稗田環濠集落(ひえだ かんごうしゅうらく) |
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| 所在地 : 奈良県大和郡山市稗田町 |
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| 現在の環濠 |
稗田環濠集落は、大和平野に数多く造られた環濠集落の遺構の一つです。大和平野の環濠集落の代表例として、全国的に有名で、教科書などにもよく登場します。
稗田集落の存在を示す最も古い資料は、1444年の「経覚私要鈔(きょうがくしようしょう)」ですが、古文書などの史料があまり残されていないため、詳しいことは分かっていません。室町時代には、現在のような形になっていたと考えられています。
戦国時代には、城砦的な役割をはたしていたと思われる環濠は、争乱のなかで農民たちが自衛のために造った施設であり、また、農業水利の便を図るためのものでもあったと考えられています。また、一時的に雨水をため、徐々に川に流し込むという、治水の役目も果たしていました。稗田の環濠は、近代での改修により、その貯水能力を高め、今なお、昔の姿をよくとどめています。
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航空写真
写真提供:大和郡山市 |
右の写真は稗田環濠集落を真上から撮影した写真で、環濠の形態がよく分かります。東西約260m、南北約260mの規模で、北東は七曲と呼ばれる特異な形をしています。
内部を見ると、東西、南北に大きな道が通り、そこからさらに細い道が伸びているのが分かります。道はT字形に交差したり、袋小路になっていて、遠くが見通せないようになっています。これら内部の造りからも、防御に適した構造になっていることが分かります。 |
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| 写真右下に見られる森の部分には、売太(めた)神社があります。この神社は、「古事記」を口伝えしたとされる稗田阿礼(ひえだのあれ)が祭られています。 |
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