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「水・お米・そして庄内の話」-庄内平野は稲作と共に-
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庄内はどこにあるの!?
庄内は、山形県の北西部の地域で山形県を次の4つに区分した内の1つです。

庄内は、2つの市と2郡(3町)から形成されています。
- 鶴岡市
- 酒田市
- 東田川郡(庄内町、三川町)
- 飽海郡(遊佐町)
庄内地方の面積
面積(うち水田面積)
| 市・郡 |
総面積(km2) |
水田面積(ha) |
備考 |
| 鶴岡市 |
1,311.49 |
16,200 |
平成17年10月1日 旧鶴岡市、旧東田川郡藤島町、羽黒町、櫛引町、朝日村、旧西田川郡温海町合併 |
| 酒田市 |
602.74 |
10,800 |
平成17年11月1日 旧酒田市、旧飽海郡八幡町、松山町、平田町合併 |
| 東田川郡 |
282.47 |
7,870 |
平成17年7月1日 旧東田川郡余目町、立川町合併 |
| 飽海郡 |
208.41 |
3,200 |
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| 合計 |
2,405.11 |
38,070 |
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1km2=1km×1km 1ha=100m×100m
総面積は、国土交通省国土地理院『全国都道府県市町村別面積調』(平成17年10月1日現在)による。
水田面積は、東北農政局山形統計・情報センター『山形農林水産統計年報』(平成16~17年)による。 |
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山形県の面積は、9,323.39km2、庄内地方の面積は2,405.11km2になるので、
庄内地方は山形県全体面積の約4分の1ということになります。
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庄内のお米はおいしい!!
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庄内地方での、本格的な稲作は、約400年ほど前に始まったといわれています。江戸時代に入ると、おいしいお米の産地として知られるようになり、「庄内米」として人気が出て、多くの人たちに喜ばれました。 |

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水の話
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稲を育てるために、水がとても大切です。今でこそ、庄内平野は水が豊かですが、昔の人たちの苦労は計り知れないものがありました。
400年ほど昔、立川町付近では、一度日でりが続くと、田や畑は、ひびわれ、作物は枯れ、農家の人たちが苦労して育てたものでも、 無駄になったり、 荒地となりました。当然、食べるものがなくなり、ほかの土地に移り住む人も出てくるなど、 たいへん苦労を続けてきました。
狩川方面の山に近い所では谷川を利用したり、余目方面のあちこちでは、ため池を使って、 ほそぼそと、田や畑を耕していました。 村人たちは、苦しい生活のなか、荒地となったすぐ近くに、枯れることのない最上川と京田川(きょうでんがわ)が流れているのを見て、 何回か、荒地に水を引こうと試(こころ)みました、しかし、土地よりも川が2m~5m低いため、なかなかうまくいきませんでした。 目の前を流れる水を見て、くやしい思いを長い間してきました。
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しかし、立谷沢川の水を引くためには、どうしても山を越えさせるほかに方法はありませんでした。 結局、北楯大学利長は10年もの年月をかけ、 苦しみ悩んだ結果、ある方法を考え出しました。
その方法とは最上川の山がわを少し埋め立てて、水路(すいろ)をつくるという当時としては思いもよらない方法でした。 その後、多くの人々の努力によって水路は無事完成。村人たちは、流れる水を見て、天をあおぎ、うれし泣きしたそうです。
このような努力を重ねて、ようやく毎年、稲を植えることができるようになったのです。
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また、お米を作るための田植えや稲刈りなど、昔は、人間の力(時には牛や馬の力を借りるときもありました。)だけの作業で 明るくなる前から暗くなるまで一日中働かなくてはなりませんでした。今は大きな機械で一度にたくさんの仕事ができるようになり、一日中働く必要もありません。しかし、大きな機械が入っても、小さな田んぼや、曲がった形の田んぼだと、 機械を動かすのは大変ですし、時間もたくさんかかります。 そのため、小さい田んぼを集めて大きくしたり、 丸い田んぼを仕事がしやすいように四角にする必要が出てきます。 今でも昔の人たちが苦労して水を引いてきたように、水の足りないところがあれば、新しく水路(すいろ)をつくったり、 田んぼの形や道路を整えたり、古くなった水路を直す必要があります。これらを、「土地改良事業」と呼び、国や県などが、それぞれ分担しながら全国で「土地改良事業」を行っています。 |
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お米の話
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「お米は国を動かす力」
| 江戸時代、各藩のお殿様(大名)は「○○藩五万石の殿様」とか「○○藩十万石の殿様」などと呼ばれていました。この「五万石」や「十万石」は、お米の量を表しています。 力のあるお殿様ほど、この数が多くなりますが、領地の広さを表すことにもなり、お殿様の位(くらい)を表すことにもなります。当時、お殿様の位(くらい)を表すほど、米は、大切なものだったことがよく分かります。 |
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また米は、日本の主食(しゅしょく)で、とても大切なものです。 日本のご飯を中心にした料理(=和食)は 外国の人たちも、認める健康食です。 人間は健康であれば、いろいろなことができますが、それを支えている要素のひとつは、お米といっていいでしょう。 |
「お米の品種改良(ひんしゅかいりょう)」
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庄内産のお米の名前で「どまんなか」と「はえぬき」って知っていますか? 「どまんなか」、「はえぬき」には、それぞれお父さん、お母さんがいます。 「どまんなか」のお母さんは、「中部42号」、お父さんは、「庄内29号」と言います。「はえぬき」のお母さんは、「庄内29号」、お父さんは、「あきたこまち」になります。
もちろん、おじいちゃん、おばあちゃんもいます。庄内平野にぴったり合う品種(ひんしゅ)になるように長い時間をかけて改良を重ねてきたからです。
1893年(明治26年)に、まず余目町内の阿部亀治さんが「亀ノ尾」と呼ばれる新品種を発見して 以来、庄内地方の農家の人たちは、懸命に品種改良に取り組んできました。
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田んぼの生き物たち
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田んぼには、いろんな生き物がすんでいますが、 のぞいて見たことありますか? 少し残念ですが、最近ではあまり見られなくなったものも含まれます。
(1)めだか
(2)どじょう
(3)げんごろう
(4)みずかまきり
(5)たにし
(6)たがめ
(7)カエル
(8)あめんぼ |
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