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ナンバー1
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わー、でかい池!
 
これが「水上池【みずがみいけ】」だ。
 
まん中に道があるわ。
ここは「平城京【へいじょうきょう】」の北のはずれにあたるんだ。
 
「平城京【へいじょうきょう】」って・・・
むかしの都【みやこ】があった場所なのさ。
平城京が都とされたのは、710年〜784年。
このあと、都【みやこ】は京都【きょうと】のほうへうつっていくんだ。
 
さっき通ってきた公園みたいになってるところあったでしょう?あそこがちょうど「内裏【だいり】」といって、天皇が住んでいたあたりなんだよ。
近鉄奈良線大和西大寺駅から県道104号線を東へ歩いている。
池もあったわよね。
あ、うん、「内裏【だいり】」と反対側【はんたいがわ】に、「佐紀池【さきいけ】」というのがあったね。
 
ところで、「日本書紀【にほんしょき】」に同じ読み方をする「狭城池【さきいけ】」をつくった、という話が出てくるんだ。2,000年も前のはなしだ。
 
じゃぁあの池はそんなに昔から?
ため池台帳によると、「佐紀池」の築造年代は、承応3年(1654年)とされている。
という説もある。実際、あの「佐紀池【さきいけ】」の底に2,000年ぐらい前の溝【みぞ】や堰【せき】があるんだそうだ。
すごーい!
でもね。もうひとつ、この「水上池【みずがみいけ】」が「狭城池【さきいけ】」である、という説もあるんだよ。
池への取水の簡便さなど、主に、灌漑・土木工学の観点から論じられている。
これがほんとうだとすれば、この池は、2,000年ものあいだ、田んぼや畑の水として使われつづけてきたことになる。
 
ふる〜い!
それから、「万葉集【まんようしゅう】」に、「佐紀【さき】」という地名を詠【よ】んだ歌が出てくる。そこに、「佐紀沢【さきさわ】」や「佐紀沼【さきぬま】」と出てきて、これもこの「水上池【みずがみいけ】」だ、と言われているんだ。
そうだ、もう少し進んでみよう。
 
「奈良歴史の道【なられきしのみち】」ってなってるわ。
さっきから池のなかの草むらで、がさがさいうんだけど・・・
ああ、鳥がいっぱいいるんだよ。ほら。
「水上池」の北側(池の中)には藪があり、鳥が多く生息している。
  拡大
双眼鏡【そうがんきょう】を持ってるおじさんたちは、鳥を見てるんだね。
博士、こっちにも何かあるの?
立ち入り禁止になってる。
ほんとだ。
 
ここは、仁徳天皇【にんとくてんのう】の皇后【こうごう】のお墓【はか】と言われているんだけど、
仁徳天皇皇后磐之媛命陵。「水上池」の北側。
皇后【こうごう】って?
天皇のおくさま、およめさんのことだよ。「磐姫皇后【いわひめこうごう】」というんだけど、この人は、「万葉集【まんようしゅう】」に歌を残していて、けっこー有名人なのさ。
「磐姫皇后」は、「古事記」にも登場する。
門に鍵【かぎ】がかかってるわ。入れないのね。残念・・・
うん、古墳【こふん】は宮内庁【くないちょう】の方がしっかり管理【かんり】しているんだね。
 
うわっ!あっちにも古墳【こふん】!?
これは「コナベ古墳【こふん】」。もうちょっと進むと、その向こうにもっとでっかいのがあるよ。
 
わー、ほんとだ。きれいねぇ。
これは「ウワナベ古墳【こふん】」というんだよ。道がきれいに整備【せいび】されているね。
 
散歩してる人や走ってる人もいるね!
鳥もいっぱいいるわ。
ここの水も田んぼに使われているの?
うん、そのはずだよ・・・あっ、これこれ。
前に見たのと形がちがうね。
田んぼの水に使われている場合には、水が入ってくるところと、水が出て行くところが必ずあるから、これから先もこういうのをよくみておいてね。
 
 
池名称
水上池
よみかた みずがみいけ
受益面積:
48ha
大きさ : 14.61ha
築造年代 : 垂仁天皇35年
(約2,000年前)
所在地:
奈良市
アクセス: 近鉄奈良線大和西大寺駅から東へ2km
キーワード: 平城京、日本書紀、狭城池(さきいけ)、古墳
 
 
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