03歴史
contens 1.大和政権と亀岡 2.平安京と秦氏 3.北条氏の支配と足利尊氏 4.明智光秀 5.江戸時代の治世
1.大和政権と亀岡
 4世紀から7世紀にかけて、亀岡盆地には数多くの古墳がつくられています。現在、市域で見つかっている古墳は約700()、最大の古墳は千歳車塚古墳。のどかな田園に囲まれたこの古墳は、6世紀前半に造られた全長80mにも及ぶ前方後円墳です。
 前方後円墳は、大和政権の大王(天皇)や大王により派遣された地方首長の墓であるといわれます。千歳車塚古墳に眠るのは広い丹波国を治めた大首長。大和政権との深い関わりがうかがえます。
 
三宅神社位置図
三宅神社位置図

 『日本書紀』には、安閑2年(535)、大和政権が各地に直轄地として屯倉(みやけ)を設置したと記され、そのなかに丹波の蘇斯岐屯倉(そしきのみやけ)という記述がみられます。
 市内に残る三宅(みやけ)神社周辺は、古くは三宅村と呼ばれ、屯倉の設置を進めた蘇我氏は、亀岡にゆかりのある秦氏を従えていたともいわれています。これらのことから、この地が蘇斯岐屯倉であったことが想像されます。

※ 『京都府遺跡地図』(1986年)
ページ上部イメージ写真(背景):「千歳車塚古墳」(新修亀岡市史資料編第1巻より)
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