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佐賀平野の水と大地の歴史 全国に誇る佐賀中部地区の農業 現代に生きる水利施設、土木技術 佐賀平野の環境 国営総合農地防災事業について 地域とのふれあい

 

 
佐賀平野の水と大地の歴史
 
佐賀段階(昭和初期)
 
ポンプによる水の汲み上げ
ポンプは干ばつ時の水の汲み上げにも使われます。
(提供:水土里ネットさが土地)
 佐賀平野の農業は、クリークと淡水取水という独特な形態をとって発展していきましたが、水を汲み上げる作業が人々にとってとても重労働でした。その重労働は、大正初期頃の米作停滞の大きな原因でもありました。このため、重労働を少しでも軽減させようと、踏み車(ふみぐるま)や馬耕(ばこう)、泥土揚げ(でいどあげ)など、独自の工夫もなされていきました。それでも人力による重労働には変わりはありません。
 それが一気に変わったのが、1922年(大正11年)の電気灌漑(でんきかんがい)という、ポンプによる水の汲み上げでした。
 水田に簡単に水が入れられるようになると、それに合わせて米の品種改良も進められました。品種改良が行われると、その品種にあわせた肥料も改善され、その成果があがればあがるほど、それまでの苦労が解き放たれた人々の生産意欲も増しました。こうして飛躍的に作業が効率的になったため、大正後半から昭和初期にかけての佐賀平野の農業はとても大きく発展しました。
 昭和8年から昭和10年にかけては、米づくりにおいて単収量(10a=1,000u当たりの米の収穫量)がついに全国一となりました。この飛躍的な発展は「佐賀段階」と呼ばれ、全国の農業、農村の目標の的となりました。
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