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東北農政局

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地域の歴史と土地改良

内川四百年 ~時代をみつめた川~ (宮城県大崎市岩出山)

伊達政宗が開削   戦国~江戸時代

伊達政宗が出生の地である米沢を離れ、岩出山(現在の大崎市岩出山)に城を構えることになったのは、葛西・大崎氏の一揆鎮圧の功績により、豊臣秀吉から旧葛西・大崎領を与えられたためです。
岩出山城は、標高108mの丘陵東端に築かれた山城で、周囲は断崖や急斜面・深い沢に囲まれた天然の要害でした。
現在、岩出山のシンボルともなっている内川は、政宗の指示によって誕生したもので、江合川を堰止めてその水を導入したものであり、当時の内川は、岩出山城の防備の役割を担う外堀であるとともに、かんがい用水路としての機能を持っていました。
分水にあたっては、縦14.4m、横9.0mの木造樋管を敷設し、この木造樋管の規模、構造が付近に類のないほど大きかったことから『大堰』と称せられました。また、内川にも数か所の堰を設けて、城下町のそれぞれの道沿いに水路を通し、生活用水としても活用されました。
また、内川の清らかな流れと自然を利用し、今も岩出山の特産品として知られている凍み豆腐は引化2年(1845年)頃に原形が生まれたものと考えられています。
そうした内川の水源となる大堰は、藩政時代には代官によって管理され、利用する各村で人夫役を提供して維持していました。

近代の夜明け  明治~昭和20年

明治維新によって誕生した新政府は、明治4年(1871年)に廃藩置県を実施し、仙台藩は仙台県に改められたものの、岩出山は管轄が様々に変わり、宮城県に属したのは明治9年(1876年)のことでした。同年に編集された『玉造郡史』によれば、岩出山地方は米を中心とした農業が主であると記されています。
内川の源となる大堰では、明治23年(1890年)に大堰水利組合が組織されました。その後、江合川上流の山林が乱伐されて氾濫し、大堰も出水のつど被害を受けたことから、明治40年(1907年)、河流の変動の少ない牛ノ瀬に取水口を新設。大正10年(1921年)には堰堤の一部が流出して取水困難になり、堰堤の改良工事が行われました。
また、明治45年(1912年)には、大堰のトンネル出口のところに岩出山発電所が作られ、岩出山に最初の電灯が灯りました。さらに大正時代になると鉄道やバスが開通し、電話が通じるなど生活は次第に便利になっていきました。水田も明治から昭和初期にかけて10a区画に整備され、当時としては全国でも先進的な水田地帯となりました。

新しい町の誕生  戦後~現在

昭和20年(1945年)8月15日、ようやく戦争が終わり、平和が戻ってきたものの、物資が不足し苦しい生活はまだ続きました。しかし、敗戦によって民主主義に基づくさまざまな改革が行われ、人々は次第に明るさを取り戻していきました。
なかでも、農地改革によって、小作農だった人々は自分たちの土地を持つことができるようになり、一農家あたり西大崎、真山両村は4.8ha、岩出山町、一栗村は2.6haが耕作に適当な面積と決められ、それ以上の土地は解放しなければなりませんでした。
一方、江合川の水を内川に取り込む大堰は、昭和22年(1947年)のカスリーン台風によってコンクリート堰が壊され、補強工事も翌年のアイオン台風によって再び破壊。昭和26年(1951年)に、ようやく災害復旧工事が完了しました。
昭和29年には、町村合併促進法に基づいて、旧岩出山町、一栗村、真山村、西大崎村の四町村が合併し、新岩出山町が誕生しました。その頃になると、戦後の混乱も鎮まって町政も落ち着きを取り戻し、町の店舗も次第に整ってきました。
やがて、経済の復興とともに、人々の暮らしは豊かさを増し、内川の水が潤す水田では、「ササニシキ」や「ひとめぼれ」が作られ、全国でも有数の穀倉地帯として広く知られていきます。

内川の改修事業

内川を対象とした国営かんがい排水事業(大崎西部農業水利事業)では、国、宮城県、岩出山町が共同で事業を行うことにより、かんがい用水路の整備と景観整備とを効果的に行いました。
農業用水路としての機能性ばかりではなく、修景的な効果を見込ん石積護岸水路、また、内川沿いの遊歩道と親水広場の整備を一体的に行い、先人から受け継いできた由緒ある内川がいっそう内川らしく整備されました。

・内川沿いの遊歩道


内川沿いの遊歩道

・岩出山町(現大崎市岩出山)位置図

宮城県

・事業概要図

内川

・現在の大堰頭首工
大堰頭首工


伊達政宗が岩出山に築城した天正19年(1591年)江合川を堰止め木造樋門を作り江合川の分流を城の内堀に引き入れ、防御水およびかんがい用水として利用したのが大堰頭首工の始まりです。

・改修後の内川
内川

内川

・地域住民に親しまれる内川ボート遊び

魚とり

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