泉総理は、アニメ等の創造物や国内のブランドを輸出しようとしている。日本の農作物もどんどん海外に輸出されている。私は我々日本人そのものが世界のブランドであると思っている。
1985年、ハワイの学会で「うま味」について発表し、にわかに注目を集めた。アメリカ人は「ユマミ」という発音をするが、何故日本が長寿国なのか。彼らはその研究を始めた。昆布で「うま味」の基をとっているが、トマトにも「うま味」があることが判った。5年、10年後にはこうした取組や運動が広がるだろう。イギリスから取材に来て放映され、それがNHKでも放映される。
日本では味噌汁を飲む人が少なくなってきているという。若い人は、昆布でだしなんか取らず、ほとんどインスタント。このままだと「うま味」の感覚が退化していく心配がある。おじいさん、おばあさんには、孫に「うま味」を知る感性を鍛えて欲しい。日本人のもっとも誇る無形の知的財産が「うま味」。
何故子供の味覚を育てるのか。我々は生まれながらにして、味覚を感じるDNAを有し、経験のうちに味を覚えていく。しかし、食べ物を変えると生体が変わる。人間は、舌に味蕾(みらい。舌にあるつぶつぶ)があるが、使わないと退化する。それは、12歳位で4万個に達するが、その後、次第に減っていくという。したがって、食習慣もその時期までに身に付けることが大切。礼儀、作法もその頃までに教える必要がある。何事にも小学1年から6年生位までは興味をもつ時期で、データでも5~6年生がピーク。中学生では遅い。味蕾は、絶えず新陳代謝で新しい味覚細胞が作られているが、年齢に応じて減ってくる。
正しい味覚を子どもの味蕾に覚えさせることが重要。小学6年生を中心に単独では少ない場合には5~6年生を集めて学校に出向いて調理体験を行っている。これは子供に教えるのではなく、子供たちが調理体験で覚えた味を大人に向かって教えているのである。我々が小さい頃は先生に怒られたら、家でこっぴどく怒られたが、今は先生に怒られたら訴える。子供に好きなものだけを与えるのでは駄目。親が子供に合わせしまっており、根本的に間違っているような気がする。それでは、子供は病気になる。そこで大人に食教育をすることが必要。
新潟でkids(キッズ)シェフを行った時には、田植えから稲刈りまでやった。そうして収穫したもので料理をしたら、途中で米を落としたら1粒残らず拾い、料理はすべて食べてしまった。それは、自分が体験して作ったものだから大切にする心が養われたからだ。食育の原点は何か。私は、体験にあると思う。
kids(キッズ)シェフを実施する時には、予め地域の産物、海の地域であれば海の幸を、川であれば川のもの、山であれば山のもの、何があって、何がとれるのか調べさせ、その食材を使って自分たちが何を作るのかの献立を作らせて臨む。
フランスではパンが主食だが、課外授業として朝3時に起きてパン工房に連れて行って作業を見せる。そして学校にパンを持っていく。まだ、皆が眠っている頃パン屋さんは作業をしていること、大変であることを知る。あるいは畑に連れて行って麦畑で作業しているところを見せる。そうしたことが重要。
私の弟子は今300人位いる。kids(キッズ)シェフでは調理帽をかぶって教室の中に入っていく。レストラン業を理解してもらうための取組み。いや理解させるというより料理を体験させることが大切だと思っている。今の子供たちは大人をなめている。物事を理解させるには体験させて、納得させるほかない。
人間の生理に本物を覚えさせることが重要。我々の体には不必要なものを排除できる抵抗力がある。一方で、食べ物がなくなると死ぬということも知っている。親が子供の好きな味のものだけを作っていると、体が反応して悪いものでも吸収するようになる。本物を食べることが大切。大切なものに塩がある。かってはアトピーなどなかった。専売公社がなくなり、塩の専売が自由化されて天然塩が消えた。いわば「甘い」「すっぱい」「しょっぱい」「苦い」は刺激。脳にエンジンをかけるためのもの。五感を働かせる感性を育むための大切なもの。最近では人の話を聞くための授業が設けられているという。無関心の人々が多くなっているという。先人は海ではサンマの内臓を、山では山菜を、食べさせることによって自然に「苦み」などの感性を養っていた。
食育とは何ぞや。食育という言葉は今、生まれたものではない。明治時代にも知育、徳育、体育、食育があった。これらが人間に何をもたらすかということ。
職人が1人前になるためには10年かかる。20歳の人だと30歳になる。10年後、店を開くときに、食べる人がいなければ自分たちに職業がない。
私は弟子たちのために課外授業をやり、弟子たちは将来の自分たちのために10年後のお客さんになっているであろう小学生に本物の味を味わってもらうための食育をやっている。後継者がいなければ職業としての存続もない。エゴではいけない。
食育には奉仕、ホスピタリティが重要。あまり真面目にやらず「いい加減」がちょうど良い。