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農林水産省

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朝ごはん風土記 第14回

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向笠千恵子

「郡山八幡から高山へ通じるせせらぎ街道沿い。明宝の朝めしは香ばしい朴葉味噌から始まる。」


踊り好きなら一度は行きたい郡上踊り。長良川上流の郡上八幡の郷土芸能で、夏は毎日町のどこかで踊りの輪が広がっている。同じ季節のもうひとつの名物が郡上鮎で、長良川産鮎のなかでも最高ブランド。郡上の男は——鮎を釣り、鮎料理をつくれて初めて一人前と認められる。

郡上鮎の取材でわたしがお世話になったのは、仲上公晴・継子さんご夫婦。ひと昔以上前の話だが、当時はインテリア店を開いていて、来客があると、お手製の焼き鮎、鮎田楽、鮎飯など鮎料理でもてなすのを楽しみにしておられた。

その後、一家で八幡町から一歩奥まった郡上市明宝に移住し、家族だけで「ゆの里せせらぎ」を開業した。得意の料理の腕を生かしたかったのだ。

だから、宿の料理は自分たちがふだん食べている地元の味と決めた。夕食に鮎が並ぶのは当然だが、朝ごはんも鮎に負けない郡上の味尽くしである。

たとえば、豆腐は湧き水でつくるから、清らかなうま味に満ちている。名水で知られる郡上八幡ならではだ。

野菜もいい。ほうれん草、キャベツ、トマト、きゅうり。地元農家の野菜が並ぶ直売所から仕入れるので、ぴんぴんぞろい。明宝は、郡上八幡から高山へ通じるせせらぎ街道沿いで、山間部独特の朝晩の温度差のおかげで野菜がおいしく育つ。そのため調理はできるだけシンプルに徹しており、ごま和え、浅漬け、おひたしなどを卓上いっぱいに並べる。

このほかには、豆腐を燻製にした炙り豆腐、わさび葉の三杯酢漬け、地物の山菜・あずき菜のおひたし、油揚げのねぎ詰め焼き、名産の明宝ハム、温泉卵など。どれも心にしみ入る味ぞろい。なかでも秀逸なのが朴葉味噌である。

岐阜県では庭に朴の木をよく植えていて、大きくて丸い葉を巧みに料理に利用する。香りを生かすのだ。青葉は五目ずしをのせて二つ折りする朴葉ずしにぴったりで、森の香りがすし飯を引き立てる。また朴葉は乾燥させると、味噌をのせて焼く朴葉味噌の皿代わりになる。

仲上流の朴葉味噌は味噌味重視で、自家製味噌に卵黄、細かく刻んだ天かす、ごま油、生姜汁などを混ぜ、さらに刻みねぎをのせて卓上コンロで熱する。香ばしいにおいが広がってきたら、美濃米のご飯にのせて頬ばるのである。

こんな具合で、おかずはご飯がすすむものばかり。客はご飯を何杯もお代わりする。それを受けるため、仲上さん夫婦は毎朝、お膳の周りにつきっきりだ。

向笠千恵子
むかさ・ちえこ/フードジャーナリスト、エッセイスト。東京・日本橋生まれ。慶應義塾大学卒業。日本の本物の味や伝統食品の現場を知る第一人者。志を持った食材の作り手、味、民俗、器、食器の伝播の道筋、歴史などを多面的にとらえながら、現代の食を軽快に綴る。主な著書に「日本の朝ごはん」「米ぢから八十八話」「本物にごちそうさま」「ごはんの旅人」など、近著に「すき焼き通」「一食一会」など。