はじめにもどる よむ サンカする
ナンバー1
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うわっ!へんなたてもんたってる!
あれ、なんだろう。
 
ほら、ここにパンフレットが置いてあるよ。これを見てみよう。
池の西側にパンフレットが入った箱が設置されている。
・・・この土器にかかれていたものなの?
そうだね、この向こう側にある「鍵池【かぎいけ】」という池のあたりまでの広い場所で、弥生時代【やよいじだい】の遺跡【いせき】が出てきたんだよ。
 
その遺跡【いせき】から発掘【はっくつ】されたのが、この土器の破片【はへん】。
 
この絵から想像してつくったの?
そうだね。
 
遺跡【いせき】としてもすごく重要なんだけど、ここが有名になったきっかけがおもしろいんだ。
 
え、どんなことなの?
昭和11年というから、今から70年ぐらい前になるんだけど、その当時、道路工事に池の底の土を使うことが多かったそうなんだ。
粘土質を含む土質の多い池底の土を使って、道路工事、鉄道工事、屋根瓦の製造などが行われていた。
えーなんでー。どろどろしてるから?
なんでも池の底の粘土【ねんど】みたいな土が都合がよかったんだそうだ。それで掘っていたら、土器や石器が出てきたってわけだ。
ふーん、遺跡【いせき】を見つけるためにほってたんじゃないのね。
工事のために地面をほっていたら遺跡【いせき】が出てきた、というのはよくある話なんだよ。
 
じゃぁこの池もすごく昔からあるの?
いつごろこの池がつくられたかに関しては、いくつかの説があるんだ。
発掘【はっくつ】のときに、弥生時代【やよいじだい】だけじゃなくて、もっと新しい、古墳時代【こふんじだい】や平安時代【へいあんじだい】のものが出てきたんだ。
うーん、ということは、そのころまでは池じゃなくって人が生活してたってこと?
池にすてたのかもよ!
あっはっは、それも考えられるね!
でも、あすかちゃんの言ったとおり、平安時代【へいあんじだい】までここに池はなかった、と考えると、1,000年ぐらい前まではなかった、ということになる。
 
古い記録によると、元禄【げんろく】16年、つまり、江戸時代【えどじだい】に、この「唐古池【からこいけ】」が工事されたこととなっていて、この頃つくられたのだ、という説があるんだ。
それってどれぐらい前なの?
今から300年ぐらい前だ。
1703年
ずいぶん新しくなっちゃうのね。
いやいや、それでも300年もたってるんだから古いことにはちがいないんだけど、もっとめちゃめちゃ古いのだ、という説もあるんだ。
へぇ〜、どういう説?
ここでまた登場するのが、「日本書紀【にほんしょき】」だ。
 
とっても古い歴史の本のことね
「日本書紀【にほんしょき】」に、「韓人池【からひとのいけ】」という池がつくられたお話が出てくる。これがこの「唐古池【からこいけ】」なんじゃないか、という説だ。
おおー、古そう!
応神天皇【おうじんてんのう】7年というから、1,700年前だ!
 
「からひと」っていうのは、韓国【かんこく】と関係あるの?
スルドイ!この頃、朝鮮半島【ちょうせんはんとう】から、技術者【ぎじゅつしゃ】がたくさんわたってきたことが記されていて、この人たちにちなんでつけられた名前らしい。
高麗人、百済人、任那人、新羅人が土木技術者として渡来し、さまざまな工事をおこなったとされている。
そんなにすごい池なのに、ちょっとさみしい感じがするわ。
緑色のフェンスだしね・・・
あっ!こっち側はきれいよ。
ほんとだ、これは変わった舗装【ほそう】だね。木のチップかな。こってるなぁ。
他の部分もせめてこれぐらいはしてほしいわ。あっち側行くのこわいもん。お散歩【さんぽ】できないわ!
そんなことないよ。あっち側のほうが虫とかいっぱいいそうで楽しそうや!
 
 
池名称
唐古池
よみかた からこいけ
受益面積:
19ha
大きさ :
築造年代 : 1703年
所在地:
田原本町
アクセス: 近鉄橿原線石見駅から東へ1.5km
キーワード: 弥生時代、唐古・鍵遺跡
 
 
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