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「農」の新しい歴史を刻む    国営新湖北農業水利事業

湖北平野の自然

01-1自然 

1.位置と地形

位置と地形

    湖北地域は琵琶湖の北東に広がる平野部をもち、その東側は伊吹山地、北側は野坂山地に囲まれています。羽衣伝説の余呉湖、秀吉が大名となった長浜、戦国大名浅井家の領地であった東浅井郡、そして、観音の里といわれる伊香郡。

    古代から、日本海や越前に抜ける北国街道や東へ抜ける中仙道も通っており、極めて重要な交通の要所でした。

    そのせいか、この地域はいくたびか戦乱の舞台となりました。古くは壬申の乱、織田対浅井の姉川の戦い、そして秀吉と柴田勝家の賤ヶ岳の合戦。

    平野部はほぼ平坦であり、古くから水田地帯となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

2.川

    この地域で利用している川は余呉川、高時川、草野川と大きくは3本の河川が流れています(高時川、草野川は姉川に合流)。それぞれの川の長さは約22km、約41km、約36kmと短く、川の流域面積も狭いのが特徴です。

 

    流域面積が狭いと、川の水量も少なくなるので、その川で開発される水田面積も限られてきます。通常、安定的な流量を確保するためには、川の流域面積が水田面積の10~20倍程度必要とされています。

    ところが、この地域に流れる3本の川を合計しても約250km2。平野の水田面積約5000haに対して5倍程度と少なく、長い間、恒常的な水不足となるもととなっていました。

3.気候

ハサ木

    湖北地域が、湖南や湖東地域と大きく異なる点は気象であり、長浜を過ぎたあたりから北に向かって急に北陸型気候に移行します。冬の寒さは厳しく、降水量も増えます。秋なかばからしぐれるようになり、日が照っているのに雨が降る「キツネの嫁入り」といわれるような天気が多くなります。昔は、姉川を越えると秋の田にはハサ木の風景が広がっていました。わずかな晴れ間に稲を乾かすためです。

 

    稲を取り込むと、すぐに厳しい冬がやってきます。昭和11年、余呉町の中河内では5m以上の積雪を記録しています。雪は天然のダムといわれ、北国では豊富な水量をもたらしますが、湖北の雪は春も早く融けてしまい、田植の時期には役に立ちません。

ハサ木(湖北農業水利事業史    p9より)

 


 

01-2自然

イメージ写真(背景):「伊吹山より平野を望む写真」(湖北農業水利事業史    p11より)

4.土壌

古琵琶湖層の上に山からの土砂が堆積した断面

    琵琶湖は今から約500万年前には現在の伊賀上野の付近にあったとされ、その後の地殻変動で北へ移動し、250~300万年前に佐山湖、150~250万年前には蒲生湖となりました。これらを古琵琶湖と呼んでいます。一方、この時代に現在の瀬田地方に新しい湖、現在の琵琶湖が現れ、長い年月をかけて北に移動してきました。やがて約8万年前になると現在の琵琶湖の2倍近くに拡大し、湖北地域の大部分は湖底に沈んでいました。その後何万年とかけて土砂が流れ込み、湖岸は埋められて現在の大きさになりました。したがって、琵琶湖周辺の平野はその古く固い地層の上に川などからの土砂が積もって造られたものであり、土地は肥沃でした。

 

 

 

 

 

古琵琶湖層の上に山からの土砂が堆積した断面

(写真提供:琵琶湖博物館)

5.その他の特徴

瀬切れ

    琵琶湖周辺の山々には花崗岩が多くみられます。山では風化した花崗岩が谷へ崩れ落ち、川の水とともに平野へ流されてきます。川の底はだんだん高くなり、洪水がおきやすくなります。流路を固定するため人々は川の周りに土手を築きます。さらに流れてきた土砂が川の底を高くし、また人々はより高い堤防を築くといった繰り返しで、川はだんだん平地より高いところを流れるようになります。これが琵琶湖周辺によく見られる天井川です。

    山からの土砂は粒の大きな花崗岩です。湿地帯とはいっても夏など地下水位の低い時には、川の水は地面の中に潜ってしまう。これが4月末から11月中旬まで毎年のように発生してきた「瀬切れ」という現象です。

瀬切れの進行の状況

瀬切れの進行の状況(阿弥陀橋上流    平成15年6月11日~23日の変化)
(水資源気候丹生ダム建設所撮影)

湿田

    湖北地域の北部(木之本町周辺)は、賤ヶ岳から山本山へ続く連山が琵琶湖沿いに立ちふさがっており、三方を山で囲まれて盆地のような形状となっています。この付近の古琵琶湖層の深さは約20mにも達しており、最も遅く陸地化されたところでした。さらに、そこへ3万年ほど前、地殻変動によって余呉湖が独立した湖となり、同時に、布施湖・西野湖など4つの湖(いずれも木之本町周辺)ができたそうです。4湖は余呉川の洪水によって消滅しましたが、この周辺は沼地に近いような状態が長く続きました。 

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