寛永年間(:L624年〜1643年)、旧飫肥藩清武郷に属していた旧赤江町の八ケ村はおよそ220ヘクタールの水田を有していたが、水利に乏しくその殆どは天水田であった。このため、小かんばつにもたちまち水枯れを生じ満足に収穫を得ることが少なく、年によっては収穫皆無の状態が続いていた。
。これを知った飫肥藩清武郷の松井五郎兵衛は深くこれを憂え、困窮する農民たちの救済のため、私財をなげうって井堰建設と用水路開削に身命を賭したのである。
飫肥で生まれ育った五郎兵衛は、寛永の初め清武郷に移り住み、まず清武川に井堰を設け寛永17年3月に延長llkmにおよぶ長大な用水路を完成させたのである。
この堰は、昭和9年(1934年に)コンクリート堰に改築されるまでおよそ300余年も続いたのである。
なお、平成7年度からは4年計画で県営農薬用河川工作物応急対策事業で井堰の全面改修を行っているところである。

| 1.位置 | 宮崎郡清武町大字木原(2級河川清武川) |
| 2.事業主体 | 宮崎県(県営農業水利改良事業) |
| 3.管理主体 | 赤江土地改良区 |
| 4.建築年月日 | 昭和7年度〜昭和9年度 |
| 5.目的 | かんがい用(224ヘクタール) |
| 6.構造規模 | コンクリート固定堰 B=146m |
※現在は県営農業用河川工作物応急対策事業で全面改修中。

| 1.位置 | 宮崎郡清武町大字木原〜宮崎市大字赤江 |
| 2.施工者 | 松井五郎兵衛 |
| 3.管理主体 | 赤江土地改良区 |
| 4.建築年月日 | 寛永16年〜寛永17年(1640年) |
| 5.延長 | 約11km |