. 湖北のみちくさトリビア
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石田三成
いしだみつなり

 秀吉五奉行の一人であった石田三成は、長浜市石田町で生まれています。秀吉の信任が厚く、太閤検地では中心的役割を果たしました。後に彦根佐和山18万石の城主となり湖北一帯を治めています。三成はよく農村の実情を調べ、年貢の取り立てに気をつかい、農民の直訴を許すなどの善政をしいた記録が残っています。

 三成はもともと文官でしたが、徳川家康の勢力増大を恐れ、関ヶ原の合戦で西軍の中心人物となり、敗戦の後、京都で斬られました。徳川の敵となったためか歴史上の人物としての人気は高くありませんが、内外の貿易・兵船の準備・占領政策に優れ、伊香郡では『石田三成条目』を出して民政に努めるなど、極めて優秀な政治家であったとする歴史家も多くいます。石田町に行くと「石田治郎少輔出生地」の碑があり屋敷址を残しています。
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