水土里の近畿を次世代に
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第四章
なぜ日本は水田を求めたのか

 「そんなに水路を造るのが難しいのなら、普通の畑にすればいいじゃないか」「なぜ、そんなに水田ばかりにこだわるんだ」という疑問がわいてきます。実は、これはとても重要な問題なのです。日本という国そのもの、国土や社会の仕組み、文化や教育、人の気質や体質、人々の生活や行事にいたるあらゆることが水田社会を基に形成されてきたからです。

 日本に水田が定着した大きな理由として、まずは農地としての優秀さが挙げられます。つまり、太陽エネルギーの変換率が非常に高いこと。 現在の日本は外国からたくさんの食料を輸入していますが、江戸時代は完全に自給自足、つまり、国内の農地から生産されたものだけで約3000万人が暮らしていたわけです。江戸中期の農地面積は約300万haですから、1人あたり約10a(1反=約991.7m2)になります。同じ頃のヨーロッパでは、1人生きるのには1ha(1町=約99.17a)以上の農地が必要だったといわれています。日本では1haもあれば、10人分のエネルギー(カロリー)を得られたわけです。

 ヨーロッパは、小麦と牧畜による農耕文明でした。ところが、畑は地力が落ちるという問題が発生します。毎年、同じ作物を作り続けていると土の養分が欠乏し、病気も発生しやすくなります。このため、ヨーロッパでは三圃(さんぽ)式農業が定着しました。農地を三等分し,年ごとに違った土地に夏作物・冬作物・休閑地に割り当てる、つまり作物を作った農地は翌年休ませる必要があったのです。また、牧場も広い土地がないとできません。したがって、家族が生きていくためには数haの広い農地が要りました。

 ところが水田にはこの障害はありません。何百年でも連続して収穫できます。また、仏教によって肉食(四足の動物)が禁じられていたので、牧畜もなかったのです。 さらに、収穫量は、麦が1haあたり約3.5tであるのに対して、米は約5t。

表 現在における播種量・収量の比
出典:山根一郎 『日本の自然と農業』より
 しかも、まいた種の量と収穫した量を比較すると、15世紀の頃、小麦は約5倍、これに対して稲は20倍以上もありました。現在、稲は130倍前後となりましたが、麦は24倍程度です(右表参照)。

 つまり、水田は、最も太陽エネルギーの変換率の高い農地であるということになります。

  日本は人口が多い割に農地が少ないのではなく、農地面積が少ない割に、水田のおかげで非常に多くの人口を養うことができたということなのです。 そして、それ以上にもっと重要な理由がありました。

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